【北から南から】中国・吉林便り(19)

夏休みが始まって

今村 隆一
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 7月7日は80年前の1937年、北京の盧溝橋で日本軍と中国軍の「七七事変」と呼ばれる戦闘が発生した日です。当然のように中国TVニュースで「忘れてはならないあの日のことを」のタイトルで当時のいきさつに触れました。「九一八事変」(1931年9月18日瀋陽の柳条湖で関東軍が南満洲鉄道の線路を爆破し、これを中国軍の行為として出兵し、満州事変の口火を切った)と並んで日中関係における負の歴史として刻まれた日であります。

 このような日はTVではチャンネルによっては日本の満洲侵略の歴史について特集を組んで放送するのが習わしのようになっています。これまで七七と九一八にあたる日、私はなるべく外出を控えるようにしています。それは万一のトラブル(吉林ではほとんど考えられないが)に巻き込まれる危険を回避するためです。必然的にこの記念日になると、改めて心から日本政府と中国政府の友好関係が深まることを願う気持ちが強くなります。

 私がいる吉林「北華大学」は1年2学期制で、第1学期は大体8月第4週から翌年2月の末週まで、第2学期は3月第1週から8月の最終週まで、それぞれ秋学期・春学期と呼び、両学期とも20週、冬休みと夏休みがそれぞれ7週となっています。今年の夏休みは7月17日から8月20日までで休み前の2週は試験期間と定まっていて、授業の中には期間が短いものもあり、今年は父の日である6月18日で授業は終わりました。夏休みシーズンは航空機代が上がるのと日本の夏の暑さが苦手なので、基本的には吉林で涼しい夏を過ごすことにしています。

 昨年の7月、吉林市豊満西山で左足首を蛇に咬まれ入院、その後、左膝関節炎発症で後遺症が続いて1年後の今も完治していませんが、戸外活動は今年最初の活動として3月4日に開始し、その後殆んど毎週末出かけております。7月1日の「鹰嘴砬子・ 东双鸭」登山でこの4ケ月間に17回の登山となりました。3月と4月初旬までは残雪があったので軽い活動を選んだため、支障はなかったものの、瞬間的に膝に痛みが出ることがあったため5月頃までは常に恐怖心を抱えての活動でした。現在はその日の体調により歩き始めは膝周辺にしびれが出ることもありますが、間もなく感じなくなり、下山時の恐怖心は依然あるものの、その日無事歩き終えた後の充実感が他に替えがたく、活動を続けてきました。

 6月24日土曜日の戸外活動は吉林市の街から貸し切りバスで1時間半ほどで登山開始地点に到着する山(吉林市旺起鎮の東、三清宮から麒麟峰と黄花頂子を経て三清宮に戻る)で活動時間も比較的短かかったこともあって、早く家に帰り着きTVを点けたら夕刻5時のニュースが中国大陸南部の大雨と山崩れを報じていました。毎年5・6月は中国大陸では必ずと言って良いほど豪雨による災害が発生しており、今回の災害はそれまであった村が大量の岩の下に埋まってしまったのです。この村の名は四川省茂県畳溪鎮新磨村、写真では山に囲まれた景色が美しくリゾート地にもなっていた62戸の小さな村でした。豪雨後の山崩れは人の住んでいた気配も跡形もない、すっかり白い岩に覆われた荒野に変わったのですから、私には画面を長く見ていれなくなるほど悲惨な状態でした。翌朝もTVを点け同じ光景を見るのがはばかられるほどでした。恐らく日本にもこの災害について伝えられた筈です。中国では日本を地震大国と呼びますが、私には中国大陸は災害超大国です。

 7月7日新疆ウイグル自治区の区都ウルムチの最高気温が45度、黒竜江省の省都ハルビンが37度、中国大陸は南の広東省、江西省、湖南省などの洪水多発は高温によるものと思います。7月6日から数日にわたる日本の梅雨前線停滞に伴う九州、西日本の集中豪雨、福岡県朝倉市や大分県のすさまじい災害画像はこちらのTVニュースでも伝えられました。

 幸いなことに私のいる吉林はこれまで自然災害に縁遠い所と言われていました。しかし、最近ではネット上で、北朝鮮による核実験の影響で中朝国境に位置する長白山(2,744m:朝鮮語では白頭山)の火山噴火が危惧されており、それが中国政府の対北朝鮮政策の変化に及んでいると言われます。また吉林市では7月3日の豪雨で北華大学の東校門前の道路が洪水で人の腰まで水位が上がっている光景が、更に松花江に流れ込む支流でも激流が発生し、コンクリート造りの遊歩道が決壊したことが4日に松花江沿いを散歩していて判りました。

 日本では6月15日早朝「共謀罪」が参議院本会議で強行可決されました。これには深い悲しみと安倍晋三に対する怒りが湧きました。2012年の民主党野田政権から自民党政権に移った今日までの5年間で、日本の政治が間違った方向に向かっていると強く思うのは私だけでしょうか? 私がそのように感じるのは中国吉林生活が長く、日本が縁遠くなったからそう感じるのではありません。安倍晋三とその周辺、自民党政権がたくらむことが日本の圧倒的多数にとって悪いことだからです。私は日本にいる多くの友人も怒っているという確信を持っている一方で、NHKと読売新聞、産経新聞など一部マスコミの報道姿勢に疑問を感じない人も少なからずいることは、私にとって辛く残念なことでもあります。何よりも安倍政権への審判である選挙投票結果が私の期待に反することがあまりに多かったことが私には悲劇です。

 7月2日は東京都議会議員の投票日で夜の中国TVニュースでもこの選挙を報じ、秋葉原での安倍晋三首相の演説と合わせ大阪森友学園の籠池元理事長が上着のポケットから百万円が入った封筒を出している姿と、安倍帰れコールをする多くの人々の姿を動画で流しました。翌3日と4日は都議選に自民党が惨敗したことと、安倍政権のこの間の経緯、勝利した都知事の小池百合子氏がエジプトのカイロ大学卒業でアラブ語も英語もできるなどと経歴を紹介しました。
 中国のネットでは小池氏についてどのように見ているのか興味が湧き、調べたところ、極めて詳しく細かに彼女の家庭環境、彼女の父親の経歴、彼女の子供時代から今日までの私的部分(日本週刊誌の解説を含む)から政治家としての変遷を紹介しており、私が興味深く読んだのは、彼女の靖国参拝、台湾の李登輝元総統との関係ほか、中国メディアはかなりの右翼として位置づけている一方、日本初の女性首相としての可能性を予感している部分でした。ただ小池氏を「政客」と表現したことに彼女の本質を見抜いていると思いました。「政客」とは政治ブローカーなどを含む決して良いことをしない政治家を蔑む漢語なのです。

 7月2日は日本語検定試験日でもありました。日本でも同じ日に行われたことを日本に留学している教え子のチャットで知りました。前日、今学期最後の日本語授業が午後5時に終わり校車(スクールバス)に乗って家に着いた日の午後5時40分、お湯を沸かしカリタでコーヒーを入れTVをつけてみると、チャンネル「中国語国際」が政府の公益広告を、世界の巨匠ムンク、ドガ、ピカソなどの絵画を模した複製で2分ほど”受動喫煙防止の訴え”を流しました。画面から受ける印象は文化性に富んだ素敵な広告描写だと思いました。中国も日本もタバコ喫煙による受動喫煙被害は一向に改善されません。

 現在の中国政府の代表的指導者は習近平主席と李克強総理でしょう。二人は積極的に国内・国外訪問をしており、最近では習主席は6月29日から7月1日の間、香港で祖国復帰20周年大会と香港特別行政区第5期政府就任式典に出席し、香港特別行政区を視察しました。その後7月3~5日はロシア、7月6日はG20サミットに向けてドイツに入りました。彼は夫人の彭麗媛を伴っての外遊がとても多いのですが、夫人の外国訪問時の行動は多様で、夫人自身も共産党軍の幹部歌手でもあり、はっきりと政府公人として振る舞っています。

 政治指導者の夫人は公人か私人かが大阪森友学園への国有地売却問題で安倍晋三首相夫人の昭恵氏が遡上にのったころ、日本政府は昭恵夫人を私人と閣議決定しました。
 日本のファーストレディである昭恵夫人は首相の外遊に頻繁に同行したり、これまでメディアに登場することで、「一種の新しい首相夫人像」を演出してきたと言えます。一部マスコミは彼女を利用し、安倍政権の悪しきイメージを覆い隠し、一見ソフトなイメージアップの役割りを演じることに成功しました。

 彼女は、酒場経営、沖縄県高江のヘリパット建設現場訪問、大麻栽培地訪問、原発再稼働反対などを軽いノリで行い、これら彼女の自由奔放な活動がマスコミ受けし、安倍政権の醸し出す強権タカ派のイメージチェンジに効果をもたらしてきました。全く無邪気で悪気のない昭恵夫人効果は、安倍晋三の家庭内野党を認めるおおらかさの反映と大衆に映ったことでしょうが、昭恵夫人の行動の非計画性、持続性のなさ、ミーハーなファーストレディ振りは安倍首相と自民党政権にとってはご愛嬌で許容範囲でした。
 しかし加計学園や森友学園の名誉園長や名誉校長もその延長上でしょうが、愛嬌を通り越して官僚に「忖度」させ、政治決定に向けた口利きで実質的に関与したことで、今や自民党のイメージダウン、政権の危機に及んでしまったのですから、身から出た錆としか言いようがありません。

 加計学園と森友学園は教育に名を借りた金儲け、原子力発電はエネルギー節約・環境保護に名を借りた金儲け、軍事基地・軍備増強は平和に名を借りた金儲けでしかありません。

 安倍晋三という首相はこれら全てを推進し、憲法改悪を目論み、反対する者を監視する権限を警察に与え一般人を委縮させる共謀罪を強行成立させたのですから、大罪人としての資格を十分に得た戦後最悪の首相だ、との主張は私のこの夏休み前期の到達点であります。指導者が絶対に避けなければならないことは恨みを買うことと軽蔑されることだ、とはマキャベリの言葉です。安倍晋三首相へ贈ります。

 (中国吉林市・北華大学漢語留学生・日本語教師)

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