【「労働映画」のリアル】

第42回 労働映画のスターたち・邦画編(42)京 マチ子

清水 浩之

《くわえタバコのアプレゲール(戦後派)が切り拓いた 「男女対等」の関係》

 今年5月12日、95歳で旅立った京マチ子さん。奇しくも今年はデビュー70周年、全国各地で特集上映が開催され、その独自の存在感に再び人気が高まっている。

 『羅生門』(1950、監督・黒澤明)を皮切りに、『雨月物語』(1953、溝口健二)、『地獄門』(1953、衣笠貞之助)、『鍵』(1959、市川崑)など、主演作が海外の映画祭で相次ぎ受賞したことから「グランプリ女優」と呼ばれた大スター。映画会社・大映でも彼女の登場以降、欧米やアジア圏をターゲットにした「輸出できる日本映画」を積極的に作るようになったが、いま見ても面白い作品は・・・と考えると、物静かでミステリアスな東洋美人のイメージに収まりきらず、男性中心の社会にも強引に割り込める《したたかなヒロイン》に扮した諸作が浮かび上がってくる。1950年代、くわえタバコでスクリーンに現れるマチ子さんのカッコよさは、まさにアプレゲール=戦後派世代のアイコンだ。「男女平等」にはまだまだ程遠かった時代に、「男女対等」の関係を切り拓いてみせた彼女の作品歴は、20世紀後半の50年分をそっくり網羅する形で、日本人女性の様々な生き方を描いてきた。

 1924年・大阪生まれ。小学校を卒業するとOSK(大阪松竹少女歌劇団)に入り、ダンスのレッスンに打ち込む。大阪空襲では家を焼かれた。戦後になるとブギウギの踊り手として注目を集め、1949年に大映がスカウト。映画『最後に笑う男』(監督・安田公義)でのサーカスの踊子役でデビューする。

 身長160センチは当時の女性としては大柄で、エキゾチックな顔立ちとダンスで鍛えられた美脚がものを言い、他の女優たちと並んでも彼女だけが目立つ。戦前から活躍してきた田中絹代や、同じ年生まれの高峰秀子と比較しても、和風に対する「洋風」、受動から「能動」に転じたヒロインの個性がはっきり見えてくる。谷崎潤一郎・原作の『痴人の愛』(1949、木村恵吾)や、祇園の芸者に扮した『偽れる盛装』(1951、吉村公三郎)などでの、男たちを手玉に取る悪女役で人気を集めていった。

 ちょうどその頃、東宝争議によりホームグラウンドで映画を撮れなかった黒澤明は、監督として呼ばれた大映の推薦する若手女優を、芥川龍之介・原作『羅生門』の主演に起用する。
 平安時代、盗賊(三船敏郎)が武士(森雅之)を殺した事件をめぐって、武士の妻に扮した彼女は、それぞれの視点により食い違う証言とともに、貞淑な聖女から不埒な悪女まで、4通りの人物像を演じ分けた。「女の私に何が言えましょう・・・」と弱々しく呟いていたのに、男たちの形勢が変わると突然不敵に笑い出し、「このどうにもならない立場から私を助け出してくれるなら、どんな無茶な、無法なことだって構わない!」と叫ぶ豹変ぶり。
 映画の外は英語の道路標識が立つ「オキュパイド・ジャパン」の時代。時代劇でありながらアプレゲールを色濃く感じさせるヒロイン像は、同じく「戦後」を生きていたイタリア・ヴェネツィアをはじめ、海外の映画祭の観客にとっても見覚えのある姿だったのかも知れない。

 「棚からグランプリ」で勢いづいた大映は、輸出を睨んだ「絵巻物」大作を連発。マチ子さんの役柄も高貴な美女に模様替えされる。一方で「国内向け」には、室生犀星・原作の『あにいもうと』(1953、成瀬巳喜男)、吉原の女たちの群像劇『赤線地帯』(1956、溝口)、良家の娘の悲恋を描く『いとはん物語』(1957、伊藤大輔)、旅芝居一座が舞台の『浮草』(1959、小津安二郎)など、錚々たる巨匠作家たちと組んで、様々な境遇の女性たちを演じた。

 溝口の最後の作品『赤線地帯』では、八頭身が自慢のアプレ娘・ミッキーをのびのびと好演。実家は裕福だが父親の女遊びを憎んで家を飛び出した過去を持ち、何があってもケ・セラ・セラと明るくやり過ごす。男どもと対等にやり合う彼女がいると、女性陣の団結力が高まるのも面白い。

 また、彼女の後に入社した若尾文子、山本富士子らが成長してくると、銀座のクラブを舞台にした『夜の蝶』(1957、吉村)、ファッションデザイナーが主人公の『女の勲章』(1961、吉村)、船場の木綿問屋での遺産相続を描く『女系家族』(1963、三隅研次)などで、女同士の熾烈な争いを繰り広げる。女優王国・大映ならではの豪華キャストの中で、マチ子さんは「大映の長女」として扇の要を担った。

 40代以降は活動の場を舞台やテレビに移すが、朝日放送『必殺仕舞人』(1981)の元締役をはじめ、息の長い活躍を続ける。混血児の養護施設「エリザベス・サンダーホーム」設立者・沢田美喜の生涯を描いたドラマ『母たることは地獄のごとく』(1981、日テレ)では、「たまたま出会ってしまった命」をきっかけにして、戦後社会を相手に「母親としての戦争」を繰り広げる主人公を熱演した。

 「グランプリ女優」と呼ばれた京マチ子さんの真価は、生涯を通じて戦後日本の女性の生き方を演じ続けた、充実した作品歴にこそあると思う。

◆「京マチ子映画祭」全国各地で開催中  http://cinemakadokawa.jp/kyomachi-70/

参考文献:『美と破壊の女優 京マチ子』 北村匡平 (2019年 筑摩書房)
     『銀幕の昭和 「スタア」がいた時代』 筒井清忠・編著(2000年 清流出版)
     『キネマ旬報 』2019年7月下旬号「特集・京マチ子、逝く」

(しみず ひろゆき、映像ディレクター・映画祭コーディネーター)
        ____________________

●労働映画短信

◎働く文化ネット 「労働映画鑑賞会」
 働く文化ネットでは、毎月第2木曜日に労働映画鑑賞会を開催しています。会場は東京・御茶ノ水の連合会館です。お気軽にご参加ください。(参加費無料・事前申込不要)

◇次回のご案内
 8月の鑑賞会はお休みです。次回は9月12日(木)18時からの予定です。
 詳しくは、働く文化ネット公式ブログをご確認ください。http://hatarakubunka-net.hateblo.jp/

◎【上映情報】労働映画列島! 7月~8月
※《労働映画列島》で検索! http://shimizu4310.hateblo.jp/

◇新作ロードショー
『北の果ての小さな村で』《7月27日(土)から 東京 シネスイッチ銀座ほかで公開》
 グリーンランドの村にやって来たデンマーク語教師の青年。言語や習慣の違い、過酷な自然に苦しめられながら成長していく。(2017年 フランス 監督:サミュエル・コラルデ) http://www.zaziefilms.com/kitanomura/
『あなたの名前を呼べたなら』《8月2日(金)から 東京 渋谷 Bunkamura ル・シネマほかで公開》
厳格な身分制度が残るインド。農村から大都市ムンバイに出て来たメイドの女性と、雇い主の男性が愛を育むドラマ。(2018年 インド=フランス 監督:ロヘナ・ゲラ) http://anatanonamae-movie.com/
『風をつかまえた少年』《8月2日(金)から 東京 ヒューマントラストシネマ有楽町ほかで公開》
アフリカ・マラウイの発明家、ウィリアム・カムクワンバの実体験を映画化。貧困のため通学を諦めた14歳の少年が、独学で風力発電を作り上げる。(2019年 イギリス=マラウイ 監督:キウェテル・イジョフォー) https://longride.jp/kaze/

◇名画座・特集上映
<全国>
【札幌シネマフロンティアほか全国58館】8/9~9/5「午前十時の映画祭 イタリアの休日」…ニュー・シネマ・パラダイス/ローマの休日(2週間ずつ上映)

<北海道・東北>
札幌 シアターキノ】 7/28「田んぼdeミュージカル第5弾 斉藤征義さん追悼」…ここはわしらの天国だ(2019年 監督/冨士隆久)
【フォーラム山形】 8/9~15「やまがた市民映画学校」…よあけの焚き火(2018年 監督/土井康一)
【大館 御成座】 8/11「秋田・御成座を救おう! 1日限りの応援マサラ上映」…グレイテスト・ショーマン/ボヘミアン・ラプソディ(※要申込)

<関東・甲信越>
【長野 原村八ヶ岳自然文化園】 7/26~8/18「星空の映画祭」…ボヘミアン・ラプソディ/メリー・ポピンズ リターンズ/よあけの焚き火/グリーンブック/あまねき旋律/他(野外上映)
【前橋シネマハウス】 7/27~8/9「飯塚俊男監督の世界&前橋と戦争特集」…小さな羽音/菅江真澄の旅/木と土の王国/陸軍前橋飛行場/時計は生きていた/他
【東京 恵比寿ガーデンシネマ】 7/27~8/23「ゴーモン 珠玉のフランス映画史」…ファントマ/とらんぷ譚/ヨシワラ/幸福の設計/顔のない眼/裁かるるジャンヌ/他
【東京 ラピュタ阿佐ヶ谷】 7/28~9/28「戦後独立プロ映画のあゆみ-力強く PARTII」…原爆の子/山びこ学校/にごりえ/太陽のない街/裸の島/アンデスの花嫁/他
【東京 田町交通ビル】 8/3「レイバー映画祭2019」…ストライキ前夜(韓国)/外国人収容所の闇 クルドの人々は今/ユニクロ払え!インドネシア縫製労働者/自販機ユニオンのストライキ/アリ地獄天国(以上、日本)/他
【東京 早稲田松竹】 8/17~23「ロバート・フラハティ監督特集」…極北のナヌーク/モアナ 南海の歓喜 サウンド版/アラン/ルイジアナ物語(日替り2本立)

<東海・北陸>
【津市内10会場】 7/19~11/29「羽田朝子記念映画上映会」…一人息子/焼肉ドラゴン/喜劇 女もつらいわ/父ありき/モリのいる場所/別離/他
【名古屋 名演小劇場】 8/3~23「戦争と人間 三部作連続上映」…戦争と人間 第一部/第二部 愛と悲しみの山河/完結編 (1970~73年 監督:山本薩夫)

<関西>
【大阪 九条 シネ・ヌーヴォ】 7/27~9/6「映画監督 篠田正浩」…乾いた湖/私たちの結婚/心中天網島/はなれ瞽女おりん/瀬戸内少年野球団/少年時代/写楽/他
【シネマ神戸】 7/27~8/2「アポロ11号 月面着陸50年」 …ファースト・マン/セルジオ&セルゲイ 宇宙からハロー!(2本立)
【神戸アートビレッジセンター】 8/17~22「藤田敏八監督特集 パキさんが残したもの」…野良猫ロック ワイルド・ジャンボ/八月の濡れた砂/赤ちょうちん/帰らざる日々/他

<中国・四国>
【岩国市周東文化会館】 8/3「優秀映画鑑賞会」…カルメン故郷に帰る/二十四の瞳/野菊の如き君なりき/喜びも悲しみも幾歳月
【高知 あたご劇場】 7/27~31「音楽・歌謡映画の決定版」…エノケンの頑張り戦術/ジャンケン娘/大学の若大将/君も出世ができる

<九州・沖縄>
【日田市民文化会館 パトリア日田】 7/27・28「なつかしの映画鑑賞会 今井正特集」…また逢う日まで/真昼の暗黒/青い山脈/純愛物語
【福岡市総合図書館 シネラ】 8/7~31「岡本喜八監督特集」…独立愚連隊/江分利満氏の優雅な生活/日本のいちばん長い日/肉弾/近頃なぜかチャールストン/他
【本渡第一映劇】 8/3~16「第26回 天草市民シアター」…クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶアッパレ!戦国大合戦/禁じられた遊び(週替り) 【鳥栖市民文化会館】 8/17・18「芸術か?記録か?『東京オリンピック』を作った市川崑の映画たち 」…野火/ぼんち/東京オリンピック/おはん

◎日本の労働映画百選
 働く文化ネット労働映画百選選考委員会は、2014年10月以来、1年半をかけて、映画は日本の仕事と暮らし、働く人たちの悩みと希望、働くことの意義と喜びをどのように描いてきたのかについて検討を重ねてきました。その成果をふまえて、このたび働くことの今とこれからについて考えるために、一世紀余の映画史の中から百本の作品を選びました。

『日本の労働映画百選』記念シンポジウムと映画上映会
  http://hatarakubunka.net/symposium.html

・「日本の労働映画百選」公開記念のイベントを開催(働く文化ネット公式ブログ)
  http://hatarakubunka-net.hateblo.jp/entry/20160614/1465888612

・「日本の労働映画の一世紀」パネルディスカッション(働く文化ネット公式ブログ)
  http://hatarakubunka-net.hateblo.jp/entry/20160615/1465954077

・『日本の労働映画百選』報告書 (表紙・目次)PDF
  http://hatarakubunka.net/100sen_index.pdf

・日本の労働映画百選 (一覧・年代別作品概要)PDF
  http://hatarakubunka.net/100sen.pdf

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
最新号トップ掲載号トップ直前のページへ戻るページのトップバックナンバー執筆者一覧