■ 【エッセイ】~ゆれる移民の国アメリカ~ 

1.プロローグ  アメリカ移民の起源 武田 尚子
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  「いったいピルグリム・ファーザーズは移民と呼べるのかしら?」と私が質問
したとき、サンクスギヴィング・デイの晩餐のあと、くつろいでいた数人の友た
ちは、まず笑い出した。それから、レオが言った。「うん、それはいい質問だ。
考えてみよう。」
  「移民というのは一つの国から別の国に移って定住する者のことだと思うが、
まずこの定義はどうだろう?」弁護士らしい彼の発言に、誰も反対はしなかった。

 「ピルグリム・ファーザーズ以前に、すでにヴァージニアにイギリスのコロニ
ーが存在したのだから、自分の国から自分の国へ行くようなものだ。ピルグリム
・ファーザーズは移民とはいえないね。」とロバートが言う。 

 「彼らが入植したのはヴァージニアではなくてマサチューセッツでしょう。コ
ロニーはなくてもイギリスの領土なの?」ときいたのはジョエルだ。

 「探検船をだして、誰も所有していない土地にコロニーを作ることに女王の特
許状が出ていた。だからヴァージニアと関係なく、マサチューセッツのコロニー
が確立された時点でそこはイギリスの領土だと思うよ。」とふたたびレオ。

 「それとコロニーは永続しなくては入植者の国の領土にはならないよな。ロア
ノークのように、せっかくでき上がっても消え去ったコロニーもあるわけだから。」
とデヴィッド。 

 「知ってるでしょう、尚子?」とロバートが私に問いかける。奥さんによる
と、彼は大学教授になるべき人だったので、教えてくれたくてうずうずしている
のである。
  「失われたコロニーとか幻のコロニーとか読んだことはあるけどよくは知らな
いわ。教えてください」 
  「エリザベス女王の時代に、英王室が新世界にコロニーを作らせようとした。
一五八四年のことだ。それを最初に組織したのがサー・ウオルター・ローリーだ。
ラーレイといったほうがわかりやすいかな。」
  「まあ。あの、女王の歩かれる道に水溜りがあったので、自分の赤いマンとを
投げてお通ししたというあの人?」
 
「そうそう、ハンサムな大男で、知力も胆力もあるラーレイは、赤マンと以来
女王のたいへんなお気に入りになったらしい。新世界最初のコロニーは自分が作
ると張り切って、従兄弟のグレンヴィル卿をリーダーに、一〇〇人ばかりの植民
者をつけて船を出させ、ヴァージニア沖のロアノーク島にコロニーを確立した。

インデアンに襲われたり襲い返したりで、苦労は大変なものだったらしいが、グ
レンヴィルは七五人の生存者を残し、食料の補給のためにイギリスに帰った。し
かし、一年以内に食料を準備し、新しい植民者もつれてロアノークに戻ってみる
と、もとの植民者はかき失せてコロニーは見捨てられていた。」
  「どうしたんでしょう?」
 
「たまたま航海の途中に立ち寄ったフランシス.ドレイク卿の大探検隊の船で、
インデアンにおびえ、ひもじさのきわみにいた植民者はみな、イギリスに帰っ
てしまったんだ、食料を準備し、新しい入植者を連れて戻ってきたグレンヴィル
と入れ違いにね。」
  「それから?」
 
  「ラーレイにはコロニーをヴァージニアに移せという女王の命令が出たので、
また人を集め、ジョン・ホワイトをキャプテンとして船を出した。ロアノーク島
に着陸すると、グレンヴィルがその前年につれてきた植民者は一人もいない。
キャプテンはまたイギリスに引き返し、食料を持って三年後にいってみるとロア
ノークのコロニー自体が跡形もなくなっていた。」
  「なんらかの形跡は残っていたでしょうに。」
 
「CROATAN という標識が残されていた。移動するときは標識を残せと
いう約束だったので、この島にみな移ったらしいと、ホワイトたちを初め散々探
しまくったが、結局この島は今日に至るまで見つからずじまい。おそらく移動の
途中でインデアンに襲われ、男は殺され女は部族に吸収されたという型どおりの
ことが起ったのだろうといわれている。ここのところの歴史はまたぜひゆっくり
と読んでごらんなさい。」彼はまた私に向っていう。
 
  「ラーレイの事業は失敗したが、彼は北アメリカに最初の英国のコロニーを作
るために忍耐強い努力をしたことでよく知られ、尊敬されている。詩も書くし、
多才な男だった。だが女王の寵愛がほかに移ってからは、ラーレイはコロニーの
失敗を理由に投獄された。最後は謀反の罪をきせられてジェームズ一世に首をは
ねられている。この話は芝居にもなっているくらいだ。」ロバートは一息ついて
みなを見回した。
 
  「まあひどい王様!」思わず私は声をあげる。
  「そうだ、ひどい。だけどヘンリー.ソーローがラーレイのことを、偉大な資
質を持ちながら、それを存分に発揮できなかった挫折した英雄だと書いている。
アメリカ人もこうした人格をみならってほしいとね。」とレオがこれをしめくく
る。
 
  「面白い話だよね。ロアノークの失敗の後、ヴァージニアのジェームズタウン
に、新世界始めてのイギリスのコロニーが生まれて、これは永続的な植民地にな
った。このコロニーについても、ポカホンタスというインデアンのお姫様とヴァ
ージニアの入植に貢献したジョン・スミスとの恋物語や、後に彼女がロルフとい
う、アメリカのタバコ栽培の口火を切った成功者と結婚して、イギリスの宮廷で
も尊敬されたとか、受ける話がいろいろあるね」と話を継いだのはドイツ人のジ
ュリアンだ。
 
  「アメリカの歴史のなかでも、とってもロマンチックな部分よね。だけどスミ
スがヴァージニアにいたころポカホンタスは十二歳だったというからほんとに恋
があったのかどうかはわからないけど...」とジョエルが口をはさむ。
 
  ヴァージニア植民地を描いた映画で見たポカホンタスの優雅な姿が脳裏にひら
めく。族長の多数のミストレスの一人が産んだ娘で、正統の王女ではなかったと
いわれる。しかし族長最高のお気に入りで、イギリスの宮廷を魅了したポカホン
タスは、生まれつきの高貴を感じさせる人だったにちがいない。私は想像の中
で、素朴さと理知と美と気品に恵まれた女性としてポカホンタスを思い描いていた。
 
  その後、ロアノークの植民者が移動したと思われるクロアタンの住人の子孫と
目される人たちが、三〇〇年後の一八九一年に英語を使い、キリスト教を信じて
いたと、ステファン・ウイークスという人が記していることを読んだが、異論も
あり、確実な所はわからない。しかしジェームズタウンを中心に、今日のアメリ
カにはポカホンタスの子孫が現在もかなりいて、彼女との血縁を誇っているとい
う。

 「話は尽きないが、ここらでまとめようじゃないか。ピルグリム・ファーザー
ズに関する限り、彼らは一万二千年もここに根付いていたインデアンの居住地に
移り住んだ。だがインデアンは定義できるような国も法律ももっていなかったの
だから、ピルグリム・ファーザーズは移民じゃないとはっきりしたね。少なくと
も初代の入植者はプランターズかセトラーズと呼ぶんだろうな。」とデヴィッド。

 「一つの国が生まれるためには、どこだって先住民と戦って土地を奪ってるわ
けだが、たいていは遠い歴史のかなたの神話や伝説になって、陰惨な部分はかす
んでしまっている。アメリカは新しい国だから、やってきたよいこと悪いこと、
みな白日の光のもとだ。つらいところでもあるね。」とレオはいって立ち上が
り、ジョエルが続く。たまたま出た話題ではあったが、サンクス・ギヴィング・
デイにふさわしい移民談義で、楽しかった夕べは散会になった。
 
  思いがけず、さまざまな意見が出たところを見ると、「移民の国アメリカ」の
移民の起源自体に、ひょっとすると広い合意はないのかもしれない。実は私は、
ピルグリム・ファーザーズは、今で言う非合法移民ではないかと疑っていたので
ある。どうやらこの席では、そうではないという結論になった。しかし、以来四
〇〇年近くを経て、激増する密入国者にゆれる現代のアメリカにとっての移民問
題を、もっと正確に知りたいという思いは募った。

 次章「あるウエットバックの冒険」は、筆者に親しく語られた一友人の、アメ
リカ密入国体験である。

       (筆者は米国ニュージャーシー州在住・翻訳家)    

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