【コラム】
フォーカス:インド・南アジア(21)

インドの核開発計画の焦点

福永 正明


<一>

 南アジアの地域大国インドは、2018年12月24日午前8時30分、国産の核弾頭搭載可能な「大陸間弾道ミサイル(ICBM)」である「アグニ4(Agni-IV)」の発射実験に成功した。この地対地ミサイルは2段式であり、最大射程3,000~4,000キロ、2011年11月の第1回発射から、実験を継続してきた。
 既にインドは、2018年1月18日に中華人民共和国の北部までの全土を含む最大射程5,000キロ以上とされる「アグニ5(Agni-V)」の第5回目の発射実験に成功した(拙稿、「中国を射程に入れるインドのICBM開発が最終段階に」、『アジア時報』2018年3月号参照)。また、最大射程8,000 キロから 12,000 キロとされる「アグニ VI(Agni-VI)」の開発も継続しており、中国全土を射程範囲に入れるICBM開発に取り組んできた。

 昨年1月の「アグニ5」発射実験後、現地メディアは「開発最終段階に到達し、年内に再実験、近い将来に陸上発射型ICBMとして実戦配備の予定」としていた。
 インドの核開発、特に核ミサイル開発に関しては、単発での発射実験ごとが強調される傾向がある。しかし段階的に発展する核兵器搭載ICBM「アグニ計画」として、対中ミサイル戦略の観点から考察することが重要である。

<二>

 インドの「核燃料サイクル」についても、原子力発電所の現在稼働数、建設数、計画数などを単にまとめても動向分析としての意味は少ない。それはインドがトリウム(Th)を活用する「3段階での原子力開発計画(以下、「3段階計画」)」の野望を有するからである。
 インドは1950年代前半、ウラン(U)資源が乏しく、また低品質を理由として、世界第2位の国内豊富なトリウム(Th)資源を活用する「3段階計画」を策定した。以後、核燃料サイクル施設、原子力発電所などは、すべて「3段階計画」に従い原子力開発が進行している。

 第1段階(熱中性子炉サイクル)とは、天然ウランを燃料として利用する重水減速加圧重水冷却炉(PHWR)の建設を行い、民生用電力供給を行う。さらに、使用済み核燃料の再処理により、ウラン238(238U)から核分裂性のプルトニウム239(239Pu)を生産する。
 現在は第2段階(高速炉サイクル)であるとされ、高速増殖原型炉(PFBR)サイクル技術の開発を重点的に進める。PHWR燃料を再処理して回収されるPuと減損ウランを燃料として使う高速増殖炉(Prototype Fast Breeder Reactor、FBR)を建設する。そして、発電するとともに、炉心燃料中の238U から239Puを生産してリサイクルを行う。

 つまりインドにおける現在の核開発事業として最重要であるのは、インディラ・ガンディー原子力研究センター(IGCAR、1971年設立)が研究開発と設計の主体となり、タミール・ナドゥー州カルパッカム(Kalpakkam)のマドラス原子力発電所に建設された高速増殖原型炉(PFBR:50万kWe、タンク型、MOX燃料)の動向である。このPFBRは、インド政府発表によれば「原材料以外は全てインド国産」であるとされ、2004年10月に建設開始、2015年7月に建設完了した。

 さらに、高速中性子炉(ナトリウム冷却高速炉(SFR))サイクルの研究開発も注目される。
 既にインドは、1985年運転開始の高速実験炉(FBTR)を国産技術により設計建設し運転した。またFBTRの使用済燃料(炭化物燃料)を処理する再処理パイロットプラント(CORAL) が2003年から運転中である。
 「3段階計画」の最終となる第3段階(新型重水炉サイクル)では、FBRのブランケット燃料を再処理して回収される233Uと232Thを燃料として使う新型重水炉(AHWR:増殖炉)を建設し発電する。そして炉心燃料中の232Thから233Uを生産してリサイクルを完成することとなる。

 インド原子力委員会は「2020年代に高速炉 実用化、2050年頃には高速炉を原子力発電の主流とする方針」を示している。そして、高速炉導入計画が実現化するまでの「経済成長に対応する電力供給計画」としては、2008年以後可能となった海外からの民生用原子力協力による技術・資機材・燃料(濃縮ウラン)を輸入し大型軽水炉40GWeを建設する。また、国産原子炉の開発、建設も推進するとする。現在、インド各地で反対運動が展開されている原発建設計画は、まさにこれら巨大原発建設についてである。

<三>

 インドは現在、「3段階計画」の第2段階であると述べたが、実態は不明である。当初、カルパッカムPFBRは2012年に臨界の計画とされたが、2015年7月建設完了公表後、「試験運転中」の状態が継続している。2004年12月に基礎コンクリート施工開始直後、インドネシア大地震の津波による被害があった。また補足情報としては、「2017年10月現在 試運転中(原子力規制委員会(AERB)のナトリウム充填、燃料装荷、出力上昇の許可待ちの状態) 」との記載が経産省サイト内資料にある。
 外務省南西アジア課担当者は、2018年10月26日開催の対政府交渉では、「試運転中と報じられていることは承知しているが、詳細は不明」と回答した。タイムズ・オヴ・インディア紙が2018年9月20日付け記事として「カルパッカムPFBRは2019年に臨界に到達」(Kalpakkam fast breeder reactor may achieve criticality in 2019, http://timesofindia.indiatimes.com/articleshow/65888098.cms?utm_source=contentofinterest&utm_medium=text&utm_campaign=cppst)と報じるが、「2019年内」とのみ記載されており実現性は乏しい。

 するとインドの夢のような「3段階計画」は、すでに頓挫していると考えてよいだろう。2008年に解禁された原子力国際貿易での原子炉輸入・建設も、「事業者だけでなく製造者にも事故責任を負わせることができる」とのインド独自の原子力賠償法が障壁となり進んでいない。

 原発建設には着工から5-10年必要とされるが、工事遅延が常態となり、工費高騰の要因となる。これは、東芝の元完全子会社ウエスティング・ハウス社が米国内原発工事遅延による工費高騰を発端として経営破綻し、さらに東芝本体の経営危機に発展したことは明らかであろう。事業工費高騰は、三菱重工のトルコ原発輸出の断念(1月4日付け報道)、日立による英ウィルヴァ原発輸出事業を「中断」まで追い詰めている(1月11日、日本経済新聞)。
 インド各地の原発建設予定地では、金をばらまくような土地収用が進んでいると報じられているが、反対運動は根強い。それは、今の原発建設で電力がもたらされるのは10年後であり、自分の子や孫たちがその原発事故による被害を受ける可能性があることを知るからである。

 核弾頭ミサイル計画、トリウム核燃料サイクルなど、インドは無謀な突進が多い。本年5月には連邦議会下院総選挙が予定されるが、国防や原子力政策に大きな変化はないであろう。
 私たちは、現地住民たちと手を結び、「核拡散防止条約(NPT)、核兵器廃絶条約に加入せよ!」と訴え、「地産地消の再生可能エネルギーへの転換」の助力を続けなくてはならない。
 そのためにも、正確な情報の取得と分析、さらには日本語での情報拡散の責任を自覚しなければならないだろう。

 (大学教員)

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