■【北から南から】 深センから  

『在住者のセキララ食糧事情』    佐藤 美和子

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  インターネットニュースを見ていると、日本では中国製品を忌避する人が増え
ているようですね。しかしそれも、中国製に替わるモノがあったればこそ。中国
に住む外国人は、いったいどのように食料調達しているのか?ワタクシの場合を
少し書いてみたいと思います。

  私はまず、加工食品や調味料は日系もしくは欧米系メーカー品を買っています。
最も安心できるMade in JAPANの輸入品は、関税フリーの香港のほうが中国より
ずっと安く売っている上にきちんとした商品管理でニセモノや賞味期限切れを掴
まされる恐れもないため、私は香港へ行くたびにあれこれ買い込んできます。醤
油やみりんなど調味料を中心に、大きなリュックを担いでゼーハー言いつつ運ん
でいるのです。我ながら、なんだか戦後の闇市買出しみたいですねぇ(笑)。

  しかし冷蔵冷凍食品は、1~2時間もかかる香港からは持ち込めませんので、深
センのジャスコなど外資系スーパーで、外資系メーカーの中国工場生産品を選ん
で買っています。それも手に入らない場合は仕方なく現地メーカー品となります
が、必ず中国全土に名の通った有名メーカー品限定で、聞いた事もないようなメ
ーカーのものは買いません。なぜなら、トラブルがあるとサッサと社名を変更し、
そして問題のある製品を作り続けるような企業があるからです。中には良心的で
優秀なメーカーもあるでしょうが、そのメーカー品が安全かどうか、自分自身を
人体実験に使うのは嫌ですしね~。

  加工食品はそういう選択ができるのですが、しかし一番肝心の、生肉や野菜な
ど生鮮食品は中国産を避けようがありません。毎日毎日、これにはどんな農薬が
かかっているのかな・・農薬が水溶性だったら、もう内部に浸透しているだろう
から無駄かも・・と考えてはウンザリしつつも、香港で買ってきた野菜専用農薬
除去剤を入れた水に小1時間も漬けおき、さらに流水で一つ一つ念入りに除去剤
を洗い流してからやっと調理にかかっています。そこまでしても、本当に農薬が
落ちているのかは目に見えませんし、却って農薬除去剤が野菜に浸透していて体
に悪いことは無いのだろうかとか、こんなに長時間、洗剤や水に漬けていたらビ
タミンなんかの栄養素だって一緒に水に流れちゃうだろうな~などと不安は尽き
ません。でも大半の生鮮食品を中国から輸入している香港では、公共広告機構の
ようなTVコマーシャルで、野菜は農薬除去剤で充分漬け置き洗いをしてから食べ
ましょう、と繰り返し放送しているのです。公的機関が言うほどなのだから、除
去剤も一応は効果があるのだろうと、自分に言い聞かせるしかありません。

  中には、水道水も信用できないから、野菜を洗うのにもミネラルウォーターを
使っている、という在中邦人も居ます。実際、汚染された水道水で中毒患者が出
たなどのニュースには事欠きませんからねぇ・・。そこまではいかずとも、私を
含め在中邦人の間ではお味噌汁やラーメンなどのスープはもちろん、ご飯を炊い
たりスパゲティなど麺類を茹でたりするにもミネラルウォーターを使うのが一般
的です。

  農薬問題以外にも、工業地帯では重金属中毒に悩まされる中国の子供たちもた
くさん居るそうです。農地が既に、汚染されているんですよね。これも目に見え
ませんから、お手上げです。私は中国では、イチゴやさくらんぼといった皮を剥
かない果物は食べません。買ったイチゴが妙に薬品臭い味がしたことが何度かあ
り、それ以来、怖くて口に出来なくなりました。野菜や果物はできるだけ厚く皮
を剥くので、我が家では生ゴミが多く、とっても不経済です。貧乏なのに~

  さらに、市場や路上売りの農民からも絶対に買いません。市場で売られる野菜
や果物の方が、スーパーのものより新鮮に見えて値段も安いのですが、まだ熟し
ていない果物を成長ホルモン剤に浸して表面だけ熟したように見せかけて売る悪
徳業者や、小汚い注射器で砂糖水を注入して甘く偽装した果物を売る農民がいる
からです。広東では食後にフルーツ盛り合わせをサービスしてくれるレストラン
がよくあるのですが、スイカやオレンジが砂糖水味だったことが幾度となくあり
ました。農家か販売業者かレストランかのどこかで、砂糖水が注入されているの
でしょう。近年、中国では小学校にも上がらない幼児の胸が膨らんだり、2歳児
に初潮が始まるなど異常な早さで第二次性徴を迎えるケースがあり、食材にまぶ
されている?成長ホルモン剤との関連性が疑われているそうです。

  成長ホルモン剤が使われるのは、野菜だけではありません。日本でもよく知ら
れる上海ガニ、これもほとんどが少しでも大きく育てるためにホルモン剤まみれ、
本当に良いものはほとんど香港の高級料理店に流れるというハナシは有名です。
そのため、日本からの出張者に上海ガニを食べさせろと言われれば仕方なくお店
に連れていって注文はするものの、自分は上手く上海ガニを回避して他の料理ば
かりを食べてやり過ごす、なーんていう日本人駐在員の接待ウラ話もよく聞きま
す。

  中国では、生肉は表面を水で洗ってから調理します。この“中国の常識”を中
国人に教えられた時は、仰天しました。何でも、食肉をさばく所が不衛生でハエ
やネズミなどが居るケースもある、まな板や包丁も定期的に洗浄消毒されている
保障はないから、だとか。これを聞いてからは、気休めですがお肉はなるべく外
資系スーパーで購入し、なおかつ水でよく洗って使うようにしています。あぁ、
折角のお肉の旨味、みんな水に流しちゃっているんだろうな~

  香港在住邦人には、野菜や豆腐といった生鮮食品は、香港の日系スーパーに売
られている日本からの空輸品しか買わない、という人もけっこう居るようです。
中国のスーパーを見慣れている私の目には、香港のローカルスーパーの生鮮食品
だって十分新鮮で美味しそうなのですがねぇ。例えば、日本から空輸された九州
産の卵6個入りパックが30HK$(約390円)。深センのスーパーでは同じく6個入
りが高くても7元(約100円)程度と、4倍もの差があります。野菜も日本空輸
品は中国野菜の4~10倍のお値段なのですが、それでも家族の健康を守るために
と香港に居ながら全て日本の食品で生活する邦人や高所得層の香港人がいるので
す。

  しかし中国暮らしの私は、そんな野菜や果物は指をくわえて我慢するしかあり
ません。深センに戻るときに税関で荷物検査をされた場合、生鮮食品は没収!の
憂き目に遭ってしまうからなのです。香港で買ってきた食パンを深センの税関で
没収されそうになったとある日本人、没収されて税関職員に食べられるよりはと、
なんとその場で!食パンをムシャムシャ食べちゃったそうな(私じゃないですよ
~、念のため)。一斤全部を完食したのかどうかまでは聞きませんでしたが、飲み
物もナシ、バターもジャムもつけない食パンを・・・でもその気持ち、すっごくよ
く分かります。だって、今では(大都市に限り)割と美味しいパン屋さんも出て
きていますが、8年前のその頃ではパン食の歴史の浅い中国、美味しい焼き立て
の食パンなんて滅多に口に出来るものではなかったのですよ~。昔はバターを塗
っただけのシンプルなトーストに淹れたてコーヒーの朝食、よく夢に見たもので
す(笑)。

  日本の税関なら、没収した品は正しく破棄処分されることと思います。しかし
ここ中国では、税関職員が自分の欲しいものを検査と偽り、輸出入品からサンプ
ルとして間引く事もあるほどなので、もしかしたらその食パンも税関職員の朝ご
はんになっていた可能性、あると思います。だって私、実際にサンプルとして没
収したダウンジャケットを、税関職員の知人からプレゼントされた事があるので
すよ・・・・・。他に欲しいものがあれば、輸出入品から見つけたときに取って
(盗って?)きてあげるよ~などと恐ろしいことを言われましたが、貿易事務
員をしていた頃、そんな中国税関のおかげで数量不足という苦労をした経験を
思い出し、丁重~にお断りしておきました。

  日本人の主婦友達に会うと、いつもこういった食の安全に関する不安や愚痴話
に花が咲きます。お互いに情報交換し、少しでも安全な食事をと知恵を絞ります。
けれど、自炊すれば自分で管理できますが、でも外食しちゃったらどうだろう?
この店は野菜をちゃんと洗っているだろうか?と、またすぐ不安のループに嵌っ
てしまうんですよねぇ・・・・・。

  初めて中国に来た90年代初頭は、レストランで油汚れが落としきれていないネ
トネトのお皿で料理を出されても、ここまで不安を感じることはありませんでし
た。あの頃はまだ貧富の差がさほどなく、みなが平均的で、他人を害してでも金
儲け!みたいなアクドイことを考える人はそんなにいなかったんですね。なので、
不衛生という問題はあっても、農薬や化学薬品の混入や廃油で作った炒め物が出
されたりニセモノの素材が使われたりといった心配もなく、高級グルメから屋台
食まで、美味しく食事が堪能できていました。街には商品が溢れ、お金さえ出せ
ば輸入品や高級品だって手に入る豊かな現在ではありますが、食と治安に関して
だけは心の底から思います。『昔はよかった!』

                (筆者は在深セン・日本語教師)

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