【沖縄の地鳴り】

沖縄の基地問題 — 沖縄タイムス紙特集面に見る

羽原 清雅


 沖縄タイムス紙が2016年6月18日付の紙面8ページで、在日米軍基地の問題点と、基地がもたらす現地の状況について特集した。沖縄問題の総体と、その根の深さを改めて考える材料がよく整理されている。
 原稿量が多いので、やや削り、はしょり、補足したところもあるが、大筋を紹介したい。

◆◆《在日米軍基地》

 国土の総面積で見ると、本土99.4%に対して、沖縄はわずか0.6%の狭さ。そこに米軍基地が本土の25.6%に対して、沖縄に74.4%と集中した。戦後10年の1955年の基地は本土に89%、沖縄11%だった。沖縄返還時の1972年には、本土41.3%、沖縄58.7%、そして73年には73%と急激に沖縄に持ち込まれている。
 米海兵隊は1955年から57年にかけて、次々に本土から沖縄に移駐してきた。理由は(1)国際情勢に伴う軍事戦略の変化、(2)安保条約改定など日米の政治事情、(3)本土の反基地感情の高まり、があった。

<1950年代> 朝鮮戦争(1950−53年)が休戦に入り、後方支援のため岐阜、山梨、静岡に配属されていた第3海兵師団のうち、第9連隊(55年)、司令部(56年)、第3連隊(57年)が沖縄に移された。54−55年の台湾海峡金門島、馬祖島をめぐる中華民国軍と中国人民解放軍の衝突を機に、米国は海兵隊1個師団の日本への配備を計画。一方、沖縄では56年以降、基地拡張反対闘争が高まる。本土では、57年の群馬・相馬ヶ原米軍演習地で主婦を射殺したジラード事件が発生、本土での反米感情を刺激したことも、基地の沖縄移転に拍車をかけた。
 アイゼンハワー大統領が、安保条約改定に取り組む岸信介首相に配慮したこともある。

<沖縄返還前後> 沖縄の海兵隊はベトナム戦争に参加、そのため60年代末の海兵隊は1万以下に。これを機に、海兵隊の沖縄撤退も検討されたが、結局第3海兵師団は沖縄に戻り、岩国から第1海兵航空団司令部が移駐し、80年代には2万人規模となった。
 その理由は、日本政府が「アジアでの機動戦力の必要性を踏まえると、海兵隊を維持すべきだ」と主張したためという。70年代初めに、本土の米軍基地が大幅に縮小される一方、沖縄では海兵隊を中心に維持・強化され、基地の集中が進んだ。

<現状から将来へ> 95年の米兵による少女暴行事件を機に、日米両政府は沖縄米軍基地の整理・縮小、統合に向けての日米特別行動委員会(SACO)を設置、11施設の返還をめざす。だが、普天間飛行場[480ヘクタールの返還条件として辺野古沿岸160ヘクタールを埋め立て、飛行場建設を計画。反対運動中]、北部訓練場[7500ヘクタールのうち4000ヘクタールを返還する条件として、6つのヘリパッドを移設。反対運動中]、牧港補給地区(キャンプキンザ—)[倉庫地区を含む129ヘクタールのうち読谷村のトリイ通信施設は受け入れられ、嘉手納弾薬庫知花地区への移設は沖縄市が検討中]、那覇港湾施設[56ヘクタールは浦添ふ頭地区への移設が条件で、協議中]などで、返還は実現していない。

◆◆《海兵隊をめぐる国と沖縄県の対立》

 海兵隊の沖縄駐留の意義と、政府側と県側の見解の相違はなにか。

<抑止力> 国は「侵略を思いとどまらせる」ための基本的な防衛政策、とする。北朝鮮の弾道ミサイルの大量の配備、中国の継続的な国防費の増額など、日本を取り巻く安全保障環境は厳しさを増している。米海兵隊との一体性保持、地理的優位性にある沖縄駐留は日本安全保障の抑止力として必要。
 一方、県の主張は、(1)国の「抑止力」という言葉を無限定、広範に使う(2)辺野古移設の理由を「抑止力の維持」というが、具体的な内容がない(3)本土の海兵隊の沖縄移駐は1950年代の反基地感情沈静化のためで、軍事的、地理的な合理性はない(4)在沖海兵隊が他府県に移転しても、沖縄には嘉手納飛行場、ホワイトビーチなど米海陸空軍、日本の自衛隊基地が存在、軍事的プレゼンスは低下しない、など。

<地理的優位性> 県は、キャンプハンセンに拠点を置く第31海兵遠征部隊(MEU)について「1年の大半は洋上展開で、揚陸艇は航行地点から目的地に向かうので、基地は沖縄でなくてもいいはず」と言い、朝鮮半島有事への対応は沖縄−ソウル間1260キロに対して、福岡は534キロ、熊本は620キロで、地理的に沖縄の地理的優位性は認めない。
 台湾海峡についても、(出動中の)揚陸艇の到着を待つ状況に変わりなく、他地域との優劣は明らかでない。軍事専門家は、対中国は空、海軍が対処し、海兵隊の出番は少ない、という。
 一方、国は「海兵隊の一部が洋上展開中でも、他の部隊は陸上で訓練し、危機発生への即応体制を維持している」、「南西諸島は海上交通路のシーレーンに隣接、また潜在的紛争地域に相対的に近い。半径約500キロの範囲を包摂するので、朝鮮半島、台湾との関係だけではなく、地理的優位性を持つ」と説明する。
 また、海兵隊は初動対応部隊として、有事の際には、海軍、空軍が果しえない重要な役割を担っている、と説明する。

<佐世保の揚陸艦> 強襲揚陸艦とは、飛行甲板があり、ヘリ、上陸用舟艇が展開できる軍艦のこと。
 国は「在沖海兵隊の主要任務は、強襲上陸作戦だけではなく、人道支援、災害支援など多岐にわたる。揚陸艦の母港がないから沖縄配備の理由がないとは言えない。また、実弾射撃訓練ができなくても、沖縄が戦略的要衝として地理的優位性を持つという評価に影響を及ぼさない。訓練は本土の演習場で代替可能だが、地理的優位性はほかの場所では代替できない。北部訓練場は、米国防総省が所有する唯一のジャングル戦闘訓練施設で、沖縄のみで実現可能な訓練がある」と説明する。
 一方、県は「海兵隊は有事の際、司令部、陸上、航空、後方支援の各部隊が一体となった海兵空地任務部隊(MAGTF)を編成して作戦を展開する。そのうち沖縄配備の兵力で編成できるのは第31海兵遠征部隊(MEU)だけ。31MEUは米海軍の水陸両用戦隊の強襲揚陸艦に搭乗し、実任務に就く。日本配備の揚陸艦は佐世保基地の4隻で、佐世保からうるま市のホワイトビーチに入港し、ヘリや兵員を搭載する。そのため、沖縄に駐留しなければ、海兵隊の即応性、機動性を失う、という論理は成り立たない」としている。 

◆◆《奪われた命》

 米軍関係者による事件は、県民共通の悩みであり、怒りでもある。その実態はどうか。
 1945年の終戦以来、米軍関係者の犯罪を県や民間団体の資料や文献で調べると、その犠牲者は(1)強姦殺人22、(2)殺人75、(3)交通事故死亡202、(4)強姦(未遂を含む)321、これだけでも被害者は620人。しかし、泣き寝入り、未発覚、裁かれなかった米軍犯罪なども多く、この数字は氷山の一角、とタイムス紙は見ている。被害は人口の多い那覇市、基地隣接の中北部に集中する。
 また、復帰後の1972年から2014年までの42年間に発生した米軍人、軍属による刑法犯罪の検挙件数は5862件にのぼった。このうち、殺人、強姦、強盗、放火の凶悪事件は571件だった。

・1955.9 米軍人による幼女殺人<軍事法廷は被告軍曹に死刑宣告したが、帰国後減刑>
・1959.10 旧コザ市で20代女性絞殺
・1961. 7 旧久志村で40代女性を刃物で殺害
・1961. 9 旧コザ市で米兵の車が児童4人をひき逃げ、うち2人死亡
・1963. 7 旧美里村で20代女性絞殺
・1965. 6 読谷村で米軍機からトレーラーが落ち小学生死亡
・1975. 4 金武村で女子中学生2人を暴行
・1892. 8 名護市で女性を絞殺
・1995. 9 沖縄北部で米兵3人が小学生を拉致、暴行
・2001. 1 女高生に強制わいせつ
・2001. 6 北谷村で20代女性に暴行
・2008. 2 北谷村で中学生を暴行

 以上は一例として紙面に挙げている米兵の犯罪だ。しかし、無罪になった<那覇市で下校途中の男子中学生が米兵の車にはねられ死亡(63.2)>、<旧糸満町で50代女性がはねられ死亡(70.9)>などのケースもある。
 こうした事件を機に、日ごろの憤懣が爆発、米軍に対する全島的な怒りの大集会が起きている。

(1)米側の土地強制接収に反対する「島ぐるみ闘争」(55年7月、15万人)、(2)コザ騒動(70年)、(3)米兵の少女暴行事件(95年10月、8万5000人)、(4)「集団自決」修正をめぐる教科書検定意見の撤回要求(2007年9月、11万人)、(5)普天間の国外・県外移設要求(10年4月、9万人)、(6)オスプレイ配備反対(12年9月、10万1000人)、(7)辺野古新基地建設反対(15年5月、3万5000人)など。

◆◆《「不平等」の日米地位協定》

 米軍の日本駐留の関する法の扱いを定めるのが「日米地位協定」。1960年の制定後、米軍優位の「不平等協定」として、沖縄側は抜本的な改定を求め続けてきた。だが、56年間一度も改定されず、両政府は運用を見直す「改善」だけで取り繕ってきた。米軍人・軍属に与えられた「特権」が戦後の悲惨な事件・事故の温床との声も強い。

<刑事裁判権> 事件・事故のたびに改定を求める声が上がるのが、刑事裁判権を定めた17条。米軍人・軍属が公務中に起こした犯罪は米軍に、公務外の場合は日本に、それぞれ第一次裁判権がある。だが、公務外でも米側が現場に先着して逮捕するなど、身柄が米側にあれば原則、起訴されるまでは米側の手元に置かれる。この取り決めが政治問題化したのは95年9月の米兵3人による暴行事件だ。県警は被疑者を特定し、身柄の引き渡しを求めたが、米側は拒否。県民は強く反発し協定改定を求めた。
 反発の高まりを懸念した日米両政府は、翌10月、日米合同委員会で殺人、強姦容疑は「起訴前の身柄引き渡しに好意的考慮を払う」ことで合意。だが、引き渡しの可否判断は米側の裁量にゆだねられた。
 95年の運用改善後、日本は6件の身柄引き渡しを求めたが、米側が応じたのは5件。2002年に北谷で起きた暴行未遂事件で拒否した。
 身柄が日本側に渡らないと、県警による捜査が十分にできず、事件の真相解明ができない。証拠不十分で起訴に至らない場合もある。また、公務外による犯罪で米側が身柄を拘束した際、被疑者が基地内でどのような拘束状態にあるのか、日本側が確認できないという問題もある。
 03年、宜野湾市での強盗致傷容疑で米側に身柄を拘束された3人の海兵隊員は起訴前に基地内で会い、口裏合わせをした容疑が浮上。那覇地裁は供述の変遷経緯などから口裏合わせがあったことを認めた。
 十分に捜査が行われず、凶悪犯罪でも身柄の引き渡しは「好意的考慮」と米側の裁量次第。独立国として十分な裁判権を行使しえない状況を改善するため、県は抜本的な改定を求めている。

<基地管理権> 協定第3条は、米軍の「排他的管理権」を認める。日本側の基地内への立ち入りや米軍への日本国内法の適用を除外する「米軍特権」の根拠条文だ。
 米軍基地内で事件・事故が発生、市町村が環境などの調査をするため、基地内の立ち入りを求めても、米側はこの排他的管理権を盾になかなか認めない。13年8月、米空軍ヘリがキャンプハンセン(宜野座村)内に墜落、炎上。現場近くは住民の取水地で、村は取水を停止し、立ち入り調査を求めた。だが、米軍が認めたのは4ヵ月後の12月。県が土壌採取のために立ち入りできたのは翌年3月。

 一方、米軍は航空法など国内法の適用からも除外される。このため、米軍は深夜・早朝の飛行や低空飛行訓練などを繰り返し、住民に重い負担が。96年、その不平等性を是正するため、日米両政府は深夜・早朝の飛行制限などを盛り込んだ騒音規制措置で合意した。
 だが、規制はあくまでも米軍の運用次第。実際、深夜・早朝や、住宅地上空での飛行は常態化している。県によると、14年度の午後10時−午前6時の騒音は、嘉手納町屋良B地区が月平均117回、A地区は105回にのぼる。県が高校、大学入試のため、飛行の自粛を申し入れても、飛行が確認された。
 騒音による損害賠償、飛行差し止めを求める訴訟でも、裁判所はこれを認めない。米軍は国内法が及ばない「第三者」であるため、日本政府に飛行差し止めの権限はない、という「第三者行為論」だ。地位協定下での司法の限界も示す。
 イタリアでは、米軍駐留の基地内の管理権はイタリアが持つ。米軍の都合だけで滑走路を使用することはできず、米軍駐留基地も国内法の規制下にある。日米地位協定とは雲泥の差だ。

<基地以外の寄港> 地位協定第5条では、米軍の航空機、船舶の米軍基地以外の寄港などを認めている。「公の目的で運航されるもの」は着陸料を課さずに民間空港の出入りを認めており、県や市町村が拒否する権利はない。県としては、県民の日常生活や観光振興の面から安全な運航を保つため、緊急時以外の使用禁止を求めている。
 米軍は2000年、フィリピンでの合同演習バリカタンを再開、参加する在沖海兵隊はCH46ヘリやKC130空中給油機の給油目的として宮古の下地島を使用。2000年代半ばになると、さらに石垣、波照間と先島諸島各地の空港で使用実績を重ねた。
 県は、民間港の使用に関して「実質的に訓練や演習の一環での入港と見なさざるを得ない」と指摘。県は訓練、演習は提供施設、区域で行うべきとの立場で、そうした民間港の使用は明確に禁止すべきだ、と求めている。
 だが、2016年1月、米陸軍の揚陸艇2隻が伊江島の伊江港に入港した。「演習備品の運搬が目的」とするが、伊江村の県道を米兵約80人が大型リュックを背負って「行軍」、米軍の裁量での「自由使用」が進む。

<環境汚染> 米軍基地内や基地を発生源とする環境汚染も、地位協定の大きな壁になっている。これも、国内法を適用除外とする「免法特権」だ。
 米軍起因の環境汚染について、米側は原状回復義務を負わない。その費用も、日本側の負担で、汚染原因者として米側の責任は皆無に等しい。基地が返還されてから、日本の調査で汚染が発見され、その後の開発計画が遅れることもしばしば、という。
 沖縄市のサッカー場で高濃度汚染の米軍ドラム缶が大量に発見されたが、米軍がどのように土地を使ったか、米軍が具体的に明らかにしないので、日本側が手探りで調査、発見しているのが現実だ。
 日米政府は2015年9月、環境汚染が発生した際、県の立ち入り条件などを整備した環境補足協定に合意した。これまで、「運用改善」を繰り返していた日本政府が初めて新たな協定を結んだ。
 だが、立ち入りには米軍の「妥当な考慮」が必要で、「米軍の運用を妨げない限り」との注釈もつく。立ち入り調査も米側の事前合意が前提になるなど、米側の裁量が多く残っている。
 県は、NATO軍とドイツが結ぶボン補足協定が、NATO軍にもドイツ国内法を適用していることを引き合いに、日本の国内法の適用を要求する。

 (オルタ編集委員・元朝日新聞政治部長)


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