【「労働映画」のリアル】

第37回 労働映画のスターたち・邦画編(37)イッセー尾形

清水 浩之

 《サラリーマンから天皇まで・・・ 「どこかで出会った」日本人たちの肖像》

 ウディ・アレンの映画に『カメレオンマン(Zelig)』(1983)という作品がある。いじめられっ子のユダヤ人が、周りの集団に溶け込もうと苦心する余り、白人にも黒人にも東洋人にも変身してしまう・・・というコメディ。このカメレオンマンが日本に実在するとしたら、それはイッセー尾形氏のことだろう。「ひとり芝居」の第一人者として知られる彼はいつも私たちの前に、「どこかで出会ったことのある日本人」として現れる。ある時は都会のサラリーマン、またある時は田舎の頑固おやじ。サムライにもサイボーグにも「なりすます」カメレオンのような俳優に、台湾の楊徳昌(エドワード・ヤン)、ロシアのアレクサンドル・ソクーロフ、そしてアメリカのマーティン・スコセッシなど、海外の映画作家たちも惚れ込んできた。

 イッセーさんは1952年福岡県生まれ。父親が転勤族だったため、小学校の頃から何度も転校を経験。新しいクラスに馴染むまでのプロセスが、彼の人間観察の原点かも知れない。
 18歳で演劇の世界に入り、工事現場などで働きながら様々な舞台を経験。1980年=28歳の時、日本テレビの若手芸人オーディション番組「お笑いスター誕生!!」に、本名の尾形一成で出場。鳶の親方や家族連れのお父さんなど、市井の人々の瞬間的なしぐさや言動を的確に捉えた「ひとりコント」は、MANZAIブーム真っ只中のお笑い業界で異色の存在として注目される。
 以後は渋谷の小劇場・ジァンジァンなどでのひとり芝居公演と同時に、青島幸男主演のドラマ『意地悪ばあさん』(1981、フジテレビ)での巡査役をはじめ、テレビや映画でのコメディ・リリーフとして重用される。映画『男はつらいよ』シリーズでは車掌、医師、警官、旅行会社の営業マンなど、様々な役柄で寅さんと「競演」した。

 俳優としての最初の代表作になったのが、愛媛出身の脚本家・早坂暁が自伝的要素を交えて描いた昭和史ドラマ『花へんろ』シリーズ(1985~97、NHK)。主人公・静子(桃井かおり)が嫁いだ商家の近所に住む「花井靴院長」に扮した。当時まだ珍しかった洋靴の修理店を「靴病院」と名付け、本物の病院長(小林亜星)から苦言を呈されても、「それは人間の傲慢でしょう」と返答する反骨の人。戦時下から戦後の占領期にかけて、町内の「野党」的存在として様々な問題に介入し、より良い解決法をひねり出すアイデアマンだ。かつては日本中どこの町にもいた気がする「名物男」は、12年にわたる放送を通して多くの視聴者に愛された。

 30代から40代、働き盛りの年齢での主演作には、コインロッカー荒らしの男が汚職事件の証拠書類などを盗み出すピカレスク・ロマン『都会のタコツボ師』シリーズ(1988~90、フジテレビ、監督・山本晋也)や、過労死したサラリーマンがサイボーグ手術で甦り、ビジネスの最前線で文字通り「24時間戦う」特撮ドラマ『企業戦士YAMAZAKI』(1995、監督・服部光則)など、世の中を一味違ったコンセプトで描いたものが並ぶ。

 50代以降は「演じる」「役になる」からさらに一歩進んで、その場に佇む姿でそれぞれの人生を表すようになる。村上春樹・原作の映画『トニー滝谷』(2004、監督・市川準)では、妻に先立たれた男の孤独を淡々と演じ、作品全体を透き通った世界観に仕上げてみせた。翌2005年の映画『太陽』では、ヒトラー、レーニンと世界各国の「権力者」を描いてきたソクーロフ監督により、終戦前夜から「人間宣言」までの時期の昭和天皇役に抜擢される。
 現代の日本で最大の「タブー」とされてきた役には制作当初から様々な憶測も呼んだが、彼は「いつもの」ひとり芝居を応用する形で、学究肌で浮世離れしたインテリ、いささか小心だが肝心な時には冷静な君主、そして疎開先の家族の無事を祈るひとりの「お父さん」として天皇を演じきった結果、世論も一転、その味わい深い存在感を高く評価した。

 「声と顔、この二つが決まれば、だいたい人間をつくることができるんです」(2018年、Yahoo! ニュース特集でのインタビューより)と語っているように、彼はこの方法であらゆる人間に化けてみせる。スコセッシ監督の映画『沈黙―サイレンス―』(2016)では、にっこり微笑みながらキリシタンを容赦なく弾圧する長崎奉行。そのすぐ後の時代劇ラブコメディ『アシガール』(2017、NHK)では、若殿の恋を優しく見守る好々爺。去年はNHKスペシャル『未解決事件 File.07 警察庁長官狙撃事件』(2018、演出・黒崎博)で、「革命家」としての高いプライドを持つテロ事件の容疑者に扮し、刑事役・國村隼との重厚な演技バトルを繰り広げて話題を呼んだ。

 今年もロシアとの合作映画『ソローキンの見た桜』(2018、監督・井上雅貴)や、明治期の漫画家・北澤樂天の生涯を描く映画『漫画誕生』(2018、監督・大木萠)など、気になる作品が次々に公開されるイッセーさん。今度はどんな人物に化けるのか、カメレオンマンの行方がますます楽しみです。

参考文献:『課外授業 ようこそ先輩 4』(TKC中央出版 1999年) ほか

(しみず ひろゆき、映像ディレクター・映画祭コーディネーター)
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●労働映画短信

◎働く文化ネット 「労働映画鑑賞会」
 働く文化ネットでは、毎月第2木曜日に労働映画鑑賞会を開催しています。お気軽にご参加ください。

◇次回のご案内
第56回 労働映画鑑賞会 《立ち上がる移民労働者たち》
・2019年3月14日(木)18:00~(参加費無料・事前申込不要)
・会場:連合会館 201会議室(地下鉄 新御茶ノ水駅 B3出口すぐ)
・上映作品:『オキュパイ・シャンティ~インドカレー店物語~』
 2016年6月。東京のカレー店に勤めるインド、バングラデシュ出身の人たちが、突然、店の閉鎖と解雇を通告された。「賃金も2年払われていません。皆さん助けてください」・・・店頭に貼り紙を出した彼らは、着手金ゼロで支援を引き受けた弁護士らとともに、未払い賃金の支払いと雇用確保を求めて立ち上がる。日本で働く移民労働者による「労働組合」結成を密着取材した迫真のドキュメンタリー。(2016年/43分/製作:ビデオプレス)
 【シャンティ事件】…東京の駒込や大塚に5店舗を展開していたインドカレー店「シャンティ」の外国人従業員(15名)が、2016年6月20日付けで店舗閉鎖と解雇を通告される。給料の支払いも2年間滞っていた彼らを救援しようと、店の常連客らがツイッターで情報発信。従業員たちは労働組合を結成し、閉鎖された店舗に寝泊まりしながら倒産争議を闘った。8月に新たな経営者のもとで営業再開が決定。2017年「テースト オブ インディア」(駒込店・新大塚店)がオープンした。
 詳しくは、働く文化ネット公式ブログをご確認ください。 http://hatarakubunka-net.hateblo.jp/

◎【上映情報】労働映画列島! 2月
※《労働映画列島》で検索! http://shimizu4310.hateblo.jp/

◇新作ロードショー
『牧師といのちの崖』《1月19日(土)から 東京 ポレポレ東中野ほかで公開》
 和歌山県白浜町の「三段壁」で、自殺を考えた人を救済するための「いのちの電話」を運営する牧師・藤藪庸一氏。再び生きることを選んだ人々の姿を追うドキュメンタリー。(2018年 日本 監督:加瀬澤充) https://www.bokushitogake.com/
『メリー・ポピンズ/リターンズ』《2月1日(金)から 東京 TOHOシネマズ日比谷ほかで公開》
 ディズニーがミュージカル・ファンタジーの名作を再映画化。大恐慌時代のロンドン、突然の不幸に見舞われたバンクス家に、ナニー(乳母兼家庭教師)のメリー・ポピンズが25年ぶりに戻ってくる。(2018年 アメリカ 監督:ロブ・マーシャル) https://www.disney.co.jp/movie/marypoppins-returns.html
『金子文子と朴烈』《2月16日(土)から 東京 渋谷 シアター・イメージフォーラムほかで公開》
 朝鮮出身の無政府主義者・朴烈(パク・ヨル)と、日本人女性・金子文子。関東大震災直後の混乱の中で囚われた2人の愛と闘いを描く歴史ドラマ。(2017年 韓国 監督:イ・ジュンイク) http://www.fumiko-yeol.com/
『あの日のオルガン』《2月22日(金)から 東京 新宿ピカデリーほかで公開》
 第二次大戦末期、東京・品川の戸越保育所が実施した保姆と園児の集団疎開。東京大空襲の戦火を逃れた実話を、戸田恵梨香ほかのキャストで劇映画化。(2018年 日本 監督:平松恵美子) https://www.anohi-organ.com/

◇名画座・特集上映
<全国>
【札幌シネマフロンティアほか全国58館】 3/1~28「午前十時の映画祭 事件は現場で起きている!」…狼たちの午後/大統領の陰謀(2週間ずつ上映)

<北海道・東北>
【札幌 シアターキノ】「KINOフライデーシネマ」…3/8 飢えたライオン、3/15 まだ見ぬまちへ~石巻・小さなコミュニティの物語~、3/22 タリナイ、3/29 暗殺の森 【ゆうばりホテルシューパロ/他】 3/7~10「ゆうばり国際ファンタスティック映画祭」…アナと世界の終わり/ニート・ニート・ニート/悪い女は良く稼ぐ/スパルタの海/他
【まちポレいわき、ポレポレいわき小名浜】 2/15~22「第9回 ポレポレ映画祭2019」…ぼけますから、よろしくお願いします/教誨師/グレイテスト ショーマン/他
【山形ドキュメンタリーライブラリー】 3/8「YIDFF2017アンコール12:中国、インドネシア、当世検閲事情」…映画のない映画祭(中国)/カット(インドネシア)

<関東・甲信越>
【東京 ラピュタ阿佐ヶ谷】 1/27~3/23「演技者・小林桂樹 役を全うする」…名もなく貧しく美しく/三等重役/サラリーマン出世太閤記/裸の大将/他 【東京 池袋 新文芸坐】 2/17~3/2「追悼 プロデュ-サー黒澤満」…最も危険な遊戯/Wの悲劇/あぶない刑事/鉄と鉛/俺っちのウェディング/他
【東京 日比谷図書文化館】 2/22~24「第6回 グリーンイメージ国際環境映像祭」…流れに抗って(ロシア)/坂網猟(日本)/黄金の魚 アフリカの魚(セネガル)/他
【川崎市市民ミュージアム】 2/16~24「ソヴィエト映画特集」…惑星ソラリス/ストーカー/死者からの手紙/ミュージアム・ヴィジター
【佐渡 ガシマシネマ】 3/2~30「樹木希林特集」…日日是好日/あん

<東海・北陸>
【名古屋シネマテーク】 2/16~22「カイエ・デュ・シネマが選ぶ フランス映画の現在」…プティ・カンカン/ジャネット、ジャンヌ・ダルクの幼年期/ジョゼフの息子/他
【岐阜 ロイヤル劇場】 2/23~3/8「カンヌ最高賞を2度受賞した名匠 今村昌平監督特集」…楢山節考/うなぎ(週替り)

<関西>
【京都文化博物館】 2/1~28「作曲家・芥川也寸志の映画音楽世界」…煙突の見える場所/たけくらべ/たそがれ酒場/裸の太陽/ゼロの焦点/他
【大阪 十三 第七藝術劇場】 2/16~3/1「没後10年 土本典昭特集」…水俣一揆 一生を問う人々/不知火海/原発切抜帖/海盗り 下北半島・浜関根/他
【大阪 シネ・リーブル梅田/他】 3/8~17「第14回 大阪アジアン映画祭」…過ぎた春(中国)/なまず(韓国)/七夕の妻(フィリピン)/ブルブルは歌える(インド)/カツテノミライ(日本)/他
【宝塚 シネ・ピピア】 2/16~3/15「2018秀作映画特集」…鈴木家の嘘/海を駆ける/止められるか、俺たちを/顔たち、ところどころ/ラッキー/馬を放つ/他

<中国・四国>
【広島市映像文化ライブラリー】 2/8~28「銀幕旅情 瀬戸内・中国地方」…かげろう/東京物語/蜂の巣の子供たち/秋津温泉/横川サスペンス/他
【高知 安田大心劇場】 2/22~3/2『土佐の一本釣り~久礼発、17歳の旅立ち~』(2014年)
【松山 コムズ】 3/2・3「マネキネマ第110回例会 東日本大震災から8年」…廻り神楽/息の跡

<九州・沖縄>
【福岡市総合図書館 シネラ】 2/1~24「スウェーデン映画への招待」…露は溢れ雨は落つ/見知らぬ港/ミス・エイプリル/俺たちはモッズと呼ばれる/他
【小倉昭和館】 2/16~3/1「名優を偲ぶ2本立て」…教誨師(大杉漣)/しゃぼん玉(市原悦子)
【福岡 KBCシネマ】「月・木ドキュメンタリー(仮)」…2/18・21 縄文にハマる人々 2/25・28 ニューヨーク、ジャクソンハイツにようこそ 3/4・7 おだやかな革命 3/11・14 福島は語る 3/25・28 眠る村
【本渡第一映劇】 2/9~22「天草市民シアター」…藍より青く(1973年 監督:森崎東)

◎日本の労働映画百選
 働く文化ネット労働映画百選選考委員会は、2014年10月以来、1年半をかけて、映画は日本の仕事と暮らし、働く人たちの悩みと希望、働くことの意義と喜びをどのように描いてきたのかについて検討を重ねてきました。その成果をふまえて、このたび働くことの今とこれからについて考えるために、一世紀余の映画史の中から百本の作品を選びました。

『日本の労働映画百選』記念シンポジウムと映画上映会
  http://hatarakubunka.net/symposium.html

・「日本の労働映画百選」公開記念のイベントを開催(働く文化ネット公式ブログ)
  http://hatarakubunka-net.hateblo.jp/entry/20160614/1465888612

・「日本の労働映画の一世紀」パネルディスカッション(働く文化ネット公式ブログ)
  http://hatarakubunka-net.hateblo.jp/entry/20160615/1465954077

・『日本の労働映画百選』報告書 (表紙・目次)PDF
  http://hatarakubunka.net/100sen_index.pdf

・日本の労働映画百選 (一覧・年代別作品概要)PDF
  http://hatarakubunka.net/100sen.pdf

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