■女子柔道体罰問題と日本スポーツ界の課題    三ツ谷洋子

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 今年1月末、柔道の日本女子代表選手による監督の暴力行為に対する告発が表
面化し、日本スポーツ界全体に大きな波紋を広げました。私は30年余にわたり、
女性の視点から日本スポーツ界に問題提起をしてきました。その立場から、今回
の女子柔道の問題と日本スポーツ界の今後の課題について考えてみました。

●前代未聞の女子選手の行動 

 1月30日。日刊スポーツ新聞一面の巨大な文字に、目が釘付けになりました。
「女子柔道代表ら15人 暴力パワハラ 監督を告発」。小見出しには「園田氏に
平手や竹刀で叩かれケガでも試合出場強要」とあり、「本当なのか?」と目を疑
いました。

 日本代表選手が監督を告発するなど、他のスポーツ団体も含めて前代未聞の事
件。しかも、女子選手です。全日本柔道連盟(全柔連)や日本オリンピック委員
会(JOC)に文書を提出していたという経緯も書かれており、ようやく事実だ
と理解することができました。

 私は新聞記者、フリーランスのスポーツジャーナリストを経て、現在はスポー
ツビジネスコンサルタントを本業としています。肩書はいろいろ変わりましたが、
ずっとスポーツの世界にかかわって仕事をしてきました。その私がこれほど驚い
た理由は、告発したのが15人の女子選手だったということです。女子選手が男性
監督を告発するという事態が起ころうとは、想像したこともありませんでした。

●スポーツは男性文化として始まった

 ところで現在、世界で親しまれている近代スポーツは、イギリスで誕生し広ま
りました。産業革命で財を成した有産階級のジェントルマンが、楽しみのために
始めたものです。男性たちの楽しそうな光景を目にした女性たちが、「私たちも」
と真似をしたのが女性スポーツの始まりです。

 つまりスポーツの世界で、女性は新参者なのです。近代オリンピックの創始者
として知られるピエール・ド・クーベルタン男爵(フランス)は、オリンピック
を男性の大会としてスタートさせました。女性種目が入ったのは1900年の第2回
パリ大会からです。

 日本においては明治維新以降、欧米文化のひとつとしてスポーツが導入され、
現在でも男性文化としての側面を色濃く残しています。トップスポーツの指導者
は、フィギュアスケートやシンクロナイズドスイミングなど少数の例外を除いて、
ほとんどが男性です。その指導者たちを束ねる組織の役員も、男性が当たり前と
されています。

●日本柔道界と女性の地位

 2001年、柔道の日本代表選手として活躍したOGが中心になって「日本女子柔
道倶楽部」が設立されました。私は理事としてお手伝いし、その後も「キッズじ
ゅうどう」という子ども対象のイベント運営など、様々な活動に協力してきまし
た。

 4年前、全柔連が開催した女性指導者対象の「女性柔道セミナー」では、「リ
ーダーシップをとれる女性指導者を目指して」をテーマにしたパネルディスカッ
ションで、コーディネーターを務めました。

 そこで筑波大学女子柔道部コーチ(当時)だった増地千代里さんが、非常に興
味深いコメントをされました。「全柔道の委員会で発言した女性委員に対して、
白い目で見る男性委員がいた」というのです。男性がこのような意識で女性を見
ていることに、ショックを受けたそうです。男性だけで仕切ってきた組織には、
女性の意見に耳を傾ける姿勢がないという現実があるのです。

●マスコミ報道で対応が二転三転

 新聞報道によれば、今回の15選手による告発の発端は、昨年9月下旬に1人の選
手が全柔連に実名で通報したことでした。日本代表監督が棒や素手で殴る、蹴る
などの暴行をしたという衝撃的なものだったそうです。

 全柔連は園田隆二監督の聞き取り調査をして暴力行為を認めたものの、何の処
分もないまま監督続投を決定しました。これに失望した女子選手たちは、全柔連
の上部団体ともいえるJOCへの告発に踏み切ったのですが、JOCは、これを
全柔連に差し戻してしまいました。彼女たちが訴えていたのは、監督の暴力問題
だけでなく、強化方針や組織の見直しでした。

 結局、振り出しに戻ってしまったことから、弁護士を代理人とした交渉に切り
替えました。こうした経過が大きく報道で取り上げられたことで、園田監督ほか
強化担当理事やコーチが辞任し、全柔連は第三者委員会の設置を決めました。連
日のマスコミ報道で、全柔連やJOCの事なかれ主義が露呈しましたが、こうし
た体質は他のスポーツ団体にも見られることです。

●女性の活躍と旧態依然の組織

 ここで、トップスポーツの世界での女性の位置づけについて整理してみます。
オリンピックで日本女子選手の活躍に注目が集まったのは、1996年のアトランタ
オリンピックでした。選手数は、それまで男子の半分程度だったのが、この大会
では男子160人に対し女子150人と48%に迫り、メダル獲得数では男子と同数の7
個と健闘しました。

 その後のオリンピックでも、女子への期待は高まる一方です。男子に比べメダ
ルの可能性が高いことがその理由です。昨年のロンドンオリンピックでは、選手
数が男子137人に対し女子は約20人多い156人でした。金メダル獲得数も男子3個
に対し女子4個と、男子を上回る結果を残しました

 ここで見逃してはならないのが、選手を支える中核組織への女性の登用です。
JOCは毎回、日本選手団の本部役員10~12人を現地に送っています。2000年の
シドニーオリンピックで女性役員を初めて登用したものの、その後の3大会は女
子選手の活躍にも拘わらず、ずっと1人のままです。日本スポーツ界が男性主導
型である一面を物語る数字です。

●“スポーツむら”に安住する男性

 なぜ、このよう状況が長く続いているのでしょうか。その理由は、男性が創っ
てきたスポーツの世界では、スポーツ団体の役職が男性の名誉職になっているか
らです。全柔連をはじめとするスポーツ団体の会長や理事などの役員は、原則的
に無給のボランティアです。現役選手を引退した後、大会運営など裏方の仕事に
携わり、その団体のメンバーとして実績を重ねていくと、理事として選任される
ようになります。専務理事、会長といったさらに上のポジションもあります。そ
れらはスポーツの世界の男性にとって、とても魅力的な肩書なのです。

 このような組織において、女性役員の登用を推進するには、トップの意識が変
わらなければなりませんが、もともとそのような意識を持っていない男性の意識
を変えることは、容易ではありません。今回の問題発覚後の全柔連の理事会では、
「全理事が責任を取って辞任すべきだ」との意見があったものの、これに賛同す
る理事は1人もいなかったそうです。野次馬的には、全理事が辞任して新しい組
織として再スタートさせればよいと思うのですが、これは現実的ではないでしょ
う。

 小さいころからオリンピックのメダルを目指し柔道一本の道を歩み、引退後も
指導者や役員として柔道にかかわってきた人にとって、このような不祥事で辞任
するということは、それまでの柔道人生を否定することであり、自らのアイデン
ティティーでもある“むら”から出ていくことになるからです。

●村八分を覚悟の女性

 翻って全柔連を告発した女子選手たちはどうでしょうか。自分が指導を受けた
監督を名指しで非難することで、自分の柔道生活が終わることも考えたはずです。
“柔道むら”から追い出されて村八分も覚悟の告発は、大きな勇気が必要だった
と思います。さらに言えば彼女たちの告発を後押しし、全柔連の姿勢を強く非難
した山口香さん(JOC理事・女性スポーツ専門部会長)の勇気にも、同じ女性
として拍手を送りたいと思っています。山口さんは1984年の世界選手権で優勝し、
1988年のソウルオリンピックでは銅メダルを獲得して、今日の日本女子柔道隆盛
の先駆者となりました。

 2月7日付朝日新聞は、山口さんのインタビュー記事を掲載しています。ここで
山口さんは「暴力は言語道断」ときっぱり言い切り、日本柔道界が再生するため
には女性理事を入れて、多様化の時代に対応することの必要性を説いています。
山口さん自身が柔道の世界で様々な問題に直面し戦ってきたからこその、強い信
念に裏打ちされた言葉でした。

●問題は全柔連だけではない

 女子選手による告発と、それに続く全柔連トップの対応を見ていると、マスコ
ミに騒がれてあわてて処分を撤回したり、マイクの前で語る言い訳や独りよがり
の持論の展開、視野の狭い現状認識など、不祥事を起こした企業の姿に重なりま
す。女性の活躍なくして成り立たない現在のスポーツの世界にあって、いまだに
男性だけの運営に拘ることで、大切なことを見落としていることに気づいていな
いのです。これはこと全柔連だけではなく、JOCや他のスポーツ団体にも当て
はまります。

 社会における女性の活躍度を測る物差しの一つに、国会議員の女性比率があり
ます。昨年の列国議会同盟(IPU)のデータでは、衆議院議員が7.9%の日本
は、190カ国中163位でした。大企業の女性役員の比率などを見ても、日本は先進
諸国の中で最低のレベルにあります。日本社会全体が男性主導型であり、その一
端がスポーツの世界に表れているといえます。

●今後のスポーツ振興の課題

 男性主導型が続いているのは、必ずしも男性だけに責任があるわけではありま
せん。女性にも問題があります。例えば、日本の女性は責任を負う仕事を敬遠し
がちです。女性が組織を作ると、男性をトップに据える例が少なくありません。
たとえば学校のPTAでは実際に活動しているのはお母さんたちであるにも拘わ
らず、「会長はやっぱり男性よね」などといって、男性を担ぎ出します。

 ママさんバレーボールのチームでは、男性監督が珍しくありません。平等を好
む女性たちには、同性の会長や監督の下で活動する心の余裕が足りないのかも知
れません。あるいは、前例が少ないせいで経験豊富な男性に頼ってしまうのかも
知れません。

 いずれにしても、今後のスポーツ振興に女性の活用が不可欠です。そのために
は、政治の世界でよくいわれる「クオーター制」の導入を提案したいと思います。
2009年に国連の女性差別撤廃委員会は、日本政府の取り組みが「不十分」という
勧告を出しました。先の民主党政権は「第三次男女共同参画基本計画」を基に、
各省庁や関連団体に「2020年30%」という目標の設定を通達しました。「社会の
あらゆる分野において、2020年までに指導的地位に女性が占める割合が30%にな
るよう期待する」とあります。

 女性がゼロの場合は「最低1名・女性1割運動」など、前段階の目標設定を要請
しています。私の経験では、「1名」でモノを言っても、賛同者がなければ「唇
寒し」のような結果になるだけ。できれば「最低1割」を確保したいものです。
全柔連に関しては、理事26人のうち1割の3人を女性とし、柔道ニッポンの伝統を
守る新たな第一歩を踏み出してほしいと願っています。

 (筆者は女性スポーツ財団日本支部代表・元Jリーグ理事・法政大学教授)
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