≪連載≫風と土のカルテ(8)

主体性のない対米追従—集団的自衛権の行使容認—

                               色平 哲郎


 私は思想家内田樹氏と数回、お話をしたことがある。その内田氏が2014年8月16日の信濃毎日新聞・識者評論「終戦の日」を考える(4)で『主体性のない対米追従—集団的自衛権の行使容認—』を論じている。私はこの記事に共感するし、安倍内閣の解釈改憲による集団的自衛権の行使容認には危惧を感じているので少し長いが引用したい。

 『敗戦から69年の夏、日本人は安全保障について戦後最大の転換点を迎えた。
 7月1日の閣議決定によって、集団的自衛権行使が容認され、この69年間わが国の平和を守ってきた憲法9条が事実上廃棄されたのである。米エール大のブルース・アッカーマン教授は、これを日米関係の重大な変質を意味するものだと解した。

 ヘーゲル米国防長官が安倍晋三内閣の決定を「大胆にして歴史的、画期的な決定」と評価し「強い支援」を約束したことに対し、アッカーマン教授は「米国が二世代にわたって支持していた日本の憲法秩序を否定した」と疑念を呈した。

 閣議決定がアジアの自由民主主義の未来に与える「破壊的衝撃」を勘案すれば、これはホワイトハウスが扱うべき事案でなければならない。にもかかわらず、オバマ大統領とケリー国務長官が中東問題に忙殺され、この重大な閣議決定についての評価を国防総省に丸投げしてしまったことをアッカーマン教授はきびしく批判している。(「ワールドポスト」7月15日掲載)

 私はこの記事を興味深く読んだ。教授が言うように、確かにこの件を米政府はかなり軽く見ていると思ったからだ。この閣議決定は、戦後日本の政体を基礎づけてきた憲法秩序を否定するものであり、それは日米関係の画期的な転換をも意味したはずなのだが、大統領は副補佐官を通じて「強く支持する」というコメントを出しただけで、それ以上の関心を示さなかった。この関心の低さに私はむしろ興味を持った。

 安倍政権のいう「集団的自衛権」なるものは別に日本政府の軍事的フリーハンドを意味するものではない。これから先、自衛隊は米軍との共同行動にいわば「下働き」として帯同するだけのことである。自衛隊が米国の事前許諾なしに「密接な関係にある国」のために軍事行動を起こす可能性はない。
 日本が米国の属国であるという事実は国際社会においてはすでに周知されているが、閣議決定は、これからは軍事的にも属国として働くつもりであると宣言した。米大統領が「はい、どうも」以上の感動的なコメントをするはずもない。

 国内世論の熱の低さもそう考えると腑(ふ)に落ちる。「米国と一緒」ということは、戦時作戦統制権は米軍司令官に属するということである。いつ、どこで、誰と、どのような戦争をするかについての決定権は日本政府にはない。権限がないなら責任もない。

 戦地でどのような非道なことが行われようと、それは「日本のあずかり知らぬことである。文句があったら米国に言ってくれ」で言い抜けられる。日本人の多くは多分そう考えている。どうせ「戦争の主体」にはなりたくてもなれないのだ。

 これは、先の戦争における指導部のありように酷似している。彼らは戦争の主体であることを否認した。丸山眞男はこう書いている。
 「我が国の場合はこれだけの大戦争を起しながら、我こそ戦争を起したという意識がこれまでの所、どこにも見当たらないのである。何となく何物かに押されつつ、ずるずると国を挙げて戦争の渦中に突入したというこの驚くべき事態は何を意味するか」(「現代政治の思想と行動」)

 戦犯たちは口々に「自分自身は開戦に反対であった」と証言した。キーナン検察官の最終論告にいわく。「二十五名の被告の全ての者から我々は一つの共通した答弁を聴きました。それは即ち彼等の中の唯一人としてこの戦争を惹起することを欲しなかったというのであります」「彼等は他に択(えら)ぶべき途は開かれていなかったと、平然と主張致します」(同書)

 そこで、私はこんなSF的想像をする。安倍政権の集団的自衛権容認をきっかけに、日本が「次の戦争」に巻き込まれた。戦後、その戦争犯罪が裁かれたとき、出廷した日本政府の要人たちは口をそろえ「我々は戦争を惹起することを欲しなかった」と証言する。そして「米国に追随する他に択ぶべき途は開かれていなかった」と。
 歴史は繰り返す。日本人が69年間抑圧し続けたものが姿を現わしたとき、それを「二度目は笑劇」で済ますことはできないだろう。』

 (筆者は長野県・佐久総合病院・医師)

※注)内田樹・(うちだ・たつる) 50年東京都生まれ、東大文学部卒。神戸女学院大名誉教授。専門は現代フランス思想。著書に「私家版・ユダヤ文化論」「日本辺境論」など。信毎文化面に「凱風館通信」を執筆中。

※この原稿は色平哲郎ブログから著者の加筆・許諾を得て転載したものです。


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