【オルタの視点】

現憲法を擁護し、憲法改正(改悪)に反対する

横山 泰治


 これは成蹊大学OB・OG中心の懇親をかねた勉強会・自由大学銀蹊会が、去る11月20日に行った「憲法改正、是か非か」のパネル・ディスカッションで、護憲側のパネラーとして筆者が行った提案理由説明のレジュメを、若干補足修正したものである。別府大学在勤中、憲法擁護大分県民会議の代表委員として活動していた頃以来の久々の人前でのお喋りで、米寿の今も張り切る「白痴(こけ)の一念」の自分の姿にいささかの感慨を覚えた次第。自分では戦後ずっと温めてきた護憲・平和主義思想の集大成のつもりで公表したが、ひとりよがりの思いこみもあるかも知れない。率直な疑問やご意見など賜われば幸いである。

◆◆(1)現状をどう見るか

1.総選挙で改憲志向勢力が増え、安倍首相主導による憲法改正(改悪)への動きが急である。改憲の意味と内容を問う国民的論議の広がりが、改憲発議後に予定される国民投票にむけて、あらゆる場で必要とされている。

2.周知のように安倍首相は「戦後体制からの脱却」を叫び続け、戦前体制に戻るための憲法改正を悲願としてきた。安倍・自民党に大きな影響力をもつ右翼・守旧派連合の日本会議は「現憲法廃止・大日本帝国憲法(明治憲法)復活」を基本方針としている。同会議最高顧問の安倍首相も全く同じ考えだ。現在の憲法改正論議が「まず改憲ありき」で戦前体制復帰への逆コースの第一歩であるという現実を、多くの人々がまず認識することが先決だ。「まさか、現憲法廃止なんて」と、タカを括っている人が少なくないが、そのような楽観主義が通用するような事態ではないことの認識が必要である。

 報道によれば、去る9月12日の自民党憲法改正推進本部全体会で、佐藤正久・参議院議員(元陸上自衛隊イラク派遣隊長)が会議の冒頭、「今の改正案はホップ、ステップ、ジャンプのホップに過ぎない。」と発言し、はからずも安倍主導の改憲プランの大筋が露呈された。次のステップは天皇元首、国防軍設置、国民基本権制限などの自民党憲法改正草案に沿う内容、ジャンプで目標の現憲法廃止・明治憲法復活の実現ということであろうか。

◆◆(2)安倍・自民党主導の憲法改正(改悪)に反対する

1.上記の現状認識に立って、安倍・自民党主導の憲法改正(改悪)に反対する。もとより、先の戦争の反省が全くない自民党憲法改正草案にも反対である。安倍首相らの戦前体制復活の意図は、神話的国体観の故に戦後国会で失効とされた教育勅語を、一片の国会論議もないまま、安倍内閣が閣議決定で復権させた行動にも現われている。

2.安倍提案に発して自民党が去る12月6日、参院憲法審査会に提示した改憲4項目は、憲法第9条2項の戦力不保持、国の交戦権否定の条項はそのままに自衛隊を明記することを中心としている。これは、国土、国民の専守防衛のためにはやむを得ないとして国民世論多数も自衛隊の存在を容認している現状に悪乗りし、第9条2項を事実上空文化する改悪である。党内手続きも無視した改憲4項目の姑息な内容、とくに2項そのままの自衛隊明記には自民党内でも「戦力なき防衛という概念は存在しない」(石破議員)等と至極まっとうな反対意見が多いのに、安倍首相サイドが強引に党内論議を打ち切って参院憲法審査会に持ち込んだものと思われる。

3.安倍・自民党が目ざす戦前体制とは、「強い国」「美しい国」のスローガンに情緒的に示されている。「強い国」とは強力な常備軍を擁する軍事大国に他ならず、それは戦前のような徴兵制度の実施を不可避のものとする。去る総選挙に際して18歳から29歳までの若者の50%が安倍内閣支持という世論調査の数字に接すると、安倍首相のデマゴーグとしての特異な能力と宣伝のプロを動員した政府・自民党の巧みな宣伝戦術の成果を感じさせる。これは逆にみれば、護憲勢力の側の智慧をひねった宣伝力不足の証明ではないだろうか。

 「美しい国」とは万世一系の天皇を頂く国家の命令に国民が一斉に従う「一億一心」の国民精神総動員体制のことのようだ。安倍首相は、自著『美しい国へ』の中で「敗戦時の日本の愛国心を取り戻したい」と述べている。敗戦時軍国少年(海軍兵学校生徒)で、子どもの時から叩き込まれた教育勅語の「いったん緩急あれば義勇公に奉じ」の愛国心を純粋無垢に保持していた筆者は、敗戦以後、神がかり的皇国史観に基づくそれまでの全体主義、軍国主義の思想と、平和主義、民主主義の戦後感覚との葛藤に悩まされたものだ。

4.「戦後平和と民主主義」の70年余年を経験して、平和主義、民主主義の普遍的価値観を国際社会と共有するようになった今日、また戦後日本が高度経済成長以後“平和主義の豊かな国”として世界の人々から敬愛されるようになった今日(それは戦後日本の貴重な外交資産である)、安倍自民党・日本会議のように国家総動員下の軍事大国の愛国心を夢見るのは、トランプに代表される一国主義、愛国主義の悪しき時代潮流に同調し、人類社会の社会的進歩の方向性に逆行する時代錯誤的妄想でしかない。

 だが、安倍自民党と日本会議は今、「愛国心」復活の名のもとにその妄想に取りつかれており、それを支えるのが日本会議に結集した全国神社の過半を網羅する神社本庁やもろもろの右翼団体等である。来年の明治百五十年を記念して盛大に行われるであろう政府行事と軌を一にして、11月3日「文化の日」をかつての「明治節」に戻そうとする動きなど、右翼・守旧勢力による大行動の展開が予測される。注目しておきたい。

◆◆(3)現在の日本国憲法を尊重し擁護する理由

 現憲法は、占領軍総司令部(GHQ)に形の上では押し付けられたように見えるが、客観的に見ればその内容は日本国民が第2次大戦の言語に絶する多大な犠牲の上に、GHQを媒介として導入した平和主義、民主主義の普遍的価値観を土台としている。それは最後の帝国議会の審議を経て修正可決されたものだ。

 現憲法の非戦・平和主義は、サンピエール、ルソー、カントなど近代以降の平和思想や不戦条約など国際的伝統を継承した人類史の遺産といって差し支えない。また聖徳太子以来1400年の仏教的慈悲心の伝統や「徳川三百年の平和」の記憶も国民の平和意識の下支えになっている。柄谷行人氏のように、心理学的手法で「憲法第9条は日本人の無意識であり、超自我である」と指摘する人もある。(柄谷行人/著『憲法の無意識』岩波新書)
 守旧派が「日本の伝統」として宣伝する明治以来の伝統」は、1889(明治22)年の大日本帝国憲法発布、次いで1890(明治23)年の教育勅語発布から終戦までのたかだか55~56年間のものに過ぎない。

 平和主義が、民主主義と不断に交錯しながら進展してきたことは、1712年にサンピエールが提案した「国王たちによる国際平和機構の設置」などの考えに比べ、1789年フランス革命・人権宣言などを経てカントが1795年論文「永遠平和のために」で提案したのが「共和国による国際組織」と大きく民主的に前進した事ひとつとっても分かる。カントが「夢物語」とジョークを交えて提案したその願いは、1920年、第1次大戦の凄まじい破壊と殺りくに驚愕したヨーロッパ社会を中心に、世界の諸国を結集した国際聯盟の設立として結実した。

 その主導のもとに1928年には、人類史上画期的な「国家の政策の手段としての戦争を放棄する」不戦条約が締結された。(しかし日本は国際聯盟常任理事国として不戦条約締結に参加しながら、その3年後の1931(昭和6)年に中国東北部に侵略を開始し、満州国を設立して国際社会に批判され、1928(昭和8)年、国際聯盟からの脱退を余儀なくされた。そして日独伊三国同盟→太平洋戦争→無条件降伏への道をたどることになる。)

 平和主義と民主主義の相互関連という観点では、憲法第9条の非武装平和条項と第13条「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」の規定とウラハラの関係にあることに注目すべきであろう。また、憲法第97条は「この憲法が国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であって、過去幾多の試練に耐え、現在及び将来の国民に信託されたものである。」と、基本的人権保障の理念が確立してきたことの世界史的意義を強調している。

[附言]専守防衛のための戦力保持と交戦権容認を経過的に認める憲法改正案について

A.日本国憲法をもつ日本は世界平和を主導すべき立場にある。戦後日本の保守政権も当初はその立場で、最後の第90回帝国議会(制憲議会)において、当時の自由党政権・吉田茂首相は本会議で「永久平和の高き理想を以て平和愛好国の先頭に立ち、正義の大道を踏み進んで行こうという、固き決意をこの根本法に明示せんとするものであります。」と説明している。この初心を忘れては、日本が国際平和を主導することはできない。

B.当初の日本政府の態度は、朝鮮戦争勃発による米・対日方針の転換で変更を余儀なくされ、自衛隊が創設された。国際情勢の変化により、日本国憲法前文のいう「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。」という文言は時勢に合わなくなった。よって、憲法第11章・付則の経過規定で、前文のいう国際情勢が再び到来するまでの「当分の間」、憲法第9条2項の戦力不保持、国の交戦権否定の条項の効力を停止する改正案も、理論的には考えられる。ただし、それは政府に護憲の意思と気概があることが前提である。「普通の国」にするための第9条改正、ましてや現憲法廃止を最終目標とする安倍・自民党の憲法改正(改悪)には反対する。

 (元別府大学教授)

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