【北から南から】

 1.中国・深セン『中国ゴミ捨て事情』 (その一)   佐藤 美和子
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 1991年、留学先の北京から、シルクロード方面への列車に乗っていたときのこ
とです。『硬座』と呼ばれる背もたれが直角で座り心地の悪い二等座席で、十数
時間も揺られての貧乏学生一人旅をしていました。

 長距離列車の場合、食事時になると、列車員が発泡スチロール容器入り弁当を
満載した車内販売カートを押してやってきます。籾殻や小石交じりのぼそぼそご
飯の上から、2種類ほどの炒め物をドバッと一緒くたに乗せたお弁当です。お味
は……熱々のうちならまぁ食べられる、という感じです(笑)。

 長距離列車だと食堂車もあるのですが、街中のレストランに比べるととても割
高で、当時の一般市民が気軽に利用できる値段ではありませんでした。確か、料
理一品で10~20元ほどもしていたと思います(当時のレート換算で約250~500円)
。その頃は学生食堂で肉料理のおかず2~3品を選んでも5元(125円)もしません
でしたし、一律0.5元(12.5円)の北京地下鉄乗車賃が割高だといって、一般市
民はなるべく0.2元(5円)の市バス利用を心がけていたような時代でした。

 値段もさることながら、通路に溢れる乗客をかき分けて食堂車へ移動するのが
面倒だったので、私はいつも発泡スチロール弁当派でした。他の乗客と同じよう
に、座席や寝台でお弁当を食べていると、周囲の乗客が持参のおかずやオヤツの
ヒマワリの種を分けてくれることがよくありました。そんな時は、私も持参の日
本の飴玉や駄菓子でお返ししたり、カタコトや筆談のコミュニケーションを楽し
んだものでした。

 その時もやはり車内販売のお弁当を食べていたのですが、私が食べ終わった頃
には、車内据付のゴミ箱は発泡スチロール弁当箱ですでに溢れかえっておりまし
た。2両先の車両にまで行ってみたけれど、どこももう床にまで溢れています。
困ったなぁ、列車を降りるまで自分で保管しておくしかないか。と諦めかけた時、
そばに座っていたおばさんが声を掛けてきました。「それ、ゴミ捨てたいんでし
ょ?貸しなさい」

 そう言うなり私の手からゴミを奪い取り、窓を大きく開けてぽいっ。えっと思
った時には、私の発泡スチロールは列車のはるか後方に飛んでいってしまってい
ました。

 ビックリして窓の外を見ると、さっきから延々と数時間も続いている黄土色の
荒れた土地に、白いものがたくさんヒラヒラと舞っています。見渡す限りそれし
かない低い枯れた茂みの全てに、無数のビニールや発泡スチロールごみが引っか
かってはためいているのです。呆然としている私におばさんは、

  「大丈夫、ゴミはそのうち土に返るんだから平気よ。たとえ車内のゴミ箱に
捨てたって、どうせ列車員だってゴミ箱を線路脇にぶちまけるだけなんだから、
同じことよ」
  発泡スチロールやビニールは土に返らないこと、環境汚染のこと。色々言いた
かったのですが、当時の私にはそれを言えるほどの語学力はなく、またおばさん
も親切でしてくれたことなので、ぐっと言葉を飲み込んでお礼を言いました。

 その頃はまだペットボトルがなく、飲み物はビンかブリックパックがほとんど
でした(缶ジュースはそれらの2~4倍の値段が付いていたので、割高で不人気で
した)。ビンは返却すればビン代が返ってくるので捨てる人はまれでしたが、ブ
リックパックはお気軽にぽいぽい路上や川に平気で捨てられていました。また、
向こうが透けて見えるくらいに薄いレジ袋はすぐに破れて使えなくなるので、こ
れもまたあちこちに散乱していました。

 大学の友人と万里の長城や北京郊外の山へハイキングに出かけると、やっぱり
みんなゴミ箱のある所までは待たず、ゴミが出たその場でぽいっと捨ててしまい
ます。まったく罪悪感すら持っていない様子の友人らには、そのたびにゴミ箱に
捨てようよ~と声を掛けていました。

 ところが彼らが言うには、「これは、清掃係の仕事だから構わないのよ。もし
みんながゴミをゴミ箱に捨てていたら、清掃係りの仕事を奪うことになってしま
うでしょう?散らかすと景観を損ねるというのは分かるけれど、人口が多いわが
国では、雇用の創出も大事なワケだしね」

 「僕一人がゴミのポイ捨てを止めたとしても、他の10億人以上の人にはこの習
慣が染み付いているんだ。自分ひとりがルールを守ったって何の役にも立たない
し、だったら自分だけが面倒なことをするのは損だよ」

 当時の私のつたない語学力で、日本には芸能界出身の政治家がいてね、彼のキ
ャッチフレーズ『小さなことからコツコツと』というのがすっごく流行ったんだ
よ、つまり誰かが始めなきゃ社会は良くならないってことなんだと、一生懸命訴
えました。でも、一人や二人ではない友人らみなが、「みんなが一斉にというな
らいいけれど、自分だけが損するのは嫌だ」と言うのです。

ゴミをゴミ箱に捨てることが損につながるとまで言われては、それ以上説得のす
べはありませんでした。私の友人らはみな大学生で、高等教育を受けている人た
ちで、普段の付き合いでは至極常識的で頭のいい人たちばかりだったのですが…。

                   (筆者は中国・深セン在住日本語講師)

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