【「労働映画」のリアル】

第41回 労働映画のスターたち・邦画編(41)大泉 洋

清水 浩之

 《北の大地の「道流」スター 試され続けるカントリー息子の成長譚》

 もじゃもじゃ頭でヒョロリとした長身。大らかで屈託のない笑顔だが、どこか軽薄な気も・・・。俳優・大泉洋さんは、今や日本を代表する「二枚目半」。北海道ローカルの深夜番組『水曜どうでしょう』(1996~2002、北海道テレビ)での当意即妙なキャラクターが注目され、東京のテレビや映画にも登場するようになったが、それまでの「地方発タレント」と違うのは、現在も『1×8いこうよ!』(2000~、札幌テレビ)、『おにぎりあたためますか』(2003~、北海道テレビ)など、地元のテレビ番組に出続けていること。韓国の芸能界を「韓流」、中国や台湾を「華流」と呼ぶのに倣えば、まぎれもなく「道流」スターの第一人者だ。今でも「本業」は北海道民とともにあり、超大作映画もNHKの大河ドラマも実は「東京出張」という気さえしてくる。北の大地が育んだ人気者、大泉さんのキャリアを辿ってみよう。

 1973年生まれ、札幌に隣接する江別市の出身。父母はともに教師で、彼自身も教員免許を取って学校の先生になるつもりだった。ところが、地元の深夜番組が「面白い大学生がいる」と聞きつけてリポーター役に起用。夜のススキノの街からのリポートなどで大活躍し、大学卒業前に新番組『水曜どうでしょう』のレギュラーに抜擢されてしまう。

 当時も今もローカル局は、低予算をアイデアと度胸でカバーする。『水曜どうでしょう』は放送開始とともに、サイコロの出た目で旅の行き先と手段を決める無謀な企画を始める。スタッフ・キャスト合わせて4人だけの貧乏旅行。出演者兼ADのような無名の大学生は、同行のオジサンたちの要求にもよく応え、持ち前の「面白さ」でじわじわと人気を集める。やがて、全国各県のローカル局に番組が買われていく珍現象を巻き起こしていった。

 拓銀の経営破綻(1997年)、夕張市が財政再建団体に指定(2007年)と、平成の北海道は様々な試練を背負ってきたが、1998年に道庁がイメージアップに採用した「試される大地」というキャッチフレーズは、そんな状況にありながらどこか達観したようなセンスが話題になった。ちょうど同じ頃、道内のテレビに登場した彼もまた、「試され」ながら成長していく姿が共感を呼んだのかもしれない。以後、北海道を舞台にした映画にもよく出演するが、『銀のエンゼル』(2004、監督・鈴井貴之)での配送ドライバーや、『シムソンズ』(2006、監督・佐藤祐市)の漁師兼カーリングのコーチなど、田舎の気のいいアンちゃん役が実によく似合う。東直己のミステリー小説「ススキノ探偵」を東映が映画化した『探偵はBARにいる』(2011、監督・橋本一)は、ルパン三世のようなズッコケヒーロー像が見事にハマってスマッシュヒットし、シリーズ化もされた。

 2004年、30代に入ってから東京に進出。そのきっかけは、北海道ロケの映画で東京の俳優に「格下」扱いされた体験だったという。《東京何するものぞ》という姿勢で地元のレギュラー番組に出続けながら、在京各局のドラマやバラエティにも登場。『ハケンの品格』(2007、日テレ)では、スーパー派遣社員(篠原涼子)の前に立ちはだかるエリート正社員役。「非正規」を目の敵にする裏側に、往年のアットホームな会社員生活を失った哀しみを滲ませ、やがて同じ職場で働く者同士として「共闘」する姿が強く印象に残った。

 映画では、『駆込み女と駆出し男』(2015、監督・原田眞人)での戯作者志望の医者見習い、『恋は雨上がりのように』(2018、監督・永井聡)のファミレス店長のように、凛々しく生きるヒロインを傍で見守り、彼女の再起をそっと手助けする「やさおとこ」役が高く評価される。三谷幸喜はNHK大河ドラマ『真田丸』(2016)で、父・昌幸(草刈正雄)と弟・信繁(堺雅人)の才気煥発な行動に翻弄される(と同時に彼らを批評する役でもある)優しい兄・信之の役を振り、山田洋次はTBSドラマ『あにいもうと』(2018)で、妹(宮崎あおい)とケンカばかりしながら心配する兄という、ちょっと寅さんを連想させる役柄に彼を迎えた。

 最近、出色だったのは、北海道テレビの50周年記念ドラマ『チャンネルはそのまま!』(2019)。『水曜どうでしょう』のメインスタッフが、自分たちローカル局員の仕事を描いた群像劇で、大泉さんは地元農業界のヒーロー役。だが、彼が助成金を使い込んでいたことが発覚し……。逮捕直前という状況の中、生中継で「ごめんなさい…」と謝罪するヒーローの姿を、道内各地のお茶の間で優しく見守る地元民。その関係性は、大いなる故郷に育てられてきた「道流」スターの彼そのものだった。

 7月からはTBSの日曜劇場、池井戸潤・原作の『ノーサイド・ゲーム』(2019)に主演。実業団ラグビー部の立て直しに取り組むサラリーマン役だ。今や40代後半、東京で結婚して家庭を持ち、ビッグ・バジェットの作品に引っ張り凧の大泉さんだが、これからも「実家」のある北海道で活躍し続けることを期待しています。

参考文献:『大泉エッセイ 僕が綴った16年』大泉洋(角川文庫 2015年) ほか

(しみず ひろゆき、映像ディレクター・映画祭コーディネーター)
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●労働映画短信

◎働く文化ネット 「労働映画鑑賞会」
◇次回のご案内
<労働映画祭2019/第59回労働映画鑑賞会~労働力を呼んだが、来たのは人間だった~>
 今回は、トルコからドイツへ移住した一家が奮闘の末に生活基盤を築き、半世紀を経て再びトルコへ里帰りする姿を温かなまなざしとユーモアを交えて描いたドイツ映画、『おじいちゃんの里帰り』を上映します。 多文化共生社会に向けて海図なき航海に乗り出しつつある日本社会にとって、さまざまな示唆を与えてくれる作品です。多くの方々のご来場をお待ちします。

日時:2019年6月22日(土)13:30~(13:00開場・参加費無料・事前申込不要)
会場:連合会館2階大会議室(地下鉄 新御茶ノ水駅 B3出口すぐ)
上映作品:『おじいちゃんの里帰り』 2011年/101分/ドイツ映画
  監督:ヤスミン・サムデレリ 出演:ヴェダット・エリンチン、ラファエル・コスーリス、ほか
◆トルコからドイツに移り住み、懸命に働きながら一家を支えてきたフセインは今や70代。大家族の中で平穏な日々を過ごしていたが、息子たち、孫たちはそれぞれ悩みを抱えていた。ある日、フセインは、家族全員で約3,000キロ離れた故郷・トルコを訪れようと提案するが・・・。トルコ系ドイツ人2世の新鋭女性監督が、実体験をもとに描く家族の物語。
◆上映後対論:『おじいちゃんの里帰り』と多文化共生社会をめぐって
  労働研究の視点から:篠田徹(早稲田大学教授)
  映画研究の視点から:井坂能行(岩波映像顧問)
  司会:鈴木不二一(働く文化ネット理事)

<第60回「技術の底力は柔軟なアイデアを生む」>は7月11日(木)18:00から開催。
 上映作品は日本のチカラ 第123回『風を受けて走ろう~富山発! 夢の電気三輪車~』(2018年、北日本放送)、第134回『緩まないネジから1,000の商品を生み出せ』(2018年、山梨放送)の2本。
 詳しくは、働く文化ネット公式ブログをご確認ください。 http://hatarakubunka-net.hateblo.jp/

◎【上映情報】労働映画列島! 6月~7月
※《労働映画列島》で検索! http://shimizu4310.hateblo.jp/

◇新作ロードショー
『劇映画 沖縄』《6月22日(土)から 東京 ポレポレ東中野ほかで公開》
 1969年、返還前の沖縄で撮影された長編映画をリバイバル公開。先祖代々の土地を奪われた農民たちの闘いを描いた「一坪たりともわたすまい」、基地労働者たちのストライキ闘争を描いた「怒りの島」の2部構成。(1969年 日本 監督:武田敦) https://www.mmjp.or.jp/pole2/
『新聞記者』《6月28日(金)から 東京 新宿ピカデリーほかで公開》
東京新聞記者・望月衣塑子の著書を原案にした政界サスペンス。大学新設計画にまつわる極秘情報を追う記者と官僚が、それぞれの正義を貫こうとする。主演は松坂桃李とシム・ウンギョン。(2019年 日本 監督:藤井道人) http://shimbunkisya.jp/
『田園の守り人たち』《7月6日(土)から 東京 神保町 岩波ホールほかで公開》
第1次世界大戦下のフランスを舞台に、出征した男たちに代わり、農場を守り続けた3人の女の静かな戦いを描く。(2017年 フランス=スイス 監督:グザヴィエ・ボーヴォワ)  https://snowroyale.jp/

◇名画座・特集上映
<全国>
【札幌シネマフロンティアほか全国58館】 7/12~8/8「午前十時の映画祭 80年代ベストヒットUSA」…ブルース・ブラザース/愛と青春の旅だち(2週間ずつ上映)

<北海道・東北>
【札幌プラザ2・5】 6/29「札幌映画サークル 上映会」…モロッコ/かぞくへ
【チームスマイル釜石PIT/他】 6/30~7/15「山懐キャラバンin三陸」…山懐に抱かれて(2019年 監督:遠藤隆) 【フォーラム八戸】 7/12~8/1「京マチ子映画祭」…浮草/羅生門/細雪(1959年)/赤線地帯/ぼんち/女系家族/夜の素顔/偽れる盛装/他

<関東・甲信越>
【長野松竹相生座】 6/15~8/16「相生座特選ドキュメンタリー映画」…ヒトラーVS.ピカソ 奪われた名画のゆくえ/ナイトクルージング/道草/主戦場/セメントの記憶/山懐に抱かれて/他
【東京 三軒茶屋 生活工房】 6/22・29「火と人の上映会 vol.1 火の星に生きる vol.2 火と食べもの」…火山が育む海/大地溝帯 裂ける大地/太平洋の中の新島/椿山 焼畑に生きる/長良川の鵜飼い/水草からの塩の採集/他
【東京 喜多見 M.A.P. 他】 6/27~7/15「第5回 喜多見と狛江で小さな沖縄映画祭+α 2019」…琉球カウボーイ/ハブと拳骨/カメジロー 沖縄の青春/ナビィの恋/モトシンカカランヌー/島の美よう室/辺野古抄/他
【東京 京橋 国立映画アーカイブ】 6/29~9/1「逝ける映画人を偲んで2017-2018」…若い狼/どろ犬/燃えつきた地図/三里塚 第二砦の人々/青春の蹉跌/犬、走る/南の風と波/他
【東京 シネマヴェーラ渋谷】 7/6~26「名脇役列伝IV 怪優対決 伊藤雄之助vs西村晃」…大番頭小番頭/気違い部落/広い天/果しなき欲望/散歩する霊柩車/マタギ/他

<東海・北陸>
【名古屋 大須シネマ】 6/24~7/7 キューポラのある街(1962年 監督:浦山桐郎)
【名古屋 名演小劇場】 6/29~7/19「フランス映画名作(名曲)ベストセレクション」…巴里祭/リラの門/太陽がいっぱい/男と女/冒険者たち/死刑台のエレベーター/他
【岐阜 ロイヤル劇場】 6/22~7/5「華麗なる女優陣の競演 追悼:京マチ子」…沈丁花/化粧(週替り)
【福井 メトロ劇場】 7/6~12「名作アニメ上映会」…AKIRA(1988年 監督:大友克洋)

<関西>
【奈良 東大寺 金鐘ホール】 6/21~23「ならシネマテーク」…ボブという名の猫 幸せのハイタッチ(2016年 イギリス)
【京都シネマ】 「名画リレー」 6/22~28 パピヨン 6/29~7/5 君の名前で僕を呼んで 7/6~12 チューリップ・フィーバー 7/13~19 少年と自転車、気狂いピエロ 7/20~26 洗骨
【大阪 九条 シネ・ヌーヴォ】 7/6~8/2「ATG外伝&追悼ショーケン」…俺たちの荒野/赤い鳥逃げた?/太陽を盗んだ男/戦争を知らない子供たち/誘拐報道/アフリカの光/赤軍-PFLP 世界戦争宣言/止められるか、俺たちを/他
【神戸 パルシネマしんこうえん】 7/1~10 メリー・ポピンズ リターンズ/あの日のオルガン(2本立) 7/11~24 万引き家族/運び屋(2本立)

<中国・四国>
【広島市映像文化ライブラリー】 7/14~31「平和のシネマテーク2019」…また逢う日まで/みんなわが子/きけ わだつみの声(1950年)/雲ながるる果てに/海軍特別年少兵/美しい夏キリシマ/他
【高松 レクザムホール】 6/22「映画の楽校 Lesson107」…Wの悲劇/ひまわり

<九州・沖縄>
【福岡 KBCシネマ】 「ONE SHOT CINEMA」…6/25 ヘンリー 7/2 世界一と言われた映画館 7/9 シークレット・ヴォイス 7/16 私の20世紀 7/23 アタラント号 7/30 ひかりの歌
【福岡 アンスティチュ・フランセ九州/ほか】 7/5~6「第33回 福岡アジア映画祭」…Lost in Time(韓国)/閃光少女(中国=香港)/カンボジア 100万年の時(カンボジア)/空中茶室を夢みた男(日本)/他
【日田リベルテ】 7/6~19「リベルテ10周年記念 ハル・ハートリー特集」…アンビリーバブル・トゥルース/トラスト・ミー/シンプルメン

◎日本の労働映画百選
 働く文化ネット労働映画百選選考委員会は、2014年10月以来、1年半をかけて、映画は日本の仕事と暮らし、働く人たちの悩みと希望、働くことの意義と喜びをどのように描いてきたのかについて検討を重ねてきました。その成果をふまえて、このたび働くことの今とこれからについて考えるために、一世紀余の映画史の中から百本の作品を選びました。

『日本の労働映画百選』記念シンポジウムと映画上映会
  http://hatarakubunka.net/symposium.html

・「日本の労働映画百選」公開記念のイベントを開催(働く文化ネット公式ブログ)
  http://hatarakubunka-net.hateblo.jp/entry/20160614/1465888612

・「日本の労働映画の一世紀」パネルディスカッション(働く文化ネット公式ブログ)
  http://hatarakubunka-net.hateblo.jp/entry/20160615/1465954077

・『日本の労働映画百選』報告書 (表紙・目次)PDF
  http://hatarakubunka.net/100sen_index.pdf

・日本の労働映画百選 (一覧・年代別作品概要)PDF
  http://hatarakubunka.net/100sen.pdf

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