【コラム】
酔生夢死

戦後体制の岐路に立っているかも

岡田 充


 横断歩道を渡ろうとすると、巨大なディスプレーが目に入った。画面には信号無視した人の顔写真がアップで映る。それだけじゃない。その人物も瞬時に特定され、姓と身分証番号が画面に― 5月に出張した上海での話である。
 中国各地で同じようなディスプレーが交差点に置かれ始めた。「監視カメラが自動で違反者を撮影する。顔認識システムが身分証の顔写真データと照合して個人を特定し、罰金を科す仕組みです」。上海特派員の解説である。

 中国のハイテク産業の成長は目覚ましい。科学技術関連の論文掲載数と発明品の特許取得量はとっくに日本を追い抜き、米国に次ぎ世界2位。ビッグデータのほか音声認証、視覚認証の分野では世界トップの水準に立った。
 さらに2030年までに中国を「理論、技術、応用の全分野で世界トップ水準」にし、世界の「AIイノベーションセンター」にするのが中国政府の目標。その時のAI産業の規模は約170兆円― 日本の予算(2017年度)の1.7倍に相当する。

 前置きが長くなった。テーマは「貿易戦争」である。トランプ政権は、かつて日本の自動車産業を標的にした悪名高き「通商法第301条」を適用し、中国からの輸入品に25%の高関税を課す制裁を発表した。中国側もそのたびに同じ規模の報復で対抗した。
 標的は主として、中国が国ぐるみでバックアップするハイテク産業に向く。トランプ政権は「中国企業が知的所有権を盗み、サイバー攻撃を通じてアメリカの核心的技術を不当に利用している」と非難する。

 当初は「貿易戦は長く続かないだろう」と、楽観論が支配的だった。理由はふたつ。第一にトランプの主要な動機は、11月の米中間選挙での共和党勝利にあるからという見立て。第二は、貿易戦争は「経済合理性」に合わないからだ。中国の対米輸出の6割は、米国などの外資企業の輸出が占める。だから中国製品に高関税を課せば、中国側だけでなく米企業もダメージを受ける。
 米中関係は、安全保障面で敵対しても経済相互依存の深まりで「衝突」できないとみられてきた。しかしハイテク技術の汎用性は高い。軍事転用すれば「安保と経済」の境界は曖昧になる。「貿易戦争」は単なる通商摩擦ではない。台頭する中国と、覇権を維持しようとする米国との「パワーシフト」だ。

 争いは軍事戦略をも巻き込み長期化するかもしれない。エスカレートすれば、自国経済防衛のため各国が関税障壁を設け、二つの大戦の引き金になった「ブロック経済化」を招く恐れすらある。「米国の批判の矛先が中国に向けば、対日要求の先鋭化を防げる」という期待が日本政府内にあるという。そんな悠長なことを言っている場合じゃない。戦後体制が岐路に差し掛かっているかもしれないというのに。

画像の説明

  湖北省襄陽市の街頭ディスプレー
  中国のポータルサイト「网易新闻」から

 (共同通信客員論説委員)

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