篠原令氏の中国レポート   今井 正敏

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 私は、日本と中国の国交が回復するかなり前の1950年代の半ば頃から、日
本青年団協議会(日青協)が推進するようになった日中の国交回復・平和友好増
進の運動に深くかかわってきたので、中国関係の動きに対しては、特に強い関心
を寄せてきた。先月の「オルタ」47号に掲載された篠原令氏の「中国共産党
第17回党大会の内情と失われた紅衛兵世代」の論述は、加藤編集長が、「編
集後記」で「日本の大手メディア特派員の送ってくる記事とは一味違う的確なコ
メントを頂いた」と述べておられるように、新聞や雑誌、テレビ等ではうかが
えない内容が盛り込まれていて、得るところが大きかった。

 まず、内外から大きな注目を浴びていた新しい指導部、特にその根幹となる政
治局常務委員会のメンバー選出の問題。
  篠原氏は、次のように指摘している。
  「今回の人事サプライズは曽慶紅の辞任でも、二人の若手ホープ(筆者注:習
近平と李克強)の抜擢でもなく、賈慶林(筆者注:中国人民政治協商会議主席。
常務委員会の序列は四番目)の留任である。この凡庸な人物が、北京市の前書記
陳希同の失脚後に北京市の責任者となったのは、江沢民からの強い後押しがあっ
たからで、紛れもなく江沢民派の人物である。(中略)、胡錦涛がまだ江派を完全
に排除できていないということを満天下にさらしてしまった」。
  篠原氏の鋭い筆鋒は続く。
  「江派の人間が二人も留任したことに対して国内外の多くの論評は、政治改革
がまだ遅々として進んでいないこと、そしてこのような人事が密室の中で、長老
たちの勢力争いの結果として決められていることに対して不満の意を表してい
る。しかし、次の党大会までの五年間には必ず変化が起きると観ている人々も多
い」。
  さて、五年後に次の第十八回党大会が開かれた時には、どのような変化が起き
るか。現在82歳の私は、あの世でこの変化を知るようになるかも知れないのだ
が・・・。

 上記に続くのが、常務委員会のメンバーが披露された公式写真の前回と今回の
場合の比較の記述。
  「前回は、一列に並んだメンバーの中で、真ん中に立っていたのは、序列で五
番目の曽慶光。俺がトップだと言わんばかりに、真ん中でにこにこしていた。 今
回は序列トップの胡錦涛が真ん中に立ち、五年たって胡錦涛がやっと本来立つべ
きところに立つことができたわけである。少なくともそれだけの権力基盤を造り
あげることには成功したようである」。
  一枚の写真の比較から、上記のような権力構造の変化を読み取り、これを記事
にするのは、北京駐在の大手メディアの特派員ではなかなか書けないと思われる。
  続いて篠原氏は、今回の人事で最も大きな注目を集めた「若手の二人のホープ」
-李克強(52歳)と習近平(54歳)の経歴と将来性について考察をすす
める。
  李克強は、胡錦涛と同じ共青団の出身者。習近平は、父親が習仲勲元首相で、
いわゆる「太子党」と呼ばれているなかの一人。私ごとになるが、私が日青協訪
中代表団に加わって訪中したとき、李克強が全華全国青年連合会(中青連)のト
ップとして活躍していた当時、お目にかかって言葉を交わしたことがあり、また、
習仲勲元首相とも、日青協代表団を接見した当事者として人民大会堂で面談した
ことがあるので、今度の若手の二人が常務委員に就任したことについては、特に
強い関心を寄せていた。

 篠原氏は、「五年後に確実に再任されるのは習近平と李克強の二人しかいない」
と述べておられ、二人の能力をよく知っている胡錦涛は、「李克強には13億の
人間をまとめる能力はないと判断しているようだ」。一方の習近平については、
「党の中央書記処の書記に就任して党務をみることになった。これは胡錦涛の信
頼が厚いことを表している。次期総書記への最短距離にいると言ってもよい」と
記している。
  五年後、この二人がどのような位置で活動しているか、はたまた、別の新しい
リーダーが登場してくるか、波乱の多い中国共産党の動きは、これからもずっと
内外から大きな注目を浴びると思われる。
  篠原氏は、「真に13億の指導者としてふさわしい人間をこの五年間に見つけ
ることができるのかどうかが胡錦涛の双肩にかかっている」と胡錦涛の力量に熱
いまなざしを向けている。

 篠原氏は、後半の部分で、「私的な感傷になるかもしれないが、今回の政治局
常務委員のリストで重要な事実を露呈している」と指摘。それは、「最も肝腎な
政治局常務委員の中に紅衛兵世代が一人もいないということ、しかもほぼ十年に
わたって人材の空白ができている点に私は注目している」と記して、各メディア
がどこも取り上げていない「紅衛兵」世代の問題を論じている。
  「私はかつて1970年の夏、日本の全共闘世代の一員として中国の紅衛兵た
ちと大交流をしたことがある。あのときの紅衛兵たちは今なにをしているのだろ
うか。64歳の胡錦涛が54歳の習近平に後事を託そうとしているのを見て、黙
っているのだろうか?その答えは私たち日本の団塊世代にもそのまま跳ねかえ
ってくるのだが」と述べておられる。

 この紅衛兵世代の空白期間の問題は、これからのち、中国問題に深い関心を寄
せている人たちの間でも論議されるだろうが、この世代空白の問題で、私が注目
しているのは、朝日新聞の北京支局長を勤め、朝日新聞外報部の中国関係の部面
で第一人者と目されている現編集委員の加藤千洋氏が、朝日新聞に書いた次のよ
うな記事である。
  「米エール大などで研究した胡鞍鋼氏は『改革開放当時の留学者は年間860
人。06年には13・4万人になった。次の世代の指導部は一層教育水準の高い
人材が占める。彼らは党のイノベーションを促がすだろう』と語る。(中略)、共
産党は社会的エリート層の吸収に積極的だ。20年ごろの指導層には、こうした
人材が増えるのは確実だ。若手幹部の中には、89年の天安門事件世代も入るだ
ろう。
  その意味で最近、ロンドン大学留学の楊潔虎(ヤンチエチー)氏が外相に、ド
イツ留学後に独アウディ社で技術者を10年務めた万鋼氏が科学技術相に、パリ
第7大学に学んだ陳竺氏が衛生相に抜擢されたことは注目される。しかも万、陳
氏は非共産党員だ」。
  この加藤氏が書かれた高学歴留学組の台頭と「紅衛兵」世代がどのように結び
つくか、篠原氏に論じていただくことを熱望する。
                   (元日本青年団協議会本部役員)

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