≪小特集;教育基本法≫

■教育基本法改正案―特に前文改正案―の疑問       山口 周三

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 私は、今回の教育基本法国会審議で、新聞報道などであまり問題とされてい
ない点で、疑問を述べてみたい。
 それは、前文冒頭の法文の改正案である。
 現行の教育基本法では、前文の冒頭の法文は次のように書かれている。
「われらは、さきに、日本国憲法を確定し、民主的で文化的な国家を建設して、
世界の平和と人類の福祉に貢献しようとする決意を示した。この理想の実現は、
根本において教育の力にまつべきものである。」
 これを政府案では、「我々日本国民は、たゆまぬ努力によって築いてきた民主
的で文化的な国家を更に発展させるとともに、世界の平和と人類の福祉向上に
貢献することを願うものである。」と改正しようとしている。
 現行法が、国民の「決意」を示し、「この理想の実現は、教育の力にまつ」と、
格調高く宣言しているのに対し、政府案では、「日本国憲法を制定し、…この理
想の実現は、根本において教育の力にまつべきものである」という文言を削っ
て、「世界の平和と人類の向上に貢献することを願うものである」と、ひとごと
のような文言に変えようとしている。教育の基本精神として規定されている憲
法遵守の精神の後退である。
 教育基本法は、御承知のように、昭和21年、南原繁、森戸辰男、田中耕太
郎らの発案により、教育勅語に変わるべきものとして、準憲法的な性格を持つ
法律として制定された。したがって、教育基本法全11条の条文の中でも、教
育の理念を規定する前文と第1条、第2条が特に重要である。
 前文はその中でも特に重要といえるが、中央教育審議会の教育基本法改正に
関する答申の中では、「現行法の前文に定める基本的な考え方については、引き
続き規定することが必要である」としている。「憲法で定める理想の実現は、根
本において教育の力に待つべきものである」という文言が基本的な考え方でな
いというのか。
 憲法第99条には、「天皇または摂政および国務大臣、国会議員、裁判官その
他公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負う」とあるから、「日本国憲法
の理想の実現は、根本において教育の力にまつべきである」という文言を削る
ことは、出来ないか、著しく不適当な改正であるといえる。仮に、将来日本国
憲法が改正されることがあったとしても、「憲法の理想の実現は教育の力にまつ
べきものである」という規定は残しておくべきである。このような根本的な改
正を、十分な議論もないまま、するすると通してよいものか疑問である。教育
基本法の前文は、現行法の方がはるかに格調が高く、国民の決意が示され、す
ぐれている。
 他にも、第17条の教育振興基本計画について問題を指摘したい。この条文
から判断する限り、国は教育振興基本計画を作り、国会に報告する。国会に報
告するためには、閣議決定をするから相当重い計画になる。都道府県では、そ
れに適合して都道府県教育振興計画を作る。それを受けて市町村でも、教育振
興基本計画を作る。おそらく、各学校でも学校ごとにその実施版をつくるとい
うことになるのであろう。おそろしく見事な教育行政管理のハイラーキーシス
テムができ上がることになる。これは教育基本法が教育委員会法とともにめざ
した教育の地方分権化と全く逆行する計画であり、極めて問題が大きい。また、
教育振興基本計画という名前だけを教育基本法で決めて、中身は後回しという
決め方は、教育基本法が白紙委任の授権法としての役割を果たし、立法論とし
て問題である。もし教育振興基本計画が本当に必要なら、教育基本法を実施す
るための個別法として、内容とともに審議されるべきである。
 今回の改正案には、教育振興基本計画のほかにも、第16条に「教育行政は、
この法律及び他の法律の定めるところにより行われるべきものであり、国と地
方公共団体との適切な役割り分担及び相互の協力の下、公正かつ適正に行われ
なければならない。」とあるように、随所に国から学校への管理力の強化の考え
方が出ている。これは、教育基本法と教育委員会法がめざした教育の地方分権
化と逆の方向であり、問題である。
 教育基本法は国家百年の大計を定めた重要な準憲法的な法律であるから、ど
うか立法に当たられる方は、目先のことにとらわれて性急にことを決めるので
はなく、これまで教育基本法が戦後60年の日本の平和的発展のために果してき
た役割りとその制定過程をよく勉強されて、審議を進めていただきたいと切に
願う次第である。

(後記)
この投稿は、もともと朝日新聞に投稿したものが没になり、河上民雄先生のご
紹介でオルタに投稿し、若干の加筆を行い、掲載して頂く原稿であります。

(筆者は財団法人 建設業適正取引推進機構専務理事)

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