■農業は死の床か。再生の時か。

クロピク、それは日本農業の病の象徴である   濱田 幸生

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クロピク、それは日本農業の病の象徴である

  農業はクロロピクリン、通称「クロピク」という殺人兵器を所有している。ひ
とことで説明すれば、毒ガス。実際に第一次大戦でドイツ軍が西部戦線線で使用
し、多くの犠牲者を出した毒ガスを祖先にもつ。
  こんな危険極まりない代物を今でも大量にごくあたりまえのようにして農業は
使用しているということが、おとといバレてしまった。宮崎でこともあろうにク
ロピクを飲んで自殺を図り、自分だけが死ぬならともかく、担ぎ込まれた病院で
54名もの人を巻き添えにするという農家の恥が出たのだ。今、村はこお百姓が
会えばこの話題になる。

  「よく飲めたなぁ~!どうやって飲んだんだっぺぇ。あれを開封して嗅いだだ
けで病院運ばれたカァちゃんがいたしなぁ。マルチから漏れ出して、近所一帯が
避難したこともあったぺよ。車にクロピク持ち込んで窓締めてよぉ、開封したら
1分ももたねぇべぇ。苦しかっぺよ・・・つるかめ、つるかめ」(茨城弁言文一
致体。語尾をやや上げてお読みください)

  そうなのである。今回、医師が吐瀉させた瞬間に治療室にガスが充満し、バタ
バタと人が倒れたことでも分かるようにとてつもない拡散力をもつ猛毒なのだ。
これを何に使っているのか?土壌燻蒸である。土壌燻蒸といっても一般の人には
なんのことだかわからないであろう。燻蒸・・・いぶして蒸し上げるがピンとこ
ないかもしれない。要するに、毒ガスを土壌に強制的に打ち込み、土中に毒ガス
を充満させ、悪い虫を燻しあげ、蒸しあげてテッテイ的に殺すのである。

  これは特殊な技術ではない。いや、それどころかまったく当たり前の農業の防
除暦にしっかりと組み込まれた日常的な作業なのである。ちょうど今時の農村に
いらっしゃれば、トラクターの後ろにマルチ被覆をしながら、シュポシュポとこ
のクロピクを土中に注入している風景がそこここで見られるだろう。

  この作業は大変に危険で、トラクターを運転しているとぉちゃんはいいのだが
、えてして後ろについてクロピクを注入する係のかぁちゃんに被害がでる。うっ
かりとクロピクを嗅ごうものなら、即病院行きである。マスクなど気休めでしか
ない。特に天候が悪く、雲が垂れ込めた陽気だと、ガスが低く溜まるので危ない
。その上、その作業の夜に雨が降り、翌日天気が回復し、高温になろうものなら
、マルチの隙間から一斉にガスが漏れ出し、付近を汚染する。まことにやっかい
な「兵器」なのである。

  クロロピクリンには何種類かあって、効果が強いものからクロロピクリン90
(90は濃度90%の意)、ドロクロール80、DD60。だいたい10アール
で1缶くらいを使用する。農家はこれを土壌セン虫抹殺のために使用するので
ある。土壌セン虫は、土中にある大根や芋の表皮を食い、汚くしてしまう。ま
たヨトウガなどの幼虫が地表に出て、作物を食い荒らすことを恐れているので
ある。

  クロピクを撒けば、ほぼ完全に土壌内のありとあらゆる生物はいったん死に絶
える。なるほど悪玉とされる憎っきせん虫も、ヨトウムシも死ぬ。しかし同時に
、善玉のミミズなどの土壌生物や、無数に存在する土壌微生物群もまた一瞬にし
て絶滅する。かくして、一時的「空白」、真空状態が土中に出現するのだ。

  この土中の真空状態は、抗生物質でクリーニングした状態と酷似している。い
ったん真空状態となった土中は、ガスが切れた数週間後あたりに復活を開始する
。しかし、元のようには決してならない。悪玉のせん虫類のほうが、善玉の微生
物群よりはるかに強力だからである。しかも悪玉は耐性を身につけ、いっそう強
力に再生されている。いやそれどころか、種の危機を一度経験したせん虫類は、
多産になることで自分を防衛しようとさえする。土中の悪玉と善玉がバランスを
とっていた拮抗状態が崩れ、悪玉ばかりが繁栄する土となる。それでは農家は困
るので、次回もまたクロピクを使う、そうするとまた・・・このようなことを悪
循環と呼ぶ。

  日本の土壌は毎日のようにどこかで土中絶滅戦争が行われ、いっそう土を崩壊
させている。百姓だってやりたくはないのだ。その原因は、ただひとつ。虫食い
を極度に嫌がる消費者のエゴが育てた市場にある。クロピク、それは日本の農業
の病の象徴である。
          (筆者は茨城県有機農業推進フォーラム代表)

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