【オルタ広場の視点】

毎月勤労統計とアベノミクス

大井 二郎

 昨年末、政府の毎月勤労統計調査が長年にわたって不正な方法行われていたことが発覚した。調査の不正問題は昨年末から指摘されていたが、年明けになって根本巧厚生労働大臣が問題を認めた。統計の再集計などによって不足分が生じ、雇用保険などの追加給付や事務費は巨額に上る。
 この問題は複合的で多岐にわたるが、まだ解明の途上であるため、現時点での報告に過ぎない。また、この問題をきっかけに、56ある国の基幹統計のうち約4割にあたる23の統計で不正や不適切な事例が見つかっているが、本稿では毎月勤労統計において厚労省が長年にわたって統計不正を行ってきたことに論点を絞るととともに、野党が批判している安倍政権が統計そのものに影響を与えたとされる「アベノミクス偽装」について考えたい。

◆◇ 毎月勤労統計と安倍首相の姿勢

 毎月勤労統計は、56ある国の基幹統計の一つであり、大正12年に開始された「職工賃銀毎月調査」及び「鉱夫賃銀毎月調査」を前身に持つ。調査の結果は、景気動向を判断するための指標の一つとなっているほか、厚生労働政策や経済政策の基礎資料、企業の労働条件決定の際の参考資料として幅広く活用されている。政府の政策立案、保険給付や学術研究、経営判断の基礎として、常に正確性が求められるものである。
 調査対象事業所は、常用労働者5人以上の約190万事業所から抽出した約33,000事業所で、名目賃金(現金給与総額)や実質賃金、所定内及び所定外労働時間などがわかると公表されていた。ところが、今回こうした調査対象や調査方法が長年複雑に操作されていたことがわかってきたのである。

 わが国の統計制度の信頼を揺るがせているこの問題について、安倍首相や与党側は、「統計不正」だとして厚生省が「不適切な調査方法」で不正な統計処理を行ってきたことを問題にしている。首相は、長年行われてきた統計不正を見抜けなかったことに責任を感じているとしながらも「この問題とアベノミクスは何の関係もない」と述べている。衆参の予算委員会等における与党側の質問も厚労省の責任追及に終始している。不正を行ったのは官僚であり、民主党政権時代を含め、与野党を超えて不正を見抜けなかったことが政治家の責任であるとの論法である。安倍は「再発防止に全力を尽くすことで責任を果たす」としており、原因究明や責任追及には言及しないのである。

◆◇ 問題発覚の発端

 この不正をめぐっては、昨年12月13日に厚労省が西村清彦統計委員長と協議を行った際、厚労省が東京都における調査で総務省への届出と違う抽出調査をしていたと伝えたことが、問題が明るみに出るきっかけとなった。

 西村が問題にしたのは、すべての事業所を調査しなければならない500人以上の規模の事業所において、東京都では三分の一のみを抽出したサンプル調査が行われていたことである。サンプル調査が行われていたこと自体が不正であることはいうまでもないが、サンプル調査を行う場合、本来の手法で行った場合に近づけるための統計上の処理が行われなければならない。ところがこうした補正すら行われていなかったため、調査結果が適正に調査した場合に比べて平均で約0.6%低めに出ていたことが判明したのである。これは給与が高い傾向にある都内の大規模な事業所が3分の2も除外されていたためだ。これをもとに支給額の上限や下限などを算出している失業給付などで過少給付が生じることになった。

 このため、厚労省は「国民に不利益が生じることがないよう、2004年以降、追加給付が必要となる時期に遡って、すべての給付に対応する方向で検討」を行うことを表明した。追加給付が行われるのは、雇用保険、労災保険、船員保険、事業主向け助成金の各制度であり、必要な追加給付は564億円、事務費を含めた総額は795億円に上り、対象者は延べ2,000万人以上になるとされた。
 西村は、「極めて重大な計画変更で、明らかな法令違反だ。15年にもわたって修正されなかったのは驚きだ」と述べている。統計の不正が15年間も放置されていたことや、2011年よりも前の調査については資料が廃棄されていることなどから、厚労省による組織的な関与や隠ぺいが疑われた。

◆◇ 厚労省の「お手盛り」調査

 根本厚労大臣は、12月20日に不正な抽出調査を行っていたとの報告を受けたにも関わらず、それを伏せたまま翌21日に10月分の確報値を発表させている。この日は新年度予算案が閣議決定された日でもあった。根本は、この時点では雇用保険の給付額などへの影響が明らかになっておらず、追加給付が必要になることを認識したのは27日だったと述べている。このため、追加給付支払いのために2018年度予算が修正されるという前代未聞の事態となった。

 問題発覚後も厚労省の隠蔽体質は変わらず、「お手盛り」の調査が続けられた。厚労省でこの問題を検討したのは、省内に常設されていた監察チームであり、聞き取りを行ったのは定塚由美子官房長らの「身内」だった。このチームは本年1月10日、外部有識者に概要を報告。16日には厚労省に特別監査委員会が設置されるが、委員長となった樋口美雄は、厚労省所管の独立行政法人、労働政策研究・研修機構の理事長であり、その「第三者性」には大きな疑問符がつけられている。
 同委員会は22日には早くも「組織的隠ぺいは認められない」と報告している。現在に至るも政府側は積極的な情報開示を拒んでおり、国会では森友・加計問題と同様の与野党攻防が続いている。

◆◇ 次々と明らかになる不正

 国会審議において統計不正はさらに長期的なものであることが発覚し、アベノミクスとの関連も疑われるようになってきた。野党は、予算委員会や野党合同ヒアリングなどで状況証拠を積み上げてきているが、森友や加計問題と同様、資料の非開示や参考人隠し、答弁拒否などが繰り返され、どんなに「詰んだ」状況となっても絶対に非を認めない政府側の態度によって、問題は長期化するだろう。
 安倍は、2月4日の衆議院予算委員会で、立憲民主党の小川淳也が「統計に政治の手が入っている、統計が政治化している」と批判したことに対して以下のように答えている。

 まるで私たちが統計をいじってアベノミクスをよくしようとしている、そんなことできるはずがないじゃないですか(中略)下がっていたから、今度、雇用保険も労災保険も船員保険もこれは対応しなければいけなくなっていたわけであって、私たちがもし上に何かかさ上げしていたんだったら、これは逆になるわけでありますから。

 追加給付が必要になったのは、アベノミクスの成果が低く見積もられていた結果であって、偽装など行っているはずがないというのである。これが安倍の逃げ口上になっている。
 前述のように統計の不正が15年間続き、2004年以降の統計上の賃金額が低めに出て実際よりも下振れしていたことは確かであろう。だが、それは昨年を例外としてのことである。

◆◇ 疑われるアベノミクス偽装

 昨年6月、それまで低迷を続けていた現金給与総額が前年比で3.3%上昇した。これは21年5ヶ月ぶりの高い伸び率だった。当時から不自然ではないかとの指摘があり、前出の西村に、厚労省は調査の精度向上などを目的に1月から調査対象の半数弱を入れ替えたためだと説明していた。ところが、厚労省は昨年からサンプル調査を全数調査に近づけるための補正を公表せずにこっそりと行っていたのである。すなわち、三分の一のサンプルに3倍補正をかけていたのである。このため、昨年のみ賃金上昇率が高くなったようにみえたのである。これがアベノミクスの成果を偽装しようとしたためではないかとの野党の指摘である。

 こうした中、厚労省は東京都分のデータ補正が可能な(データが廃棄されていない)2012年以降についての再集計を行った。その結果、18年1~11月の名目賃金額はすべての月で修正されることになり、21年5ヶ月ぶりの伸びとされた18年6月は3.3%から2.8%に、2018年では1.4%に下方修正されたのである。
 しかし、その数字も誇大であると指摘されている。アベノミクス開始後、2017年までの名目賃金伸び率は5年間で1.4%であるが、2018年の1年だけで1.4%も伸びているのである。2018年にはサンプルを半分入れ替え、さらにベンチマーク(常用労働者数の入替)も変えて賃金が高く出るようにした上、それをそのまま2017年と比較して伸び率を算出している。野党側はこれを「別人の身長を比較しているのと同じ」であり、かさ上げであると主張している。
 さらに2018年1月から日雇い労働者を調査の対象から外したこともわかっている。前述の小川はこのことで実質賃金が0.5%かさ上げされたと試算している。

 2月14の衆議院予算委員会では、2015年3月末に安倍首相の秘書官だった中江元哉(現財務省関税局長)が厚労省に「問題意識」を伝えたことがわかったことから、この統計不正は「安倍案件」ではなかったのかという疑問も投げかけられている。この時、「アベノミクスで賃金の動きが注目されている」と感じた厚労省は急きょ検討委員会を設けていたのである。この年は賃金が下がっており、アベノミクスの成果がアピールできない結果になっていたのだ。

 野党の要求によってようやく公開された「毎月勤労統計の改善に関する検討会」の議事録では、それまでの総入替方式を是とする阿部正浩座長(中央大教授)に対し、厚労省の姉崎猛統計情報部長が部分入替方式を検討したいと主張、結果として18年1月から方式が変更された。姉崎は、前述の中江から「問題意識」を伝えられた厚労省側の一人である。この委員会はその後立ち消えとなるが、15年10月の経済財政諮問会議で麻生太郎財務大臣が「毎月勤労統計の具体的な改善方策を早急に検討してほしい」と発言し、これも方式変更に影響を与えたと考えられる。

◆◇ おわりに

 こうした中、わが国の統計行政が各省庁にわたる分散型であり、統計担当者も各国に比べ、著しく貧弱であることが指摘されている。欧米の多くの国の統計行政は集中型であり、統計部局は一元化されている。わが国の統計行政の一元化を求める声も与党から上がっている。
 日本は戦前より分散型であり、当時からその弊害が指摘されてきた。しかし、戦後、日本ではGHQが統計改革を求めたため、アメリカと同様の分散型となっている。

 ここでやや脱線するが、戦後統計学の黎明期のエピソードを紹介して稿を閉じたい。
 あまり知られていないことだが、我が国の近代統計学の祖は高野岩三郎であり、戦後統計学における最大の巨人は大内兵衛である。

 1946年、吉田茂は組閣に当たり、大蔵もしくは通産大臣になれと大内に打診したが頑強に断わられていた。その数日後、高野岩三郎をNHK会長室に訪ねた大内は吉田と再会する。吉田は、「日本の統計が戦争のために全く破壊されているため、進駐軍に出すべき資料を整えることができないのでこまっている、進駐軍も一日も早く統計を整理しろというのだがそれをどういう順序でどうしてやったらいいか指図とそれについて高野先生からの指導を仰ぎたい」と述べた。これに対し高野は、「大いにやらねばならぬことであるが、自分はNHKのことに忙しくてそれをやる時間がない、その代りにここにいる大内に頼みたまえ、彼にはまたその心用意があるだろう」と答えた。吉田は、「そうか、大内さん、これならばやってくれるでしょうね」と問い、大内も「やれるだけやって見ましょう」と答えた。大内は、「戦後における日本の統計制度組織の全権を吉田首相が私に委せるという話はここで決まったのである」と後に述懐している。大内は、「戦時中高野先生が、政府のやり方がすべて数字を秘密にするばかりではなく、すべての数字を勝手に作り直すことによって統計を破壊し、明治以来折角骨折って出来上って来た統計の信頼性を一時にこわすことに対して憤慨され、日本統計学会をリードして政府に抗議をのべられたことがあり、その抗議文を私に起案させたことがあった」ため、「戦後にはその点で何かして見たいものと考えるようになっていた」のである(全国統計協会連合会「統計情報」1957年8月号)。

 統計学における最高の栄誉は「大内賞」であり、戦後統計学に君臨した大内だが、実際の統計行政は大内の企図したようには進まなかった。1946年の大内による統計改革案は現実には機能しなかった。大内は統計委員長として1950年に再度改革案を提出する。「統計機構整備に関する基礎方針(私案)」は、統計委員会の拡充強化、中央統計庁の設置、各省の統計部局への高級統計専門官の配置、などを柱とするものである。統計への信頼が揺らいでいる今こそ、この私案が検討されるべきではないだろうか。

 (国会議員政策担当秘書)

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