【コラム】酔生夢死

情勢を一変させた外交布石

岡田 充


 「布石をうつ」。囲碁で局面全体を見据えて石を打つことだが、転じて「将来を見越してあらかじめ手段を講じる」意味で使われる。トランプ米大統領の10日間のアジア初歴訪を前に、北京が打った布石は「これぞ外交の見本」のように見事だった。
 「中国に『懐柔』された」(「産経」)「(米国の)求心力の陰りが鮮明」(「日経」)「(中国に)存在感を奪われた」(「朝日」)。アジア歴訪をまとめた新聞記事をみれば、影響力を強める中国をにらみ、アジアで主導権を回復しようとしたワシントンの狙いは「失敗」というのが大方の採点だ。

 歴訪のトップは日本。大統領専用機は羽田ではなく、なんと米軍横田空軍基地に。まるで「宗主国のキング」の振る舞いだが、その足で安倍首相と一緒にゴルフへ。「あんたはほんとに日本の首相か?」と、お世辞を言われた首相は、バンカーに足をとられもんどりを打つ始末(写真)。夜は大好物のステーキと、ほとんど「物見遊山」だった。
 日米首脳会談は35分で終わり、通訳時間を除けば実質的にはその半分。記者会見で大統領は、米国兵器を追加購入すれば、雇用拡大と日本の安全保障の強化になるとぶち上げた。これに対し首相は一機150億円超の戦闘機名まで出して「丸のみ」するイエスマンぶりを発揮した。北朝鮮問題より貿易不均衡を優先した大統領の本音の表れだった。

 本題に入る。北京が打った布石とは中韓両国が10月31日、米軍の地上配備型ミサイル迎撃システム(THAAD)で悪化した関係の改善で合意したことを指す。北京とソウルの二国間合意にすぎないように見えるが、違う。中韓に加え北朝鮮と米国、それに日本の多国間関係を揺さぶる波及効果を計算に入れている。
 北京はTHAAD配備を、中国を射程に入れていると強硬に反対し、韓国への観光ボイコットやスーパー閉店などの報復をしたが、ソウルから「第三国を狙ったものではない」「追加配備しない」という言質を引き出して譲歩した。その結果、北京からみれば北朝鮮問題で、米国が期待する「米日韓三国同盟」にくさびを打ち込む成果が挙がった。
 文在寅大統領は「日米韓の軍事協力は同盟に発展しない」と述べ、米原子力空母3隻の合同演習でも日韓合同演習は拒否。日米の新外交戦略「自由で開かれたインド太平洋戦略」にも慎重だ。一方ソウルから見れば、対中関係の悪化で失った経済損失を回復するチャンス。

 日米にはマイナスばかりのように映るが、東京にとって損ばかりではない。中韓関係悪化で足踏みしてきた日中韓三国首脳会談(東京)の実現に弾みがつく副次効果をもたらしたし、中断してきた日中首脳の相互訪問も現実味を帯びてきた。
 この布石によって、武力行使を含む日米の圧力路線は後退し、中韓ロの対話による平和解決路線に基調が変わりつつある。「日米蜜月」と、はしゃいでばかりいないで、全局を見据えたこの外交布石に学ぶことは多い。

 (共同通信客員論説委員)

画像の説明
  ゴルフ場バンカーでもんどり打つ安倍首相(テレビ東京のニュース画面から)

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