■ 書評

中谷 厳『資本主義はなぜ自壊したのか 日本再生への提言』(集英社インターナショナル刊・1785円 )       井上 定冶

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 中谷 厳氏といえば、最近まではなんとなく竹中平蔵・宮内義彦・中川秀直・
御手洗富士夫の各氏のような新自由主義のイデオローグ(規制緩和・利権ビジネ
スにもつながるような)として一連のイメージを連想させる人物であった。それ
どころか、私の記憶では中谷 厳氏はこのような人々よりもかなり早期から(19
80年代後半から) アメリカ型資本主義モデルを「グローバル・スタンダード」で
あるかのように主張する論客の「元祖」たるイメージがある。

※ 中谷氏は日本型資本主義の「歪み」(たとえば「政・官・財」癒着の密
室的利権型システム)について当時新自由主義の視点から批判していた。その点
では、1990年前後の「生活重視」路線を支持していたもの( すなわち社会民主主
義的視点から) にっいては、それまでの供給者優先型社会への反省という点につ
いては共感できる面があったことは事実である。
 
その本人が「グローバル資本主義」というモンスターを告発し、過去20年の政
策路線の転換を系統的に求め、「日本」再生の提言として出したのが本書である。
「まえがき」には「本書は自戒の意味をこめて書かれた「懺悔の書」でもある
としている。だから、これがそこそこの読書家、ミニ知識人の話題にならないは
ずはない。こうしてなかなか本格的な硬派の本が発売と同時に良く売れていると
いうのも、「いま」という「時代」の潮の変わり目を感じさせるように思う。

  この10年内外で目立ってきた「格差社会」の出現、日本のワーキング・プアだ
けでなく、欧州では「ブレカリアート」をはじめ、世界中に格差をひろげただけ
でなく、所得再配分機構などの整備されてきたはずの先進国にも激しい社会分裂
、分厚い貧困社会階層を形成してきた。これがもっとも顕著なのはいうまでもな
く日本である。

  1980年代までは、日本は「平等社会」、「新中間大衆の時代」( 村上泰亮) と
いわれていた。それがわずか20年内外で様相が一変した。現状での社会格差が「
富めるもの」と「貧しきもの」に両極分解しつつある。日本だけではない。個人
の経済的欲望を抑える手だてをもたない米国流のグローバル資本主義の社会経済
政策モデルの世界的伝播は殊に日本では著しかったようだ。これといった対抗勢
力が殆どみられず、小泉政権の時代になると弱者切り捨て、個人は社会的紐帯を
失いバラバラにされる傾向が強まった。

  いまや一方的な規制緩和は問いなおされ、本来もとめられるべき規制改革とし
て正しく位置づけられ直さねばならない。制度改革はあくまで人々のくらしと仕
事をより良きものとし( ソマビアILO 事務局長の「ディーセント・ワーク」) 人
々の幸せを増すという方向で再形成されねばならいない。

そのような社会的事実が明らかになるなかで、アメリカではオバマ大統領が選
出され、「核兵器廃絶」というかつてのアメリカの大統領では想像できないよう
な「理想」についてまで言及するようになった。そして、殊に80年ぶりの悪夢の
ような世界金融危機がいまや世界経済恐慌といって過言でない状況にまでいたっ
ている。

  著者が少し気が早いようにもみえる「資本主義はなぜ自壊したのか」という衝
撃的な題をつけたのも、必ずしも不思議ではないように感じられる時代となって
しまった。
世界では、過去20年余の新自由主義思想による経済社会政策について、問い直
しと是正がはじまった。しかしながら、日本ではこの「イデオロギー」は、未だ
マスコミを含め多くのものが根本的なところから問いなおすというころまでには
、いまだまったくなってはいない。「論争」もあまりみられず「論壇」も確たる
方向感をいまだもつにいたってはいないのである。

  その点で、本書には、グローバル化と国家というものをどうとらえるべきなの
か、日本文化の評価のしかたはこれでいいのか、等をはじめ疑問も少なくない。
しかし、これまでの日本のあり方に対して正直に問い直そうとしている姿勢には
、筆者はこの著者を少し見直す気持ちになった( 早速、「評価が甘すぎる」とい
う読者のブーイングが出そうだが) 。

  今日、日本と世界には「反貧困」の運動、「反グローバリズム」という、素直
な反発、運動の広がりもでてきている。私たちは、何故にこのように安易にグロ
ーバル資本主義と新自由主義イデオロギーの台頭と支配までを許してしまったの
か、私たち自身の思考の「弱さ」として、みずからの責任にも思いをいたさざる
をえないのである。
                     (著者は 島根県立大学教授)

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