【オルタの視点】

中国に足元を見透かされたトランプ大統領-米中のチキンゲーム第2ラウンドから見えるもの-

                           朱 建栄 


 5年に1回の中国政治の最重要イベント、第19回党大会は、今年10月中下旬に開かれる。その前、朱日和訓練基地で行われた閲兵式はやはりすごい。最新鋭兵器を隠すことなく展示し、習近平主席は迷彩服で閲兵。外に対する発信(対米、台湾、インドの順位か)とともに、完全に軍を掌握し、そのリーダーシップは不動のものになっていると示す意味もあろう。
 党大会までの外交といえば、これも安定優先とされているが、相手あってのことだから、すべて思惑通りにとはいかない。実はこの間、北朝鮮問題を軸に、米中関係は激しい駆け引きを続けていた。とりあえず歩み寄りの過程に再びたどり着いたから、ここではこの過程を検証し、習近平外交の発想と特徴を見てみたい。

◆◆ 1.中国は米国との協力の第2ステージを期待

 習近平主席は米新大統領との関係構築のために、4月前半、不確定要素が多いというリスクを覚悟した上でフロリダに乗り込んだ。シリアへの巡航ミサイルで脅されて譲歩することは、習近平氏の性格からしてあり得ない。トランプ氏に対し、北朝鮮の核問題や経済貿易問題をめぐる対米協力を約束し、それを梃子に米中関係全般の改善を進んで働きかけようとしたと考えられる。
 4月末まで、その協力と「取引」はわりに順調に進んだように見えた。4月の15日と25日の2回にわたって、間違いなく中国の力で北朝鮮が準備した核実験は中止された。トランプ氏は4月27日、ロイター通信のインタビューで、中国の習近平国家主席が北朝鮮情勢の打開に尽力していることを評価し、国を愛する「とても良い人」だと称えた。

 逆に、北朝鮮当局は中国に猛烈に怒った。5月初め、朝鮮中央通信の記事は数十年ぶりに中国を名指しで批判し、「台湾」「難民」「対米接近」という三つの「奥の手」のカードを切って中国に警告した(前号で紹介)。中朝関係は1992年の中韓国交の時(公の中国批判はなかった)よりも険悪になった。

 その間、ティラーソン国務長官は中国との協力推進を示唆(前号で紹介)。中国は北朝鮮の得意技――米中間にくさびを打ち込むことを警戒し、「今は北朝鮮と単独で対話するタイミングではない」と伝えたとも報じられた(前号で紹介、産経ニュース 170601 対北朝鮮、中国「今は対話の時期ではない。圧力強めなければ」米に伝達)。この報道は中国外交部報道官によって否定された(聞かれれば否定する以外にない)が、あながち完全な憶測ではない。本気で北朝鮮の核を取り除くなら、今こそ米中がコンビを組む時だ、との考えを示そうとしたとも考え解釈できる。

 ただ、中国からみれば、一、二回の核実験を阻止するのに力を尽くしてもいいが、次は非核化、ミサイル開発阻止という根気を要する構造的問題だ。その目標を目指して北朝鮮を交渉テーブルに着かせるには、北の安全保障問題、米韓軍事演習の問題などをめぐっても最終的にはセットになって対処しなければならない。これをめぐっても米中協力が不可欠で、二人三脚で非核化に向けた第2ステージに向かう必要がある。

◆◆ 2.北京の考えを包括的に示した傅瑩論文

 この中国側の発想を代表的に示したのは、習近平主席の外交ブレーン、元外務次官で北朝鮮の核をめぐる交渉にずっと携わってきた傅瑩氏の論文だ。4月末、ブルッキングス研究所のHPに英文原稿が掲載され、続いて5月1日、中国語の全文(傅瑩撰文:朝核問題的歷史演進與前景展望―中国新聞週刊 5月1日号)が発表された。これは北朝鮮の核問題をめぐる中国のスタンスについて最も完全な説明だと見ることができる。

 同論文は、1990年代年代以降の、北朝鮮の核開発とそれをめぐる米国など国際社会の対応の歴史を、まず次のように段階を追って回顧した。

 1992年、中ロが韓国と国交したが、米日などは北朝鮮との関係正常化に至らず、孤立無援と感じた北朝鮮は「独自路線歩む」ことを決意した。

 1993年以降、米朝枠組み合意にこぎつけ、建設的な方向も見せたが、双方の間の深刻な不信感により、事態の打開に至らず、北朝鮮はその間、核開発を持続した。2002年、北の核開発計画が発覚し、第2次危機が起こった。米側の要請を受けて中国は米朝中の「三者協議」を斡旋したが、米朝対立を打開するため、「六者協議」の枠組みを創設した。

 米朝間の不信、米国内部の政権交代と方針転換により、「六者協議」も成果を上げられず、2009年以降、危機は「螺旋」的にエスカレートした。核を放棄したリビア首脳のカダフィは米国の攻撃を受け、最後の演説で「金日成は僕の結末を見て笑うだろう」と話し、それが北の核開発の決意を一層固めた。
 北朝鮮の核開発が臨界点に近づき、米側の「戦略的忍耐」が限界にきた中、米韓が去年7月、THAADの配備を決定。これは非核化をめぐる国際協力を自ら壊すような挙動だ。

 中国側がTHAADを脅威と見なす二つの理由:
 A 世界最強の陸上配備移動型レーダーの配備で「すでに極めてアンバランスの北東アジアの戦略的均衡を破り」、その延長で米日韓の情報ネットワークが形成され、中国の戦略的安全保障が脅かされる。
 B 米側は、これが北東アジア地域において「ゼロサムゲーム」の思考様式で自分側の絶対的安全を求める戦略を導入する第一歩となり、地域内の深刻な軍備競争を誘発するのが必至。

 このように歴史を振り返った上で傅瑩氏は、核問題の三つのシナリオを提示した。
 A 「制裁――核実験――再制裁――再実験」の悪循環から抜け出せず、最終的に米側は不可制御の軍事攻撃手段をとるか北の核保有を容認するか、の二者択一の道に自らを追い込む。
 B 北朝鮮の体制崩壊。しかし北朝鮮の忍耐力、近年の経済回復により、その体制が短期間に崩壊するのを期待すべきではない。
 C 対話と交渉の回復で核問題をめぐる対立の緩和ないし解決を目指すこと。
 その第一歩は「北の核とミサイル開発、および米艦の軍事演習」の「双暫停」(同時的暫定停止)、続いて「雙軌並進」(平行前進)方式で「双方の安全確保」の理念で非核化と半島の和平メカニズム構築をリンクし、抜本的な解決案を見出す。

◆◆ 3.スリリングなチキンゲーム

 ところが、トランプ氏は戦略的な思考もなければ、自ら動こうともしないようだ。「カールビンソン」空母をいち早く引き上げた。中国にだけ、「もっと北朝鮮に圧力を加えろ」と言い、更に台湾カード(議会での台湾への軍事支援決議案)、南シナ海カード(自由航行作戦の再開)、経済カード(かつて日本を標的にした米国内法のスーパー301を中国に適用と示唆)を切り、「他力本願」で北朝鮮の核とミサイル開発問題に対処しようとした。

 1か月余りの水面下の米中交渉は不調に終わり、中国はどうも6月後半以降、米国への反撃に出た。8月1日付新華社通信はトランプ大統領の無責任なやり方を痛烈に批判。翌2日付NYタイムズ紙は新華社のこの記事を次のように要約。

 A トランプはツイッターを書くのが好きだが、感情的表現は半島の核問題を解決する指導要綱になれない。
 “Trump is quite a personality, and he likes to tweet,” said the Xinhua response issued late Monday and widely displayed on Chinese news websites. “But emotional venting cannot become a guiding policy for solving the nuclear issue on the peninsula,” it said, referring to the divided Korean Peninsula.

 B 米側は硬直した局面打開の自らの責任を回避すべきではなく、中国の背中にナイフを突きつけることはなおさらしてはならない。
 The United States, it said, “must not continue spurning responsibility” for the volatile standoff with North Korea, “and even less should it stab China in the back.”

 C 新華社記事は、トランプが貿易、南シナ海、台湾などの問題で中国に圧力を加えることに対する沈黙を破った。
 The Xinhua editorial broke with Beijing’s usual public reticence when Mr. Trump has taken China to task over trade imbalances, territorial disputes in the South China Sea, Taiwan and other sources of tension.

 D 中国にぶつけることは筋違いだ。米側自身こそ、衝突・戦争回避に身を起こせと中国側は警告した。
 “Taking out this outrage on China is clearly finding the wrong target,” it said, warning that such broadsides could be dangerous.
 “What the peninsula needs is immediately stamping out the fire, not adding kindling or, even worse, pouring oil on the flames,” Xinhua said. The tensions could, it said, “evolve into a localized conflict, or even the outbreak of war, with unthinkable repercussions.”

 ちなみに、その間の『環球時報』社説は、(核問題という)泥沼にはまった車の運転席にトランプ氏が座ったまま、中国にだけ、車を押せと言っているとのたとえを使って、「口先ばかり」のトランプ氏を揶揄した。

 実際に中国は米側への反撃行動に出た。一つは米軍偵察機の東シナ海での情報収集活動に至近距離で阻止。二つ目は米側の警告を無視して海南島で最新鋭の対潜哨戒機を配備。

 米政府側は8月2日まで、国内法に基づく対中制裁の調査を始めると言ったのに対し、「一方的な対中経済制裁なら受けて立つ」と中国側は表明。チキンゲームがここまでくると、8月3日付米NYタイムズと同日のウォールストリート紙に、「共倒れになるだけで、米側の勝ちにならない」との声が相次いで出た。

 結局、中国側はさらに厳しい国連安保理の北朝鮮に対する制裁決議に賛成し、米側は対中揺さぶりをいったん取り下げることで、とりあえずチキンゲームを回避した。対中経済制裁の調査も当面、見送られた。CNNの報道によると、ティラーソン米国務長官は8月1日、国務省での記者会見で、「米国が北朝鮮の体制を変えたり、朝鮮半島の南北統一を加速させたり、軍事境界線の北側へ米軍を送り込む口実を探したりするつもりはない」と強調した。彼はまた北朝鮮に対して「我々は敵でも脅威でもない。だがそちらからの容認できない脅威には対応せざるを得ない」と語り掛け、「我々は将来についてじっくりと話し合うことを望んでいる」「そのほかの選択肢は好ましくない」と述べた。

 日本の新聞はほとんど伝えなかったが、在米中文サイト多維ネットは、ティラーソン氏は、トランプ氏が「中国は何もしていない」とツイッターに書いた内容を微修正して、中国をかばった。
 「自分は北朝鮮問題で中国を責めるつもりはない。引き続き、中国側の協力を取り付けて、北朝鮮との対話を実現していく考えだ」
 と発言した、という。

 ちなみに、安保理の新しい制裁決議が採択された後、トランプ氏はまた、ツイッターで「中国とロシアの協力に感謝する」と言った。

 米中間は2か月のチキンゲームを経て、再度、協力する軌道に戻った。しかしその間、北朝鮮はICBMの実験をどんどんやった。結局、中国や世界各地で、トランプ氏はツイッターを得意とするが、それ以外、真剣に問題解決する意欲と能力があるのか、疑問が一段と高まった。

◆◆ 4.今後の展望に関する中国側のいくつかの視点

 さて、ちょっとだけ話題を広げて、米中関係、中国外交と軍事戦略に関する中国側の視点を反映した注目記事をいくつか紹介する。

 7月20日付北京環球時報の社説は、米中経済対話の結果について論評した。
 7月18日と19日、ワシントンで行われた米中閣僚級の包括経済対話に関して、対話終了後、予定されていた記者会見が中止され、一部の米高官が失望感を口にしたため、「短い蜜月関係に終止符が打たれた」(ブルームバーグの記事)、「何ら成果のないまま、物別れに終わった」(読売新聞社説)との悲観的論調が目立ったが、中国側はむしろ「対話は成功」との評価。外交部報道官は7月20日の記者会見で、「これは斬新で実務的、建設的な対話で、世界第一と第二の経済大国間の経済協力の方向を確認し、重要な経済政策の協議と協調を堅実な土台に載せた」との積極的一面を強調。

 ここで引用した環球時報の社説は、
 A 予定していた記者会見を行わなかったことに何らかの理由があるが、米側が中国にもっと譲歩を引き出すための戦術である可能性もあり、実際に対話後、双方とも対立点を強調せず、今後の可能性に期待を寄せた、
 B 米中両国の構造的問題はもともと一、二回の対話で解決されるものではないことを双方とも理解しており、新たに合意された一年行動プランに基づいて相違の縮小と解消に具体的に取り組んでいくことに合意したことが最大の収獲、
 C 米国のマスコミは反トランプと反中国の色眼鏡で「失敗」を煽り、バランス感覚を失っているのではないか、
 と論じた。

 中国の外交戦略専門家金燦栄教授は同紙の7月25日号に寄稿し、トランプ政権の外交と対中政策の行方を予測。

 A 半年過ぎたが、トランプの外交チーム、外交方針はまだ決まっていない。ただそのアジア政策に一定の方向が見えた。中長期的に軍事面で中国を牽制していく方針で、「台湾カード」を使うこともあるが、北朝鮮問題を突出させることにより米中協力の幅が広がり、TPPの脱退で米中経済協力の可能性はむしろ拡大、イデオロギー面で中国に対する価値観外交をほとんどやらない。

 B トランプは「米中ロなどの大国による共同平和体制」との構想を持っている。ただ、米ロ関係の悪化で当面は推進できない。

 C この半年間の米中関係について評価するなら、「予想よりよかった」ことだが、基本的な相違は縮まっていない。外交チームが整えば、伝統への回帰で米中摩擦が増える一面もあるが、コントロール可能の状況にある。

 金氏が7月25日に行った「未来の世界における十大趨勢」と題する講演の記録が、中国版ライン「微信」によって広く伝わっている。日本を含む六大国の相互関係が世界情勢を左右すること、未来は「(米中)二強と(日露など)多強」の構図にシフトすること、ベトナム・イラン・トルコ・インドネシアという四つの「中等強国」が台頭していることなど、結構興味深い内容だ。
 ちなみに、日本に対する面白い論評も入っている。筆者が特に注目したのは、中国のネットに、「核の先制不使用」という毛沢東時代以来の原則に疑問を提起する文章が出たことだった。

 韓国でのTHAAD配備、国際情勢の変化などにより、「三つのケースにおいて中国はこの原則に縛られる必要がない」との論文の主旨だが、中国の核施設、中国の空母、原潜、三峡ダムなどの民生プロジェクトが通常兵器の先制攻撃を受けた場合、という三つのケースにおいて中国は自らの手足を縛る必要はない、との考えだ。当局の正式な立場を反映したものでなくても、中国のネットにこれが広く伝わったのは、ある種の危機感と、これまでにない新しい安全保障観の現れか。引き続き、注目していきたい。

 (東洋学園大学教授・オルタ編集委員))

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