【「労働映画」のリアル】

第16回 労働映画のスターたち(16)

清水 浩之


●労働映画のスターたち・邦画編(16) 新垣結衣・森川葵

 《オンナの進路は家探しから!? 「家活」ドラマのヒロインたち 》

 去年の10~12月に放送された秋の連続ドラマは、「女性の生き方」を描いた番組が特に多かった。石原さとみ主演の『地味にスゴイ!校閲ガール・河野悦子』(日テレ)、吉田羊の『レディ・ダ・ヴィンチの診断』(関テレ=フジ)など、特色ある職場を舞台にした「お仕事ドラマ」が並ぶのはもはや恒例だが、そこから更に一歩踏み込んで《ヒロイン》と《住まい》の関係を描く作品が相次いだことは注目に値する。
 菅野美穂がタワーマンションに転居してきた主婦に扮し、「セレブ」な住民たちの人間関係に翻弄されるサスペンス『砂の塔~知りすぎた隣人』(TBS)。「引越し」という人生の岐路に立つ女性たちに、不動産屋の双子姉妹(大島美幸・安藤なつ)がそれぞれの仕事や生き方に合った物件を紹介する一話完結シリーズ『吉祥寺だけが住みたい街ですか?』(テレ東)。中でも毎回惹き込まれて見たのが、「就職先」としての結婚生活を明るく、楽しく(でも大真面目に)描いて今期最大のヒット作になった『逃げるは恥だが役に立つ』(TBS)と、「終の棲家」としてのマンション購入を描いた『プリンセスメゾン』(NHK-BSプレミアム)だ。

 『逃げるは恥だが役に立つ』という題名はハンガリーの諺にちなんだそうで、その意味は「戦いから逃げても、生き抜くことが大切」。主人公の森山みくり(新垣結衣)は大学院を修了したが就職活動は全滅。父親が定年を機に田舎に移住することになり、住む家にも困ってしまう。「就活」=仕事探しと「家活」=住まい探しの両方を解決する方法として、みくりは独身のサラリーマン・津崎(星野源)に、家事を行う「従業員」としての主婦業を提案。月給19万4千円、恋愛感情抜きの事実婚生活が始まるのだが……。

 周到に練られたコミカルな展開、主題歌に合わせて踊るキュートな「恋ダンス」などで一級の娯楽作品に仕立てられてはいるが、その根底には「平成のプロレタリア文学」と呼びたくなるような問題意識が横たわっている。男性中心の企業内で「女性初の管理職」として闘い続ける独身の伯母(石田ゆり子)、“夫の浮気ぐらい我慢してやれ”という世間の眼に反撥するシングルマザー(真野恵里菜)など、みくりの周りの女性たちはみな現実と格闘しているのに対し、男たちはどいつもこいつも夢見るピーター・パン……という構図は、「女性活躍社会」なるスローガンを掲げたこの国の実態そのもので、なんとも居たたまれない(苦笑)。やがて二人の仲は急接近し、津崎は正式に結婚して「雇用関係」を解消しようとするが、みくりは「それは“好きの搾取”です!」と反論する。こうした異議申し立てが多くの女性の本音を代弁していたことも、ヒットの一因だと思う。

 一気に国民的スターとなった「ガッキー」こと新垣結衣(あらがき・ゆい)は1988年、沖縄県生まれ。これまでも『コード・ブルー ドクターヘリ緊急救命』(2008、フジ)での研修医、『空飛ぶ広報室』(2013、TBS)の報道記者など様々な職業を演じてきたが、今回の「契約主婦」のようにトリッキーな設定の方がピタリとハマる気がする。髪型を従来のロングヘアからショートボブに変えたことも、万事において実用性を重んじる聡明なキャラクターづくりに役立った。

 一方、『プリンセスメゾン』の主な舞台となるのは、都内の分譲マンションのモデルルーム。ほとんどの客がカップルか家族連れという中、いつも独りでやって来る常連の沼越幸は、居酒屋チェーン店で働く26歳。女学生みたいなおさげ髪、フードの付いたパーカーにリュックサックを背負った「もっさり女子」で、華やかな雰囲気のマンションでは異彩を放つ。不動産会社のスタッフも初めは冷やかしだと思っていたが、コツコツと働いてマンション購入の頭金を貯める幸の真摯な姿勢に触れ、次第に親身になって応援するようになる(他社の物件を見る際に、「兄」に扮してついて行く高橋一生が最高に可笑しい)。そして、幸に出会った人々もみな、自分自身の生き方を再検証していく。

 各地のモデルルームの「内見」に臨む時、スリッパを脱いでフローリングの感触を確かめたり、キッチンの抽斗の開け閉めを試したりする幸の立ち居振る舞いが、修行中の武道家のようにも見える。一生に一度の大きな買い物、しかもマンションなんて夢のまた夢……そう呟く職場の後輩に、幸は「やってみもせずに、勝手に卑屈になっちゃだめだよ」と諭す。確かに20代からローンを組めば、2,500万円の物件でも頭金300万、35年ローンで月々6万円程になるそうで、これならアパートの家賃と変わらない。かつて私の職場の先輩だった女性も、東京で20年暮らしてから東北の地元に戻ることになり、「東京に払った家賃で家が買えていたねー」と苦笑いしていた。就職・結婚・家庭……というこれまでの順番に囚われず、まずは「ひとりで生きる場所」を確保して、そこから将来を切り拓いていく方法も、人生を俯瞰で見れば決しておかしくないことがわかる。

 超然としたキャラクターを好演した森川葵(もりかわ・あおい)は1995年愛知県生まれ、21歳の注目株。男からモテまくり、女からは嫌われるヒロインを演じた映画『おんなのこきらい』(2014、監督・加藤綾佳)や、ミュージシャン・さだまさしの高校時代の同級生に扮したNHKドラマ『ちゃんぽん食べたか』(2015)など、集団の中でひとり遠くを見つめている「孤高のマドンナ」役がよく似合う。今年も東映の時代劇『花戦さ』(監督・篠原哲雄)をはじめ、多くの作品で活躍が期待されている。

・『逃げるは恥だが役に立つ』 2016年10月11日~12月20日放送/TBS系/全11話
  原作/海野つなみ 脚本/野木亜紀子 演出/金子文紀 土井裕泰 ほか
  http://www.tbs.co.jp/NIGEHAJI_tbs/
・『プリンセスメゾン』  2016年10月25日~12月13日放送/NHK-BSプレミアム/全8話
  原作/池辺葵 脚本/高橋泉・松井香奈 演出/池田千尋・大橋祥正
  http://www.nhk.or.jp/pyd/princessmaison/

(しみず ひろゆき、映像ディレクター・映画祭コーディネーター)
     ____________________

●労働映画短信

◎働く文化ネット 「労働映画鑑賞会」
・第35回 ~アニメーションと労働~
 2016年 2月 9日(木)18:00~(参加費無料・申込不要)
 連合会館 201会議室(地下鉄 新御茶ノ水駅 B3出口すぐ)
 上映作品(労働映画の視点から、アニメ作品を3篇ほど上映予定)
  『詩人の生涯』1974年/9分 【労働映画百選 No.57】
  安部公房の小説をパステル画で表現したアニメーション。工場を解雇された青年が、貧しさの中で「詩人」として目覚めるまでの物語。(製作・監督:川本喜八郎)

◎【上映情報】労働映画列島!1~2月
※《労働映画列島》で検索! http://d.hatena.ne.jp/shimizu4310/00170203

◇新作ロードショー

『ごはん』《1月21日(土)から 東京 新宿バルト9ほかで公開》 京都在住の安田淳一監督による長編第2作。大規模稲作に取り組んでいた父親の急逝をきっかけに、OLだった娘が米作りに奮闘する。(2016年 日本 監督/安田淳一) https://www.facebook.com/kenjutomedamayaki/
『未来を花束にして』《1月27日(金)から 東京 日比谷 TOHOシネマズシャンテほかで公開》 20世紀初頭のロンドンで、参政権を求めて立ち上がった女性たち。実話を基に描くヒューマンドラマ。(2015年 イギリス 監督:サラ・ガヴロン) http://mirai-hanataba.com
『息の跡』《2月18日(土)から 東京 ポレポレ東中野ほかで公開》 岩手県陸前高田市の種苗店主・佐藤貞一さんの日常を記録したドキュメンタリー。津波で流された店舗を自力で再建し、被災体験や郷土の歴史を外国語で綴る日々を見つめていく。(2016年 日本 監督:小森はるか) http://ikinoato.com/

◇名画座・特集上映

【東京 新橋 ヤクルトホール】 1/28・29 「アムネスティ・フィルム・フェスティバル2017」…ザ・トゥルー・コスト(アメリカ)/あん(日本)/おじいちゃんの里帰り(トルコ)/他
【東京 神保町シアター】 2/4~3/3 「あの時代(とき)の刑事(デカ)」…暁の追跡/特別機動捜査隊/マークスの山/他
【東京 座・高円寺】 2/8~12 「座・高円寺ドキュメンタリーフェスティバル」…最後の木こりたち(中国)/BASURA (フィリピン)/イラン式料理本(イラン)/他
【東京 ラピュタ阿佐ヶ谷】 2/19~4/15 「松山善三・高峰秀子~夫婦で歩んだ映画人生」…綴方教室/名もなく貧しく美しく/典子は、今/他

【秋田 週末名画座シネマパレ】 2/26までの金土日 「最終上映」…竜二/太陽を盗んだ男/男はつらいよ 寅次郎純情詩集/他
【秋田県民会館】 2/17・18 「あきたクラシックシネマ」…本日休診/駅前旅館/喜劇・女は男のふるさとヨ/他
【名古屋シネマテーク】 1/21~27 「イスラーム映画祭」…マリアの息子(イラン)/神に誓って(パキスタン)/他
【岐阜 ロイヤル劇場】 2/4~17 「山崎豊子原作 浪花に生きた男と女の物語」…暖簾/横堀川

【大阪 九条 シネ・ヌーヴォ】 1/21~2/17 「東陽一映画祭」…沖縄列島/サード/橋のない川/だれかの木琴/他
【宝塚シネ・ピピア】 2/18~ 「2016秀作映画特集」…湯を沸かすほどの熱い愛/オーバー・フェンス/ティエリー・トグルドーの憂鬱/他

【山口県光市民ホール】 2/11・12 「名画劇場」…カルメン故郷に帰る/喜びも悲しみも幾歳月/二十四の瞳/他
【北九州市環境ミュージアム】 1/27~29 「東田シネマ vol.26」…アフガニスタン 用水路が運ぶ恵みと平和/他
【福岡市総合図書館 シネラ】 2/1~26 「現代韓国映画特集」…吠える犬は噛まない/もし、あなたなら/見知らぬ国で/他
【福岡 中洲大洋映画劇場】 2/11~3/3 「溝口健二&増村保造映画祭 変貌する女たち」…噂の女/夫が見た/暖流/他

◎日本の労働映画百選

 働く文化ネット労働映画百選選考委員会は、2014年10月以来、1年半をかけて、映画は日本の仕事と暮らし、働く人たちの悩みと希望、働くことの意義と喜びをどのように描いてきたのかについて検討を重ねてきました。その成果をふまえて、このたび働くことの今とこれからについて考えるために、一世紀余の映画史の中から百本の作品を選びました。

『日本の労働映画百選』記念シンポジウムと映画上映会
  http://hatarakubunka.net/symposium.html

・「日本の労働映画百選」公開記念のイベントを開催 (働く文化ネット公式ブ
  ログ)
  http://hatarakubunka-net.hateblo.jp/entry/20160614/1465888612

・「日本の労働映画の一世紀」パネルディスカッション (働く文化ネット公式
  ブログ)
  http://hatarakubunka-net.hateblo.jp/entry/20160615/1465954077

・『日本の労働映画百選』報告書 (表紙・目次) PDF
  http://hatarakubunka.net/100sen_index.pdf

・日本の労働映画百選 (一覧・年代別作品概要) PDF
  http://hatarakubunka.net/100sen.pdf


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