【「労働映画」のリアル】

第19回 労働映画のスターたち・邦画編(19)大杉漣

清水 浩之

 《この世界の片隅に……「あるがままに」生きる、となりの中間管理職》

 「レンさん」こと大杉漣氏は、1980年代から現在まで、夥しい数の映画やテレビに出演している当代随一のバイプレイヤー。出演作はおよそ500本! 北野武や黒沢清など、海外でも評価の高い監督たちが挙って起用しているので、2000年のオランダ・ロッテルダム映画祭では、
 「オオスギ・レンという名の俳優は、一体何人いるのか?」
という質問まで出た(三池崇史監督の回答は「3号までは確認できている」)。

 物語を引っ張る主人公の傍で作品の世界観を確かなものにするサブキャラクターには、「どこにでもいそう」なリアリティが求められる。レンさんが得意とする役どころを分類してみると、勤務先の直属の上司、学校の教頭、国際犯罪組織のナンバー2、そして花嫁の父(!)など、様々な集団の「中間管理職」的なポジションが多い。主人公が突き進もうとする「理想」と、世界の「現実」との間に挟まれ、どちらを支持すべきか揺れ動く人物。その姿は、作品を鑑賞する我々自身でもある。近年は主演作も増えているが、いずれもヒーローではなく、「世界の片隅」に生きる平凡な人々だ。座右の銘は笠智衆の言葉《あるがままに》という、レンさんが演じてきた人物像を辿ってみよう。

 1951年、徳島県小松島市の生まれ。高校卒業後に上京し、22歳で劇団「転形劇場」に参加。「転形劇場」は作・演出の太田省吾を中心に、能や舞踏への高い関心から独自の身体言語を探求し、「劇的」な世界とは対極の「沈黙劇」を生み出したことで知られる。レンさんは若手の看板俳優として活躍すると同時に、劇団の制作部員も務め、1988年の劇団解散までは、舞台活動に専念していた。

 1980年、公演を見に来た人に誘われて、舞台の合間にピンク映画に出演するようになる。当時は高橋伴明、滝田洋二郎、廣木隆一など、意欲に溢れた若手監督が頭角を現してきた頃で、口髭を生やしていた青年レンさんは、二枚目も三枚目もこなせる演技力が買われ、引っ張りだことなっていく。周防正行監督のデビュー作『兄貴の嫁さん』(1984)は、全編で小津安二郎の映画にオマージュを捧げた異色作。レンさんは当時まだ33歳だったが、笠智衆を彷彿とさせる義父役を堂々と演じきり、その自然な「枯れ方」が高く評価された。

 「転形劇場」の解散で、ホームグラウンドを失ったレンさんは俳優を辞めることも考えたそうだが、1980年代後半のレンタルビデオブームから生まれた「Vシネマ」が量産体制に入ると、今度はヤクザ組織の兄貴分役などで重宝される。北野武監督の第4作『ソナチネ』(1993)では当初、沖縄の抗争に「出張」する組長を見送る「留守番」の組員役に過ぎなかった。ところが、サラリーマンのように穏やかな口ぶりの男が、借金の取立てになると口調を豹変させる演技が北野監督に気に入られ、急遽沖縄にも「同行」することになり、たけし組長の気まぐれに翻弄される「中間管理職」として、どこか滑稽で哀しい作品のムードを支えた。北野作品にはその後も『HANA-BI』(1998)、『BROTHER』(2001)に出演し、「真顔のコント」とも評される独特のトーンに貢献した。

 『ソナチネ』で世界的にもその存在を知られるようになってからは、年間20~30本のハイペースで出演作が続く。サブ監督『ポストマン・ブルース』(1997)での殺し屋のように、一見怪しげな風貌だが人柄は誠実…というギャップを演じると、ご本人の「折り目正しさ」が絶妙の味わいを生んだ。大森美香監督の『ネコナデ』(2008)は、同僚をリストラする汚れ役を担わされた人事部長が、捨て猫と出会ったことで自らの生き方を見つめ直す物語。非情だったはずの男が、か弱い子猫を匿おうとオロオロする姿が絶品。NHKの朝ドラ『ゲゲゲの女房』(2010)、市井昌秀監督の映画『箱入り息子の恋』(2013)など、ヒロインの父親役を演じることが多いのも、娘の行く末を案じてオロオロするレンさんの姿が、たまらなくチャーミングだからだろう。まさに平成の笠智衆!

 庵野秀明総監督の映画『シン・ゴジラ』(2016)では、「巨大生物襲来」の第一報を受ける総理大臣役。NHKスペシャル『原発メルトダウン』(2016)の再現ドラマでは、福島第一原発の吉田所長役。未曾有の危機に直面した日本人の「代表選手」として、レンさんは全力でオロオロしていた。「オオスギ・レン」の喜怒哀楽を、現代の私たち日本人そのものとして、海外の観客にも見ていただきたい。そう、オオスギ・レンは1億人いるのだ!

・参考図書=『現場者―300の顔をもつ男』 大杉漣(マガジンハウス、2001年)

(しみず ひろゆき、映像ディレクター・映画祭コーディネーター)
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●労働映画短信

◎働く文化ネット 「労働映画鑑賞会」
 働く文化ネットでは、毎月第2木曜日に労働映画鑑賞会を開催しています。お気軽にご参加ください。
・次回予定(第38回):2017年 5月 11日(木)18:00~(参加費無料・申込不要)
・会場:連合会館 201会議室(地下鉄 新御茶ノ水駅 B3出口すぐ)

◎【上映情報】労働映画列島!4~5月
※《労働映画列島》で検索! http://d.hatena.ne.jp/shimizu4310/00170503

◇新作ロードショー

『草原の河』
 《4月29日(土/祝)から 東京 岩波ホールほかで公開》 チベットで牧畜に携わる一家を描いたヒューマンドラマ。娘と父、祖父の心情が、厳しく広大な自然と共に映し出される。(2015年 中国 監督:ソンタルジャ) http://www.moviola.jp/kawa/
『トトとふたりの姉』
 《4月29日(土/祝)から 東京 ポレポレ東中野ほかで公開》 ブカレスト郊外で暮らす10歳のトトとふたりの姉。保護者のいない3人が必死に生き抜く姿を描くドキュメンタリー。(2014年 ルーマニア 監督:アレクサンダー・ナナウ) http://totosisters.com/
『笑う招き猫』
 《4月29日(土/祝)から 東京 新宿武蔵野館ほかで公開》 山本幸久の小説を映画化。OLを辞めたヒトミと、家事手伝いのアカコ。芸歴5年、売れない漫才師コンビの青春ドラマ。(2017年 日本 監督:飯塚健) http://waramane.jp/

◇名画座・特集上映

【東京 神保町シアター】4/29~5/12「成瀬巳喜男 初期傑作選」…限りなき鋪道/サーカス五人組/鶴八鶴次郎/他
【東京 池袋 新文芸坐】4/29~5/8「ワーナー・ブラザース フェスティバル」…エデンの東/ダーティハリー/他
【東京 平井 小松川区民館】5/3~5「メイシネマ祭’17」…ブラジルの土に生きる/早池峰の賦/ここに居るさ/他
【東京 京橋 フィルムセンター】5/13~21「よみがえるフィルムと技術」…煙突の見える場所/その場所に女ありて/他
【東京 早稲田松竹】5/13~19「映画のなかの沖縄」…沖縄列島/やさしいにっぽん人/ウンタマギルー/夏の妹
【川崎市市民ミュージアム】5/13~28「新東宝70周年記念特集」…生きている画像/朝の波紋/たそがれ酒場/他
【高崎電気館】4/22~5/12「角川映画祭 part.1」…蒲田行進曲/探偵物語/麻雀放浪記/他
【岐阜ロイヤル劇場】5/13~26「東宝喜劇で観る 日本の高度経済成長期」…社長紳士録/喜劇 駅前大学
【京都 立誠シネマプロジェクト】 4/29~5/5「マイナードイツ映画発見の旅」…辛口ソースのハンス一丁/嘘つきヤコブ/他
【大阪 十三 第七藝術劇場】4/22~5/5「イタリアネオ+クラッシコ映画祭2017」…わが青春のフロレンス/ゴモラ/他
【大阪 九条 シネ・ヌーヴォ】4/29~5/12「南インド映画祭」…事件番号18/9/オッパム~きみと共に~/ルシア/他
【神戸映画資料館】4/29~5/7「戦前日本映画蔵出し上映」…山の誓ひ/小島の春/結婚の生態/他
【山口情報芸術センター】5/3~7「ノンシャラン:人生の達人」…人生フルーツ/皆さま、ごきげんよう/ホームレス ニューヨークと寝た男
【高知あたご劇場】4/22~5/5 『土佐の一本釣り~久礼発 17歳の旅立ち』(2016年 監督/蔵方政俊)
【福岡市総合図書館 シネラ】5/3~27「中村登監督特集」…我が家は楽し/夜の片麟/二十一歳の父/他
【天草 本渡第一映劇】4/29~5/5「天草名画座番外地2017」…トラック野郎 度胸一番星/ファンキーハットの快男児 二千万円の腕

◎日本の労働映画百選

 働く文化ネット労働映画百選選考委員会は、2014年10月以来、1年半をかけて、映画は日本の仕事と暮らし、働く人たちの悩みと希望、働くことの意義と喜びをどのように描いてきたのかについて検討を重ねてきました。その成果をふまえて、このたび働くことの今とこれからについて考えるために、一世紀余の映画史の中から百本の作品を選びました。

『日本の労働映画百選』記念シンポジウムと映画上映会
  http://hatarakubunka.net/symposium.html

・「日本の労働映画百選」公開記念のイベントを開催(働く文化ネット公式ブログ)
  http://hatarakubunka-net.hateblo.jp/entry/20160614/1465888612

・「日本の労働映画の一世紀」パネルディスカッション(働く文化ネット公式ブログ)
  http://hatarakubunka-net.hateblo.jp/entry/20160615/1465954077

・『日本の労働映画百選』報告書 (表紙・目次)PDF
  http://hatarakubunka.net/100sen_index.pdf

・日本の労働映画百選 (一覧・年代別作品概要)PDF
  http://hatarakubunka.net/100sen.pdf


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