【オルタの視点】

ドイツ連邦議会選挙の結果を読む

前島 巖


◆◆ はじめに

 9月24日に行われたドイツ連邦議会(下院)選挙はメルケル首相率いる現内閣の連立与党、キリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)と社会民主党(SPD)の2大政党がともに議席数を大幅に減らし、「反移民」、「反イスラム」を掲げる新興右翼政党「ドイツのための選択肢」(AfD)が国会に初めて進出し、第3党に躍進したことは大きな驚きであった。

 社会民主党はこの選挙結果を受けて、いち早くキリスト教民主・社会同盟との大連立を解消すると表明した。新たにどのような組み合わせの連立政権が成立するか、様々な議論がおこなわれているが、最も可能性のある連立組み合わせはキリスト教民主・社会同盟と、議会に復帰した中小企業寄りリベラル政党の自由民主党(FDP)、それに環境政党の緑の党による3党連立と見られている。それぞれの党のシンボルカラー黒・黄・緑にちなんで、この3党連立は「ジャマイカ連立」と呼ばれているが、連立交渉は極めて困難が予想され、少なくとも今年一杯はかかりそうである。場合によれば交渉は越年するかもしれないとも見られている。

 ドイツにどのような政権が生まれるか、またドイツの政治がどのような方向に向かうかは、EU圏の経済を牽引し、フランスとともにEUを主導する大国になったドイツ故に大いに注目されるところである。ドイツのみでなく、フランス、オランダ、オーストリア、イタリアなどでも反移民・ポピュリスト政党が勢力を伸ばしている現状も考慮しながら、今回のドイツ連邦議会選挙の結果について考察する。

◆◆ 選挙結果の概要

 まずメルケル首相のキリスト教民主・社会同盟の得票率は前回選挙(2013年)の得票率41.5%から今回は33%へと8.5%減り、議席数では前回の311議席から246議席へと65議席も減らした。もう一つの連立与党の社会民主党は前回得票率25.7%から20.5%へと得票率を5.2%減らし、議席数では192議席から153議席へと39議席減らした。

 大躍進を遂げ、かつ議会第3党となった「ドイツのための選択肢」は、前回は得票率4.7%で、国会議席獲得の最低条件5%のハードルを越えられず、国会議席はゼロだったが、今回は12.6%を獲得し、7.9%も得票を伸ばして94議席を獲得した。自由民主党は前回得票率4.8%で、同様に5%ハードルを超えられずに国会の議席を失っていたが、今回は10.7%獲得して得票率を5.9%伸ばし、80議席を獲得して国会へ復帰した。左翼党(Linke)の前回得票率は8.6%、今回は9.2%で得票率を0.6%伸ばし、議席数を64から69へ増やした。緑の党(国会の会派は「同盟90/緑の党」)は前回得票率8.4%、今回は8.9%で得票率を0.5%伸ばし、議席数を63から67へ増やした。

 この結果、連邦議会の総議席数は709議席となり、その過半数は355議席だが、単独で過半数を獲得した政党はなく、また社会民主党がいち早くキリスト教民主・社会同盟との大連立を解消すると表明したので、メルケル氏はその他の党との連立を考えざるを得なくなった。過去にキリスト教民主・社会同盟が連立を組んだことのある自由民主党だけとの2党連立では過半数に足りず、最低もう一党を加えなくてはならなくなった。

 他方、メルケル氏は反移民・反イスラムの党「ドイツのための選択肢」、そして旧東ドイツの社会主義統一党(共産党)に根を持つ「左派党」とは連立しないと表明しているので、残るは「同盟90/緑の党」のみが連立対象となる。しかしキリスト教民主・社会同盟、自由民主党、「同盟90/緑の党」の3党連立、いわゆる「ジャマイカ連立」の交渉は、それぞれの党の政策の違いから困難が予想され、長引くだろうと見られている。もしもこの3党間の連立交渉が行き詰まれば、再び大連立にもどるか、または社会民主党を中心にした他の組み合わせか、または選挙のやり直しもあり得る。

 メルケル氏は新政権樹立へのまず第一歩として、自会派内部のキリスト教社会同盟(バイエルン州の部分)に対し移民・難民政策について譲歩し、今後は難民受け入れを年間上限20万人とすることで折り合いをつけたと報じられている。他の党との連立交渉はこれからである。

◆◆ 選挙結果をどう読むか

① 難民受け入れ問題
 政権与党のキリスト教民主・社会同盟と社会民主党の2大政党がともに大幅に議席を減らした第一の原因は何と言っても移民・難民の受け入れ問題であろう。
 ドイツへの難民申請は2010年頃から増え続け、2014年は約20万人、2015年は約48万人、2016年は約76万人と急増したが、メルケル首相は受入れ数に上限を設けないとして、これまでに100万人以上を受け入れてきた。しかしメルケル首相のこの方針に対して国内に当然批判や反発は強く、これが今回の連立与党の大幅議席減、そして反移民・難民を掲げる「ドイツのための選択肢」の第3党への大躍進の主たる原因となったことは否定できない。

 しかし反移民・難民を掲げるポピュリスト政党の躍進はドイツに限ったことではなく、フランスの国民戦線(FN)、オランダの自由党(PVV)、オーストリアの自由党、イタリアの北部同盟や「五つ星運動」などヨーロッパの多くの国で同様の現象が起きているし、また既にアメリカにはメキシコ国境に壁を築くと主張しているトランプ政権が生まれている。

 こうした現象を考えると、今回のドイツの選挙結果はドイツの国内事情だけに限られない、もっと大きな原因、少なくとも先進国に共通する原因があると考えた方が良い。
 ドイツではメルケル首相が難民受け入れに寛大であった分だけ政権政党への逆風も大きかったし、また反難民・反イスラムを掲げる「ドイツのための選択肢」の躍進もあったが、多くの先進国に共通のもっと大きな原因もあると考えるべきだろう。

② 政治、経済、社会の急激な変化に対応できない既成政党
 では先進国に共通する大きな原因とは何か。
 それは急激な政治、経済、社会の変化に先進諸国の既成政党の多くが対応しきれていないという問題である。既成政党が対応できていないところや、または対応が遅れている間隙を狙って新しいポピュリスト政党が生まれ、国民の不満や不安を取り込んで躍進している。
 今日の世界は政治的、経済的、社会的に激変している。まず世界中で地域紛争が多発している。東西対立が終わった後に、新たに世界のあちこちで部族間、民族間、人種間、宗教間の対立や紛争、そして領土をめぐる紛争が起きている。こうした地域紛争によって夥しい数の難民が発生している。その難民の多くがヨーロッパ諸国やアメリカへ向かっている。難民の中には経済移民も多く含まれているが、真の難民と経済移民とを明確に区別するのは大抵の場合非常に難しい。(経済移民はインターネットの発達によって促進されている側面もある。)

 経済はグローバル化、金融経済化、そしてIT革命が急速に進んでいる。IT技術の急速な進展は伝統的な技能や技術を陳腐化させ、人間がロボットや自動装置に取って代わられつつある。少し前まで誇りと尊厳をもって働いてきた技能者や技術者が急に失業している。技能や技術だけではなく、企業や産業自体も盛衰が激しい。企業はこうした急激な環境変化の下で正規雇用者を減らし、できるだけ非正規雇用に切り換えようとしている。先進諸国ではどこでも非正規雇用者が全雇用者の3割から4割になっている。

 経済全体の金融経済化も著しい。巨額の金がキーボードの操作一つで一瞬にして世界を駆け巡る。普通の庶民生活でも金融知識のある者と無い者とでは貧富の差が生じる。そうした状況下で貧富の格差が拡大し、絶対的貧困層も増大している。企業も勝ち組と負け組が生まれ、急拡大する企業があれば敗れ去る企業もある。国家も経済的に破綻する国家が生まれている。

 社会的には、主として経済的原因に起因する社会的格差が拡大している。伝統的中間層に多くの没落者が生まれつつある。そして地域コミュニティーも崩壊してゆく。教育にも格差が生まれ、それによって社会階層格差が固定化されてゆく。

 人々はこうした状況下で日々大きな不安と不満を抱えながら生活している。
 しかし既成政党の多くはこうした政治、経済、社会の急激な変化に対応しきれていない。新自由主義を掲げる政党は格差の拡大を当然視するし、他の多くの既成政党は既得権に安住している。改革を目指す政党には民主主義の手続きは時間がかかる。加えて予算不足のハードルがある。その結果必要な対策でさえも後回しにされ、時には放棄され、人々の不満と不安は増大するばかりである。

 憲法で「社会的国家」(Sozialstaat)を標榜しているドイツでさえも、既成政党の対応の失敗や遅さに人々の不満は大きい。特にドイツの場合、伝統的な職業教育を受けて手工業者や、技能者、技術者として誇りをもって生活してきた中間層の人々の多くが失業し、非正規職にしか就けないのは屈辱的にさえ感じられ、彼らの不満や不安は大きい。

③ 人々の不安と不満を取り込む右翼ポピュリスト政党
 こうした人々の不安と不満を取り込むのが新興のポピュリスト政党である。不安と不満を取り込む手段としてポピュリスト政党は都合良い攻撃対象を探し出して、これを不安や不満のはけ口にするのである。その攻撃対象へ人々の不満を向けさせるのが彼らのやり方である。ヨーロッパでは現在の攻撃対象は中東やアフリカから押し寄せる移民・難民であり、イスラム教徒である。今回のドイツの選挙で反移民・難民を掲げる「ドイツのための選択肢」が躍進した背景もこうした構図の中で捉えるべきであろう。

④「ドイツのための選択肢」は極右ネオ・ナチス政党化するか
 「ドイツのための選択肢」は今回大躍進したが、人々の多様な不安や不満を取り込んでいるので将来は内部分裂する要素も孕んでいる。既に選挙後すぐに、それまでの党代表フラウケ・ペトリー女史が他の党幹部のネオ・ナチス的発言に対して、自身は今後院内会派に加わらないと発表している。ドイツ国内には「ドイツのための選択肢」を危険視する意見も強くある。この党は単なる反移民・難民のポピュリスト政党というより、危険な極右ネオ・ナチス政党だと見る意見である。確かにこの党には例えば旧東ドイツを中心にした極右の市民団体「ペギーダ」(「欧州のイスラム化に反対する愛国的欧州人」の意)と繋がっている勢力や、その他のネオ・ナチス勢力と関係ある人々も多く入っていると言われる。ベルリンのホロコースト被害者の追悼碑を批判し「恥のモニュメント」と呼び、若者にもっとドイツの誇るべき歴史を教えるべきだと主張する支部長もいる。外国人や異文化に拒否反応を示すリーダーたちが多い。ネオ・ナチス勢力に同調する発言で憲法擁護庁から監視されている者もいる。

 今後、このドイツ国会第3勢力の党が次第に極右ネオ・ナチス化するならば、ドイツの政治にとってのみならずヨーロッパ全体にも危険であると見る意見である。将来この党は分裂して結局は国会から消え去るのか、または逆に国会内の危険な極右政党となり、ドイツの政治に大きな影響を与えることになるのか注目する必要がある。

⑤ シュレーダー政権時代の労働市場改革とその後遺症
 2005年のメルケル政権誕生以前、社会民主党と緑の党の連立政権時代(シュレーダー首相時代)に労働市場の規制緩和と年金切り下げなどの福祉切り下げが行われた。この改革は当時の社会・労働大臣ハルツ氏の名をとって「ハルツ改革」と呼ばれた。当時の高失業率を引き下げ、国際競争力を強化し、財政赤字を減らすことが狙いだった。しかしこの改革は当時も今も労働者には評判が悪い。この改革以後は社会民主党への支持率は低下する一方である。ドイツの失業率は現在3.7パーセントと低いが、この「ハルツ改革」による失業認定基準の厳格化も失業率低下に寄与していると見られている。失業期間が長引いた場合には、「ハルツ改革」以後は、いわゆる「ミニ・ジョブ」と呼ばれる非正規の簡単な仕事も受けなくてはならなくなった。「自分の職業資格や能力に相当しない」などの理由で提示された非正規の仕事に就くのを拒否することはできなくなった。こうしたことが失業率を下げる一因にもなっている。

 今回の選挙で社会民主党の議席が大幅に減った理由には、シュレーダー政権時代の「ハルツ改革」の今に続く影響もある。現在、フランスのマクロン大統領がこのドイツの労働市場改革に倣ってフランスでも労働市場改革を実施しようとしているが、それによってマクロン大統領への支持率が急落しているとも伝えられている。

⑥ EUへの影響
 ドイツの選挙結果がEUの今後にどのような影響を与えるかは、新政権がまだ成立していないので予測は難しいが、仮に「ジャマイカ連立」が成立するとして次のようなことが考えられる。
 まずこれまでの大連立時代と違い、メルケル氏は閣内の調整に相当のエネルギーを使うことになり、彼女の指導力にも陰りが生ずるだろうと予想できる。メルケル時代の「終わりの始まり」と表現するドイツ国内の評もある。特に石炭・褐炭火力発電所や化石燃料使用の車の認可に反対する緑の党と、政策的に非常に違う自由民主党とを閣内に持つことは、その調整にメルケル氏は苦労するだろうし、難民受け入れ問題についても既に自会派の社会同盟に大幅妥協を強いられた。結果としてメルケル氏のEU内での指導力にも陰りが生ずるだろうと予測される。けれどもメルケル首相の時代がすでに12年も続いてきたので、キリスト教民主・社会同盟内にはEUを主導できる実力ある後継者が育っていないとも言われる。

 独・仏の良好な協力関係が今後も続くとしても、フランスの新大統領マクロン氏の指導力もまだ定着したとは言い難い状況下で、EUの深化はしばらく停滞することが予想される。その上「ドイツのための選択肢」だけでなく、EU各国にも反移民・難民、反EUを叫ぶポピュリスト政党が台頭しているのでEU深化の停滞傾向が一層進むだろう。

 「ドイツのための選択肢」はEUが主権国家の連合体に戻るべきだと主張しており、またドイツがEUやユーロ圏にとどまるべきかどうか国民投票を行うべきだと主張しているので、この党の今後の動向とその影響力にも注目すべきだろう。

 (東海大学名誉教授)

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