<技術者の視点~エンジニーア・エッセイ・シリーズ(25)>

日本の技術革新力(6)

荒川 文生


 残念なことに急逝された加藤宣幸さんから「IT、VR、AIなどあらゆる分野で新技術が次々と出現する時代に、日本の技術革新力は対応できるのだろうか。社会や行政・政治は事の重要性を深く認識しているのだろうかなどなどで少し不安です。」との問題提起を頂戴して始めたこの6回のシリーズは、結局、3・11の原子力発電事故が如実に明らかにした現代社会の「制度疲労」を克服するものとして、「技術革新力」が如何にして有効に機能するかを問う事と為りました。

 「日本のイノベーション」について論じてきた連載も、愈々、纏めに入る段階に至りましたが、日本の「技術革新力」を高める秘策が簡単に見付かる訳でもなく、結局、私たち一人ひとりが「自分の事」として技術の在り方を、一般市民と専門家との「対話」を通じて求めつつ、夫々がそのあり方に向けた実践に努めることにより、私たちの「技術革新力」を高める事が出来ると心得て、現在、自分が取り組んでいる電気学会調査専門委員会の内容を示しつつ、皆様の御指導とご鞭撻を仰ぐ事と致しました。どうか宜しくお願い申し上げます。

◆◇ 1.技術と社会の革新

 善きに就け悪しきに就け、技術の齎す影響が人間社会の政治や経済、更には文化の各面で大きくかつ深刻なものと為っている現代に於いて、技術の革新と社会の革新とは極めて密接な係わりを持つように為っています。20世紀に至るまで、社会の革新は「革命」の名のもとに、政治的あるいは軍事的な争いを伴い、多くの人々の命を奪い合う「闘争」を経過するものでした。

 いっぽう、18世紀後半から19世紀前半にイギリスから起こった技術の革新と社会構造の大変革のことを指す「産業革命」は、将に、技術の齎す影響が人間社会の政治や経済、更には文化の各面で密接な係わりを持つように為ったことの始まりを示しており、21世紀の今やそれは「第4次」(Industrial Revolution 4.0)と呼ばれるに至っています。日本では「イノベーション」が企業活動の改革を齎す要因として持て囃されて来ましたが、Innovation とは、今や、革新的技術が人間社会を繁栄させるのか破滅に向かわせるのかという、国際社会で全人類が直面している問題と為っていると言えましょう。

 そこで、「IT、VR、AIなどあらゆる分野で新技術が次々と出現する時代に、日本の技術革新力は対応できるのだろうか。社会や行政・政治は事の重要性を深く認識しているのだろうかなどなどで少し不安です。」との問題提起を加藤宣幸さんから頂戴して始めたこのシリーズは、結局、3・11の原子力発電事故が如実に明らかにした現代社会の「制度疲労」を克服するものとして「技術革新力」が、如何にして有効に機能するかを問う事と為りました。

 このシリーズの冒頭で述べたように、日本は、20世紀前半、その近代化の過程で西欧の政治、経済、社会の仕組みや科学的技術を取り込み、世界の覇権国に比肩するに至りながら軍事的挑戦を挑まれて敗北し、その後半に再び「高度経済成長」の成果として、OECD諸国の諸指標で上位を占めるようになりましたが、21世紀に入った今、この地位は低迷しています。
 これに対応する政治的指導者は時代錯誤的軍事力拡大などを模索し、経済的指導者は実体経済を見失って株式市場や金融市場の動きに惑わされています。この状況の中で、「技術革新力」に焦点を当てた問題提起の意味が、将に、基本として的確で重要なものであることは明らかです。

◆◇ 2.技術の連続性と非連続性

 「革命」は、闘争に勝利した者たちにより、敗北者たちが構築していた体制が破壊され、それとは非連続的な体制が成立したと見られます。しかし、その実態が単なる権力者の首のすげ替えに過ぎず、依然としてその腐敗堕落した権力構造が連続的に存続している例が数多見られます。
 「技術革新」は、それが以前の技術とは様変わりで非連続的に見えるが故に「革新」の名を与えられるとしても、技術の本質が人間存在の連続性に立脚している以上、其の連続性は否定できません。例えば、半導体の動作が二極のものから多極のものへと高度化する過程は、真空管高度化の過程と軌を一にするものです。

 思えばこのシリーズの初回(#20「技術の位置づけ」)で示したように、技術は、広大な宇宙と大自然の中でそのごく一部を為しているに過ぎない人間の為せる業であり、所詮は、連綿と続く大きな歴史的潮流に浮かぶ泡沫にも似た小さな一つの動きであり、その非連続性は単なる局所的現象でしかありません。
 さは然りながら、小さな人間にとって革命や革新が齎す「非連続性」は、それなりに深刻な影響を及ぼすものであります。要は、大局的に観たその「連続性」を理解した上で、その 「非連続性」に対応すべきなのでしょう。

◆◇ 3.矛盾の止揚と発展

 それでは、技術と社会の革新における「非連続性」を新たなる時代に向けた発展の契機とする方法は無いものでしょうか。ここで哲学的に「弁証法」を持ち出すのも如何かと思われるかも知れませんが、既存のシステムが内包する矛盾の止揚を、既存のシステムとは非連続的な新たな発展の契機とするという考え方があります。「経済成長」の創案者とも言われるウィーン大学卒業の経済学者、ヨーゼフ・アロイス・シュンペーターが述べた Innovation が「創造的破壊」と説明される背景にも、この考え方が在ると思われます。

 止揚と言うジャンプをより高く確実なものとするために必要な事は、その踏み台と為る矛盾の内容を的確に把握し分析する事です。具体的には、3・11の原子力発電事故が如実に明らかにした現代社会の「制度疲労」がどの様なものであるかを的確に把握し、その再構築の方向性を現実的かつ倫理的に可能なものとして計画し実践する事が肝要でしょう。

◆◇ 4.技術革新力の充実

 現代社会の「制度疲労」を的確に把握し分析するに当たっては、その制度がどの様な過程を経て作り上げられてきたか、その歴史を分析することが基礎と為ります。さらに、その再構築の方向性を現実的かつ倫理的に可能なものとして計画する上での「知恵」も歴史に学ぶことにより得られます。
 受験制度の齎す弊害のひとつである知識偏重教育の下では、歴史から知恵を学ぶなど、忘れ去られて久しいと思われますが、現代社会の「制度疲労」を克服するものとして「技術革新力」が、如何にして有効に機能するかと言う問いに応える上で、技術革新に関わる歴史的事実の正確な把握と分析から歴史的知恵を学ぶことが、如何に合理的で有効であるかの再認識が、先ず第一の要件であると思われます。

 更にこの問いに応える上で第二の要件と為る事は、現代社会の「制度疲労」を再構築する計画を立てるうえで、社会制度やそれを支える技術の専門家などと一般市民との「対話」の場を構築する事であると思われます。「三人寄れば文殊の知恵」と言う訳です。この対話の場に、例えば、ビッグデータを人工知能で分析した結果として、計画の成果をコンピューターの画面上に「見える化」する事が出来れば、客観的事実に基づく理性的で合理的な判断による計画の科学的妥当性が、視覚を通して人間の感性に訴えて「納得」されるでしょう。

 此処で第三の要件と為る事は、このシリーズの前々回(#23「技術史の分析」)で紹介した「トランス サイエンス」の認識です。これは「科学によって問う事は出来るが、科学によって答える事が出来ない問題群からなる領域」としての科学と政治(社会的意思決定)の交錯する領域があると言う認識を、社会制度やそれを支える技術の専門家などと一般市民とが共有する事です。
 科学や技術の革新が政治や経済の変革を齎すという認識が、科学者や技術者の思い上がりと為らず、逆に、その責任追及の誤りを犯さぬように、科学と政治(社会的意思決定)の交錯する領域に関わる制度を再構築する方向性を、現実的かつ倫理的に可能なものとして計画する上での「知恵」は、「トランス サイエンス」の認識の上に交わされる「対話」の中から生み出されるものと思われます。

 この様な要件を満たしつつ実践される現代社会の「制度疲労」を再構築する計画は、その過程が、将に、日本の技術革新力を充実させる過程に為るものです。何故ならば技術は、その歴史が明らかな事実として示しているように、成功と失敗の繰り返しと言う「実践」の過程から、現実的かつ倫理的に可能なものとして構築されてゆくものだからです。ここで大切なことは、此の実践の過程に参画するもの一人ひとりが、問題を「自分のもの」とするかどうかです。然もないと「計画」は砂上の楼閣と為り、その実現性は無に帰するでしょう。

 現在、電気学会では、3・11原子力発電事故を踏まえ『日本における原子力発電技術の歴史』(技術報告第1356号 2016年5月)を発刊したのに続き、21世紀にあるべき電力系統を「福祉型エネルギー共同体」の姿を描きつつ、そこに至る道程を計画するための調査専門委員会(PS-21)を設置し、そこを専門家と一般市民との「対話」の場とすべく、日本における電力系統技術の歴史の研究をもとに、その分析に用いた「繰り返しの説明モデル」を適用しながら、2020年を目途にコンピューター画面上にロードマップを描く様作業中です。電気技術の専門家も、社会制度の構築に関しては一般市民の一人に過ぎない訳ですが、この立場と目線を大切にしながら作業を続ける所存です。

画像の説明

 皆様に措かれましても、夫々のご専門に関わる知恵を活かし、それ以外の領域に関して、一般市民の立場と目線から、日本の技術革新力を充実させる過程にご参画戴ければ幸甚です。

  渋柿も自分のものなら甘くなり  (青史)

 (地球技術研究所代表)

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