【オルタの視点】<大原雄の『流儀』〜選挙という「劇場」(5)>

小池都知事/「日本会議」本のこと

大原 雄


◆◆ 都知事選挙は小池候補が「地滑り的な」大量得票。この不気味さ

 参院選で憲法「改変」発議が可能となった自公らが推した増田寛也候補、参院選の敗北を雪辱せんと告示直前ギリギリなって野党共闘が実現した鳥越俊太郎候補、自民推薦が取れないまま無所属(とはいうものの自民党籍あり)で立候補した小池百合子候補。主な図式は、そういう形だったはずの東京都知事選挙。しかし、選挙期間中に「不発弾」(13年間休眠していたか?)が突如、続けて爆発して、意外な結果となった。主要候補の投票結果は、以下の通り。

*元防衛大臣で自民党籍の無所属・小池百合子候補(64)
  291万2628票
*元総務大臣の増田寛也候補(64)=自民、公明、こころ推薦=
  179万3453票
*ジャーナリストの鳥越俊太郎候補(76)=民進、共産、社民、生活推薦=
  134万6103票

 政党推薦のない小池百合子候補は自民などの推薦を受けた増田票に110万票以上の差をつけた。増田寛也候補は自公などの組織票ギリギリに票を伸ばしたが、届かなかったということだろう。小池候補は野党共闘の鳥越俊太郎票の2倍以上。つまり、ダブルスコアーの大差をつけた。鳥越候補は、週刊誌2誌の女性スキャンダル報道で大量に票を減らした、ということだろう。小池候補の大量得票の原動力は無党派層票の半分を占めたほか自民などの票にも野党共闘の票にも食い込んで地滑り的な大量得票となった。象徴的にいえば、離れた鳥越票の多くを貰い受けた形になった、ということか。

 ここでいう「地滑り的」というのは、「空気を読む」式の、圧迫感的な、いわゆる「同調圧力」や「勝ち馬に乗る」式の「自発的な」、やはり一種の「同調圧力」のようなものがあったのではないか、という気がしてならない。いずれにしても少数意見を保持しにくい、「横並びの多数派が楽」、皆と一緒ならば「万能感」「達成感」などという意識があったのではないか。少数意見こそ、民主主義という向きには、何とも息苦しい時代になったものだ。

 これは、今回の選挙だけの問題ではなく、今の日本社会を覆っている「同調された空気」なのではないか、と私は思っている。そういう意味で、地滑り的ということは同調圧力によるファッショ化の浸透の結果ではないのか、という懸念が私にはある。何より、小池百合子という政治家の極右団体「日本会議」との関係の実相をマスメディアはほとんど報じなかったし、都知事選挙に投票した人の何割がこのことを承知していたことだろうか。

◆◆ 都知事選挙という「劇場」で日本会議・知事誕生

 都知事選挙という劇場は、与野党の組織票に乗った増田、鳥越の両候補という男どもの二つの巨壁に立ち向かう徒手空拳の女一人の「反乱」と勝手にイメージ化させ、保革問わず都民の判官贔屓感情を揺さぶり大量の票を積み上げ続けたのだろう。出口調査などによると、今回の選挙では無党派層の2人に1人は小池候補に投票している。これは怖い。ファッショ的な同調圧力のようなものを感じざるを得ない。この女性知事の正体も知らずに、とんでもない行動を都民はしたのだ、いずれ後悔することになるのではないか、と懸念する。
 案の定、就任早々に新知事は、知事のための政治担当の特別秘書に「現行憲法無効大日本帝国憲法復活」が信条という元都議を据えた。自ら正体を現し始めた。そう、新知事は、極右政治団体の日本会議の重鎮の一人だからだ。

 悪意に満ちた週刊文春や週刊新潮の鳥越候補の女性スキャンダル報道(鳥越候補は事実無根というが、真相は今のところは藪の中)は水に落ちた犬を容赦なく叩くというバッシング報道の典型であった。これで女性の支持が急落し、勢いをうしなった。メディアは「小池氏の勝利は鳥越陣営の『敵失』に助けられた面もある」というが、メディアの総括として「敵失」という分析だけで済ませて良いものか。

 一方、安部首相は今回の都知事選挙には距離を置き続けた。前回と異なり、今回の都知事選挙では一度も街頭での応援に入らなかった。終盤情勢を聞いた首相は周囲に「小池氏でも構わない」と語った、という。自民など推薦の増田候補の当落より、野党4党推薦の鳥越候補が当選しなければいいというのが本音だった、とメディアは伝える。ここにこそ、小池当選の「正体」が隠されている、と私は思うが、それについては後に述べる。

◆◆ 「もう一つの都知事選挙」の記録

 主要3候補の選挙戦の陰で、もう一つの争いがあった。第4位を誰が取るか。第4位を目指していたのは露悪的なヘイトスピーチで知られる「在日特権を許さない市民の会」前会長の桜井誠候補。得票は、11万4171票で5位に終わった。第3位と第5位に割って入ったのは、ジャーナリストの上杉隆候補であった。得票は、17万9631票。桜井陣営、選挙戦では、「手応えはあった」と選対幹部。31日の開票前には「鳥越(俊太郎氏)にどれだけ迫れるかな」という声も支持者の間から聞かれたというが、上杉候補に割って入られた形となった。供託金没収は、有効票の10分の1以下の得票だから、4位以下は、皆、没収。

 極右政治団体の日本会議といい、日本会議国会議員懇談会の重鎮である小池百合子候補の291万票での都知事当選といい、桜井誠候補の11万票以上の得票といい、参院選の結果を踏まえた内閣改造で稲田朋美防衛大臣の誕生、初入閣のほとんどが日本会議国会議員懇談会メンバーといい、国民も、実相を知ったら、うかうかしていられないような「戦前色」濃厚に染まり切った世相になってきているのではないのか。

◆◆ 世相に浮かび上がってきたものは?

 東京都知事選挙の選挙期間(7・14告示、7・31投開票)中に世間に出現したもの。マスメディアは、十分に伝えていないが、主なものは以下の通り。

*スマホ用ゲーム「ポケモンGO」発売(7・22)。「ポケモンGO」に夢中になって、交通違反の切符が切られたり、熊と遭遇したり、立ち入り禁止ゾーンに入り込んでトラブルを起こしたり。同調圧力のある社会では、あっという間にゲームが社会現象化した。

*沖縄県東村高江の新規ヘリパッド建設問題で建設に反対する住民や市民を、夜が明け切らぬ薄闇の時間帯(7・22)に全国から集められた機動隊が強制排除した。

*日本でもヘイトクライム(社会的少数者への憎しみに基づく差別的犯罪)で障害者の大量殺人事件が起きた(7・26)。大量殺人を犯したこの青年は、障害者への施策は国家予算の損害と思い、障害者の安楽死をナチスのような国家的な優生思想に基づいて提案するために、事前に衆院議長公邸に手紙(全文公開されていて誰でも読める)を出し、自ら大量殺人を実行してみせ、安倍政権へ本格的な「実行(ナチスのような虐殺)」を迫っていた。
 障害者からユダヤ人へ虐殺の輪を拡げて行ったナチスの優生思想。日本でも弱者殺しの連鎖が始まるのか。安倍政権の合わせ鏡。この青年は、措置入院したという、「病歴」が作られたが、ヘイトクライムという思想に染まっているのであって、精神障害者ではないのではないか。彼になされた「措置入院」という措置は誤りであった、と指摘する精神科医も複数いる。青年は、入院中は医師を騙して、早期退院したと友人に語っていたという。
 安倍政権は、憲法改変に血道を上げることなくヘイトクライム、ヘイトスピーチに対するまっとうな施策こそ急ぐべきである。政権の右傾化が世間を同調圧力という「右色」に染め、その結果、犯罪までファッショ化してきた。そういう皮膚感覚に敏感な外国人ジャーナリストの判断で、ヘイトクライム大量殺人事件は国際ニュースとして世界を駆け巡った。世界の判断の方が正常だろう。

◆◆ 都知事選挙を報じる週刊誌ジャーナリズムの「不可解」

 東京都知事選挙に野党共闘の候補となった鳥越俊太郎候補の女性スキャンダルが選挙戦の最中に週刊文春(7・21発売)によって報じられた後、週刊新潮(7・21発売と28発売)や週刊文春(7・28発売)の続報、テレビ、ネットなど、いわゆるワイドショー的なマスメディアでは、「疑惑」と称して、しつこいぐらいの鳥越バッシング報道が見られた。鳥越氏は落選の弁の場でも「事実無根の報道」と言っているが、真相は明らかにされていないように思われる。鳥越バッシングは落選後もネット上ではしつこく続いている。落書きの感覚なのだろう。あるいは、これも、同調圧力?

 7月28日発売の週刊新潮は、13年前に既にこの問題を取材し、当時の女子大生本人にも直接取材したが、訳があって(本人らの意向と編集部の判断があって)記事化していなかったが、文春よりこちらの方こそ特ダネだという意識丸出しのようであった。同じく7月28日発売の週刊文春は「都議会の『ドン』と呼ばれ、小池立候補の邪魔をした自民党都連の内田茂都議批判報道。見出しの印象では、これは、小池候補の支援のように見受けられた(その後、安部政権は自民党都連の執行部全員の首を斬った、というところから推測すると、安部政権は都連よりも日本会議を重視しているのが判る)。案の定、小池候補は、地滑り的な大量得票を果たした。鳥越批判続報。文春編集部のバイアス(片寄った視点)が感じられた。

 公選法に基づく都知事選挙の選挙期間は17日間。その最中、それもマスメディアの選挙情勢報道によると、告示後の有力候補3人のつばぜり合いのような激戦の展開が伝えられているのに、特定の候補を貶める、あるいは特定の候補を擁護するような記事を2誌が歩調をあわせて2週連続で掲載する週刊誌ジャーナリズムの姿勢は、かなり異常な状況ではなかったのか。報道の自由は尊重されなければならないが、マスメディアで活動している身には、随分なファッショ的な論調(同調圧力のような)の記事の書き方には違和感があった。都知事選挙の情報は、有権者に十全に伝えられることができたのだろうか。

 マスメディアの大義は権力監視。それができないマスメディアは、権力の走狗になって民主主義を劣化させることになる。ある候補のスキャンダル報道もすれば、候補の背後に控える「日本会議」という極右政治団体の報道も、それぞれきちんとやらなければならない。それが十分にできたとは、とても思えない。

◆◆ けったいな「余話」

 もうひとつ、けったいな話。都知事選挙で次点落選した増田寛也候補の、その後の身の振り方として、NHK会長候補説が浮上しているという。官邸筋の意向か。自民党推薦の面子にかけて面倒見よう、都知事がダメならNHK会長でも、ということなのだろうか。要するに、都知事もNHK会長も、官僚の再就職探し。だとすれば、NHKに止まらず、マスメディアも、馬鹿にされ、軽視されたものだ。これでは、いずれNHKに報道の自由はなくなるだろう。国民の知る権利も軽視の極み、安倍政権の正体見たり、ということだろう。

◆◆ ナチスのように、民主主義的に

 都知事選挙の前に行なわれた参院選挙の結果、野党が11議席減り96議席になり、自民党の追加公認を入れて与党が11議席増え146議席になった。野党の維新や無所属などが改憲派となるので、改憲派の当選は、77議席になった。非改選の議員を含む改憲派の総議席は162議席になる、とマスメディアは伝えた。162議席とは改憲(憲法改変)案を発議できる参院議席の3分の2に該当する、ということだ。その後、会派を変更した議員もいて、163議席になったという。日本は、戦後初めて衆院参院とも与党が改憲(憲法改変)案の発議ができる議席の3分の2に達したことになる。
 以前の麻生発言を思い出して欲しい。「ナチス政権下のドイツでは、憲法は、ある日気づいたら、ワイマール憲法が変わってナチス憲法に変わっていたんですよ。誰も気づかないで変わった。あの手口、学んだらどうかね」(2013年夏)。彼らは、冗談ではなく、本気でナチスのように、「形式的に民主主義的に」これまでも「地道に」やってきて、ここまで辿り着いたということなのだろう。

 1960年代から70年代の左翼学生による全共闘の運動に対抗して、長崎大学の右翼学生の運動から始まって左翼的な市民運動をなぞるように地道に、民主主義的に「非民主的な運動成果」を積み上げてきた日本会議の運動は、本気でナチスのように、「形式的に民主主義的に」やってきた。そして、今や国会の憲法改変発議のできる環境まで辿り着いた。私たちは、日本会議と安倍政権の実相をもっときちんと調べなければならない。

◆◆ 安倍政権という日本会議内閣

 8・3、第3次安部第2次改造内閣の顔ぶれ(敬称略)が決まった。初入閣の8人のうち6人と、ほとんどが、極右政治団体の日本会議系国会議員。20人の内閣のうち、留任を含めて日本会議系は、16人。実に8割。日本会議系でない中には、公明党の1人を含むので、非日本会議系は、わずか3人。この顔ぶれで、憲法改変をやるつもりだろう。新聞の大見出しに踊る、「長期」「安定」では、マスメディアの役割を果たしていない。稲田防衛大臣もさることながら、日本会議系の大臣の数々もきちんと伝えるべきだろう。

 日本会議国会議員懇談会のメンバーについては、週刊金曜日編集『日本会議と神社本庁』掲載の「日本会議国会議員懇談会名簿」でチェックをし、★印を付けた。

*総理大臣、安倍晋三。★
*副総理兼財務大臣、金融担当大臣は、麻生太郎が留任。★
*総務大臣は、高市早苗が留任。★
*法務大臣は、元外務副大臣の金田勝年が初入閣。★
*外務大臣は、岸田文雄が留任。★
*文部科学大臣は、元文部科学副大臣の松野博一が初入閣。★
*厚生労働大臣は、塩崎恭久が留任。★
*農林水産大臣は、元金融担当大臣の山本有二が初入閣。★
*経済産業大臣は、官房副長官の世耕弘成が初入閣。★
*国土交通大臣は、公明党の石井啓一が留任。
*環境大臣は、元総務副大臣の山本公一が初入閣。★
*防衛大臣は、自民党の前政務調査会長の稲田朋美が新任。★
*官房長官は、菅義偉が留任。★
*復興大臣は、元農林水産副大臣の今村雅弘が初入閣。★
*国家公安委員長は、自民党の政務調査会長代理の松本純が初入閣。松本は防災担当大臣、消費者担当大臣を兼務。
*沖縄・北方担当大臣は、元国土交通副大臣の鶴保庸介が初入閣。鶴保は科学技術担当大臣を兼務。
*経済再生担当大臣は、自民党都連会長を辞任した石原伸晃が、こちらは留任。
*一億総活躍担当大臣は、加藤勝信が留任。加藤は新設する働き方改革担当大臣、拉致問題担当大臣、少子化担当大臣を兼務。★
*石破が閣外に去った地方創生担当大臣は、元経済産業副大臣の山本幸三が初入閣。山本は行政改革担当大臣を兼務。★
*オリンピック・パラリンピック担当大臣は、環境大臣の丸川珠代が横滑り★

◆◆ 新書ジャーナリズム。相次ぐ「日本会議」関連本発刊

 第一次安倍政権が成立して以来、今の自民党は、実質的に「日本(にっぽん)会議党」という極右政党になっているが、多くの国民は、そのことを知らない。参院選で選挙情勢を推測する新聞の大見出しの「3分2をうかがう」という表現を読んでも、ある地域では、8割の人が、その意味を知らなかった、という記事が出ていたが、これは、大なり小なり、どこの地域にも当てはまったのではないか。マスメディアが、大衆に判るような情報の伝え方を十分にしていなかった、ということなのではないか。

 日本会議のことも然り。それを啓蒙すべく「日本会議」関連本が、このところ相次いで刊行された。私がこれまでに目を通したのは以下の通り。どれを読んだら良いのか迷っている人のために、コンパクトながら、それぞれの本の持ち味を紹介したい。

菅野完(たもつ)    『日本会議の研究』 16年5月1日刊。
「週刊金曜日」成澤宗男 『日本会議と神社本庁』 16年6月29日刊。
青木理(おさむ)    『日本会議の正体』 16年7月8日刊。
山崎雅弘        『日本会議 戦前回帰への情念』 16年7月20日刊。

 4冊の書き手の立場は、以下の通り。
菅野完は、フリーライター。
成澤宗男は、「週刊金曜日」編集部のライター、編集者。
青木理は、元共同通信記者。ジャーナリスト。
山崎雅弘は、戦史・紛争史研究家。日本近代史。

 それぞれの本の基本構造はほぼ同じ。とりあえず、歴史と憲法改変問題をスケッチしてみよう。上記の本はいずれも日本会議に「反」ないし「非」の立場から批判的に日本会議の実像を描き出そうとしている点では同じ。

◆◆ 源流から現在へ

 それによると、日本会議の源流は2つある。ひとつが神社本庁(戦前の国家神道の流れを引き継ぐ「民間の」宗教法人。1946年設立)。もうひとつが「生長の家」(1930年、戦前戦争協力し、1949年、戦後は「原憲法廃棄・大日本帝国憲法復元」を主張する運動をしていたが、中心人物の谷口雅春没後、1964年に設立された「生長の家政治連合」も「生長の家」も1983年政治運動から撤退したので、現在は無関係)。「生長の家」の政治的撤退に不満を持つOBたちが「日本青年協議会」を1970年に設立。日本青年協議会は、現在、日本会議の事務局、というより、ヘッドクォーターになっている。

 自民党の議員ら、建国記念の日制定を運動した「神道政治連盟」(1969年設立)、旧宗教、新宗教の右派系宗教団体が宗派を超えて作った「日本を守る会」(1974年設立、事務局は明治神宮会館)、各界の民間人が加わり元号法制化を運動した「日本を守る国民会議」(1981年設立)、「神道政治連盟」「日本を守る会」「日本を守る国民会議」が1997年に大同団結して「日本会議」が設立され、「日本青年協議会」が事務局を担当している。

 日本会議と関係の深い国会議員団体として、「日本会議国会議員懇談会」設立。その後、日本会議の意向を受けて、1999年、国旗・国歌法が制定された。2006年、第一次安倍政権発足後、教育基本法が「改正」された。体調不良による安倍政権中断後、2009年、政権交代で、民主党政権成立。2012年、第二次安倍政権発足後、特定秘密保護法、安保法制化(いわゆる「戦争法」)制定、「美しい日本の憲法をつくる国民の会」(2014年設立)後、現行憲法改正(改変)などの史実的なことが描き出される。憲法改変を目指すものでは、1969年設立された「自主憲法制定国民会議」、「新しい憲法を作る国民会議」の流れもある。草の根議員を組織する「日本会議地方議員懇談会」もある。「日本会議知事懇談会」、「日本会議市町村長懇談会」は、いまのところ、聞いたことがない。

 日本会議の特徴は、さまざまな関連団体、フロント団体をつくり、草の根から全国へ、地方から中央へと運動を拡げ、継続しながら、宗教から、政治、経済、学会へ、水面に波紋を拡げるように「地道」に力を蓄えてきたということだろう。

◆◆ 憲法改変への目論見

 日本会議がどういうことを目指しているかも、それぞれ同じように解きほぐしている。例えば、憲法改変問題では、改変のポイントを以下のように伝えている。

 伝えられて来る憲法改変の優先順位について、自民党の「本音」では、第一に緊急事態条項の新設(災害での発動を前面にしながら、三権分立を否定し、内閣総理大臣に一種の独裁権限をあたえる、つまり事実上のクーデターも可能にする)、第二に家族保護条項の追加(「個人の尊厳」を否定、人権の軽視、「家制度の復活」)、第三に9条の平和主義の廃止(自衛隊の国軍化)。実は、これは日本会議系の日本政策研究センター(伊藤哲夫代表)のアイディアなのだ。
 伊藤哲夫は安倍政権のブレーンを務めるなど政権の中枢に食い込んでいる。衛藤晟一も安倍政権の首相補佐官として側近の位置をキープし続けている。このほか安部政権には日本会議国会議員懇談会のメンバーが大勢居る。既に触れたように、今回の内閣改造で8割。安倍内閣で大臣になろうと思えば日本会議国会議員懇談会のメンバーにならないといけないようである。自民党役員の重要ポストにも日本会議国会議員懇談会のメンバーが多い。つまり、今の自民党は、日本会議の張り子の虎か、自民党は日本会議の「トロイの木馬」なのだろう。

◆◆ 日本会議とその周辺の政治家たち

 日本会議の名誉会長は三好達(元最高裁長官)、要の仕切り担当の事務総長は椛島有三(日本青年協議会会長を兼ねる)。安倍政権を支える国会議員は、日本会議系の日本会議国会議員懇談会と神社本庁系の神道政治連盟の2つの大きな流れがある。ただし、懇談会と連盟の両方に所属する政治家も多い。今回の改造内閣の顔ぶれは既に触れた通り。

 このうち、日本会議国会議員懇談会では、平沼赳夫は、会長。安倍晋三、麻生太郎は、特別顧問。中曽根弘文は、会長代行。菅義偉、高市早苗、下村博文、額賀福志郎、古屋圭司、森英介は、副会長。稲田朋美は、政策副会長。安倍側近の衛藤晟一は、要の仕切り役の幹事長。

◆◆ 日本の民主主義は破壊されるか

 日本の民主主義は今根底から破壊されようとしている。西欧の民主主義原理形成の歴史は、三権分立(立法、行政、司法)の確立の歴史であった。その三権分立のありようが日本では危機に瀕している。国民主権、基本的人権、平和主義の否定が目論まれている。元凶は安部政権に巣くう日本会議の所為である。日本会議が政策立案して安部政権がそのまま施行、というのが実相のようだ。長年日本会議の悲願であった憲法改変は、是が非でも今期安倍内閣で実現させようとしている、ようだ。

 第二次、第三次安倍政権になってから、目立つもの。
 立法府たる国会では、数の力で強行採決が相次ぐ。
 行政府たる内閣、政権では、沖縄に見られるように強権発動で強行突破、あるいは拉致問題に見られるように強制的放置。
 司法では、日本会議会長の前任まで裁判官OB(現在は名誉会長)が就任していた。
 既に、日本の三権分立(立法、行政、司法)は、日本会議に侵蝕されてしまっているのだろうか。

◆◆ 相次ぐ「日本会議」本、それぞれの目次

 麻生のナチス論、いつもの妄言、あるいは「希望的観測」から彼一流の「失言」だと理解している向きは、私を含めて未だに大勢いるかもしれないが、新書ジャーナリズムの書き手たちの奮起でこのところ立て続けに出たそれぞれの労作を読むと、日本会議の歴史的軌跡、それを支えてきた日本会議に合流した「一群の人々」は、まさに「ナチスのように」、(形式的には)「民主的に」(実質的には)「非民主的に」、ただし、極めて「地道に」、言葉を替えれば、執念深く「市民運動」を積み重ねてきたことが、どの本からも窺える。それぞれの目次をざっと見ただけでも、これらの本の共通項と相違項が良く判るので、紹介したい。

 このうち、1974年生まれの菅野完『日本会議の研究』は、日本会議から出版差止めの運動が起こされたこともあって、5月の初版発売直後から逆に注目され、暫く品切れ状態が続いたほど人気を呼び、現在4刷になっている。目次を紹介しよう。
 第一章「日本会議とは何か」、第二章「歴史」、第三章「憲法」、第四章「草の根」、第五章「『一群の人々』」、第六章「淵源」。
 この本の特徴は、第五章「『一群の人々』」(日本会議の実務をにない続ける人々)、第六章「淵源」の日本会議の源流(カリスマとなる人物を探す)へのアプローチの軌跡である。

 「週刊金曜日」成澤宗男『日本会議と神社本庁』は、「週刊金曜日」編集部の成澤宗男を軸に編著、複数の書き手が分担執筆している。日本会議のうちでも、神社本庁にターゲットを合わせている。同じように目次を紹介しよう。
 第一章「日本会議と国家神道」/日本会議と宗教右翼、神社と国家の関係はどう変化したか。第二章「政治団体化する神社」/神社乗っ取り事件、明治時代の天皇崇拝は神道の長い歴史では特殊。第三章「日本会議の思想」/日本会議のターゲットの一つは憲法24条の改悪、幼稚な陰謀論と歴史修正主義、左翼との闘いが日本会議の核をつくった、安倍政権を支える日本会議と「日本会議議連」。
 週刊誌の編集部らしい目次が並んでいるのが判る。書籍スタイルというより週刊誌スタイルだろう。

 1966年生まれの青木理『日本会議の正体』は、組織ジャーナリズム出身の中堅ジャーナリストらしい目配りの効いた書である。7月初版、1ヶ月で早くも3刷。同じように目次を紹介しよう。
 第一章「日本会議の現在」、第二章「“もうひとつの学生運動”と生長の家 — 源流」、第三章「くすぶる戦前への回帰願望 — 日本会議と神道」、第四章「“草の根運動”の軌跡」、第五章「安倍政権との共振、その実相」。
 ここでも、菅野が日本会議の源流と拘った安藤巌のことがちょっと出て来るが、菅野ほど執念を持って書いているのではないので、日本会議も青木本の出版差止めの運動は起こしていない。

 1967年生まれの山崎雅弘『日本会議 戦前回帰への情念』は、青木と同世代ながら、戦史・紛争史研究家らしい観点で描く。同じように目次を紹介しよう。
 第一章「安倍政権と日本会議のつながり — 占領された内閣」、第二章「日本会議の『肉体』— 人脈と組織の系譜」、第三章「日本会議の『精神』— 戦前・戦中を手本とする価値観」、第四章「安倍政権が目指す方向性 — 教育・家族・歴史認識・靖国神社」、第五章「日本会議はなぜ『日本国憲法』を憎むのか — 改憲への情念」。
 青木本・第三章「くすぶる戦前への回帰願望」同様に、山崎本・第三章「日本会議の『精神』」は、問題意識が重なる。

◆◆ それぞれの独自の視点

 目次を見ると、基本的な共通点があるとともに、それぞれの独自の視点があることが窺えるだろう。それぞれの独自点を指摘しておこう。

 菅野完の類書と違う特徴は、日本会議のカリスマとなる人物を探し続け、第六章「淵源」で、安藤巌なる人物を特定する。この部分が、多分、日本会議の神経を逆なでしたのではないか。その結果として、出版差止め要求になったのだと思われる。

 青木理は、第四章「“草の根運動”の軌跡」で、日本青年協議会の機関誌『祖国と青年』の内容を概略ながら、経年的に紹介している。この部分は、ほかの類書より詳しく記述しているほか、自民党の政調会長から防衛大臣として2回目の入閣を果たした稲田朋美防衛大臣に政調会長時代にインタビューをしているのも大きな特徴となっている。

 山崎雅弘は、第三章「日本会議の『精神』— 戦前・戦中を手本とする価値観」、第四章「安倍政権が目指す方向性 — 教育・家族・歴史認識・靖国神社」、で見出しにあるようなテーマを、こちらは国民会議の機関誌『日本の息吹』の内容を概略ながら紹介している。

 各執筆者とも日本会議という同じものの解析をしているので、共通する部分はもちろん多いが、それぞれ調整したかのように、独自な部分は違う。お互いに補い合う、というところもある。発刊は、ほぼ同じ時期になったものの、執筆の時期は違うようで、私の読後感としては、それほどの重複感はなかった。皆さんもお読みになると良いと思う。

◆◆ 当面の私たちの問題意識

 最後に青木理は、『日本会議の正体』の「あとがき」で、こういう。「私は基本的に日本会議の主張を好ましくないものだと捉えている。いくつか掲げられた政策らしきものも、運動の方向性も、政治思想も、そして安倍政権とのあまりに密接な関係も、批判的な視座から論評すべき対象だと考えて本書の取材、執筆にあたってきた。(略)日本会議は公然と活動する政治運動団体である、これほど政権や与党と近接し、連携しつつ政治運動に取り組んでいる」という。しかし、私の危機感は、青木より切迫している。安倍の任期中に本当に憲法は、改変されてしまうのではないか。それも日本に止まらず、人類が長い時間をかけて叡智を絞って、試行錯誤しながら、血を流し、汗を流して積み上げてきた民主主義の原理を、「日本会議」という集団は、壊してしまうのではないか、という危機感なのである。

 日本会議が憲法改変の中でも、まっさきに取り組むのではないかと見られている憲法条項に新設を目論む「緊急事態条項」とは、次のような「教え」の復活の目論見なのではないか。

◆◆ 「一旦緩急あれば義勇公に奉じ以て天壌無窮の皇運を扶翼すべし」。

 これは、1890年10月30日に明治天皇が山県有朋首相と芳川顕正文相に与えた「教育に関する勅語」、つまり「教育勅語」である。緊急事態条項は、「教育勅語」の復活なのではないか、という危惧である。教育基本法が改変され、憲法が改変されるかも知れない状況がいよいよ近づいている。

 こうした動きの根源にあるものは、反・反日という意識、「尊皇攘夷」の「攘夷」という意識と同じなのではないか。とりあえず、そういう問題意識を持ち続け、参院選挙に続く都知事選挙の敗北を抱きしめていかなければならない。戦後の分岐点は、既に転轍器でポイントを切り替えられてしまった。これは大きい。

◆◆ 真夏の「悪夢」〜異なことが聞こえてきた〜

 週刊文春、週刊新潮とも、13年前の「出来事」を淵源としているような書き方をしているが、本当にそうだろうか。告示直前になって都知事選挙に名乗りを挙げた鳥越候補は許せない、という「被害者」という夫婦(元の女子大生ら)の思惑だけが動いたのか。17日間に週刊文春と週刊新潮の2誌を使って、こうも執拗なスキャンダル報道をする力といい、続報のたたみかけ方といい、その淵源からは、「ある種の独特の匂い」がしてならない。周到な手口、(仕掛けたとしたら)「鮮やかな」結果の出し方といい、手慣れた感じが伝わって来る。

 さらに、私の周辺に聞こえてきた「噂」によると、この情報のネタ元は、「内調」(内閣情報調査室)ではないかといわれるが、これも本当だろうか。直接取材をしているわけではないので私には真偽は判らないが、なにか直感的に「被害者」という夫婦だけの行動にしては違和感を覚えるのを否めない。一般市民の夫婦の訴えだけで、一誌だけなら未だしも、2誌が2週続けて歩調を合わせるように大見出しで報道を続けられるものだろうか。マスメディアは、なぜ、こういう疑問を持たないのだろうか。

 一般的に説明すると、内閣情報調査室とは、内閣の重要政策に関する情報の収集分析を目的とする役所である。警察や公安調査庁は国家の「治安」維持のための情報収集を目的とする役所だが、内調は、収集すべき情報の種類がこれらの役所とは異なる。あくまでも内閣が重要な「政策」を遂行する上で必要とされる情報を収集する。ということは、その時々の政権、政局、国内や国際の情勢によって求められる情報が変化する。
 また一部の報道によると、内調の職員は週刊誌などマスメディアへの頻繁な接触があるという。政治家のスキャンダル収集、閣僚候補に対するクリーン度の調査、いわゆる「身体検査」、政権、政局に対する世論の動向を探っているなどと報じられている。他の役所の情報収集と比べて、政権に直結する「政治色の強い情報」の収集を行っていると見られる。
 そういう意味では、選挙の候補も「政治家予備軍」。鳥越候補の「スキャンダル収集」も、延長線上に位置する、と言えるのかもしれない。「収集」の枠を越えて、「漏洩」もしているのではないか、という気もするが、裏付け取材をしているわけではないので、不詳。以下、推測。内閣が重要な政策を遂行する(選挙で政権に対抗する者を当選させないようにするのも重要な政策)上で必要とされる情報(政権に対抗する者の脚を引っ張るのも情報)を収集する、ということでなければ良いが、と思う。

 既に触れたように都知事選挙の終盤情勢を聞いた安部首相は周囲に「小池氏でも構わない」と語った、という。自民など推薦の増田氏の当落より、野党4党推薦の鳥越氏が当選しなければいいというのが本音だった、とメディアは伝える。内閣情報調査室は、安部政権が指示を出しているのだろうから、内調からの情報操作ということはあり得ることなのではないか、という推論も棄てがたい。

 安倍晋三という人も小池百合子という人も、極右政治団体の日本会議国会議員懇談会の幹部同士という間柄である。安倍晋三は特別顧問、小池百合子は副幹事長。最近の自民党を見ていると自民党という絆よりも日本会議という絆の方が強いように思える。小池候補が自民党都連と仲違いしたとしても「日本会議議連(国会議員懇談会のこと)」で、仲良くやっていることの方が政治にとって影響を及ぼす。マスメディアは自民党都連という目くらましに迷わされずにきちんとした実相をこそ国民に知らせるべきだろう。その後、自民党都連の執行部は全員が辞任した。安部政権は、結果として、自民党都連の執行部を潰しても小池新知事の都議会対策をしやすいように支えたことになる。

 (ジャーナリスト(元NHK社会部記者)。日本ペンクラブ理事。オルタ編集委員)


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