【「労働映画」のリアル】

第8回 労働映画のスターたち・邦画編(8)

清水 浩之


●労働映画のスターたち・邦画編(8)<安藤サクラと黒木華> /清水 浩之

 《絶好調の若者群像ドラマを引っ張る「昭和顔」のヒロイン》

 今年4月にスタートした各局の連続ドラマは、いつも以上に面白い番組が多い。第1回を「お試し」のつもりで見てみたら、予想外に面白い…ということが相次いで、いつのまにか週に数本のドラマを見る状態になっている。労働映画百選的な視点(?)で見てみると、『99.9 刑事専門弁護士』(TBS)の松本潤、『世界一難しい恋』(日テレ)のホテル経営者・大野智といったヤング・エグゼクティブの“美しさ”も魅力的だが、一方で中谷美紀扮するアラフォー女医が涙と笑いの婚活騒動を巻き起こす『私 結婚できないんじゃなくて、しないんです』(TBS)や、満島ひかりが若き日の黒柳徹子になりきり、テレビ草創期のラビリンスを駆け巡る『トットてれび』(NHK)など、個性的でチャーミングなヒロインが活躍するドラマが並んだことは、作り手のモチベーションや視聴者の期待が生んだ現象だと思う(雑誌『暮しの手帖』の創始者・大橋鎭子をモデルとしたNHKの朝ドラ、高畑充希主演の『とと姉ちゃん』は半年の長丁場なので、なるべく早く「戦後編」になってほしいところだが…)。

 「男は美しく、女は明るく」…そんな流れの中でも特に目立っているのが、ともに連続ドラマでは初のヒロイン役を務める、『重版出来!』(TBS)の黒木華(はる)と、『ゆとりですがなにか』(日テレ)の安藤サクラだ。黒木は既に映画『小さいおうち』(2014/監督・山田洋次)でベルリン国際映画祭最優秀女優賞(銀熊賞)を受賞したし、安藤も『かぞくのくに』(2012/ヤン・ヨンヒ)でキネマ旬報、『百円の恋』(2014/武正晴)で日本アカデミー賞の最優秀主演女優賞に輝いている。映画界のトップスター2人が起用されたのは、彼女たちの存在感と演技力が求められたからだと思うが、起用した作り手たちの姿勢にも、今まで以上のリアリティを確保しようとする意気込みを感じる。

 『重版出来!』は、松田奈緒子のマンガが原作。大学時代に女子柔道選手だった主人公・黒沢心が、コミック週刊誌の編集部に就職し、マンガ家と編集者との人間関係や、営業部や書店で繰り広げられる販売促進活動など、「マンガ産業」の舞台裏を体験していく。意外と知られていない出版業界の仕事を、ヒロインと視聴者が一緒になって学んでいける展開で、各回に登場するマンガの原稿を、作風の近い「本物の」マンガ家に書き下ろしてもらう趣向は、ドラマ全体のリアリティを支える重要なアイテムになっている(番組ホームページで読めるようにしてあるのも嬉しい)。

 原作のヒロインは小柄な体育会系女子だったが、ドラマの黒木は「背筋の伸びたお嬢さん」のイメージで、さわやかな存在感を作り出している。新刊本の紙の匂いを思いっ切り嗅いでみたり、上司に叱られてペコちゃんみたいに舌を出したり…と、これまでの出演作ではあまり印象に残らなかった「朗らかさ」が全面に出ている。『真田丸』などの時代劇に違和感なくおさまり、ネットでは「昭和顔」(!)と評された彼女の、新たな魅力が発揮されたと思う。

 「クドカン」こと宮藤官九郎のオリジナルシナリオ『ゆとりですがなにか』は、1987年生まれ・29歳になった「ゆとり教育」第一世代の男女が、現代日本の競争社会に翻弄されながらも少しずつ成長していく青春群像劇。クドカンは“自身初の社会派ドラマ”と述べているが、彼の作品は『木更津キャッツアイ』(2002)や『あまちゃん』(2013)など、笑いの洪水の中に社会問題を巧みに取り入れて、絶妙なリアリティを作り出すことに特徴があり、ある意味「ふざけた山田太一」の域に達していると思う。今回は、素直でチャーミングだが「カッコイイ」とはいえない日々を生きる男3人(飲食店チェーン社員の岡田将生、小学校教諭の松坂桃李、東大受験11浪中の柳楽優弥)が偶然出会い、交流を深めていく21世紀版『ふぞろいの林檎たち』。「ちゃんと叱られたことがない」世代が、今や下の世代を叱らなくてはならない現実を、笑いで包みながら問題提起する。

 安藤サクラが演じる宮下茜は、主人公・坂間(岡田)の同期入社仲間で恋人、でも現在は彼が勤務する店のエリアマネージャー(つまり上司)という役どころ。職場では(必要以上に)厳しく接し、でも2人きりの時間では恋人らしく甘え…というカメレオンぶりが最高に可笑しい。現実の職場環境でも、30代前後の世代では女性がリーダー格、男性はアシスタント的存在…という構図をよく見かけるので、交際していることを職場の同僚には知られたくない、知られた途端に「ははーん」という目で見られるから……という彼女の心情も大いに頷ける(彼は複雑な心境だろうが)。現在第4回が放送されたところで、これからは職場での昇進や、結婚・出産など様々な問題が描かれていくと思う。次の放送が待ち遠しい!

(しみず ひろゆき、映像ディレクター・映画祭コーディネーター)

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●労働映画短信

◎『日本の労働映画百選』記念シンポジウムと映画上映会/日時:2016年6月11日(土)13:30〜17:15/参加費無料・申込不要/場所:連合会館2階大ホール(地下鉄新御茶ノ水駅B3出口すぐ)<http://rengokaikan.jp/access/>《主催》NPO法人 働く文化ネット/【プログラム】パネルディスカッション「日本の労働映画の一世紀」《パネリスト》井坂能行(岩波映像顧問)・篠田徹(早稲田大学教授)・佐藤洋(共立女子大学講師)・清水浩之(映画祭コーディネーター)《司会》鈴木不二一(働く文化ネット理事)/映画上映:『にあんちゃん』1959年 101分 監督:今村昌平

◎働く文化ネットでは、日本映画百年の歴史が産んだ「労働映画」の中から100本を選び、日本の労働映画の豊かな世界を明らかにする作業を進めています。詳しくは働く文化ネット・労働映画スペシャルサイト <http://hatarakubunka.net/> 参照。

◎【上映情報】労働映画列島! 5月〜6月
※《労働映画列島》で検索! http://d.hatena.ne.jp/shimizu4310/00160503

◇新作ロードショー

『鏡は嘘をつかない』《6月4日(土)から 東京 神保町 岩波ホールで公開、全国で順次公開》インドネシアの南東、海の民・バジョ族が暮らす美しい珊瑚礁の島を舞台に、漁に出たまま戻らない夫を待ち続ける妻と娘を描いたドラマ。(2011年 インドネシア 監督:カミラ・アンディニ) http://www.pioniwa.com/kagamimovie/

『二ツ星の料理人』《6月11日(土)から 東京 角川シネマ有楽町ほかで公開》ブラッドリー・クーパー主演最新作。一流の腕を持ちながらトラブルで転落したシェフが、新天地ロンドンで、ミシュランガイドの「三ツ星」獲得を目指して奮闘する。(2016年 アメリカ 監督:ジョン・ウェルズ) http://futatsuboshi-chef.jp/

『さとにきたらええやん』《6月11日(土)から 東京 ポレポレ東中野ほかで公開》“日雇い労働者の街”と呼ばれてきた大阪・釜ヶ崎にあるミニ児童館「こどもの里」。ここで育つ子どもたちと、彼らを見守る大人たちを描いたドキュメンタリー。(2016年 日本 監督:重江良樹) http://www.sato-eeyan.com/

◇名画座・特集上映
【東京 池袋 新文芸坐】5/16〜6/2「成瀬巳喜男 静かなる、永遠の輝き」…腰弁頑張れ/おかあさん/流れる/他
【東京 シネマヴェーラ渋谷】5/21〜6/17「開館10周年記念特集II」…現代人/血槍富士/七人の刑事 終着駅の女/他
【東京 早稲田松竹】5/28〜6/3「今村昌平監督特集」…赤い殺意/豚と軍艦/楢山節考/うなぎ/他
【東京 東銀座 東劇】6/11〜24「俳優・渥美清の軌跡」…拝啓天皇陛下様/あゝ声なき友/友情/喜劇 急行列車/他
【東京 ラピュタ阿佐ヶ谷】6/12〜8/13「脚本家・井手俊郎特集」…警察日記/青い山脈/大出世物語/おふくろ/他
【川崎市市民ミュージアム】6/4〜18「社会派エンタテイメント」…女ひとり大地を行く/狼/遊びの時間は終らない/他
【彩の国さいたま芸術劇場】5/26〜29 彩の国シネマスタジオ『パレードへようこそ』(2014年 イギリス)
【札幌シネマフロンティアほか 全国55館】6/11〜7/8「午前十時の映画祭」…ハリーとトント/午後の遺言状
【秋田 週末名画座シネマパレ】5/27〜6/5『名もなく貧しく美しく』(1961年 監督:松山善三)他
【大阪 九条 シネ・ヌーヴォ】5/28〜7/1「女優・岡田茉莉子」…あすなろ物語/青い果実/ある落日/他
【尼崎 塚口サンサン劇場】6/4〜24「塚口旅情〜思い出しておくれ森繁節を。」…三等重役/社長太平記/駅前旅館
【小倉昭和館】5/14〜27「追悼 女優 原節子特集」…お嬢さん乾杯!/智恵子抄/娘・妻・母/他


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