【コラム】風と土のカルテ(39)

新専門医制度、地方の現場は依然強い懸念

色平 哲郎


 地方で診療に携わる医師の目から、日本専門医機構と各学会が来年度の「再スタート」に向け準備を進めている新専門医制度を見ると、懸念材料が多々ある。

 同機構の吉村博邦理事長が4月24日、厚生労働省の「今後の医師養成の在り方と地域医療に関する検討会」に示した資料によれば、専門医制度の主役は「国民と専攻医(後期研修医)」だとされている。卒後2年間の初期臨床研修は必修化されたものの、その後の系統的(標準的)な専門研修の仕組みを欠いたことで、「フリーター医師」(十分な専門研修を受けない医師)が増加した点を指摘。基本的な診療科については、初期研修修了後に全員、3年間程度の専門研修を行ってほしいと述べている。

 このことは「患者、国民の希望」なのだという。確かに多くの国民は、疾病に対する知識や診断の正確さなどを医師に求めている。しかしながら、初期研修を終えた貴重な若手医師たちを、専門医研修のプログラムが組める大学病院や都市部の大病院などに3年間も囲い込みかねないような仕組みを、本当に国民は求めているのだろうか。若手医師が地方の第一線、中小病院から大病院にごっそり移りかねない新制度を期待しているのだろうか。

 全国市長会は4月12日、「国民不在の新専門医制度を危惧し、拙速に進めることに反対する緊急要望」を厚生労働大臣に提出した。この要望書では、以下のような懸念が表明されている。

(1)中小病院が危機に陥る懸念
 すべての医師を機構の認定する専門医に振り分けるとなると、専門外の診療を敬遠する傾向が生まれ、多くの専門科を整備できない中小病院での診療が困難になる。小規模自治体の地域医療が崩壊する危険に対する議論がなされていない。

(2)地方創生への逆行と医師偏在助長への懸念
 同機構は、専攻医を研修施設の連携病院に派遣することで、地方の医療崩壊を回避できると主張するが、派遣期間は短く、そもそも地域医療の底辺を支える中小病院が研修施設の認定を受けることは現実的に困難。1つの県の中でも大学病院所在地と郡部の小規模自治体との格差は顕著であり、新制度で過疎地域の医師不足が助長される。

(3)医師の診療活動開始年齢の遅延とコスト増大への懸念
 6年間の医学部の学生生活に加え、5年以上の研修を積まないと専門医として第一線に立てないとなれば、結果的に地方の医師不足に拍車がかかる。あらゆる疾患への専門的な検査や診療がなされれば、医療費増大による財源問題も浮上する。

 さらに要望書では、「フリーの立場で地域医療に貢献する医師たちの権利・自由も尊重されるべき」といった点も指摘。総合的に診ることができる医師を育てるという初期研修制度導入時の理念に立ち返り、まずは初期研修を含め医学教育を見直すところから始めるべきだ、と訴える。

 機構側は、様々な批判を受けて、研修施設の基準を緩和したり、大都市部への専攻医集中を回避するための対策を打ち出してきたが、根本的なスキームは変わっていない。

 塩崎恭久厚生労働大臣は昨年6月、「地域医療を崩壊させることのないよう、一度立ち止まって集中的な精査を早急に行うべき」とする談話を発表し、これが契機となって制度開始の延期が決まったが、全国市長会が緊急要望を出したように、特に地方の医療現場の懸念は依然として強いものがある。ここでもう一度立ち止まり、「患者、国民」を含めた根本的な議論を行うことが必要ではなかろうか。

 (長野県・佐久病院医師)

※この記事は 日経メディカル2017年5月30日号から著者の許諾を得て転載したものですが文責はオルタ編集部にあります。
 (http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/blog/irohira/201705/551435.html

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