【「労働映画」のリアル】

第22回 労働映画のスターたち・邦画編(22) 名取裕子

清水 浩之
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《サスペンスドラマの女王に学ぶ 「理想の女性上司」への道!》

 監察医・二宮早紀、添乗員・早乙女千春、ブライダルコーディネーター・末永卯月、検事・鶴丸あや、高級クラブママ・青山みゆき、推理作家・池加代子、葬儀社社長・桶谷松子、保険調査員・柏木奈津子……。「サスペンスドラマの女王」名取裕子さんが演じるヒロインは、みな特徴ある職業に就いている。彼女たちは専門分野で培った知識と経験を活かし、事件の謎を解きほぐす。警察とは別の「独自捜査」で力を発揮するのは、普段から職場を共にしている同僚や部下の人的ネットワークだ。頼れる「姉貴」、世話好きな「おばちゃん」、肝っ玉「母さん」としてチームを引っ張り、真犯人を(崖の上に誘い出して)改心させる展開が、多くの視聴者に支持されてきた。穏やかで朗らか、時々ドジも踏むけれど、人間味があるから憎めない……ある意味「理想の女性上司」とさえ言えそうなヒロイン像を、労働映画の視点で辿ってみよう。

 1957年、神奈川県出身。大学在学時に化粧品会社のイメージガール・コンテストで準グランプリに選ばれ、芸能界へ。TBSの帯ドラマ、ポーラテレビ小説『おゆき』(1977)のヒロインをはじめ、清楚なお嬢さん役で人気を呼ぶ。その後、所属事務所とのトラブルから女優を続けるか悩んでいた時に、松本清張原作のNHKドラマ『けものみち』(1982、演出・和田勉)の主役に抜擢される。旅館の女中が、客の男に誘われて悪の世界=けものみちに飛び込んでいく社会派サスペンスで、夫を殺し、政界の黒幕の愛人となってのし上がろうとするヒロインを、「これが最後の仕事かも」と覚悟して体当たりで演じた結果、新たな道が開けた。

 五社英雄監督の映画『櫂』(1985)、『吉原炎上』(1987)、『肉体の門』(1988)でたくましく生きる女性を熱演。一方、山田太一のドラマ『深夜にようこそ』(1986、TBS)では、コンプレックスを抱えた女性が次第に心を開いていく過程を演じ、忘れがたい印象を残した。同じく山田太一原作の映画『異人たちとの夏』(1988、監督・大林宣彦)では、都会の孤独に迷い込んだ哀しきヒロイン。東映Vシネマ『夜のストレンジャー 恐怖』(1991、監督・長崎俊一)では、命を狙うストーカーと1対1で闘うタクシードライバー。当時はミステリアスな美女、したたかな悪女のイメージが強かった。

 しかし、ご本人は「二枚目役」が多いのが不満だったそうで、プロデューサーには

 「ダメなところがある人じゃないとつまんない。“女・寅さん”みたいなのをやりたい」

 とアピールしていたという(2017年、TBS「サワコの朝」での発言)。生来のカラッとした「人柄」と、仕事での「役柄」とのギャップをどう埋めるかが、30代以降の課題となった。

 バブル期のオフィスライフを描いたドラマ『真夜中のテニス』(1990、NHK)では、銀行の為替ディーラーとして活躍するキャリアウーマンに扮し、男性が圧倒的多数の職場内で「少数派」の女性社員が奮闘する姿を演じた。同期入社の男性(宅麻伸)に昇進で差をつけられるなど、様々な「現実」が描かれるが、彼女は失望する代わりに“東ヨーロッパを見なさい! 未来はどうなるかわからない”と呟き、いつか来る「雪どけ」を夢見て働き続ける。約30年後の今……彼女にはどんな「未来」が訪れただろうか?

 そして1992年、代表作『法医学教室の事件ファイル』(テレビ朝日)がスタートする。連続ドラマとして始まり、その後は単発2時間ドラマ枠「土曜ワイド劇場」でシリーズ化。遺体の検死・解剖を行う監察医が、死因から事件解決の糸口を探り出す。それと同時に、捜査の現場で知り合った刑事(宅麻伸)と結婚し、男の子が誕生。今では息子(佐野和真)も新聞記者として現場に……という「家族史」が連綿と綴られてきた。アットホームな人間関係に支えられたヒロインの活躍が、女性視聴者の共感を集め、25年間で43作+αと、まさに「寅さん」級のヒット作になった。

 男性が多数派の社会で「男に負けず」頑張るのではなく、「女のやり方で」集団の力をまとめていく名取流。「この○○~ッ!」という罵声で有名になってしまった女性議員さんも、かつての「男らしさ」を模倣するのではなく、こういう女性上司への道を知っていたなら、あるいは……。

 現在はラジオ「オールナイトニッポン MUSIC10」(ニッポン放送)で、毎週火曜日のパーソナリティを担当。その軽妙なトークは、居心地の良いバーのママを連想させる。8月には還暦を迎える名取さん、これからも朗らかなお仕事ぶりが楽しみです!

参考文献:『犬の花道、女の花道』名取裕子(2003年、集英社Be文庫)

 (映像ディレクター・映画祭コーディネーター)
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●労働映画短信

◎働く文化ネット 「労働映画鑑賞会」
 働く文化ネットでは、毎月第2木曜日に労働映画鑑賞会を開催しています。お気軽にご参加ください。
◇次回のご案内 ※8月の鑑賞会はお休みです。

◇第41回労働映画鑑賞会
・2017年 9月 14日(木)18:00~(参加費無料・事前申込不要)
・会場:連合会館 201会議室(地下鉄 新御茶ノ水駅 B3出口すぐ)
・上映作品:『機関車C57』(1940年/45分)【労働映画百選 No.10】
 『貨物列車』(1963年/30分)

◎【上映情報】労働映画列島!7~8月
※《労働映画列島》で検索! http://d.hatena.ne.jp/shimizu4310/00170803

◇新作ロードショー

『ファウンダー ハンバーガー帝国のヒミツ』
 《7月29日(土)から 東京 角川シネマ新宿ほかで公開》 マイケル・キートン主演。マクドナルド・コーポレーションの創業者、レイ・クロックの伝記ドラマ。一軒のレストランを世界最大規模のファストフード・チェーンにした男を描く。(2016年 アメリカ 監督:ジョン・リー・ハンコック) http://thefounder.jp/
『ローサは密告された』
 《7月29日(土)から 東京 渋谷 シアター・イメージフォーラムほかで公開》 マニラのスラム街で小さな商店を営み、4人の子供を育てるローサ。家計のために少量の麻薬を扱っていたことが原因で、夫と共に逮捕されてしまう……。(2016年 フィリピン 監督:ブリランテ・メンドーサ) http://www.bitters.co.jp/rosa/
『リベリアの白い血』
 《8月5日(土)から 東京 渋谷 アップリンクほかで公開》 リベリアのゴム農園で過酷な労働を強いられていた男。単身アメリカに渡り、タクシードライバーとして働き始めるが、移民を取り巻く現実に直面する。(2016年 アメリカ 監督:福永壮志) https://liberia-movie.com/

◇名画座・特集上映

【東京 京橋 フィルムセンター】 7/20~9/10「逝ける映画人を偲んで 2015-2016」…土/東京丸の内/若者たち/さらば愛しき大地/名もなく貧しく美しく/他
【東京 シネマヴェーラ渋谷】 7/22~8/18「フィルム・ノワールの世界II」…深夜の告白/郵便配達は二度ベルを鳴らす/裸の町/アスファルト・ジャングル/他
【東京 恵比寿ガーデンプレイス】 8/3~19「野外上映 ピクニックシネマ」…シング・ストリート 未来へのうた/台北の朝、僕は恋をする/ニュー・シネマ・パラダイス/他
【東京 ヒューマントラストシネマ渋谷】 8/5~18「原田知世映画祭 映画と私」…私をスキーに連れてって/落下する夕方/紙屋悦子の青春/しあわせのパン/他

【東京 ラピュタ阿佐ヶ谷】 8/20~10/21「昭和の銀幕に輝くヒロイン 轟夕起子」…限りなき前進/ハナ子さん/肉体の門(1950年)/愛のお荷物/他
【東京 ラピュタ阿佐ヶ谷】 8/20~10/21「三國連太郎特集」…本日休診/荷車の歌/白い粉の恐怖/襤褸の旗/飢餓海峡/息子/馬喰一代(1963年)/他
【川崎市市民ミュージアム】 8/5~20「映画で見る平和への願い」…この世界の片隅に/最後の女たち/煙突屋ペロー/時計は生きていた/他
【彩の国さいたま芸術劇場】 8/10~13「彩の国シネマスタジオ」…裸の島/煙突の見える場所/この広い空のどこかに/名もなく貧しく美しく

【三重 津市内10会場】 7/20~11/28「平成29年度 羽田朝子記念映画上映会」…釣りバカ日誌/南極物語/母と暮せば/お茶漬の味/他
【京都 立誠シネマプロジェクト】 7/22~28「ラスト興行特出しウィーク」…この空の花 長岡花火物語/ベルリン・アレクサンダー広場/太秦ヤコペッティ/アカルイミライ/他
【大阪 九条 シネ・ヌーヴォ】 7/29~9/1「生誕90年 映画監督 蔵原惟繕」…俺は待ってるぜ/風速40米/海の勝負師/青春の門 自立篇/ストロベリーロード/他
【神戸映画資料館】 7/29・30「山宣と治安維持法」…武器なき斗い(1960年)/山宣・渡政労農葬 嵐の日の記録(1964年)
【神戸映画資料館】 8/11~20「アレクサンダー・クルーゲ監督特集」…秋のドイツ/昨日からの別れ/定めなき女の日々/他

【香川 観音寺市民会館】 8/6「黒澤明監督特集」…酔いどれ天使/羅生門/用心棒
【愛媛 西条市総合文化会館】 8/6「ワンコイン・シネマ in 西条」…めし/おかあさん/流れる/乱れ雲
【福岡市総合図書館 シネラ】 8/16~27「タイ映画特集」…ムアンとリット/ファン・バー・カラオケ/10月のソナタ/他
【佐賀県有田町 炎の博記念堂】 8/20「記念堂シネマ8 文学喜劇の魅力」…駅前旅館/本日休診/大誘拐/喜劇・女は男のふるさとヨ

◎日本の労働映画百選
 働く文化ネット労働映画百選選考委員会は、2014年10月以来、1年半をかけて、映画は日本の仕事と暮らし、働く人たちの悩みと希望、働くことの意義と喜びをどのように描いてきたのかについて検討を重ねてきました。その成果をふまえて、このたび働くことの今とこれからについて考えるために、一世紀余の映画史の中から百本の作品を選びました。

『日本の労働映画百選』記念シンポジウムと映画上映会
  http://hatarakubunka.net/symposium.html

・「日本の労働映画百選」公開記念のイベントを開催(働く文化ネット公式ブログ)
  http://hatarakubunka-net.hateblo.jp/entry/20160614/1465888612

・「日本の労働映画の一世紀」パネルディスカッション(働く文化ネット公式ブログ)
  http://hatarakubunka-net.hateblo.jp/entry/20160615/1465954077

・『日本の労働映画百選』報告書 (表紙・目次)PDF
  http://hatarakubunka.net/100sen_index.pdf

・日本の労働映画百選 (一覧・年代別作品概要)PDF
  http://hatarakubunka.net/100sen.pdf

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