【オルタの視点】

国際的信用を高めた AIIB第2回年次総会

凌 星光
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 韓国南部の済州島でアジアインフラ投資銀行(AIIB)の第2回年次総会(理事会)が去る6月16日から18日にかけて開催された。加盟77カ国・地域の財務相や中央銀行総裁及び学者、企業家、マスメディア関係者など約2,000人が出席した。因みに第1回年次総会は昨年6月25、26日に北京にて開催された。

 韓国政府は今年2月、第2回年次総会を済州島で6月に開催する覚書をソウルでAIIBと交わし、役割分担と経費の負担割合を定めた。また会議開催の前日、韓国企画財政部はAIIBプロジェクト準備特別基金に800万ドル寄付することを決定した。これは中国に次いで二番目の寄付である。このことから、韓国は中国が主導するAIIBに対して極めて積極的であることが分かる。

 AIIBは2016年1月に営業を開始し、同年6月に第1回年次総会を北京で、第2回は済州島で開かれ、第3回は来年の6月25、26日にインドのボンベイで開かれることが決まった。インド理事が議長を、カザフスタン理事とノルウエー理事が副議長を務める。

◆◆ 一 世界の注目を浴びた第2回年次総会状況

<1> 参加国・地域が80に増加

 AIIB設立計画は2013年に出され、2014年10月、設立覚書が署名されたが、その時は21ヵ国であった。それが2015年6月の設立協定署名国は50ヵ国・地域に増え、2016年1月の開業時には57ヵ国・地域、2017年3月には70ヵ国・地域、5月には更に77ヵ国・地域に増えた。第2回年次総会はこの77ヵ国・地域により開会されたが、開会中に新たに3ヵ国が加わり、80ヵ国・地域となった。新たに加盟が承認された3ヵ国はアルゼンチン(南米)、マダガスカル(アフリカ)、トンガ(南太平洋)である。50年の歴史を有するアジア開発銀行(ADB)は67ヵ国で構成され、現在、加入国数ではAIIBがADBを大幅に上回っている。金立群総裁は年内に85-90ヵ国・地域になるとの見通しを明らかにしている。

<2> 手堅く進められる融資案件

 第1回年次総会で報告された第1号融資案件(4件、5億900万ドル)のうち、単独融資はバングラディッシュの送配電事業1件だけで、残り3件はそれぞれ世界銀行、ADB、欧州復興開発銀行(EBRD)との協調融資で、融資内容もリスクの低い政府案件だけであった。
 そのほか2017年5月までの1年間に9案件が決まり、第2回年次総会開催の前日、更に董事会で3案件、投資総額3.24億ドルが決まった。グルジアへの道路建設1.14億ドル、タジキスタンの水力発電所改造6,000万ドルが融資され、インドへはインフラ投資基金への出資が決まった。インドは7.5億ドルのインフラ基金を設立するが、そのうちの1.5億ドルがAIIBから出資される。このような金融基金への出資は初めてで、インド側のニーズに柔軟に対応した結果であり、注目すべきことだ。

 第2回年次総会での報告では、今までの投資案件は16件で、総投資額は24.9億ドル、投資受け入れ国はパキスタン、タジキスタン、バングラディッシュ、インドネシア、ミャンマー、オマーン、アゼルバイジャン、インド、グルジアの9ヵ国で、すべてアジア諸国である。そのうち12案件、金額の7割以上が他の国際金融との協調融資である。

 以上に見る如く、AIIBは国際的信用を重んじ、リスクを分散しつつ、基礎固めを優先させる姿勢をとってきた。と同時に、既存の国際金融機関との関係は協調ウインウインであり、対立対抗ではないことを強く表そうとした。

<3> 着実に進められる理念・組織作り

 AIIBは設立にあたって、「リーン(機構簡潔)、クリーン(融資廉潔)、グリーン(環境重視)」の三目標を掲げ、世界銀行、アジア開発銀行並みの高い基準を設けた。第2回年次総会は「持続可能なインフラ整備」を主テーマとし、持続可能なインフラ整備の推進、民間資本の動員、ニーズへの効率的対応などが議論された。また、企業が参加するビジネスセッションが設けられ、企業の海外インフラ市場への進出を促した。このほか、アジアの持続可能なインフラ構築、アジアの持続可能なエネルギー戦略、人工知能都市づくりなどのセミナーが開かれた。

 副総裁5名のうち3名は欧州出身で国際性を重視した構成となっている。専門的なスタッフはまだ100名ほどしかいない。AIIB副総裁アムスベルク氏(独、政策と戦略担当、世界銀行副総裁を経験)は、「組織戦略、運営、金融、スタッフの4柱をバランスのとれた形で発展させる」としている。また、「ABDなどと協力したり、シンクタンクなどに事業の一部を外部委託したりして、組織が肥大化しないように努める」とも語った。分野別の戦略については、「第1弾はエネルギー分野、第2弾は国境を跨いだ巨大な回廊建設など運輸関係、第3弾は持続可能な都市づくり」を挙げている。(日経、6月19日)
 既存の国際金融機関の長所を学びつつ、新しい時代に合ったAIIB理念の具体化に向けて着実に前進している。組織とスタッフも焦ることなく、地に足の着いた進展を図っている。

<4> 韓国の思惑を表した文大統領の祝辞

 韓国は参加国のうち5番目に多い4.06%の持分を有している。日本が不参加の中、アジア第二の先進国として韓国が最初の中国以外の開催国となったことは理に適ったことだ。しかも新政府スタート後に韓国で開かれた最初の大規模な国際機構行事である。文在寅(ムン・ジェイン)大統領は16日、済州(チェジュ)国際コンベンションセンターで挨拶した際、「断たれた京義(キョンウィ)線鉄道が未だ治癒されていない朝鮮半島の現実」を指摘し、「南と北が鉄道で連結される時、新しい陸と海のシルクロードが完成されるだろう」と語った。南北対話を進めたい文大統領は、AIIBが追求するアジアインフラ開発事業と連係して、南北間の鉄道連結を推進したいという願望を示したのである。
 また文大統領はこの日の祝辞で「古代シルクロードが開かれて東西が連結され、市場が開かれ、文化を互いに交流した。アジア大陸の極東側終着駅に朝鮮半島がある」と述べたが、日本としては受け入れられないことであろう。正倉院の文物からも分かる通り、「極東側終着駅」は明らかに日本列島である。

 文大統領は更に、アジアにおける韓国の役割について、「韓国はこれまでの経験に基づいて、アジアの開発途上国の経済・社会発展に寄与するパートナーになる」、「韓国が開発途上国と先進国を連結する橋梁国家として、その役割と責任を全うすることを約束する」と強調した。中国も先進国と発展途上国との橋渡しの役割を目指しており、中韓両国の思惑は重なる。
 なお、韓国が800万ドルをAIIBに寄付した背景には、年次総会の主催国になったという事情以外に、韓国が参加するグルジア水力発電所案件を今年後半にAIIBが認可することになっていることがある。金総裁は韓国の寄付に感謝すると同時に、「韓国とAIIBがこれを契機に共に発展することを期待する」と述べた。

<5> 自信に満ちた金立群総裁の発言

 金総裁は開会の辞で「AIIBはパリ協定の推進・支持者であり、メンバー国がパリ協定関連の二酸化炭素排出を減らす目標を実現するのを支援する」と語った。米国はパリ協定を脱退し、世界に大きなショックを与えたが、AIIB加盟国はすべてパリ協定加盟国であり、AIIBが地球温暖化問題で積極的に貢献していく態度を表明したのである。
 金総裁はまた「アジア諸国は都市化の急進展、インフラ整備不足、気候変化と環境悪化など新たな複雑な挑戦に直面しており、AIIBはインフラ及び想像力に富む分野への投資を通して経済社会の発展を支援し、これらの挑戦への対応に協力していく」と述べた。つまりAIIBはインフラへの投資を主とするが、そればかりでなく経済社会の発展に必要な新産業分野にも投資するということである。

 本年7月11日、バンコクで開かれたボアオ・アジア・フォーラムで金総裁は次のように語った。「AIIBは中国の銀行ではなく、国際的多国間銀行である」「全参加国の利益になるよう奉仕し、スタッフは世界各国から集められ、国際的最高基準で管理される」「AIIBを成功させるには、政治化を避けなければならない。それには各国銀行の関与と中国政府の関与が含まれる」。AIIBは中国が主導しているが、中国政府の関与を許さず、中国政府の道具になるのではないかという懸念は無用だと回答したのである。
 「一帯一路」とAIIBとの関係について、金総裁は次のように述べている。「(両方とも)中国政府の提唱下で推進されているが、AIIBは多国間開発銀行で独自の業務基準を有している。『一帯一路』沿線国はみなAIIBの融資を受けられるが、次の三つの条件を満たさなくてはならない。即ち、1)金融の持続的発展(経済効率が良いこと)、2)案件が環境保全基準に合うこと、3)案件が当該地域の民衆に歓迎されること、である」。両者は一定の関係はあるが、全く性質の異なるものであり、直接の関係はないということである。

◆◆ 二 「参加すべき」に変化する日本の世論

<1> 親中政治家二階幹事長の「一帯一路」国際会議への参加

 4月下旬、人々の予想に反して、安倍首相が二階俊博氏を北京で開かれた「一帯一路」国際経済フォーラムに参加させることを決めた。しかも、幹事長は首相の親書を持参すると報道された。こうした中、二階氏は香港のフェニックス記者の質問に答えて、日本のAIIB加入について前向きな発言をした。
 元国連大使谷口誠氏らはこれを歓迎し、5月11日午後、二階氏の参加を声援するために、また日中両国の世論を喚起するために、日本記者クラブで記者会見(日本人記者15名、中国人記者15名が参加)を行った。席上、日本はAIIBに即時参加すべきだという声明書も発表した。翌12日、記者会見の模様が中国のネットに広く紹介され、二階氏の参加が中国で注目されることとなった。またそれが日本のネット上に翻訳紹介され、日本でも世論の高まりを見せた。

 安倍首相が二階氏を「一帯一路」国際会議に参加させた理由は三つあると考えられる。一つは4月初旬の米中首脳会談がかなり深いものがあり、アメリカが日本より先に「一帯一路」参加を決めることを怖れた。事実、米国は開催直前の5月12日に政府代表団を派遣し参加することを決定した。二つ目は日本経済界の強い要望がある。国際フォーラムには経団連会長榊原定征氏が参加した。三つめは日中関係を改善したいという願望である。政治的難題を避けて、経済関係強化で改善を図ろうとした。

<2> 安倍首相が「一帯一路」とTPPの「融合」を提起

 安倍内閣はつい最近まで、中国主導のAIIB設立や「一帯一路」構想は中国の経済覇権につながるとして慎重な姿勢を取ってきた。が、それでは日本が孤立化してしまう危惧があるため、外交政策の調整を試みている。
 6月5-6日に東京で開かれた第23回国際交流会議「アジアの未来」(日本経済新聞社主催)で安倍首相は演説し、次のように述べた。

 「今年はユーラシア大陸の地図に画期的な変化が起きた。初めて中国と英国とが貨物列車でつながった。中国の『一帯一路』の構想は洋の東西、そしてその間の多様な地域を結びつけるポテンシャルを持った構想だ。(注:先ず一帯一路構想を前向きに評価。)インフラは万人が利用でき、透明で公正な調達で整備することが重要だ。さらにプロジェクトに経済性があり、借り入れる国にとって債務が返済可能で、財政の健全性が損なわれないことが不可欠だ。(注:日本が協力する条件を付けて牽制。)こうした国際社会の共通の考え方を十分に取り入れることで、一帯一路構想は環太平洋の自由で公正な経済圏に良質な形で融合していく。(注:日本が主導する11ヵ国TPPと中国主導の『一帯一路』との融合を提起。)」(日経、6月26日)

 安倍首相は「一帯一路」についてこのような発言をすると同時に、若干の疑念を晴らすことができれば、日本はAIIBに加盟する可能性も検討するとも述べた。安倍首相が対中国姿勢に根本的な調整を施すとは思えないが、対中国包囲外交の失敗が露見する中、政権維持のための戦術的政策調整が避けられなくなっているのも事実だ。中国はこのような変化を巧みに誘導する術を施そうとしている。

<3> 注目すべき日本経済新聞の社説

 安倍内閣の政策調整は、世論も含む客観情勢の変化に対応するものだが、一旦、官邸のタガが緩められると世論が動き出す。朝日新聞は5月23日、西村友作氏の「AIIBへの加盟 決断しないと発言力低下」と題する一文を掲載した。「AIIBを巡っては、対米追従ではなく、日本国として独自に加盟を決断するべきだ」と主張する。

 特に注目すべきは、日本の経済界の意見を代表する日本経済新聞が6月21日、「アジア投資銀への対応を日米で協議せよ」と題する社説を発表したことだ。その中で、1)「リーン、クリーン、グリーン」の三目標を掲げ、世界銀行並みの基準をつくった」。2)「加盟国の理事は本部の北京に常駐していないが」、同様なやり方はほかにも例があり、「今のところ大きな問題は起きていない」、3)「これまでに投融資した案件」では、「中国政府による一帯一路構想と一線を画している点は評価していい」、4)「AIIBとADBを対立図式でとらえるのは一面的」で、「ADB幹部もAIIBを兄弟機関と呼び連携に意欲を示す」、5)「中国の議決権の比率は25%を超え、重要議案で事実上の拒否権を持つ」が、「日本が加盟すれば中国の議決権比率を下げ、内側からAIIBの正しい発展を後押ししやすくなる」などの理由を挙げ、「日米はそろそろAIIB加盟の是非を真剣に協議してはどうか」と呼び掛けている。日本経済新聞のこの社説は、中国で重視され、全文が翻訳されて中国のネット上に流された。

<4> 麻生財相を代表とする慎重論

 日本は実質的にAIIBをボイコットしてきただけに、方針転換は容易ではない。6月16日、麻生太郎財務相は、AIIBに融資案件を審査する常設の理事会がないことから、「融資能力、審査能力があるのか」と指摘し、加盟に否定的な考えを示した。(朝日、6月17日)
 「AIIBは中国中心で運営されており、ほかの国の意見が反映されにくい点を強調し、不参加を続ける方針を示した。」(読売、6月18日)
 また菅義偉官房長官も6月16日、「(日本の参加時期について)考えていない。しっかり注視しながら(判断する)ということだ」と記者の質問に答えた。重視する条件としては、公正なガバナンスの確立や加盟国の債務の持続可能性の確保などを挙げた。

 では、安倍首相や二階幹事長と麻生財相や菅官房長官との間に意見の相違があるのだろうか。日経はそのような記事を書いているが、実際には戦略的に中国と対立していく姿勢には変化はなく、ただ戦術面で若干な食い違いがあるのであろう。とりわけ安倍首相は一帯一路とAIIBに様々な条件を付けており、菅官房長官や麻生財相との間に大きな意見相違があるとは考えにくい。
 第2回年次総会の開幕式への招請状が、日本政府に送られたが、日本政府関係者は誰も参加しなかったようだ。AIIBは世界から評価され、サウジの副大臣はAIIBに90点という高い点数を付け、「スピーディーで高効率」のインフラ融資が始まったとべた褒めしている。日本が相変わらず、融資審査能力、中国中心の運営、公正なガバナンス、債務の持続性などの疑問を呈しているのは、屁理屈としか言えないと思われても仕方がないであろう。
 日米のAIIBへの参加について、金総裁は記者会見で「ドアはオープンなままだ」と述べた。中国は辛抱強く日本を待つという姿勢だ。

◆◆ 三 ムーディーズの最高格付付与と日本への衝撃

<1> 格付けトリプルAの付与とその理由

 6月29日、米大手格付け会社ムーディーズ・インベスターズ・サービスはAIIBに対して「格付け見通しは安定的」とし、最上位格付けトリプルA(Aaa)を付与した。判断材料としては、「リスク管理、自己資本、流動性に関する政策など、ガバナンス(統治)の枠組みの強さ」などを挙げた。さらに「格付け見通しを安定的としたのは、資本基盤の大きさと出資国の強力な支持が同行の事業拡大を可能にすると同時に、今後どのような金融債務を負っても、返済能力を維持するという予想を反映している」と説明した。つまり日本の呈した疑念はすべて否定される結果であった。
 但し、「ムーディーズは、融資審査やリスク管理が甘くなったり、中国主要出資国からの支援が弱まったりすれば格下げになる」という注意書きを付した(日経、6月30日)。決して発足したばかりのAIIBについて手放しで楽観視しているわけではなく、事業展開を注意深く見守る姿勢も示したのである。

 ムーディーズは今年5月に中国の長期国債格付けを上から5番目に引き下げたため、中国を最大出資国とするAIIBへのトリプルA付与は「整合性がない」という見方もある。この点は、ムーディーズがAIIBは中国政府の影響を受けていないことを見極めたということであり、金総裁の「非政治化」努力が功を奏したと見るべきであろう。
 何れにしても、開業2年目に入ったAIIBは融資案件と加盟国・地域を拡大するなかで世界銀行やADBと同じレベルの国際的信用を得たのである。これにより、AIIBはグローバル市場で債券を発行し資金を調達する道が開かれた。

<2> 日本への衝撃と感情的反発

 日米抜きのAIIBがトリプルAを取得することなど、日本では殆ど想定しておらず、大きな衝撃を受けた。麻生太郎財務相は30日の閣議後記者会見で、中国主導のAIIBがムーディーズスから最高位の「Aaa(トリプルA)」の格付けを付与されたことについて、「興味はない」と述べ、しかも、「同社が2002年に日本国債の格付けをアフリカのボツワナよりも引き下げた」「(ムーディーズは)その程度のところだと思っている」と言って格付け会社を詰った。これは一国の財相らしくない負け惜しみの失言と言える。

 そのほか、巷のマスメディアやネットでは、「時期尚早」「格下げ可能性」「米政府の関与」という指摘がささやかれた。「時期尚早」とは、AIIBは事業を始めたばかりでまだ軌道に乗っておらず、今回の判断は時期尚早というのだ。「格下げ可能性」はムーディーズの注意書きを武器にして、AIIBはそのうちに格下げされる可能性が高いと貶す。「米政府の関与」とは、米国企業のムーディーズが格付けを付与したことについて、「判断に米政府が関与しているのではないか」というのである。今回の格付け付与が、米国のAIIB参加のシグナルではないかと疑う見方も出た。
 何れにしても、最高位格付けの取得は日本に大きなショックを与え、麻生財務相の反応と言い、巷の愚言・推測と言い、全く常軌を逸したものであった。

<3> フイッチ・レーティングも最上位のAAA格付を付与

 7月13日、英格付け会社フィッチ・レーティングも最上位格付け「AAA」を付与した。理由はムーディーズと殆ど同じで、「見通しが安定的」「高品質の企業統治と包括的な対策がリスクを和らげる」(日経、7月14日)、「十分な資本金や高水準の運営体制を評価し、融資急増にも耐えられると指摘」「AIIBが備える強固さに基づき判断した」(時事通信社)というものであった。
 世界の大手格付け会社は、米国のムーディーズ・インベスターズ・サービス、英国のフィッチ・レーティングス、同じく英国のS&Pグローバル・レーティングなど3社である。そのうち前2社がトリプルAを付与した。残るはS&Pグローバル・レーティングだが、金総裁は今年中に3社の格付けを取得できる予定であることを5月時点で語っていた。これから察するに、金総裁と国際金融機関との間には深いつながりが存在する。この面での日本の情報獲得能力は極めて弱いのではなかろうか。

 実は中国において、民間の格付け会社が主権国家の国債を格付けするのは可笑しいという意見がある。これは一理あるが、現実には既存の国際金融秩序を尊重せざるを得ず、金総裁をはじめ、中国の国際金融専門家は高位の格付けを取得するよう努力してきた。日本政府及び専門家は、制度的先入観を捨て、中国のこのような柔軟な現実的対応をよく見極める必要があろう。

<4> 益々受け身に陥る日本政府

 AIIB加盟国はADBを超える80ヵ国・地域となった、二つの大手格付け会社からトリプルAの格付けを付与された、既存の国際金融機関と良好な関係が確立された、ということで、AIIBは名実ともに一人前の国際金融機関となった。現在G7加盟国の中で、AIIBに加盟していないのは日本と米国だけである。米国は当初からAIIBに一定の理解を示していたし、柔軟な対応を見せる可能性が極めて高い。最も頑なのは日本である。一帯一路に前向きの姿勢を示しながらも、AIIB加入については決断しかねている。その結果、日本はますます受け身に立たされていく。

 ムーディーズが「日米抜きのAIIBに格付け最高位Aaa」を与えたことで、「日本が参加するハードルが下がる可能性」が出てきたという見方がある。金総裁は外部からの厳しい目(多分日本を指している)がAIIBの発展にプラスとなったと述べた。この意味では、日本は外部からAIIBに貢献してきた。しかし、今やAIIBに参加して内部からAIIBに協力してく段階に入ったと見るべきだ。二階幹事長が「参加をどれだけ早い段階で決断するか」と述べたが、正にその決断の時期に来ている。日本のAIIB参加は「日米中の駆け引きが激化する」のを防ぎ、日米中協調でオールウインの関係を構築していくきっかけとなる。そして、日本が能動的役割を発揮するチャンスに恵まれるようになっていく。

◆◆ 四 AIIBの今後の展開と日本の在り方

<1> スピーディー且つ着実に進められる組織整備

 ムーディーズの格付けを取得した後、AIIBのソレン・エルベック財務局長は「最上位格付け取得により、最終的には起債が可能になる。準備が整うには数ヵ月かかるだろう。リスク評価の実施や関係書類の作成、人材の確保など多くの対策を講じる必要がある」と語った。現在、約100名だけのスタッフは、かなりスピーディーに充実されていこう。国際的認知によって、応募者が増え、優秀な人材を雇うことができるからである。
 現在、総裁、5名の副総裁、諸部門局長などトップクラスの人事配置はできているが、実務部門は未整備状態にある。スタッフの充実化に伴い、組織は実行部隊を伴うものになっていこう。但し、質を重視しており、焦らず、着実に一歩一歩進めていくと見られる。日本では、スタッフが100名しかいない、ADBの3,000名と比べものにならないとみくびる論調がみられるが、寧ろAIIBの組織肥大化防止の姿勢に学ぶべきであろう。

<2> 官民パートナーシップ(PPP)の推進

 1,000億ドルという巨額の基金があるが、需要と比べるとまだまだ少ない。それ故、設立当初からPPP(公民連携)が想定されていた。基金からの融資を呼び水として、民間の資金を集めるのだ。AIIBは高格付けが得られたため、債券発行によって投融資の資金を調達する道が開けた。低いコストで債券を発行して資金を調達し、途上国に低利で融資する可能性が出てきた。PPPの可能性が大きく広がったのである。
 インフラの整備は伝統的にパブリックの仕事と考えられていたが、近年、PPP推進の道が模索されるようになった。中国の肖捷財相は第2回年次総会の演説で、「民間部門の資金を動員してインフラ整備を支援するために、長期的、安定的、持続可能、リスクコントロール可能な多元的融資システムを構築していく」と述べた。今後、世界の英知を結集して、様々のPPPの仕組みを模索していくことになる。日本が主導するADBもこの面に力を入れており、AIIBと協力できる分野は極めて広いであろう。

<3> 既存の国債金融機関との連携強化と独自性の発揮

 金立群総裁は6月、AIIBが大型案件で引き続き協調融資を進める一方、単独融資を増やす方針を明らかにした。現在、AIIBはまだ組織建設のプロセスにあり、既存の国際金融機関との協調融資は不可欠である。それは、人手不足によるばかりでなく、経験とノウハウを吸収するためにも必要である。しかし、AIIBは21世紀に相応しい創造性のある国際金融機関を目指している。AIIBの幹部やスタッフも、既存の金融機関の欠陥を改善したいという意気込みのある各国の金融専門家が集まることになっている。従って、徐々に単独融資を増やしていく必然性がある。協調融資についても、当面は既存の融資方法に学ぶ面が強いが、そのうちにAIIBの新方法が既存の金融機関に影響を与えるということになろう。それは既存の国際金融制度の改革につながっていく。
 開業2年目で80加盟国・地域を擁し、16件の事業に総額25億ドルの融資を承認し、二つの大手格付け会社から最上位格付けを取得できた。このような進展ぶりは、2年前、誰もが予想しなかったことである。国際金融市場とその制度を改善していくという期待が、先進国を含む有識者に浸透し、現在のAIIBの存在感を高めたと言えよう。

 既存の国際金融機関では資金拠出比率によって投票権が決まっていて、一票拒否権によって拠出比率の変更は極めて難しい。つまり米国をはじめとする先進国が決定権を独占している。それに対し、AIIBでは経済規模によって株式購入規模が決められ、新興国や発展途上国の意見が反映される。金総裁は「AIIBは21世紀の開発機構として、独特な、責任ある、高効率の業務を展開する」としている。AIIBの未来への可能性が、中国が経済覇権を求める道具に過ぎないという見方を退けている。

<4> 日本は優越感を捨て真摯な対応を

 日本だけがどうしてAIIBについて客観的に見ることができないのだろうか。それはアジア第一の優越感に基づく大国意識にある。多くの日本人にとって、中国が日本を追い越す、AIIBがADBを凌駕することなど考えられないことなのである。そこで中国主導のAIIBが提起されると、真っ向から反対する情緒に掻き立てられる。AIIB設立時の「三顧の礼」も、設立後1年半の進展も、すべて一顧だに値しない代物となる。そのがむしゃらぶりは、理性的な客観的な提案を無視して第二次世界大戦に突入した日本国家主義時代を思わせる。

 しかし、戦前の教訓を忘れるなという理性的な声が今高まりつつある。鳩山由紀夫元総理は、先月、新著『脱 大日本主義』を出版した。「大日本主義は幻想であり、対米従属から脱却して、自立と共生の道」を歩むべきだと説いている。中国脅威論に対しても理を立てて批判している。石橋湛山氏の戦前戦後の主張を紹介し、日本の自主外交を強調する論理は説得力に富む。現在、まだ主流とはなっていないが、近いうちに主流となること間違いない。対中外交の戦術的調整は、戦略的調整に進む必然性がある。その転換点は、日本がAIIB加入を決断した時点であろう。

◆◆ 結びに代えて

 世界銀行が7月1日、2016年世界GDPの速報値を発表した。米国は18.6兆ドル、中国は11.2兆ドル、日本は4.9兆ドルである。購買力平価では中国が世界一で21.4兆ドル、米国は18.6兆ドル、日本は5.3兆ドルである。即ち中国のGDPは日本の2倍強、購買力平価では4倍強である。しかし、一人当たりでは中国は8,123ドル、日本の3万4,474ドルの4分の一である。ということは、中国は発展途上国であり、まだまだ発展の余地が大きいということだ。

 今後20年間、中国が引き続き中速度で発展するなか、大国中国(一人当たりではミドルレベル国)と中国家日本(一人当たりではハイレベル国)がどのような関係を保つかが問われている。それはAIIBとADBとの関係にも反映される。お互いに謙虚になって、相手の真の姿を理解することが肝要だ。アジア諸国はみな日中両国の良好な関係、ADBとAIIBの連携強化を願っている。日本に生じつつある「一帯一路」とAIIBへの前向きの姿勢を、更に確かなものにする努力が待たれている。 (2017年7月15日)

 (福井県立大学名誉教授・日中科学技術文化交流センター理事長)

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