■新な経済システムの潮流を創造するために   

~21世紀の社会・経済システムを展望するために

T・ジャンテ氏招聘11・27市民国際フォーラムに寄せて~

       特定非営利活動法人21世紀コープ研究センター     本阿弥早苗 

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1950年半ばからの高度経済成長と、時の政府が進めた所得倍増計画は豊かな消費生活を可能にした資本主義国家の光である。オイルショックでその終焉を迎え
るが、敗戦日本が経済を武器にわずか30年余りで一応の社会資本の整備まで行い、安定した国民生活を作り上げたのは、今思えば驚異だ。戦後民主主義の中で育った若者が社会悪や矛盾に立ち向かった全共闘運動の高揚と挫折、高度経済成長の陰である公害や食品汚染を告発する消費者運動の激しさ。そんな事を体感しながら成長した私は、自ら「価値」を創出・実現できるシステムはないだろうかと思い、学生時代に出会ったのが「協同組合論」だった。この共益型のシステムは
「日々の営みの中から出される小さな呟きを大きな運動」にし、やがては社会の
地殻変動を起こす可能性を秘めていると感じた事を思い出す。「身近な生活から
発する、やむにやまれぬ思い」、そういう「思い」を仕組み化し社会化できれば、
そこに市民型社会が創造されるのではないか。それが私の生活協同組合への接近である。

 今世界はグローバリゼーションとともに、国家予算と伍しあるいはその枠も超
えた資本の登場やアメリカの一国主義への脅威が叫ばれている。一方で新たな階
層社会の出現とともに噴出している社会的課題(国家或いは地域間格差・雇用・
福祉・貧困その他)を克服し、社会的弱者とともに生きる道筋をめぐって、まず
「環境や人」に重きをおいた経済を創出しようとする動きがようやく出始めてい
る。 
 2005年11月27日国連大学にて「21世紀の社会・経済システムを展望するた
めにT・ジャンテ氏招聘11・27市民国際フォーラム」を開催した。5月にフラン
ス・モンブランで開催された「社会的経済」世界会議(モンブラン会議)の司会で
あるT.ジャンテ氏の要望を受け、アジアでの流れを作り出す初めの一歩にする
ために、生協関係者や研究者が呼びかけ人となり、生協・NPO・ワーカーズコレ
クティブ・社会的企業関係者、研究者等、様々な方面から200名が集った。
 
 ジャンテ氏は基調講演の冒頭から詳細にフランス革命を経る中から市民社会が
どのように形成されたか、その社会的背景を話された。それは経済や流通の成長
と無縁ではない。階級社会の中で虐げられた民衆の「くらし」へのギリギリの思
いが、18世紀から19世紀の産業構造の変化とともにその新たな担い手と結びつ
きながら、伝統的社会から近代社会へ脱皮する過程で結実し、かつ時代と共に変
容していく。その中で社会的経済をつかさどるモノが生まれてくる。

 社会的経済を、T・ジャンテ氏を招聘したこのシンポジウムのバックグランド・
ペーパーを参考に説明すると以下になる。
 【「社会的経済」ということばは、協同組合、共済、あるいは、アソシエーショ
ンやNPOなどの全体を包摂する概念である。(省略)
 社会的経済ということばは、19世紀のフランスで生まれたが、その後、マルク

 ス主義と福祉国家の谷間に沈み込んでいた。第2次世界大戦後、大量生産-大量  消費の経済発展に支えられて、比較的順調な展開をみてきた福祉国家体制が、  1970年代以降、構造的失業や社会的排除の問題、環境問題などの種々の限界に  逢着する中で、まず、その母国、フランスでリバイバルしたのであるが(略)、  それがEU統合にともなってEU圏に広がった。

 

 -中略- 

  ちなみに、社会的経済企業として倫理原則として広い影響力をもった、ベル

  ギーのワーレン地域の社会的経済協議会のそれはつぎのように規定している。
   ・ 利潤を追求するのではなく、会員やコミュニティのために。
   ・ 政府から自立した経営。
   ・ 民主主義的意思決定プロセス
   ・ 利益配分において、資本よりも人びとと労働に重きを置く】

 今、日本社会はその軸足を大きく変えようとしている。かの全共闘世代すなわ
ち団塊世代のリタイアが始まり、世界に類を見ない少子高齢社会に突入する。日
本と日本人を支えてきたこれまでの社会的共通資本や制度は、もはや疲労をおこ
し我々を支えてくれそうにない。アメリカ型のグローバリゼーションは、「勝ち組」
と「負け組」に国も人も分類し、果たしてそれは「安全」と「豊かさ」を私たち
にもたらすのか。そんな問い返しも駆け巡っている。環境問題も地球規模で捉え
なければならない課題となって迫ってくる。子供の頃、身の回りで完結した生活
の在り様は、はるかな過去のものであり、世界のどこかで「安全」でない事は、
私たちの「安全」も「安心」も直接的に脅かすものになっている。

 今を生きるものは、未来を生きるものに何を伝え、何を残していくのか。
 血で血を洗うような革命の時代を経て強固に築き上げられた市民意識と文化。
それを侵すモノには自ら鋤を拳に換えて立ち向かうフランスでも、現在移民2世
や3世をめぐっての課題が噴出している。それを解決する中でもう一歩進んだ市
民社会を構築できるのかが問われていると感じる。
 
 振り返って、わが日本では明治以来目指してきた近代への移行は富国強兵が目
的である。フランスのような歴史的な必然性に裏打ちされた自立した自我、個人
に基づく市民社会への醸成ではなく、従来型の農的共同体で成立する社会であっ
た。その後、第2次世界大戦で敗れたとは言え、戦後60年間豊かで平和な国を築
いてきた。重化学工業化が、それまでの農的共同体を破壊したが、それを補う社
会資本の充実で、一己は何も考えずともそれなりに暮せ、未来への希望を誰もが
感じる事ができた。そうした民衆の雰囲気「どうにかなる」は、産業が空洞化し
急速に階層社会化している今に至るまで続いている。

 しかし、既に人口減少が始まった日本は、「どうにもならない」多くの事を抱え
始めていながら、それを補う共同体の存在も不安定であり、或いはすでになく、
今までの社会の枠組ではもはや語れない時代に入った。今こそ、日本的な価値、
日本型自我に支えられた社会構造を創造する絶好の機会が到来したと考えられないだろうか。
 私たちが享受してきた社会資本をそのまま維持する事が出来ないのを嘆くより、
地域共同体を再構築し相互扶助の新たな仕組みを自らの手で創ろうではないか。
その小さな実験や営みが、借り物できた近代からようやく脱皮し、日本型市民社
会への移行を促していくだろう。そうした自立型自己に支えられた社会の裏打ち
なくして、社会的経済の潮流を模索する事は不可能だろう。
 
 それを生み出していくには、私たちの「くらし」にとっての必要性、そういう
規模の持続可能な経済活動からで良いのではないか。その中で「勝ち組」でも「負
け組」でもない「あり方」を紡ぎだしたい。しかし、小さな経済規模をつないで
いくためには、地域資源を有機的にネットワークできるインフラが必要だ。生協
の無店舗事業は、週一回地域循環をしている。しかも組合員を単純に全国規模で
みれば、2200万人もいるのである。この人的資源を生かし、生協のインフラをプ
ラットフォームにして、様々な組織の社会的活動に活用してもらうとしたら、ど
んなに豊かな社会的経済の創出となるだろうか。
 多くの人が小額を出資する事で自ら得たいモノ・コトを生み出せ、自分たちの
意図に従って運営できる生協という協同組合からの社会的経済の創出は、困難を
抱える国の人々にとっても有効だろう。
 
 「自由・平等・友愛」を熾烈な歴史を経て勝ち取った国で、モンブラン会議が
開催され、社会的経済の創出のために、セクターを越えた連帯を生み出そうとし
た事は感慨深いものがある。私たちも様々なセクターと志をつなぎ、新たな価値
を創出するための機会として大いに期待したいし、その可能性を追求してゆきた
い。生協では、女性の社会参画を推進する運動を「もう一つの価値」の創出とし
て語られてきた。これをもう一歩進めて、社会的経済のしくみとして具体化する
必要を改めて感じる。
 生協を母体として誕生した我がセンターにおいても研究で終らずに、どのよう
に実践に持っていくか、生協という組織とシステムへ如何に提案していくのか、
最重要なテーマの一つである。

【参考文献紹介】

 ・「21世紀の社会・経済システムを展望するためにT・ジャンテ氏招聘11・27
    市民国際フォーラム」のバックグランド・ペーパー 
    発行:社会的企業研究会
     (共同事務局:連合総合生活開発研究所・市民セクター政策機構)
 ・「社会的企業とは何か」
    生協総研レポートNo.48 発行:財団法人生協総合研究所
 ・「協同組織の存在意義・再考」 
     北海道大学大学院経済学研究科教授 濱田康行論文 
     生活協同組合研究 No.357 発行:財団法人生協総合研究所

 

※資本主義社会における協同組織の存在意義を協同金融の観点から説かれた。 資本主義の対抗軸としての協同組織ではなくて、資本の暴走を抑制するエッセンシャルなサブシステムとして存在する価値を説く。だからこそ資本と同じ土俵で戦えるだけの価値の創出ができる組織にするために、7つの具体的な提案をされている。

どれも非常に当たり前の事ながら、社会的経済の潮流を模索する上では、
協同組合ならずとも現実的に重要な示唆に富んでいる内容である。 

 ・月間社会運動 発行:市民セクター政策機構 

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