A Voice from Okinawa(17)

■ 沖縄知事選挙と普天間基地問題       吉田 健正

   
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  沖縄県知事選挙について原稿を送ってほぼ10日後の12月13日、沖縄訪問が決ま
った管首相が訪問の目的を「謝るべきところは謝り、辺野古移設が少なくとも今
の普天間より危険性が少なくなることを説明したい」と語った。県内移設に反対
する沖縄県知事・県民に「謝って辺野古を受け入れてもらう」という沖縄では理
解不能の言葉だが、同日の仙石官房長官の説明にはさらに驚かされた。「日米同
盟深化の観点から、沖縄の方々にまことに申し訳ないが甘受していただくか、お
願いしたい」と述べたのである。

 理由は、「私の(出身の)徳島県を含め、自分のところで引き受けようという議
論は国民的に出ていない」「基地負担が沖縄に集中する現状は一定程度やむを得
ない」からだという。防衛省資料(平成22年3月21日)によれば、沖縄が在日米
軍専用基地の73.94%を占めているのに対して、第2位の青森県が7.66%、徳島
県はまったくのゼロ。あからさまな沖縄差別である。全国の74&を負担している
その沖縄に「謝って辺野古移設を受け入れてもらう」、「甘受」して欲しい、と
はどういうことか。あまりにひどい政治に対する不信と怒りは、ますます高まる
だろう。


■両候補とも合意見直しと県外移設を訴える


  11月28日の沖縄県知事選挙で、自民党・公明党推薦の現職・仲井真弘多(ひろ
かず)氏が、共産・社民・社大党推薦の前宜野湾市長・伊波洋一氏を破って当選
した。昨年の総選挙で普天間基地移設先を「国外、少なくとも県外」と約束しな
がら今年5月に「県内(辺野古)」に舞い戻る日米合意を交わした民主党が選挙戦
から離脱する一方で、総選挙、名護市長選、名護議会選挙、超党派で県外移設を
求める県議会決議、同じく県外移設を求める県民大会を受けて、両候補とも日米
合意の見直しと県外移設を掲げての闘いだった。選挙の意味と普天間問題の今後
を考えてみたい。
 
  結論的に言えば、米軍基地をめぐってその防衛利益を受けるヤマト(日本本
土)過重な負担を押し付け続けられる沖縄の差別構造が改めて浮き彫りにされ、
①普天間を含む在沖基地をグアムに移転するなど大幅に削減し危険性を除去する、
②「受益」と「負担」の格差を無くする、③日米安保や地位協定そのものを改
定するか友好協定に変える、などに大きく踏み切ることが急務であることを示し
た。その意味で、「沖縄」だけでなく、「国」のあり方、日米関係のあり方につ
いて再検証を迫る選挙であった。


■勝因・敗因


  まず、仲井真氏の勝因と伊波氏の敗因を探ってみよう。移設先をめぐる両候補
者の主張は、同じ、または似ているように見えたが、有権者にとっては大きな違
いがあった。ひとつは、伊波氏は宜野湾市長時代から主張していた県内移設反対
と米軍基地なき沖縄を唱えたのに対して、仲井真氏は県外移設を主張したものの
第一期の知事時代に県内移設を受け入れたという経歴があっただけでなく、知
事選後は日米政府との話し合いの余地を残したこと。

 しかも、伊波陣営は、普天間基地を含む在沖海兵隊のグアム移転を要求する伊
波氏、差別的な安保負担から脱するために県外移設を要求する社民党、沖縄だけ
でなく日本全国からの無条件基地撤去を主張する共産党の「共闘」体制、仲井真
陣営は「県外」を求める仲井真と公明党、県内を主張する自民党の「共闘」とい
う、きわめて分かりにくい構造であったが、仲井真=基地問題だけでなく経済活
性化や医療問題など沖縄の幅広い課題に取り組んできた現職知事、伊波=基地を
最大の焦点とする前宜野湾市長、というイメージの違いは鮮明であった。
 
  経済的閉塞感に悩む多くの県民にとって、基地の危険性や諸迷惑の除去は長年
の熱望であるが、「生活」のための産業振興、雇用増大、医療の充実なども欠か
せない。基地反対だけでは有権者――とくに若者や高齢者、無党派層の支持を得
ることは難しい。沖縄県議会事務局は、9月10日、県内のすべての米軍基地が返
還された場合、跡地利用による年間の経済効果は、基地撤去による逸失効果4949
億円の2倍近い9156億円に上るという試算を発表した。伊波氏は基地返還による
跡地利用効果を訴えたが、全県的な大きな関心を呼ぶことはなかった。普天間基
地の跡地に焦点が絞られたからである。

 昨年の総選挙で「県外」移設を約束し、今年の県民大会で伊波氏とともに「県
外」を訴えて人気を高めた民主党が、独自候補の擁立をあきらめざるを得ないほ
ど民心を裏切ったのも、多くの県民に投票への関心を失わせ、伊波氏には痛手に
なった。民主党本部は、昨年の総選挙で「県外」を公約して選ばれた出された国
会議員を含む党員たちに、伊波氏の応援を禁じるほどの「念の入れよう」だった。
それでも、一部の議員は、本部に反旗をひるがえして、伊波氏の宣伝カーで肩
を並べて応援した。わずか1年前に日米ロードマップ合意を見直すとか、地位協
定を見直すとか、普天間基地を「少なくとも県外へ」と約束したあの民主党はど
こへ消えたのか。


■普天間はどうなる?


  仲井真氏は、選挙運動中、方針を単なる「県外移設」から「県内移設なし」に
変えた。仲井真氏のもともとの主張は、普天間の危険性の除去であった。自民党
の推薦を受けて社民党の糸数慶子氏と争った4年前の選挙では、「3年内内の閉
鎖」を公約に掲げた。当選するや、「3年以内の閉鎖状態」や「危険性の除去」
に変えたが、ヘリコプターがアパートや商店などとともに学校、保育所、病院な
どが立ち並ぶ市街地上空を低空旋回飛行する演習を止めさせる早期に意図であっ
たことに変わりはない。

 しかし、2004年の沖縄国際大学構内へのヘリ墜落により、「世界一危険」とい
うラムズフェルド米国防長官の懸念が実証されたあとでなされたこの公約も、仲
井真氏の第一期在任中に実現することはなかった。普天間基地は、十分な安全帯
の欠如などその危険性から言って、米国の連邦航空法の条件を満たさず、米国で
は決して認められない基地でありながら、自民党政権も民主党政権も「運行停
止」や「閉鎖」を求めないため、危険性や爆音が放置されたままになっているの
である。

 仲井真氏と日本政府は、改めて普天間基地の「危険性の除去」に真剣に取り組
むべきだろう。完全撤去・閉鎖だけでなく、グアムへの移転、米本土への移転、
余剰と化した日本本土の飛行場への移転など、選択肢は多い。

12月初めの黄海における、甲板上を最先端戦闘機が飛来し多くの弾薬と兵器、数
千人の兵士を積み補給艦や駆逐艦を従えた空母ジョージ・ワシントンを旗艦とす
る米韓演習の映像は、普天間基地や在沖海兵隊より、空母を中心とする洋上基地
の方が、はるかに大きな抑止力をもつことを示した。洋上基地は、基地周辺の住
民や教育・医療施設に迷惑をかけることもない。


■民主党政権は選挙結果を無視


  名護市長選挙、名護議会選挙、そして今度の県知事選挙で示された普天間基地
の「県外」移設を求める沖縄県の民意も、自民党政権と同じく、民主党政権も無
視する構えである。仲井真氏は、日米安保を支持する立場にありながら、選挙戦
で、また当選後も、「米軍は沖縄のためだけにあるのではない。日本全体のため
にあるのだから、(移設問題は)全国で解決してもらいたい」と訴えた。共同通
信社が投票当日実施した出口調査でも、回答者の68.9%が辺野古への移設は「容
認できない」と返答した。

 しかし、選挙直前に共同通信社と加盟新聞社が全国自治体の首長に対して行っ
たアンケートによれば、政府から米軍基地の受け入れを要請された場合、全体の
78.4%が「受け入れ検討の意思はない」と答えている。
  「米軍は沖縄のためだけにあるのではない。日本全体のためにあるのだから、
全国で解決すべき」という仲井真や、彼を支持した沖縄県民の要望が実現する見
込みは限りなく少ない。

 しかも、12月2日の会談で、「県外移設」を訴えた仲井真氏に、管直人首相は
辺野古移設を約束した5月末の日米合意に「改めて理解を求めた」。米国とは交
渉しないとして、昨年の総選挙以来何度も示された沖縄県民の民意を拒否した。
管首相は沖縄の基地負担軽減や経済振興策は口にしたものの、「日本全体のため
の日米安保の負担は全国で考えて欲しい」という仲井真氏と沖縄県民の切実な要
望も、切り捨てたのである。沖縄振興策というアメによって沖縄に辺野古など米
軍基地を押し付け続けるのは、もはやきわめて困難だろう。とくに、北朝鮮や中
国の「脅威」がこれほど目の前にさらされては、なおさらである。


■ジュゴンの海を埋め立てるか、普天間を固定するか


  仲井真知事が、あくまで「県外」を要求して、辺野古移設を拒否すれば、どう
なるか。辺野古代替基地について両国が2006年の「ロードマップ」で合意し、今
年5月末に確認したのは、「V字型」滑走路を海面埋め立てによって辺野古岬と
隣接水域に建設する案であった。今年10月末に、両国の専門家検討会合(ExS
G)は、「I」字型の単一滑走路案を提示したが、これも海面埋め立て工法によ
るものだった。

 海面を埋め立てる場合、公有水面埋立法により、県知事の免許(承認)が必要
となる。仲井真知事は、自らの公約、名護市、名護市議会、沖縄県議会、県民世
論に反して、辺野古移設と「文化遺産ジュゴン」の海として知られる辺野古沖の
埋め立てに同意するか。もし県知事が同意しない場合、国は沖縄県の、またおそ
らく日本や世界の平和運動団体や自然保護団体の反対を無視して、知事の権限を
国に移す特別措置法を制定することによって日米合意による辺野古移設を実現し
ようとするか。
 
  また、「ロードマップ合意」にしたがって辺野古移設が実現しない場合、普天
間基地は「固定化」されて危険性と爆音はそのまま残り、在沖海兵隊とその家族
のグアム移転も嘉手納以南の基地返還も葬られるのか。
  これは、沖縄にとって、きわめて重要な問題である。これを契機に沖縄で反基
地運動が高まり、日米安保の存在や日本における米軍基地のあり方が問われ、日
米同盟を脅かす可能性もでてこよう。


■解決策はグアム移転か


  それとも、ロードマップにしたがってグアムで準備が着々と進んでいる海兵隊
移転が問題を解決してくれるか。なぜか国会でもメディアでも取り上げられない
が、『米軍のグアム統合基地計画 沖縄の海兵隊はグアムへ行く』(高文研)に
続く拙著『戦争依存症国家アメリカと日本』(同)で、日本の巨額(全体の約6
割)の支援をえた米国のグアム軍事拠点化計画とその進展状況について書いた。

 米軍の資料によれば、海兵隊だけでなく一時的な基地労働者移入による人口急
増がもたらすインフラへの圧力、サンゴ礁や先住民チャモロの史跡への影響が懸
念されたものの、両国の予算により海兵隊移転を契機とする軍事拠点化工事はま
もなくスタートし、海兵隊と家族の移転も来年か再来年には始まる予定である。

 島北端の、巨大な弾薬庫と貯油施設を備え、面積が普天間基地の13倍もあるア
ンダーセン空軍基地の、それぞれ2本の滑走路をもつ2つの飛行場のうち、北東
飛行場は沖縄から移転する海兵隊の航空戦闘隊が発着飛行場として、太平洋戦争
以来放置されてきた北西飛行場は海兵隊が飛行訓練、落下傘降下訓練、陸上訓練
などに使う予定だ。島には第三海兵隊遠征隊の司令部や家族用住宅および学校な
どのコミュニティ施設のほか、都市型訓練場や射撃演習場も建設される。

 米軍が沖縄の基地負担を軽減するための海兵隊の移転先として、そして太平洋
における新たな軍事拠点としてグアムを軍事拠点として選んだのは、①米領であ
るため米国の軍事使用に規制がない、②紛争が予想される地域に近く、迅速に移
動できる、③米国が同盟国との安保義務を果たせる場所に位置する、という条件
を満たしたからである。海兵隊は巨大な空軍および海軍と隣り合わせに配備され
るので、太平洋から東アジア、中東までの海上・空路展開にも便利だ。    
   
(筆者は沖縄在住・元桜美林大学教授)

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