中国宗教事情ア・ラ・カルト

                       荒木 重雄


 
中国で宗教にかかわるトピックというと、前号小欄のように、政府と緊張関係にあるウイグル族のイスラム教やチベット族のチベット仏教が注目されがちだが、中国にはこれ以外にも多様な宗教が存在し、さまざまな展開を見せている。今号ではそちらに目を向けたい。
 まずは仏教から。

◇◇ 二極化の下で広がる仏教

 共産党政権が宗教の容認に転じたのは1979年のことであったが、その狙いは、折からの経済開放の一環として、華僑による宗教への経済支援を促し、これを呼び水に、華僑の本格的な投資や起業を呼び込もうとするところにあった。
 この政策が図に当たって、廃墟同然となっていた寺院は、米国、台湾、東南アジアなどの華僑から資金を得て、たちまちにして目覚ましい復興をとげた。

 加えて活況をもたらしたのが観光化であった。はじめはやはり海外からの華僑が、次いで経済成長でゆとりがうまれた同国人が、大挙して寺院を訪れるようになった。そうなると、利益をうむ資源として、地方政府も伽藍の復興や宿泊施設、交通の整備などに資金を投下するようになった。

 一方、中国で宗教は依然、国家の統制下にある。国務院宗教局と共産党統一戦線部の指導の下に、仏教であれば、仏教界の代表者と党員、学識者による仏教協会が中央と各地方につくられ、「愛国愛教」(宗教は国家に奉仕)のスローガンが僧侶と信徒に浸透するよう図られている。
 
こうした状況のなかで、観光ビジネスと国民啓発機関と化した国家級の大寺院と、地域の人々が方言で話し、先祖供養や日頃の心配事の相談にもかかわる地元の小寺との乖離が深まっている。

このような二極化を抱えながら、自らを仏教徒と認識する人々は13億の国民の半数以上に及び、いまや中国は世界で最大の仏教人口を擁する国といわれている。

◇◇ 社会の安定に期待される儒教

 中国では改革開放による無秩序な市場経済突入以来、拝金主義の横行とモラルの崩壊が深刻化していった。こうした風潮に歯止めをかけようと、共産党指導部がまず目を向けたのが「国学」ともよばれる中国伝統の儒教であった。かつて文革後期には、毛沢東暗殺を謀ったとされる林彪元副主席と孔子を結びつけて「批林批孔」と徹底的に糾弾された儒教がである。

 貧富の格差と腐敗・汚職が進行するなか江沢民時代に儒教が見直されはじめ、「調和社会」を強調せざるを得なくなるまで矛盾が深まった胡錦濤時代には、儒教をはじめとする宗教に社会の安定化への役割が期待されるようになった。

 2000年代からは共産党のエリート層を養成する共産党中央学校でもカリキュラムに儒教が加えられ、清華大や復旦大など有名大学に経営者や上級公務員向けの儒教のコースが設けられたりしているが、最近は民間運動として一種のブーム現象が起きている。

 たとえばその一つは、一人っ子政策で「小皇帝」とよばれる自己中心世代への反省からうまれた、「洗脚礼」とよばれる、一堂に会した何百人もの子ども(成人した娘が多い)がそれぞれの母親の足を洗う集会で、何百人もの女性が我儘や親不孝を詫びて泣き喚きながら老母の足を洗う光景はいささか異様でもある。
 また、「伝統文化論壇」という集会では、元ギャング、元警官、元アイドル歌手、元経営者などさまざまな経歴の人が、大勢の聴衆を前にかつての非行や不徳を自己批判し、道徳に目覚めた喜びを語る。

 なお、儒教については、中国語専門学校を「孔子学院」として世界60数カ国・地域に200校以上を展開していることも、中国のソフトパワー戦略として注目に値しよう。

◇◇ 地下教会が拡大するキリスト教

 儒教と並んで活況を呈するのはキリスト教である。信者は共産党員7千500万人をしのぐ1億人以上にのぼると推定される。
都市では、千人以上を収容するメガ・チャーチでカリスマ牧師や神父の説教に聴衆が熱狂する光景も珍しくない。信徒の多くは競争社会でそれなり経済的には成功したが、空虚感を抱え、生き方を模索している富裕層といわれる。
一方、農村では、病院の経営を委託されるなど、地方政府と協働する教会も多い。

 キリスト教の隆盛も、80年代、外国投資の促進を目的に容認されたことにはじまる。しかし、活動が許されるのは政府公認の教会だけで、プロテスタントは「三自愛国運動委員会」と「中国キリスト教協会」、カトリックは「天主教愛国会」に統括されて政府の管理下に置かれている。ちなみに「三自」とは、中国人による自治(自ら管理する)、自養(自ら育成する)、自伝(自ら布教する)で、外国の影響力排除が強調され、そのためカトリックではローマ法王の承認を得ない司教任命でバチカンと対立を繰り返している。

 一方、神の教えを共産党より重視したり、官製教会に不信を抱く信徒は、「家庭教会」とよばれる、個人の住宅などで密かに礼拝や説教が行われる地下教会に潜る。
 ここはまた、貧しい人々の助け合いの場でもあり、失業した出稼ぎ農民や、土地収用や党幹部の腐敗などを直訴しに上京した地方出身者などもこれらの教会に保護を求め、当座の生活費を与えられたり、仕事の紹介や法律相談を受けたりもしている。
じつは、先に述べたキリスト教信者1億人のうち公認教会に登録されているのは2千100万人余りで、他は地下教会の信徒である。

◇◇ 体制を揺るがしかねない宗教の組織力に警戒

 盛況を呈する中国の宗教界ではあるが、当局による宗教弾圧も見過ごすことはできない。たとえば「法輪功」事件である。

法輪功は、道教に由来する中国伝統の健康法・気功を基盤に、医療福祉制度の遅れに不安をもつ貧困層や高齢者を中心に広がった組織であったが、99年、メンバーの拘束などに抗議して北京の政治の中枢・中南海を包囲する大規模な座り込みを行ったことをきっかけに非合法化され一斉摘発を受けた。当局による陰謀・迫害・虐殺や不法臓器摘出などの噂も絶えない不可解な事件であるが、共産党支持者を上回る人数に及ぶ巨大組織がなんらかの政治的行動を起こすのではないかとの怖れから弾圧に踏み切ったとの見方も否定されない。

また、農村の貧困層を中心に組織された宗教集団「全能神」も、貧富の格差や官僚の腐敗、医療の不備などをめぐって共産党を批判したことから当局に睨まれ、創設者は90年代末に米国に逃れたが、その指示で行動する組織が国内に残存すると目されるところから、最近あらめて、全能神を、終末論を唱えて人々をたぶらかし共産党との決戦を煽る邪教として摘発を強化している。

上に述べたキリスト教地下教会についても、これまでのところ部分的な摘発に留まって黙認状態にあるが、その規模の広がりに当局は神経をとがらせており、その動向が共産党政権への脅威と映ることにでもなれば、いつまでも安泰とはいいきれまい。
           (筆者は元桜美林大学教授)


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