【「労働映画」のリアル】

第44回 労働映画のスターたち(44) シム・ウンギョン

清水 浩之


 《国境を越えてきたアガシ(お嬢さん) 日韓「似たもの」社会を映し出すヒロイン》

 6月28日に公開された映画『新聞記者』(藤井道人監督)。東京新聞社会部記者・望月衣塑子さんの著書を「原案」としているが、中身はオリジナルストーリー。女性記者とエリート官僚の二人の視点で、医学系大学新設計画など「どこか聞き覚えのある」政界スキャンダルを描いたサスペンス映画だ。昭和の時代、政治の闇に切り込んだ山本薩夫や熊井啓は遠くなりにけり……という日本映画界に久々の「社会派」登場とあって、大手メディアでの宣伝が全く期待できないにも拘わらずクチコミが拡がり、観客動員40万人、興行収入約5億円のスマッシュヒットを記録。現在も各地でロングランが続いている。

 この異色作の主人公に扮したのは韓国の若手実力派、シム・ウンギョン(沈恩敬)。最初は日本語のセリフのたどたどしさに些か不安を覚えたが、やがて彼女の表情と動作の「雄弁さ」に惹き込まれ、物語の終盤、官僚(松坂桃李)と連携して真相を探る場面では、セリフに頼らず、文字通り「全身で」演じる姿にすっかり見とれてしまった。

 「韓流」は全然詳しくない筆者なので、『新聞記者』の彼女が、日本を含むアジア各国でリメイクされ続けている『サニー 永遠の仲間たち』(2011、カン・ヒョンチョル監督)、『怪しい彼女』(2014、ファン・ドンヒョク監督)の主演女優であることも後から知った。言葉も歴史も違う国々で、そのキャラクターを愛されてきた実績の持ち主が、『新聞記者』のスケールを大きくしたのは間違いないと思う。20歳で韓国のトップスターとなった後、新たな活動の場として日本を選び、一昨年から安藤サクラ、門脇麦といった個性派が所属する俳優事務所「ユマニテ」と契約したそうで、今後はどんな作品に登場するのか、がぜん期待が高まってきた(10月には箱田優子監督作品『ブルーアワーにぶっ飛ばす』が公開予定)。

 1994年生まれ、現在25歳。9歳の時に子役としてドラマデビュー。日本ではNHKで放送された歴史ドラマ『ファン・ジニ』(2006)で、主人公の少女時代を演じたのをはじめ、『海神(へシン)』(2004)、『太王四神記(たいおうしじんき)』(2007)などの時代劇大作で「名子役」として人気を集める。映画では2007年のダークファンタジー『ヘンゼルとグレーテル』(イム・ピルソン監督)で、悲しい境遇の少女を好演。この頃の彼女はちょっとボーイッシュで聡明な女の子の役柄が似合っていて、かつての安達祐実や芦田愛菜が思い浮かぶ。

 2011年公開の映画『サニー 永遠の仲間たち』は、1980年代後半、「民主化」前夜のソウルを舞台にした女子高生たちの青春グラフィティ。港町からの転校生で、訛りを気にしているイム・ナミを演じた彼女は当時16歳。都会っ子のお嬢さんたちに気後れしながらも、次第にクラスメートと打ち解けていく過程を、少女らしい素朴さを全開にして演じた。はしゃいだり落ち込んだり、思春期ならではの喜怒哀楽の振れ幅が大きい人物像は、『転校生』(1982、大林宣彦監督)で天才と謳われた頃の小林聡美を思い出させる。『サニー』は韓国で700万人を動員する大ヒットとなり、香港、ベトナム、日本、インドネシアでリメイクされた。現在はハリウッドでの映画化も計画されている。

 その後、芸能活動を一旦休止してニューヨークに留学。帰国後の2014年、19歳で主演した『怪しい彼女』は、70歳のおばあさんが突然20歳に若返ってしまったことから巻き起こる騒動を描いたハートウォーミング・コメディ。「アジュモニ」「アジュンマ」と呼ばれる世話焼きタイプのおばちゃんが、外見だけ「アガシ(お嬢さん)」になってしまうギャップが笑いを生む展開だが、丸顔・ぽっちゃり体型で現れたシム・ウンギョンが、ドスのきいた声でがなり立てると、大竹しのぶや藤山直美みたいに迫力満点のオバサンに見えてくるのが最大の魅力となった。韓国で860万人を動員する大ヒットとなった後、中国、ベトナム、日本、タイ、インドネシア、フィリピン、インドの7か国でリメイクされた。おばあさんと家族との関係、かつての流行歌と憧れのスター、50年前の出来事などを各国ごとの事情に合わせているので、それぞれの作品を比べて観るのも面白い。

 2017年、歴史的な政権交代を実現した韓国。映画界でも『タクシー運転手』、『1987 ある闘いの真実』、『金子文子と朴烈』などの力作が相次いで公開された。『ザ・メイヤー 特別市民』(パク・インジェ監督)は、現在も続く韓国独特の権力闘争の内幕を描いた秀作。大人っぽい印象になったシム・ウンギョンはソウル市長選の広報スタッフに扮し、勝つには手段を選ばない、戦国時代さながらの暗闘をじっと見つめる。感情を抑えた演技の中で、静かに怒りを募らせていく姿が印象に残る。『新聞記者』と2本立てで鑑賞すると、日韓それぞれの政治気質や、実は「似たもの」同士の国民感情もうかがえるのではないかと思う。相手の国をよく知らないまま批判するテレビ番組を観るより、得られるものははるかに大きいはずだ。

参考記事:「シム・ウンギョンが日本映画に挑戦したわけ。韓国人気女優の素顔」(2019年、CINRA.NET)
   https://www.cinra.net/interview/201905-shimbunkisha

(しみず ひろゆき、映像ディレクター・映画祭コーディネーター)
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労働映画短信

◎働く文化ネット 「労働映画鑑賞会」
 働く文化ネットでは、毎月第2木曜日に労働映画鑑賞会を開催しています。お気軽にご参加ください(参加費無料・事前申込不要)
会場:連合会館 201会議室(地下鉄千代田線 新御茶ノ水駅 B3出口すぐ)

◇次回のご案内
 2019年9~10月期は、時代の真実にせまる長編記録映画2篇をお届けします(9月は終了)。
<第62回「国際価値連鎖(グローバル・バリュー・チェーン)の苛烈な現実」>10月10日(木)18時から
上映予定作品: 『人間機械 Machines』
 2016年/71分/インド・ドイツ・フィンランド合作/監督:ラーフル・ジャイン
 インドの出稼ぎ労働者たちが直面する苛烈な現実を長回しの撮影で追ったドキュメンタリー。インド北西部・グジャラート州にある巨大繊維工場。劣悪な環境下で働く労働者たちの姿をカメラが淡々と追う。宗教画を思わせる画面構成と工場の機械音を捉えた音響設計によって、著しい経済成長を遂げるインドのもうひとつの現実をえぐりだす。
 詳しくは、働く文化ネット公式ブログをご確認ください。 http://hatarakubunka-net.hateblo.jp/

【上映情報】労働映画列島! 9月~10月
《労働映画列島》で検索! http://shimizu4310.hateblo.jp/

新作ロードショー
『宮本から君へ』《9月27日(金)から 東京 角川シネマ有楽町ほかで公開》
 新井英樹の漫画を、昨年の実写ドラマ化に続き映画化。文具メーカーの熱血営業マンが、仕事と恋愛に悪戦苦闘しながら成長する姿を描く。(2019年 日本 監督:真利子哲也) https://miyamotomovie.jp/
『エセルとアーネスト ふたりの物語』《9月28日(土)から 東京 岩波ホールほかで公開》
 「スノーマン」などで知られるイギリスの絵本作家、レイモンド・ブリッグズ原作のアニメーション。牛乳配達人のアーネストとメイドのエセルが結婚。戦争を挟んだ40年にわたる夫婦の日々を描く。(2016年 イギリス=ルクセンブルグ 監督:ロジャー・メインウッド) https://child-film.com/ethelandernest/
『典座 -TENZO-』メインウッド) https://child-film.com/ethelandernest/
『典座 -TENZO-』《10月4日(金)から 東京 アップリンク吉祥寺ほかで公開》 全国曹洞宗青年会・製作。東日本大震災後を生きる若い僧侶の苦悩と仏教の意義を、ドキュメンタリーとフィクションを織り交ぜて描く。(2019年 日本 監督:富田克也) https://sousei.gr.jp/tenzo/
『トスカーナの幸せレシピ』《《10月11日(金)から 東京 恵比寿ガーデンシネマほかで公開》 傷害事件を起こした元三ツ星シェフが、社会奉仕活動としてアスペルガー症候群の若者たちに料理を教えることに。仕事を通して芽生える友情を描く。(2018年 イタリア 監督:フランチェスコ・ファラスキ) http://hark3.com/toscana/

名画座・特集上映
<北海道・東北>
【札幌市民交流プラザ】 10/4・5「PLAZA FESTIVAL 2019 札幌爆音映画祭」…バーフバリ 王の凱旋 完全版/グレイテスト・ショーマン/パプリカ/デス・プルーフ in グラインドハウス
【弘前 スペースアストロ】 9/28「harappa 映画館 #31 こんな愛もある」…ジュリエッタ/ライ麦畑の反逆児 ひとりぼっちのサリンジャー/男と女、モントーク岬で
【山形市中央公民館/他】 10/10~17「山形国際ドキュメンタリー映画祭2019」…別離(インド)/十字架(チリ)/これは君の闘争だ(ブラジル)/エクソダス(イラン)/愛を超えて、思いを胸に(レバノン)/非正規家族(台湾)/アリ地獄天国(日本)/他

<関東・甲信越>
【茅野 新星劇場/他】 9/21~29「第22回 小津安二郎記念 蓼科高原映画祭」…彼岸花/ノートルダムのせむし男/ハイジ アルプスの物語/グリーンブック/すれ違いのダイアリーズ/遥かなる山の呼び声/他
【前橋 ベイシア文化センター】 10/2・3「名画鑑賞会 喜劇映画傑作選」…本日休診/駅前旅館/喜劇 女は男のふるさとヨ/大誘拐 RAINBOW KIDS
【東京 ポレポレ東中野/他】 9/21~27「福島映像祭2019」…失われた春/星に語りて/日本一大きなやかんの話/ニッポニアニッポン フクシマ狂詩曲/マリアとフクシマ/フクシマの母/他
【東京 有楽町スバル座】 10/5~20「スバル座の輝き~メモリアル上映~」…クレイマー、クレイマー/スタンド・バイ・ミー/七人の侍/ミッドナイト・バス/教誨師/地上より永遠に/モダンタイムス/他 (※10月20日閉館)
【東京 神保町シアター】 10/5~11/8「スクリーンの青春 日活女優図鑑」…お嬢さんの散歩道/影なき声/結婚の條件/盛り場流し唄 新宿の女/私、違っているかしら/憎いあンちくしょう/他
【東京 京橋 国立映画アーカイブ】 10/10~20「オーストリア映画・ハンガリー映画特集」…幼な心/未完成交響楽/ミュラー探偵事務所/メリー・ゴー・ラウンド/私の20世紀/君の涙 ドナウに流れ ハンガリー1956/他

<東海・北陸>
【名古屋 大須シネマ】 9/21~29「世界の山ちゃん×CBCテレビ ドキュメンタリー映像祭 with 幻の手羽先」…ヤメ暴 漂流する暴力団離脱者たち/笑ってさよなら 四畳半下請け工場の日々/山小屋カレー/えんがわ/家族記念日/他
【岐阜 ロイヤル劇場】 9/28~10/18「小津安二郎監督作品 紀子三部作 一挙上映」…晩春/麦秋/東京物語(週替り上映)
【亀山市文化会館】 10/14「名作映画鑑賞会」…暁の脱走/嵐を呼ぶ男(1957年版)/隠し砦の三悪人(1958年版)

<関西>
【京都みなみ会館】 9/21「活弁ライブ」…メトロポリス(1927年 ドイツ) 【大阪 九条 シネ・ヌーヴォ】 9/21~10/18「名女優・京マチ子 追悼上映」…あにいもうと/浅草の肌/馬喰一代/羅生門/偽れる盛装/地獄花/大阪の女/夜の蝶/浮草/他
【大阪 十三 シアターセブン】 9/21~27「モンゴル映画週間」…母/四季・遊牧/聖なる山/いのちの足跡/オボー/黒い馬/器/故郷に帰る道
【神戸映画資料館/他】 10/19~27「神戸発掘映画祭2019」…商工祭行列/青の森 関学闘争の記録/泥だらけの純情/裸足の青春/愛と義務/嗚呼 満蒙開拓団/生さぬ仲/他

<中国・四国>
【山口情報芸術センター】 9/26~29「巨匠×名脚本家・橋本忍」…張込み/白い巨塔/黒い画集 あるサラリーマンの証言/悪い奴ほどよく眠る
【広島市映像文化ライブラリー】 10/4~10「2019 KOREA WEEK 韓国映画特集 in 広島」…でんげい わたしたちの青春/観相師/新感染 ファイナル・エクスプレス/ロマンス・パパ/ザ・テノール 真実の物語
【益田 島根県芸術文化センター】 10/10・11「映画監督 市川崑特集!」…東京オリンピック/おはん/野火/ぼんち
【徳島市シビックセンター】 10/13「徳島でみれない映画をみる会」…コレット(2018年 イギリス=アメリカ)

<九州・沖縄>
【大分 シネマ5/小倉昭和館/熊本 Denkikan】 9/24~26「浪曲映画 情念の美学」…新佐渡情話/人生とんぼ返り/血斗水滸伝 怒涛の対決/赤穂浪士/浪曲 玉川奈々福
【福岡市総合図書館 シネラ】 10/2~19「台湾映画特集」…恋人たちの食卓/熱帯魚/赤い柿/国道封閉/運転手の恋/檳榔売りの娘/神も人も犬も/ロマンス狂想曲/他

日本の労働映画百選
 働く文化ネット労働映画百選選考委員会は、2014年10月以来、1年半をかけて、映画は日本の仕事と暮らし、働く人たちの悩みと希望、働くことの意義と喜びをどのように描いてきたのかについて検討を重ねてきました。その成果をふまえて、このたび働くことの今とこれからについて考えるために、一世紀余の映画史の中から百本の作品を選びました。

『日本の労働映画百選』記念シンポジウムと映画上映会
  http://hatarakubunka.net/symposium.html

・「日本の労働映画百選」公開記念のイベントを開催(働く文化ネット公式ブログ)
  http://hatarakubunka-net.hateblo.jp/entry/20160614/1465888612

・「日本の労働映画の一世紀」パネルディスカッション(働く文化ネット公式ブログ)
  http://hatarakubunka-net.hateblo.jp/entry/20160615/1465954077

・『日本の労働映画百選』報告書 (表紙・目次)PDF
  http://hatarakubunka.net/100sen_index.pdf

・日本の労働映画百選 (一覧・年代別作品概要)PDF
  http://hatarakubunka.net/100sen.pdf
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