■バイオ燃料の明暗             富田 昌宏

  • 世界で穀物奪い合い - [#k20fcd4d]
    ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 『オルタ』42号を今井正敏先生にお送りしたところ、懇切なお手紙をいただ
いた。お手紙の前後の部分を省略して、先号で私が書いた「コメ(米)からエタ
ノール」の記述への評価の部分を紙上で再録してみる。

 <「コメからエタノール」の玉稿を執筆されておられましたが、NHK「クロ
ーズアップ現代」に出演された(この番組は小生も見ました)両角教授が富田先
生のイトコにあたられる方であるということを知ってびっくりいたしました。
 それにしてもバイオエタノール燃料の問題は世界第2位の石油消費国にのし
あがってきた中国の今後の動きとあわせて世界的に大きな問題になってくると
思われますので、この問題の動きには、小生も大いに関心を寄せていきたいと思
っております。先生の研究の深化と運動の推進に期待いたしたいと思います。>

 読者の中には今井先生と同様に、この問題を重視しておられる方も多いと思わ
れますので、マスコミなどの報道を手がかりに、世界の動向を要点だけご報告し、
参考の一助にさせていただくことにする。従って「人と思想」は今月もお休みで
す。ご寛容下さい。


● バイオ燃料で明暗


 バイオ燃料の導入が世界中で過熱している。世界最大のバイオエタノール生産
国、米国では、中西部のトウモロコシ産地でエタノール生産工場の建設ラッシュ
が続く。数年以内に需要は倍増する勢い。ブラジルはエタノール輸出が有望と見
込み、主原料のサトウキビの拡大を急ぐ。中国、欧州も巻き込み、農地から″油
田″への転換が世界中で加速する。しわ寄せを受けて、世界中で食料品の価格上
昇が目立ち始めた。


●  農地の″油田化″進む(ブーム)


 バイオエタノール生産は米国とブラジルが世界の7割を占める。米国は200
1年からの5年で生産量を倍増(1621万キロリットル)、初めて世界のトッ
プに立った。燃料向けの税金の減免などの支援を追い風にして、バイオエタノー
ル生産の急成長にブレーキはかからない。ブッシュ大統領自身が旗振り役を務め
る。現在稼働する114(7年3月時点)の工場に加え87工場がすでに建設拡
張中。エタノールの生産能力は2年以内に倍増する。
 トウモロコシ相場は、不作による高騰を除けば、30年以上にわたって安値の
時代が続いた。アイオワ州立大学の研究グループは最近、しばらくトウモロコシ
価格の高騰状態は持続する(ハート教授)との報告を発表した。
 
穀物事情に詳しい米フィートスタッフ誌のマーヘッド編集長は「(不作など 
の)
供給が理由ではなくて、需要面で価格が上昇しているのが今のトウモロコシ相場
の特徴。その分、価格が下がりにくい構造だ」と説明する。アイオワ州の1エー
カー(0.4ヘクタール)当たりの農地小作価格は、1年前より13ドル上昇し
150ドルに達した。農家の生産意欲の強まりを反映したものである。
 米農務省の発表した今年の主要穀物の作付面積報告で、大豆の面積が当初予想
した以上に減少したとの推計が示されたことで、シカゴ商品取引所の大豆先物相
場は急騰し、一時値幅いっぱいの6%高になった。ガソリンの代替燃料になるエ
タノールの需要拡大に伴い、主原料となるトウモロコシの作付面積が予想以上に
増えたことが背景で、エタノールブームによる世界の穀物需要への影響が拡大し
始めている。
 報告によると、トウモロコシの作付面積は前年比19%63年ぶりの高水準に
なる。これに対し大豆の面積は同15%減少し、12年ぶりの低水準に落ち込む。
作付けを大豆からトウモロコシに切り換えた農家が予想以上に多く、同省の3月
時点での予想に比べ、トウモロコシは大幅に上方修正、大豆は大幅に下方修正さ
れた。


●   迫る環境問題後押し(うねり)


 ブラジルはガソリンへのバイオエタノールの23%混合を全国で義務化し、一
部ではバイオエタノール100%の使用も広がる。ルラ大統領は「牧草地の活用
などでバイオ燃料と農産物は両立できる」と今後の増産にも意欲的だという。主
原料のサトウキビの栽培面積は約620万ヘクタール(05年)で国土の1%に
過ぎず、生産拡大の余力が高いと強調する。
 中国の温家宝首相は4月末、北京で開いた節能減排(エネルギーの節約と汚染
排気物の縮減)の全国テレビ電話会議で「(中国の)エネルギー・環境問題は依
然として厳しい、再生可能なエネルギーの開発・利用を急ぐべきだ」と地方政府
に、危機感を持って取り組むことを呼び掛けた。
 経済成長が続く中国は2010年まで、国中総生産当たりのエネルギー使用を
20%減らし、汚染排気物量を10%減らすことを目標としている。06年には、
それぞれ4%、2%減の目標を立てた。しかし、その目標の半分も実現していな
い。
 同国政府は環境改善に向けて法律の整備や、投資を行う方針で、バイオエタノ
ールの推進もその一つ。10年までの「バイオエタノールおよび車用混合石油の
発展計画」の作成を急いでいる。
 バイオ燃料へのうねりはエタノールにとどまらない。欧州を中心に菜種油を使
ったバイオディーゼル燃料(BDF)も急増している。伝統的に食料供給を担っ
てきた農業のスタイルが、世界中で大きく変わり始めている。


●  飼料、食料価格、上昇止まらず(しわ寄せ)


 日本の飲料メーカーは相次いでオレンジジュースの1、2割の値上げを決めた。
「ブラジルがオレンジからサトウキビへの転作を進めている」ため、供給量が減
ったことが原因。
 マヨネーズ最大手のキューピーは12年ぶりに6月1日から約10%値上げ
をすると発表。12年前と比べると、食料油価格は1.5倍。同社は「企業努力
では吸収できない」と判断した。
 トウモロコシ価格上昇による悪影響は、わが国の畜産農家へもじわりと広がっ
てきた。
 JA全農の配合飼料価格は昨年の10~12月期から3期連続で上昇してい
る。
 円安も手伝って、食料の輸入価格の上昇傾向に歯止めがかかりそうにない。


● 食料輸入国に脅威  ─市場開放はするな─
地球政策研究所レスター・ブラウン所長に聞く


 ここで食料輸入国日本はどうするのか。実は米国の地球政策研究所のレスタ
ー・ブラウン所長に、ワシントンの事務所で日本農業新聞のインタビューに応じ
た記事があるので、参考までにその要旨を掲載する。所長は、食料を原料とした
エタノール生産は市場原理に乗って急拡大し、世界の穀物需給がきわめて不安定
になっていると警告。日本などの輸入国は食糧の安全保障を一層重視すべきだと
強調した。(以下インタビュー要旨)

 ─最近のエタノールブームが世界の食料需給に影響を与えているが。
 「世界のパンかご」とされてきた米国の穀倉地帯が「世界のエネルギー源」に
転換中だ。食料経済とエネルギー経済は別々のものだが、現在では両者が統合さ
れている。石油価格の高騰に引きずられて、穀倉地帯でエタノール工場が数多く
建設されている。トウモロコシ価格は1年半の間に2倍に跳ね上がった。 5月
10日現在で、米国には64億ガロン(2430万キロリットル)分の能力を持
つ工場が建設中だ。稼働中の工場の能力が61億ガロンを上回り、今でも2割近
いトウモロコシがエタノール生産に振り向けられているが、2年以内にその量は
倍増する見込みだ。需要が急速に拡大し、米国のトウモロコシ生産者は、自分た
ちが世界のトウモロコシ貿易の7割を支えているという現実を考える必要がな
くなってきた。

 ─すでにトウモロコシの輸入国で価格上昇のしわ寄せが出ている。
 世界中で食糧価格が上昇している。中でもメキシコで大きな影響が出ている。
日本ではトウモロコシは主に家畜飼料だが、メキシコではトウモロコシ粉を原料
にしたトルティーヤが食生活の中心。そのトルティーヤが米国からの輸入価格の
高騰に直撃されて6割も値上がりしてしまった。低所得者の家計を直撃し、数週
間前には大規模な抗議デモが行われた。
 世界の穀物在庫が歴史的に低い水準にある中で、エタノール生産に急速な拡大
が始まったことを忘れてはいけない。過去7年の中で6年、世界の穀物生産量は
需要を下回り、在庫が減っている。世界の食糧需給はきわめて微妙なバランスの
上に立っている。

 ─食糧価格はこれからも上昇するのか。
 いったん、トウモロコシ価格が上昇したら、すぐにその他の穀物に飛び火する
構造がある。20億人の世界不足の人たちへの影響は深刻だ。単純に食料や経済
だけではなく政治問題となって、ナイジェリア、インドネシア、エジプトなど食
料輸入国で混乱を招くだろう。

 ─日本をはじめ、食料輸入国の農業者は何をなすべきか。
 穀物を原料としたエタノールの増産は石油の安全保障を拡大するという目的
で行われているが、食料の安全保障を危うくしている。もし、私が仮に輸入国だ
としたら、食糧自給率を維持することに全力を挙げるだろう。日本は食料の自給
率を下げない努力が必要だ。特に農家が米の生産を維持することが大切だと思う。
 エタノールはすでに政府の手を離れて市場原理によって動き始めた。石油価格
上昇で利益が増えれば穀物はどんどんエタノール生産に回る。穀物価格の高騰は、
今年かもしれないし、来年かもしれないが、必ず来るだろう。

─米政府は日本に一層の農産物市場の開放を迫っているが。
 日本は市場開放をするべきではない。米政府は決して日本の食料安全保障のこ
とまで考えてはくれない。かつて(自国の事情で)大豆の禁輸をした経験が米政
府にはある。
 =日本各地で小規模ながらバイオの取り組みが始まっているが、また折を見て
報告をしたい。
(筆者は栃木県大平町稲作農業者)

                                                    目次へ