脱原発運動を考える(B)

濱田 幸生

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■細川、宇都宮が統一できなかった時、脱原発派の敗北は決まっていた

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東京都知事選の選挙のNHKのニュース番組で、登場した足立記者の分析です。聞き取りですので要旨でご容赦ください。

㈰舛添候補の勝因は組織力だ。
㈪都民の脱原発の動きはこれで終わったわけではない。
㈫その証拠に、反原発を唱えた細川候補と宇都宮候補の両方の得票数合計は、投票数の4割になる。

必ずこういうことを言う運動家が出てくるとは思っていましたが、トップバッターがよりにもよって公共放送とは。
「組織力の勝利」が舛添氏の勝因と言いますが、たぶん46%の低投票率だからといいたいのでしょう。
しかし、この低投票率でもう一人得をした候補がいます。それは共産党が支援する宇都宮氏です。

東京の基礎票はこんな所です。
・自民・・・160万票
・公明・・・80万票
・共産・・・70万票
自公の基礎票の根拠は2013年参院選の247万票です。
共産の基礎票の根拠は、2013年参院選の吉良候補の70万票です。
また小泉・細川候補は、組織票といえるものはありませんが、2013年参院選の山本太郎氏への66万票とみどりの党7万票の計73万票に民主の一部くらいは見込めたでしょう。

一方民主は独自候補をたてられなかったばかりか、細川氏に対しての支援も勝手連といった始末で、しかも本来彼らの支持母体の「連合東京」からも離反されてしまってほとんどカヤの外でした。
この基礎票が丸々生きるためには「風が吹かない」ほうがむしろ有利です。つまり、天気が悪かったり、争点ボケしているほうがいいのです。
よく東京の浮動票は3割あるとかいいますが、それほど多くはありません。実際はせいぜい6〜10%ていどだと言われています。
しかも「風」はなかなか読めません。候補者の演説に人が集まっても、必ずしも投票行動には結びつかないのが現実です。
それは今回、いちばん見物人が多かったといわれる小泉氏の場合を見れば分るでしょう。

今回の大雪は組織票に有利に出ました。
ですから、今回投票率が50%を切った時点で、政治力学的には1位と2位は決定したと言えるのです。
細川氏と宇都宮氏を足せば4割になると足立記者が言うのを聞いて、私は無礼にもプッと吹き出してしまいました。この人ほんとうにこんな程度で政治記者なんですか。
まるで子供の算数だ。そりゃ足せばなりますよ。でも足せなかったんでしょう。統一候補にすることに失敗しました。
そのことが脱原発陣営の最大の敗因です。今のセクト化した運動体質では、相手が小泉・細川陣営でなくとも無理です。
そもそも、今や「脱原発運動」と一口で呼べるような運動は既になく、それぞれ勝手にやっているのです。一部では味方を攻撃するのに忙しい所すらあります。
そんな運動の衰退という背景をまったく伝えないで、「足したら4割」ですって、この人は中坊以下です。

あるいは、小泉氏が突然飛び出したのが、この足し算が失敗した原因とでも言いたかったのかも知れませんが、小泉さんはジョカーのようなもので諸刃の剣なんですよ。
小泉氏は脱原発票を割っただけではなく、自民党支持層も分解しているからです。
「原発は怖いが、共産党には入れたくない」という層の票を取り込んだのが、他ならぬ小泉・細川陣営だったからです。
小泉さんが登場した結果、唯一の脱原発候補だったはずの宇都宮氏に入れる人が減った代わりに、自民党推薦候補に入れる人も減ったのですから、双方痛み分けのような作用をもたらしたわけです。

ただし、自民が目減りした分、「連合東京」の組織票が舛添氏に流入したためにその穴は塞がれた格好です。
つまり、低投票率と小泉効果は、どちらの側にも影響を与えているのです。
さて足立記者は、足し算がお好きなようですから、別な足し算の問題を出しましょう。
43.4+12.5はいくつでしょう? 55.9ですね。はい、この数はなんでしょう。
これは原発の長期的削減を主張した舛添氏と、再稼働を掲げた田母神氏の得票率合計です。
この55%を占めた長期削減と再稼働は矛盾しません。長期に削減ということは、当座は再稼働せざるをえないという現実主義だからです。
またこの55%という数字は、他ならぬ足立記者のいるNHKが2013年1月の「民主党の脱原発政策の見直し」についての世論調査の結果と似た傾向を示しています。

・見直し賛成    ・・・43%
・どちらともいえない・・・30%
・反対       ・・・21%
この「どちらともいえない」というのは、具体案がないので選択できないという事だと思います。
この「どちらともいえない」という中間層が、小泉氏の登場の結果いくつかに分解して、東京都知事選の結果に近い数字になったのではないでしょうか。

この足立というNHKの政治部記者はマスコミによくいる空想的脱原発派だと思いますが、こんなつまらない気休めを言うより、真面目に今の運動の現状を取材して欲しいものです。
「組織票で負けた」なんて安易な分析をしている限り、脱原発派はまた負け続けますよ。
だって、脱原発派は逆立ちしたって組織票で、自民党を越えることは不可能だからです。問題の本質は、脱原発統一候補を立てられない弱さなのです。
もし飯田哲也氏あたりで統一できたのなら、かなりいい戦いになったかもしれませんが、彼すら山本太郎氏のような脱原発過激派は「隠れ推進派」と打倒対象にしており、共産党系も乗らないでしょうから、やはり無理なのかもしれません。

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■スウェーデンと日本に見る原発世論の移り変わり
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国民の原発についての意識の世論調査(2013年6月)の結果があります。
前出の、NHKが2013年1月に行った世論調査で、アンケートの題は、「安倍総理大臣が、2030年代に原発の稼働ゼロを目指すとした民主党政権のエネルギー政策を見直しの賛否」です(長い)。

・賛成       ・・・43%
・反対       ・・・21%
・どちらともいえない・・・30%
最大分布は43%の「見直し賛成派」で、第2位の「どちらともいえない」と合わせると73%にも達しました。
2012年秋に「民意」とされていた「6割の国民が原発ゼロを望んでいる」(東京新聞)という流れが、転換点を迎えて大きく減少に向っていることが分かります。
原発ゼロを支持した層は分解して、一部は現実主義的な「見直し賛成」と、判断保留の30%に別れたようです。

これは、スウェーデンの国民投票結果と、1986年から2010年までの世論調査の推移と重ね合わせてみると分かりやすいと思います。
スウェーデンのヨーテボリ大学・世論メディア研究所が実施した原子力についての意識調査があります。

(図)画像の説明 

意識調査を見ると、原発廃止の意見はチェルノブイリ事故があった1986年を頂点として毎年減少し、16年後の2002年を境目にして原発利用と逆転しているのが分かります。
次に1980年に行われたスウェーデン国民投票の結果ですが、ひとつの事案で国民投票までやって白黒をつけたというのは、原発事故の当事者でもないにかかわらず、いかに国民を二分した課題だったのかが分かります。
国民投票で示されたスウェーデン国民の「民意」の内訳はこうです。

㈰10年以内の原発全廃止・・・39.7%
㈪化石燃料依存から脱却し、社会に十分なエネルギーを再生可能エネルギーで生産できるようになるにつれて徐々に原発廃止・・・58%
㈫無記入       ・・・3.3%
脱原発に投票したのは約4割、一方「徐々に原発を廃止する」と、「無記入」(現状維持=賛成)で合わせて約6割です。ちなみに小泉純一郎氏や山本太郎氏のような、「即時ゼロ」という極端な選択肢は含まれていません。つまりスウェーデン人は急激な脱原発ではなく、代替エネルギーをしっかりと確保しながら原子力依存を減らしていくことを選んだのです。

この国民投票の結果を受けて、2010年まで「原発モラトリアム」という建設凍結政策がなされました。というか、なされたはずですが、実は2基が新設されており、期限切れの10年には、代替エネルギーの見通しがつくまでという条件付きでモラトリアムは終了しています。

さてここで問題となるのは、世論調査の設問の立て方です。「30年後ゼロ政策に対して」という前提ですが、賛成、反対という二項対立的な聞き方をしています。
こんな聞き方をすれば、大部分の人々が「そりゃあ、なけりゃあないほうがいいに決まっている」と思って、「反対」と答えてしまうかもしれません。もし、本格的に原発政策について調査したいのなら、もっと絞り込んで具体的に聞くべきです。私ならこう聞きます。

●[原子力発電の今後どのようにあるべきかについてお聞きします]
㈰一切の原発の再稼働は認めない・即時ゼロにすべきだ
㈪原子力の代替エネルギーが確保され、国民生活や経済に影響がなくなってから中長期的に廃止の方向に向うべき
㈫安全と審査された原子力発電を維持し続けるべきだ
㈬わからない

㈪の中長期的は中期的「30年ていど」、「長期的50年ていど」のふたつに分けてもいいかもしれません。
さて上の設問を先日の東京都知事選候補に当てはめてみましょう。

㈰の即時ゼロ ・・・宇都宮氏・細川氏
㈪の長期的削減・・・舛添氏
㈫の再稼働  ・・・田母神氏

㈰の得票率合計・・・39%
㈪の得票率  ・・・43%
㈫の得票率  ・・・12%
ちなみに㈪と㈫を足すと56%です。

さきほど述べたように、スウェーデンはチェルノブイリ事故直後をピークとして、脱原発支持は急速に落ちていきました。この傾向が日本にも当てはまるなら、事故後16年後の2027年頃には脱原発と原発利用が入れ替わります。
いや既に、わが国では3年を待たずして入れ替わっていますから、よほど脱原発派がまともな具体政策を出せない限り再逆転は不可能となります。この事故後の大事な3年間の間に、脱原発派が飯田哲也氏以外まともなエネルギー政策を出せなかった空白は大きいと思います。

最後に、田母神氏が60万票取ったということをどのように評するかです。これを極右の台頭とするのは早計です。
これは、氏の公約が存外まともなことが評価されたのでしょう。彼の応援陣営は相当におかしな人ばかりでしたが(失礼)、彼の公約自体は自民党の公約といってもいいものでした。
現時点で再稼働はまったく特異な主張ではなく、むしろ空想的な細川、宇都宮両氏の主張より説得力があったはずです。つまり、細川、宇都宮陣営の敗北は、自公の組織力と田母神氏的なリアリズムに挟撃された結果ともいえるのです。

 (筆者は茨城県・行方市在住・農業者)


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