ミャンマー通信(7)

日本製農機への願望           中嶋 滋

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  日本では梅雨が例年より早く明け記録的な猛暑が続いているようですが、こ
こミャンマーは雨期で、ヤンゴン近郊では毎日数回1時間から2時間の降雨が、時
には車のワイパーが全く用を為さないくらい激しくあって、気温が下がりその分
過ごし易くなっています。とは言っても南国のことですから、雨が上がってしば
らくすると30度を軽く超す気温になります。雨は乾期に干上がっていた田に水を
もたらし、農民たちは田植えに取り組んでいます。

 田植えと言っても日本のように苗床をつくり育った苗を農民たちが列を作って
植えていくという風景はほとんど見られません。ごく一部の「富農」は人を雇い
日本で見られる田植えをしているようですが、人を雇えないほとんどの農民は種
籾を手で播く「直播き」で作業をしています。「直播き」による稲作の収穫は苗
を植える方式に比べ収穫量がかなり大きく劣り、貧富の格差がさらに広がる実態
をつくり出しているようです。

 こうした実態を背景に、私も同行した日本の農業支援NPOの視察調査団に、
隣国タイで多く使われ生産性向上に貢献しているといわれている日本製の田植機
をはじめとした農業機械購入についての支援要請や共同購入のための組織づくり
の相談が行く先々でありました。

 中国製の古い農業機械を多く見かけますが、性能が良くないということで農民
の評価は極めて低く、日本製購入への願望が高まっています。しかし、日本製は
値段が高く手が出せないということです。この願望をどのように考え受け止める
のかについては、大いに議論が必要だと思います。その際、土地の私有化に伴っ
た土地買い占めの急激な進行など切迫している状況を考える必要があります。

■土地買い占めの陰に食料安保?

 前号で報告しましたが、貧しい農民からの土地の買い占め問題が深刻化してい
ます。軍政下で特権を悪用して農地を事実上取り上げ工業用地に転売して大もう
けした例も多くあると聞きました。しかし今進行している事態は、どうもそれだ
けではないようです。買い占め動向の中に外国による食料安保がらみと思われる
ものが窺われます。大規模な農地の買い占めは、マダガスカルの例がミャンマー
で起りつつあるのかと心配させられます。

 同行したNPOの説明によれば、「アフリカ・マダガスカルで2008年11月、韓
国の財閥企業大宇ロジスティックスが、国土の全耕地の過半に当たる130万haを
99年間無償で貸借する契約を当時のラベロマナナ政権と結んだ。大宇はその農地
で得た農産物をすべて韓国へ輸出することにしていた。英国紙フィナンシャルタ
イムズは、国連食糧農業機関(FAO)事務局長の発言を援用しつつ、この動き
を『新植民地主義』として批判した。その後、事実上のクーデタが発生し、ラジ
ョエリナ政権が誕生、この協定を破棄する態度を示した。大宇側は『一方的破棄
は無効』としており、現在、係争中。」ということです。

 農民の農業機械導入意欲の背景には、このような動向の中で農地を手放したく
ないという強い思いがあります。農民たちは、2008年前後になされた「会社化」
による事実上の土地の取り上げ被害を知っています。甘言に乗せられて土地を手
放した農民たちのその後の悲惨な生活実態を目の当たりにしているのです。

 被害者の多くは土地なし農民として農民組合に加わり、土地取り戻しの運動を
進めています。ミャンマーの農家の作付面積は非常に広く(農民組合を結成・加
入できる資格でさえ10エーカー=約4万5000㎡以下とされている)、農業機械な
しに生産性をある程度の水準で確保することは難しいといわれ、確保できなけれ
ば、土地を手放さざるを得なくなるというのです。

■ショッキングな事件も

 最近、土地問題に絡んでショッキングな事件が起きました。軍事政権時代の独
裁者タン・シュエ上級将軍の秘書団役員(personal staff officer)であったソ
ウ・シェイン少将(major general)が、長期期間にわたって土地問題で揉めて
いた農民たちを問題の土地で農作業をしていた最中に銃で脅し立ち退きを迫ると
いう事件が、今月5日に首都ネピドー近郊の村で起ったのです。

 事件は英字紙でも大きく取り上げられ、反響を呼びました。それらによれば、
少将はナイフなどの武器を持った5人の手下を引き連れ草むしりをしていた胡麻
畑に現れ、農民たちに銃を突きつけ作業を直ちにやめて出て行けと命令し、それ
に従わねば撃つと言い放ったのです。

 畑を出て行くまで執拗に追いかけ脅し続けたそうです。少将は、再三にわたっ
て彼の土地で耕作しないように警告してきたが止まないのでちょっと銃で脅した
だけだ、公式の土地所有者は自分であるのだから問題ないと開き直っています。

 農民たちは少将を農地法に違反したとして告発しました。彼らは、少将が問題
の土地500エーカー(約225万㎡)を不当にも空き地として使用申請したが、その
時は既に20年以上も耕作地として使用されていたこと、さらに少将は農地ではな
く石灰の生産を目的に石灰石の採取のために使用しようとしていることは農地法
に違反すと、告発したのです。

 告発状は、農地・灌漑省の空地・休耕地・未開拓地の取り扱いに関する委員会、
さらには環境保護・森林省、鉱業省に送られましたが、これまでに反応はありま
せん。警察にも申立がなされましたが、十分な証拠がないので受け取れないとし
て何らの動きもしていないそうです。この問題を含め、各地に広がる農地の事実
上の取り上げ問題について、NLD所属の議員らが国会で取り上げ注目を集めて
います。

■国会に土地収用調査委員会

 日ごとに強くなる不当な土地収用・取り上げに対する批判と取り戻し要求に対
して、国会は土地収用調査委員会を設置し対応策を練っているようです。そして
手始めに、軍によって接収され現在使われていない土地を元の所有者に返還する
調整を行なうようです。この委員会によれば、軍は1988年以来農民から実に
247,077エーカー(約11億1200万㎡)もの土地を収用しました。上院議長が、そ
れらのうち建造物があるか建設中の土地以外は7月中に元所有者たる農民(収用
時以前の当該地に関する納税者)に返還されると述べたと報道されています。

 今のところ使用されている土地が何エーカーで返還されるのが何エーカーなの
かはハッキリしていません。しかし土地の取り上げ問題が大きな政治問題となっ
ている中で、軍が先鞭を付けて解決の方向がつけられつつあることは、大きな前
進であることに間違いないと思われます。

 被害者である農民を中心に公然と「返せ」の声が挙げられるようになったこと、
その声に応えざるを得ない政治状況が進展しつつあることは、たとえ2年後に迫
った総選挙対策の要素があったとしても、民主化達成に向けた一歩であることは
確かだと思います。

 (筆者はヤンゴン駐在・ITUCミヤンマー事務所長)

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