■農業は死の床か。再生の時か。           濱田 幸生

■メダカの水音、タニシの歌声、クモの旅行


あなたはタニシが歌うことを知っていますか?
いや、タニシ自体を見たことがありますか?
メダカのはねる水音を聞いたことがありますか?
メダカがレッドデーターブック、絶滅危惧種に載っていることを知って
いますか?


タニシの鳴き声に導かれて


  あるさわやかな夏の早朝、田んぼの畦(あぜ)をみまわっていたあるお百姓は
耳鳴りのような音を聞きました。頭を叩いたり、耳をかっぽじってみたりしたの
ですが、止まりません。「しーしー」というこの音はいっかな鳴りやみません。
ひょっとして生きものが出している音かなと思い、畦で大きくジャンプしてみま
した。ど~ん。それでもとまらないのですね、この音は。
  猛然と気になりだしたこのお百姓は、靴を脱いではだしになりました。かがん
でもうすぐ実が入ろうとしている稲をかきわけながら行くと、なんと稲の根本に
野鳥の巣のあとがありました。「おい、オレの田んぼで巣まで作っていたんか
ぁ!」とびっくり。しかしこれが音源ではない。
  更に進むと、こんどは突然の人間の闖入にびっくりしたニホンアカガエルが♪
ワラワラゲコゲコと鳴きます。大量にいるヤゴやアカムシを食べにカマキリが優
雅な鎌を太極拳のように振り上げて、人を威嚇します。「北斗の拳」に出てきそ
うなキャラクターだなとお百姓は思いました。


クモは一本の株の上と下で種類が違う


  お百姓が歩くたびにクモの巣がキラキラと朝露をたたえています。俳句もひね
るこのお百姓は、その美しさに惹かれて「朝露のきらめきたつやわが稲穂」(←
字余り)と即興でひねりながらあらためてクモの巣を見ると、これが何種類もい
るのですね。稲の株もとには水面をスイスイと泳ぐことの出来る種類のクモが住
んでいます。コモリグモの種類です。コイツは人相、いや虫相は凶悪なのですが、
イネアオムシなどの害虫をバクついてくれる可愛くない顔をした可愛いヤツで
す。
  株の中間から上のクモは悠然と隣の稲に巣をはってじっとしています。どうも
コイツは隣の株と行き来しているようです。稲の葉先を折り紙細工のように折り
畳んで巣を作る器用なナカムラオニグモもいました。お、と思うまもなく、一匹
のちいさなクモが巣ごと朝の風に流されて飛んでいってしまいました。まるで魔
法の絨毯にのった魔法使いのようです。クモはあわてる風もありません。風の旅
を楽しんででいるようです。「クモのくせにカッコいいじゃないか」と消防団の
集団旅行しか知らないお百姓はクモの気ままな旅がうらやましくなりました。
  気持ちがよくなって思わず、好きな奥田民生の「股旅」をつい鼻唄でうなりだ
してしまいました。♪さすらおう、この地球をぉ、ころがりつづけて唄うよ旅路
の唄をぉ。いやいい朝だ。お百姓はなおも稲の森を抜けて進みます。


ヤゴがたくさんいたら秋には赤とんぼの大群が見られる


  赤とんぼの幼虫のヤゴがたくさんいるところに出ました。このお百姓もちょっ
と前まではヤゴを知らなかったのです。初めは「うわ~、また害虫だぁ!」と手
でとったりしていたのですが、これがあの秋の風物詩赤とんぼの幼虫ヤゴでした。
このヤゴはアカムシやイトミミズを食糧にしているのです。ですから逆に言えば、
ヤゴがいれば、たくさんのイトミミズが生息しているということになります。

  前にお百姓はどのくらいイトミミズがいるか調べてみたことを思い出しまし
た。2リットル入りのペットボトルの上をかっとばしてその中に田んぼの土を入
れます。はじめ2日間ほどはなんともない単なる泥にみえたのですが、3日めあ
たりからムニュムニュとイトミミズのお尻が見えだしたのです。「これが、イト
ミミズかぁ」と感激してそのペットポトルに触ったやいなや、そのイトミミズの
群れは一瞬で泥に潜ってしまいました。
  1週間ほどするとイトミミズが糞をするところにもでくわしました。ほんとう
に繊細で微小な粒子です。このイトミミズは土中生物でももっとも大型のもので
す。この微小な糞が田んぼの泥の下に蓄積していくと、この微小な糞を食べる動
物性微生物の食糧となり、更にその糞が植物性の微生物の食となっていくといい
ます。ね、わかるでしょう、これが食物連鎖というやつです。


田んぼのトロトロの粘土層を作るイトミミズ


  このお百姓はイトミミズ様(もう、様づけになっています)の偉業を勉強した
ことがありました。イトミミズ様は「エコロジーとデクノロジー」(岩波新書)
によると、面白いことをなさいます。頭を粘土の中に没して、パクパクとさきほ
どのプランクトンや有機物をお食べになります。一方、お尻を水面にお出しにな
ってプリッとかわいいウンチョをしたり、空気を取り込んだりなさっているので
す。え、お尻の穴から空気を吸うかって。オナラの間違いじゃないかって。まっ
たくもう、ミミズ様は単孔類ですよ。空気が出るも入るも自由自在。しかもこの
ウンチョには可溶性のリンがたっぷり入っていて、土を富ませ、かのにっくきコ
ナギという稲の敵の種も埋めてくれることがわかっています。
このイトミミズはどのくらいいるのでしょうか?10アールあたりざっと20
0万匹はいるそうです。ただし化学農薬をつかわなければのはなしですが。
ニホンアカガエルの胃の中をみてみよう

お百姓の鼻先にケコケコとニホンアカガエルが飛び出してきました。実は同じ
カエルでもトウキョウダルマガエルやニホンエカガエルは畦やその近くの草の
中が好きなのです。一方、おなじみのアマガエルは水田の中で水に浸って生きて
います。好きな場所が違うと生態も少し違うそうです。
  このニホンアカガエルのおなかの中を調べたデーター(宮城県農業試験場)が
あったことをお百姓は思い出しました。それによると井の中のカワズ、じゃなか
ったカワズのなかの胃にはイネアオムシ、アブラムシ、ヒメトビウンカなど稲の
害虫をしっかり食してくれていたのです。おまけにアカガエルは稲の茎をクライ
ミングして茎の途中についている害虫もパックリしてくれるのです。なんてマメ
な奴だぁ、お前は!お百姓はふみつぶしそうになったアカガエルをそっとよけま
した。しかし、あの「シーシー」(レモン♪と続けてしまいそう)の音はいった
いなんなのでしょう?


歌声の先には水の取り入れ口が


  気のせいかだんだん「しーしー」という音がおおきくなってくるようです。入
水口があるあたりです。その窪みにいたのは!(音楽高まる)タニシでした。な
んだ、タニシか。でもこのナンダが大変なんだ。今のニホンの田んぼでたタニシ
やドジョウがいる田んぼは希少価値です。
  ひと昔まえまでの田んぼでは、お百姓は草取りのかえりにタニシを集め、夕餉
の味噌汁にしたものです。ダシをいれなくてもほんとうに滋味あふれるいいお汁
が飲めたものです。ドジョウはツトという一方から入ると出られなくなる竹細工
の仕掛けを作って夜にしかけて朝に見に行くと、ウジャウジャとありがたみがな
いほど採れたものでした。

  お百姓もガキだった頃、近所の悪ガキたちと夜にこのツトをしかけに行って、
帰りの駄賃にスイカをくすねそこなって、源ジイ(しぶとく90歳で存命)にポ
カポカやられたことを思い出しました。そうだ、あのジジイにドジョウでも採っ
ていってやるかとお百姓は思いました。田んぼの隅に捨てた風呂桶を埋めてやる
と、秋に田んぼの水を落とした時にドジョウがわれもわれもと入り込んでドジョ
ウ風呂になることを思い出したからです。

                (筆者は茨城県有機農業推進フォーラム代表)

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