■民主党よ驕るなかれ

東京都議選民主勝利の実態        平野 正志

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  2009年7月12日実施の「東京都議会選挙」(定数127)は、「民主党」が、一人
勝ちともいえる「54議席獲得」で、圧勝に終わった。58人の候補者で、落選は4
人のみ。1人区では、6勝(推薦1)1敗、島部で1敗しただけである。石原慎太郎
都政を支える長老で、7選目を目指した自民党都連幹事長(千代田1人区)も、26
歳の民主新人に、よもやの落選。葛飾区では、告示直前に“落下傘”立候補した
民主の女性無名新人が、自民現職を落とした。「民主」は、全42選挙区のうち、
39選挙区でトップ当選(推薦1を含む)。石原与党の「自民」と「公明」は、自
民(現有48議席が38議席に)と公明(現有22議席が23議席に)を会わせても61議
席と、過半数の64に到達しなかった。石原知事による「築地市場」の有毒物質に
満ちた埋立地への移転計画や、「新銀行東京」の経営再建にも、赤信号が点りそ
うである。「共産」は13議席から5議席減の8議席に、「東京・生活者ネットワー
ク」は現有4議席が半減して2議席に。「諸派・無所属」も4から2と半減した。

◇「松戸新自由クラブ」を思い出す
  この民主の圧勝は、かなり昔の話ですが次のような現象を思い起こしまし
た。
かつて、「新自由クラブ」がロッキード事件後の1976年に発足し、その直後の衆
院選で、清新な保守というイメージから、17議席を獲得して大躍進しました。そ
のころ、千葉県松戸市の市議選があり、「松戸新自由クラブ」という幟を自転車
にくくり付け、市内を走り回った新人が、上位当選しました(トップだったかも
しれません)。この人物は政治経験なし、「松戸新自由クラブ」と自称していま
したが、「新自由クラブ」とは、なんの関係もない無所属。勝手に「新自由クラ
ブ」に「松戸」をくっつける智恵があったのです。「松戸新自由クラブ」の連呼
を聞くだけで、たくさんの松戸市民が、「新自由クラブ」を連想し、その人物や
政見を確かめることなく、票を投じたのでした。


●小泉“郵政解散”の結果


  2005年9月の小泉純一郎首相(当時)による“郵政解散”。郵政民営化法案を
成立させるためだけの解散も思い起こされます。「民間でできることを、なぜ、
公務員がやる必要があるのか」という、小泉首相の巧妙な語り口。ちょうど、20
03年の労働者派遣法改悪で、製造業への派遣が解禁された後でもあり、派遣労働
者、フリーターがどんどん増えていた時期でもありました。“公務員はあまり働
かないのに、給料や福利厚生は、とても恵まれている”という、選挙民、特に、
派遣労働者など低所得者の潜在意識をくすぐったのです。その結果“そういう既
得権益にしがみ付いている公務員を減らせば、もっとまともな社会になる、自分
のような派遣も、そこから脱出できるかもしれない“という幻想まで、刷り込ん
だのでしょう。投票率も上がり、その結果、自公で327議席と、定数480の3分の2
を越える恐ろしい結果になりました。


●「行革110番」の後藤さんが落選、民主は自民から10奪う


  今回の都議選では、「民主」が34議席から、20議席増やして54議席となりまし
たが、その増加分の20議席はおおむね、「自民」から10議席、「共産」から5議
席、「東京・生活者ネットワーク」から2議席、「諸派・無所属」から2議席を、
奪い取った計算になります。「公明」は1議席増となったが、実際には世田谷区
で桜井良之助都議が任期途中に急逝。その後を女性区議が立候補して当選、前回
と同じく23議席を守った。世田谷区では、「行革110番」で活躍中の無所属・後
藤雄一さん(59)が、落選しています。後藤さんは、カラ出張、都庁の官官接待
、都庁の食料費不正事件を摘発して8億円を返還させるなど、税金の無駄遣いを
追求してきました。前回(24,259票)とほぼ同じ24,058票を獲得しましたが、最
下位当然者には、約3,000票以上、及びませんでした。前回の最下位は約23,000
票でしたから、今回の選挙では、4,000票以上が上乗せされている、ということ
ができます。


●横須賀市長選、静岡県知事選でも、自公に強い風当たり


  都議選の投票率は、約54.5%と、前回の約44%より5ポイント上昇していまし
た。ちなみに、これより前の神奈川県「横須賀市長選」(6月28日)では、投票
率は約45.2%(前回より約5ポイント上昇)。「静岡県知事選」(7月5日)では
、投票率が約61.1%(前回より約16.6ポイント上昇)と軒並み上がっています。
小泉純一郎元首相の“城下町”横須賀での市長選は、現職候補に自民、公明、民
主などの地元議員が応援しましたが、33歳の若い元市議が当選、もう一人の反与
党候補との票数を合わせると、現職の1.43倍の票数を獲得しています。民主の
分裂選挙となった静岡県知事選は、自公候補に対し、当選した民主と他の元民主
参議院議員、共産候補の票を合わせた数は、約1.59倍にも達しました。
与党・自公に対する風当たりの強さは、並みのものではないことが分かります


●増えた投票数の9割を民主が獲得


  都議選での、各党派別の得票数を見てみます(括弧内は前回選挙の数値、千を
四捨五入)と以下のようになります。、
民主   230万票  (107万票  +113万票) 得票率 40.79%(24.5%)
自民   146万票  (134万票  +12万票)     25.9% (30.7%)
公明   74万票  (79万票   -5万票)     13.2% (18.0%)
共産   71万票  (68万票   +3万票)     12.6% (15.6%)
ネット  11万票  (18万票   -7万票)     1.95% (4.14%)
社民   2万票   (1万票   +1万票)     0.35% (0.23%)
諸派   4.5万票  (5.2万票 -0.7万票)     0.8% (1.19%)
無所属  25万票   (25万票  ほぼ同じ)     4.45% (5.7%)
総投票数 563万票  (437万票   +126万票)  

以上の得票数を見て、特徴的なのは、総投票数で増えた126万票のうち、113万
票、実に、増えた分の約9割を「民主」が、獲得していた事実です。得票率では1
6.3%の増。これは、前回には投票に行かなかった有権者が、こぞって「民主」と
いう「看板」に投票した、(民主の「候補者」にではなく)ということでしょう
。「民主」の54議席のうち、新人は、22人に上ることが、それを物語っています
。「民主」議員の平均年齢は、43.55歳と、大変若い。

「公明」は、投票数で5万票減らし、得票率でも4.8%下がっています。前回当選
議席を守ったとはいえ、区域割りの巧みさ、重点区でしか立候補せず、効率的に
選挙運動をした成果であり、実は薄氷の勝利。さらにもう少し、投票率が上がっ
ていれば、結果は、変わっていたかもしれません。大敗した自民ですら投票数は
12万票増えています。5議席減らして8議席となった「共産」は、投票数は3万票
増えていましたが、得票率では3%の減となっています。これは、投票率の上昇
に伴い、当選ラインがかさ上げされた結果です。


●公明は、投票率アップで“水没”の危機


  次点となった候補を政党別に見ますと、「共産」が22人、「自民」16人、「ネ
ット&無所属」が3人、「民主」が3人、「公明」ゼロとなっています。ここから
も、「公明」の選挙技術の高さがうかがわれますが、逆に、ここが限度で、これ
以上の票の積み上げが現実問題として可能かどうか、さらに投票率が上がった場
合、すれすれで当選した候補が、“水没”する可能性も大いにあります。これは
基礎票が限られている「共産」についても、同じことが言えます。いかに、浮動
票を呼び込めるかに、今後の浮沈がかかっているようです。
「自民」が、奮起すれば、最後の1議席を巡り、「公明」との熾烈な争いになる
かもしれません。


●首長選で、民主が連戦連勝


  麻生太郎首相が「都議選と総選挙は関係ない」と強調しても、都議選が前哨戦
であることは否めません。若い人たちが未来に希望を全くもてず、貧しく、息苦
しく、閉塞した社会のあり方を変えるのは、政治によるしかないからです。4月
以降、以下の首長選挙で、民主系が圧勝しています。名古屋市長選(4月26日、
民主系と共産の票の総数は、自公系候補の2.1倍)、さいたま市長選(5月24日、
民共の票は、自公系の1.13倍)、千葉市長選(6月14日 民共の票は、自公の1.7
倍)、さらに、静岡県知事選、東京都議選と続き、7月26日の仙台市長選でも、
民主、社民が県連レベルで支援した女性の無所属新人が、自公が候補を立てられ
ないという状況で、まさに圧勝しています。民主系の連戦連勝です。


●“老人は働くしか才能がない、遊びはいらない”と麻生首相が暴言


  7月21日、衆院が解散しましたが、8月30日の総選挙まで、その道のりは以外に
長い、ともいえます。麻生太郎首相が、7月25日、日本青年会議所主催の会合で
、≪日本は20%以上が65歳以上だ。この人たちは、働くことしか才能がない。80
過ぎて遊びを覚えても遅い。60過ぎて80過ぎて手習いなんて遅い。介護を必要と
しない高齢者は8割を超えている。こうした元気な高齢者をいかに使うか。働け
る才能をもっと使い、その人たちが働けば、その人たちは納税者になり、日本の
社会保障はまったく違ったものになる。

これが日本の目指すものだ≫とまたもや、暴論を吐いています。そもそも「遊
び」を覚えるだけの余裕がある高齢者が、どれだけいることでしょう。経済危機
の火花をまともに浴び、これまで築いてきた生活設計が瓦解し、展望もなく、途
方に暮れている老人が大部分でしょう。働きたくても、「働く」場すら存在しな
いのが、現状です。麻生首相の言う「遊び」とは、具体的に何をイメージしてい
るのでしょう。聴いてみたいものです。自民党執行部としては、麻生首相の口を
、ガムテープで塞ぐか、ホッチキスで止めたい思いでしょう。
とはいえ、“銀のスプーン”をくわえて生まれ、自力で、誰にも、いかなる権
力にも頼らずに、額に汗して働いた経験は多分まったくなく、一貫して、人を「
働かせる」立場にいた人のようですから、“国民は、働かせて搾り取る対象であ
る”という意識は、最後まで抜けない人物です。今後も舌禍は続くでしょう。


●有権者は、都議選と同様、民主の「看板」に投票するか


  8月30日の総選挙に、都議選の結果が反映されるかどうか?、それが、日本に
とっても、海外にとっても、現在の最大の関心事でしょう。「民主」は、保険料
を年金から天引きするなど老人を苦しめる「後期高齢者医療制度」の廃止、中学
校卒業まで子ども1人月2.6万円の「子ども手当」支給、「高校授業料の無料化」
、「高速道路無料化」、中小企業の法人税率引き下げなど、次々と具体的な生活
支援策を公約として、発表しています。一方、「自民」は、マニュフェスト作り
が遅れ、いまのところ「民主の財源はあるのか?」というネガティブキャンペー
ンだけ。

しかし、投票日までは長く、株式市場での上昇、新たな地方へのばら撒
き施策など、時間はまだ十分あります。突如、“テポドン”が日本を襲い、国民
の危機意識を逆立てる可能性もあります。前回総選挙の投票率は、67.5%。1%
増えれば100万票が増加します。選挙区は300小選挙区。10%投票率が上がれば、
1000万票増えます。1選挙区で、新たに3.3万票が生まれます。有権者が、民主の
「看板」を信じ、都知事選と同じ行動を起こすのか、あるいは、与党の起死回生
の奇策が炸裂するか。暑い夏が続きそうです。

               (筆者は元共同通信社会部)

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