■寒梅先生訪問記     加藤 弘道

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  先日、尊敬する経営コンサルタントの「寒梅先生」の新宿の事務所を尋ね雑談をしたがなかなか興味深い話もあったので、皆さんにもお伝えすることにする。

  私「最近は、いかがですか?」

  寒梅先生「相変わらず、暇ですよ。」

  私「いいんですか。そんなことで。」

  寒梅先生「まあ、何とかなるでしょう」

  私「あまり、『経営コンサルタント』らしくないですね。もっとバリバリやっているのかと思っていましたが」

  寒梅先生「私も、ときどき講義なんかするんで、必要があって、調べものはしていますよ。最近、ちょっと面白いものを研究していたよ。」

  私「どんなものですか」

  寒梅先生「『制約条件の理論(TOC)』というもの。数年前に日本でも『ザ・ゴール』という小説がかなり話題になりましたね。これについて、必要になって、その後の進展も含めて、この一ヶ月ほど、まとめて研究していたんだよ。」

  私「その小説は、前に少し読んでみたのですが、今一つ、ピンと来なかったですね。生産管理の改善の話でしたよね。」

  寒梅先生「そうだね。著者のゴールドラットは、イスラエルの物理学者だね。友人に頼まれて、工場の改善についてコンサルティングにのり、大きな成果をあげたのでそれをコンピューターソフトにして売ったんだね。ずいぶん高いソフトだが、結構売れたそうだ。さらに、そのソフトの販売促進のために生産管理についての小説を書いた。これで、ソフトがもっと売れると考えたんだ。ところが、小説を読んだ読者から、『小説に書いてあるとおりにやってみたら生産性が非常にあがりました。ありがとう』という手紙が多く届いてショックを受けたそうだ。高額なソフトはなくても、思考法で改善できてしまったんだね。」

  私「そうらしいですね。それで、ソフト販売の会社は、人に譲ってしまったということでしたね。」

  寒梅先生「『ザ・ゴール』は、その本のタイトルで、企業の究極的な「目的(ザ・ゴール)」は、何か、「キャッシュフローを増やすこと」ということを言っているね。それに面白いことに、著者のゴールドラットは、長い間、日本でのこの小説の翻訳を拒否していた。他の国では、ずいぶん前に翻訳されていたが、日本の長引く不況を見て、ようやく翻訳をOKしたらしい。当初は、日本人に教えるとまた、アメリカが困るということだったが、もう大丈夫ということなんだね」

  私「そうでしたね。小説の最初の場面も日本製の商品に押されて、閉鎖の危機にある工場の場面からでしたね。それを、ある革新的な思考法でわずか三ヶ月で立ち直らせてしまうスーパーな物語でした。」

  寒梅先生「彼の小説は、その後も三冊、計4冊が翻訳されている。二冊目は、マーケティングの問題、三冊目は、思考法そのもの、4冊目は、プロジェクト管理の本だね。」

  私「彼の思考法は、我々のビジネスや日常生活にも役に立つんでしょうか?」

  寒梅先生「十分、ヒントになるだろうね。最近では、子供の教育への応用も実践されていると聞く。」

  私「ぜひ、教えてくださいよ。ただし簡潔に。」

  寒梅先生「そうだね。まったく手短に言うよ。『制約条件』に注目だ。制約条件というのは、システムのアウトプットを制約するものだね。それを『ボトルネック』ともいう。工場なんかで言うとある機械、工程の処理能力で、一番能力の低い部分だ。これが、全体のアウトプットの量を決めてしまっている。」

  私「そうですね。トヨタ式なんかでは、これをつぶして、『平準化』へもっていこうとしますよね。」

  寒梅先生「ゴールドラットは、この『ボトルネック』を探して見つけたら『こき使え』と言う。一方、他の工程の人たちは、極端な話、遊んでいてもいい、と言うんだね。彼の頭の中にあるのは、『全体最適』という考え方なんだ。他の工程の人たちが、一生懸命作業しても、できるのは、在庫の山でキャッシュフローの増加には、何の良い影響もない。『個別最適』では、一生懸命やっても、全体にとっては、何も役に立たない、役に立たないどころか害を及ぼすことになってしまう。」

  私「これは、なかなか日本人にはできませんね。他の工程の人は、遊んでいろというのは。」

  寒梅先生「今日はあまり詳しく話せないが、焦点を絞って、現実的に、また『全体最適』を考えて、ゴール(キャッシュフローの増加)を目指せということだね。」

  私「なるほど。しかし、これは、生産管理の話ですよね。」

  寒梅先生「『全体最適』の考え方は、ユニクロのように現在の中国での生産から流通、日本の小売現場までをトータルに考える『サプライチェーン』というビジネスモデルの基本思考になっているね。」

  私「なるほど。でも、それを子供に教えようというわけではないでしょう?」

  寒梅先生「『制約条件』はどこにあるのだろう?ということだね。生産が改善されても、今度は、市場が『制約条件』になってしまう、という意見もあった。でも、多くは、市場ではなく、供給側の自分や自分の会社、組織が『制約条件』になっているケースがほとんどだったんだ。」

  私「そうか。『制約条件』は、自分の頭の中にあるわけですね。『バカの壁』ですね。でも、これを子供に教えるのは、難しいなぁ。」

  寒梅先生「彼も組織の変革に手を焼いて、組織を革新するための論理的な思考法を新たに作り上げた。これを現在『TOC思考法』と呼んでいるね。これは、全員参加型でカード型の演習であり、対話方式だ。川喜田先生の『KJ法』に似ているが、『KJ法』では、『情念』で、カードが集まる、といっていた。TOCでは、完全な『論理思考』でやるという違いがあるね。それに組織革新のプロセスとして、かなり手が込んでいるな」

  私「この『TOC思考法』が教育関係者に注目されているんですね。」

  寒梅先生「いじめなんかの問題に効果があるそうだよ。」

  私「面白そうですね。それにしても自分の中にある『制約条件』かぁ。『思い込み』って、たくさんありますものね。自分が限界を感じていることって、自分自身が限界となっているってことですね。結局、自分のものの見方に『制約』されていますよね。』

  寒梅先生「現在ゴールドラットは、コンサルティングをしているらしい。彼が、コンサルティングを引き受けるのは、『会社の現在の総売上額を4年後に利益額になるようにする』と豪語しているらしい。私も彼の理論を一部、取り入れることにしたんだよ。自分自身の『制約はずし』をしているよ。」私「先生、お酒もほどほどにして、もっと稼いでくださいよ。それに、また、面白い話を聞かせてください」

  事務所から出る頃には、冬の月が、高層ビルのはるか上空に白く輝いていた。