■【書評】

『現代中国農村の高齢者と福祉』
劉燦著 日本僑報社刊 定価8800円

                           井上 定彦
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世界の中でますます存在感を増す中国社会は、高まる威信と共に政治・社会の
さまざまの矛盾・困難を抱えている国として、識者の関心の的のひとつでもある。
年間数万件ともいわれる労働紛争のひろがりだけでなく、経済での高成長の持
続が同時に社会構造の大変動や社会矛盾の噴出をまねくことになっており、そこ
でなにかにつけ殊に中国農村社会の構造変動が注目点となる。

 日本では「イエ型社会」という原型が日本の農村にあったが、中国はいままさ
にその基層ともいえる農村社会の家族構造の変動が生じている。それは「一人っ
子政策」の影響から免れえない家族の小規模化に加えて、ようやく都市部で発達
しはじめている社会保障がいまだ農村部にいたるまでにはいっておらず、都市へ
の出稼ぎ( 「農民工」) が農村社会の底辺を疲弊させざるをえないという困難、
そして多少は改善の方向に入ったものの各種租税の負担が農家にふりかかってい
る現状での貧窮の問題がある。

かつてのような飢餓の問題( 一人当たりの食料確保の困難) は克服されてはき
たが、農村基層での政治統治組織の問題( 農村内部での貧富の差や内部対立) を
含めて、中国農村部はそれまでのように中国共産党の金城湯池でありつづけるこ
とができるのか、問題山積・課題累積・困難増幅ということであろう。戦前の日
本は、農村社会を分析すれば日本資本主義と統治構造がよくわかるといわれた
が、中国の現代においてますますそのことが妥当するように思う。

なかでも、高齢化が進むなかで、あいかわらずひところの日本の農村家族のよ
うに、高齢者の扶養・介護については男児の私的扶養が普通で、敬老院もまった
く不十分な中国農村部の高齢者福祉は、いわばその矛盾の集中点ともなっている。
このような農村部の社会調査は地方の言語や文化に通暁しがたい外国人にとっ
ては踏み込み難い領域であるといえるのかもしれない。

本書の特徴はこの越えがたい「壁」を、日本の社会学畑で育ってきた社会調査
手法を駆使し、中国人研究者・劉 燦氏がおこなった貴重な研究である( 神戸大
学総合人間科学研究科の博士論文) 。劉 燦氏は、主として2000年代はじめの時
期に山東省日照市を舞台として丹念な聞き取り調査を中心とした社会調査を行っ
た。これは、全国的課題ともいえる中国農村の「三農問題」( 農業・農村・農民
の困難な問題) を視野にいれつつも、サンプル調査を基本に実証的な分析をおこ
なったところに特徴がある。
 
ここのところ、日本での中国農村部研究の水準は高まり、厳 善平『農民国家
の課題シリーズ現代中国経済 二』や、江口伸吾『中国農村における社会変動と
統治構造』などのすぐれた研究が相次いで発表されている。
 
  いま労働市場でも現れはじめた社会紛争の震源地ともいえる中国農村社会の変
貌とさけえない困難な課題を考えるうえで、本書の一読を是非すすめたいと思う。

      (評者は島根県立大学総合政策学部教授・地域連携推進センター長)

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