【コラム】

フォーカス:インド・南アジア(10)

福永 正明


 アイシン精機(本社:愛知県刈谷市、東証1部、トヨタグループの自動車部品メーカー、連結売上高約3.2兆円)グループのインド現地会社工場で、大規模な労働争議勃発している。
 争議が発生したのは、ハリヤナ(Haryana)州ロータック(Rohtak)工業団地(Industrial Model Township, IMT)にある株式会社アドヴィックスのインド現地子会社‘ADVICS North India Private Limited’の工場。同工場は、2012年に設置され、自動車用ブレーキ部品の生産の生産する。2012年のインド現地会社設立時の売上規模予測は、2016年度見込み約11億ルピー(約18億円)とされていた(アイシン精機のサイトより http://www.aisin.co.jp/news/2012/009576.html)。
 5月31日、工場正門前において、425人(35人の女性を含む)の同社労働者にハリヤナ州警察の武装機動隊によるラティ・チャージ(1.5メートルのこん棒による規制殴打)が行われ、インド刑法の基本である「Indian Penal Code, 1860」のさまざまな罪状により逮捕された。

 労働者たちは、会社側による「20人の労働者解雇」への抗議と復職要求のため、5月3日から座り込みを継続していた。アイシン精機は、インドにおける最大の自動車会社であり、日本のスズキの子会社であるマルティ(Marti)社、ホンダ、トヨタなどインド進出の日本企業への部品供給会社であり、ドアーロック、ドアー蝶番、その他を製造していた。

 同工場には、800人の労働者が雇用され、340人が正規雇用(permanent)、約170人が訓練員(trainee)であった。正規従業員の月報酬9,600ルピー(1ルピーは、1.71円)、訓練員は6,800-7,200ルピーの給与であった。現地の物価相場としては、1リットルのペットボトル入りミネラルウォーターが50~70ルピー、市内地下鉄運賃は20~30ルピー程度であり、ハリヤナ州の工場地域周辺の居住費・生鮮食料品代なども高額である。すると、低賃金での雇用であることが明らかとなろう。
 低賃金の問題だけでなく、過酷な労働時間、休暇や休憩時間の取得、上司による労働者への強圧的態度などの問題もあり、労働者たちは不満を強めていた。そして2017年3月から労働組合を結成する動きがはじまり、4月に法規で定められた「労働組合結成届」を関係官庁に提出した。

 労働者側によれば、組合結成の動きに対して経営側は攻撃の準備を進め、労働者たちが座り込みを開始した5月3日以前には、新規の労働者の採用で対応していたとされる。
 5月3日、会社手配の通勤バスは運休とされ、労働者たちが自分たちで何とか会社に到着した後、女性5人を含む20人の労働者が契約打ち切りとなり解雇された。他の労働者に対しては、労働組合関連の活動を厳しく制限する労働条件書の承諾が津強く求められた。これに対して労働者は同文書への署名を拒否し、会社側は事実上のロックアウトを開始した。
 その時以来、労働者は工場の入口門の前に座り込みを続けた。しかも会社側の請求により、裁判所は指導的立場の労働者7人に工場門から400メートル以内の立ち入りを禁止した。

 争議に参加した労働者たちの半数は、近隣村落地域からの出身者であり、かれらは地元での情宣活動をはじめた。さらにロータック地域ではアジアペイント(Asia Paints、インドのムンバイに本社を置く、多国籍塗料会社)の労働組合、その他の労働者組織などだけでなく、マルチ社、ホンダ、ダイキン工業など、ハリヤナ州内の周辺工業地域(グルガオン、マネサール、バワール、ニームナラ)などでも、労働者たちが連帯の声を上げた。
 労働者たちはロータック市内でのデモ行進を行い、特に5月23日には大規模なデモ行進が行われた。そして、ハンガーストライキを開始し、要求実現までの無期限ハンガーストライキとして、公正なる労働環境を会社側に強く求めた。北インドの5月は酷暑期であり、多くの労働者たちが熱波のため体調を崩して病院へ搬送された。

 これに対して会社側は、新規採用の契約労働者を活用した工場操業を進めたが、かれらは工場敷地内だけで働き、食事、居住させられる条件であった。さらには労働組合から労働局へ提出された「労働組合結成届」は、理由も明示されないまま「却下」された。
 そして、5月31日に労働者たちが工場入口門を座り込みで封鎖していた時、非常に多数の武装警官隊が導入され暴力的排除、逮捕を強行した。県行政長官により、女性労働者たちの多くは6月2日には仮釈放が認められ、3日には多くの労働者たちが仮釈放された。だが工場周辺は緊張した状態が続いており、会社側は裁判所より工場入口門の300メートル以内への立ち入り禁止命令を得ている。

 既に報告したマルティ社の労働争議は、裁判が継続している。日本の自動車企業は、いずれも厳しい労働争議を経験してきた。それは、インドが「低賃金、劣悪な条件での雇用」が魅力とされていることも明らかであろう。
 日本貿易機構(ジェトロ)が公式に刊行した調査報告書では、「ストライキの首謀者は当然解雇させるが、団地内、日系企業間でブラックリストに乗せて情報の共有化を図ることも重要である。」と記述がある。
 つまり、労働者の権利や人権をまったく認めず、利益を最大限追求するための海外進出を促進を日本政府、財界が続けていることが最大の問題である(第4論文、岩瀬義廣(有限会社エス・オー・エス・ネット顧問)「インドの行政手続き」、『中小企業のインド進出を考える~インド事業環境研究会報告書』、2012年3月。https://www.jetro.go.jp/ext_images/jfile/report/07000855/reports.pdf)。

 人として認められるべき人権、労働者の基本的権利は、どのような国においても必ず尊重されなければならない。こうした人権蹂躙が、日印関係を破壊していくことに思いを致すことができない経営者たちは、いずれインドから逃散するしかないであろう。
 インドの労働者たちは、「日本」への認識を変えつつ、必死に闘いを続けている。

 (岐阜女子大学南アジア研究センター・センター長補佐)

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