【コラム】海外論潮短評(107)

クリーンエネルギー革命
— イノベーションで気候変動に対処する道 —

初岡 昌一郎


 米国際問題専門誌『フォーリン・アフェアーズ』5/6月号が表題の論文を掲載している。これは技術革新の進展が今後のクリーンエネルギーへの転換を促進する展望を論じている。果たして、国際的に環境対策が足踏みを続けている現状を突破するカギになるか、確信は持てない。だが、エネルギー大国アメリカの最近の変化をみるうえで興味深いので要旨を紹介する。

 筆者は、外交評議会(同誌の発行元)フェローのバルン・シバラムと、米エネルギー省前特別顧問テリン・ノリス。いずれも現政権のエネルギー政策に深くかかわってきた人たちである。

◆◆ 国連気候変動会議が積み残したもの

 2015年12月にパリで開催された国連気候変動会議は、世界の外相たちが成功を祝ったように、これまでの気候変動に関するサミットよりも成果を上げた。その会議に先立ち、180ヵ国がグリーンハウス・ガス排出を抑制する具体的プランを提出した。2週間に及ぶ集中的な交渉の後、5年毎に新たな抑制強化策を提出することに195ヵ国が合意した。

 しかし、クリーンエネルギー技術の飛躍的な進歩がなければ、パリ合意は将来の気候変動抑制プランに見るべき改善をもたらさないだろう。現在の公約目標を達成したとしても、地上温度は摂氏2.7度から3.5度上昇し、地球破滅の危機をもたらしかねない。

 大幅なガス排出削減は政治的に見込めない。特にインドのような開発途上国では、経済成長の促進と汚い化石燃料使用削減の間の選択を迫られるので困難だ。このトレードオフが続く限り、国際気候会議に臨む外交官の手は縛られたままだ。

 パリに伝達された技術面での朗報はサミットの外側から到来した。ビル・ゲイツが発表した「ブレークスルー・エネルギー連合」は、初期段階にあるクリーンエネルギー技術関連会社に対する投資をプールする目的で、十指を越える富裕なスポンサーが集まっている。オバマ大統領が発表した「ミッション・イノベーション」は、中国、アメリカ、インドの3大排出国を含む、20ヵ国の合意によるもので、2020年までにクリーンエネルギーに対する研究開発費に対する公的支出を倍増させ、年間200億ドルに引き上げることを目標にしている。この公約の成否は、現在年間約64億ドルを支出しているアメリカ政府の今後にかかっている。

 必要な技術革新能力を持つ唯一の国はアメリカであるが、これまでのところクリーンエネルギー投資が大幅に増加しても持続せず、すぐに崩落してきた。このサイクルが繰り返されないためには、政府が国内外における公的私的研究開発に対する支援を劇的に強化する必要がある。この任務は巨大なものであるが、無策と努力放棄のリスクはそれに劣らず巨大である。

◆◆ 未来に対する構想の思考停止が致命的

 カーボン汚染のない将来にとって、カギは電力である。この部門の改善が重要なのは、電力が二酸化炭素排出に最大のシェアを持っているからだけではなく、電力自動車などの下流での成果を結実させるには上流でのクリーンな電力供給が不可欠である。グローバルに見て、化石燃料に依存する発電所は電力供給の70%近くを占めている。

 2050年までに地球温暖化を摂氏2度以内に抑えるチャンスを50%与えるためだけでも、この排出量を7%に削減しなければならないと国際エネルギー機関(IEA)は警告している。放出された炭素を捕捉して地下に埋蔵する技術が開発・実用化されない限り、化石燃料による電力は容認できない。ソーラー、風力、水力、原子力などゼロカーボン電源を急速に増やし、それによって今世紀中頃までに世界の電力のほとんどを供給できるだろうか。

 問題は、化石燃料に依存する世界の片隅において現在のクリーンエネルギー技術が示している進歩のペースでは、新エネルギーが支配的な世界を実現するのには全く不十分だ。例えば、ソーラーと風力のコストは、アメリカでは天然ガスと石炭のコストの付近に近づいている。ただ、これを可能にしているのがフレキシブルな化石燃料利用発電機である。これが太陽と風によって生産される電力の大きな変動にスムースな対応を可能にしている。これでは新エネルギーは化石燃料への依存を前提にした供給にとどまり、それを全廃するとコストは大幅に上昇する。

 原子力と水力はより安定的であるが、厳しい環境上の反対に直面している。その結果、現行の技術のみによるゼロカーボン電力を供給しようとすることはコスト高となり、複雑かつ不人気になっている。

◆◆ 三度目のチャンスを生かすカギは公的投資

 第二次世界大戦以後のアメリカが民生用核開発を始めて以来、クリーンエネルギーは2回のブームとそれに続く2回のバースト(崩壊)を経験した。第一回のブームは1970年代のオイルショックへの対応で、公共投資が先導した。1973年から1980年の間に連邦政府のエネルギー研究開発は4倍になり、再生可能エネルギーと化石燃料の両面で光熱源の大幅な向上がみられた。

 だが、1980年代になると石油価格が急落し、レーガン政権はエネルギー投資を削減して、市場に任せることにした。この結果、議会はレーガン大統領の8年間にエネルギー投資を50%カットした。

 クリーンエネルギー投資の第二波は民間部門から始まった。今世紀に入って間もなく、ベンチャー投資家がクリーンエネルギー新規事業に資金を注ぎ込み始めた。その投資額は2001年に4.6億ドルであったが、2010年には50億ドルになった。オバマの包括的な刺激策のおかげで、連邦政府が2009年から2011年の間にこの部門に1000億ドル以上を投入した。これらは供与、ローン、税制上の優遇などの形で行われたが、その多くは既成技術の普及に対する補助であった。

 しかし、圧倒的多数の事業が失敗に終わり、残った企業も損失を償うほどの利益を出せなかった。2004年から2014年の間にベンチャー企業が投資した360億ドルの約半分が欠損した。ゴールドラッシュは急失速したが、すべてが失われたのではなかった。少なくとも、将来のブームを持続させるための教訓を残している。

 教訓の第一は政府資金の投入が極めて重要なことである。今日でもアメリカ政府はエネルギー研究開発で世界最大の資金提供者であるが、他の国家的な研究プロジェクトと比較すると恒常的資金不足状態にある。しかし、2016年に議会が他の研究開発に優先してエネルギー部門を10増額することを決めている。

 教訓の第二は、基礎研究だけでなく、実用化研究と試行プロジェクトに政府が資金を出すべきことである。1990年代末までは、エネルギー研究開発に支出された連邦資金の60%が基礎研究に向けられていた。政府がカバーしたその先は民間部門がフォローすることになっていたが、連邦資金拠出の打ち切りがそれを潰した。第二次クリーンエネルギーブームでも同じストーリーが繰り返された。
 この教訓から、民間投資を誘因しうる公共投資を増やさなければならない。そのためには、試行プロジェクトに対する公共投資を復活することに優先的な順位を置くべきである。

◆◆ 国際的なイノベーションの課題と国際協力の重要性

 国際レベルでのクリーンエネルギー技術革新は同じ問題に悩まされている。アメリカ同様、他の政府も研究開発に支出している資金が少なく、クリーンエネルギー研究開発における公的資金の割合は1980年代の11%から2015年の4%へと低下を続けている。

 技術革新のための投資を嫌う外国企業も問題だ。ソーラーパネルからバッテリーにいたるすべての製品がほとんどアジアの生産者によるもので、研究開発よりもコスト削減に重点が置かれており、政府の補助も既存技術で大量生産する能力拡大に利用されることが多い。今日、ソーラーパネルの3分の2が中国で生産されており、そこでは収益の1%以下しか研究開発に投下されていない。安価な中国製パネルが、アメリカを始め他の国の新規生産者のほとんどを2010年代までに倒産に追い込んだ。

 他の分野において主要アメリカ企業は国内外で大規模な投資を行うことで経済的利益を上げてきた。エレクトロニクス、セミコンダクター、バイオ・医薬産業で米企業は収益の約20%を研究開発に再投資している。

 クリーンエネルギー研究開発に前向きな投資を行うよう外国企業に奨励するために、アメリカは公民両部門の協力を促進すべきである。好例は、2009年に設立された「米中クリーンエネルギー・センター」である。これには米中両国政府のほか、学術機関、民間企業が出資・協力している。このセンターは、知的所有権侵害という国際協力上最大の障害を取り除いている。

 このセンターを通じて発明された技術の所有権とライセンスについて明確なルールがあり、参加者はこれに拘束される。もし合意が得られない場合には、国連ルールによる国際的仲裁に紛争が委ねられる。100社以上がこれに署名しており、中国とアメリカは熱心にパートナーシップを拡大している。こうした協力をインドとも行うべきである。

◆◆ 次のエネルギー革命を主導するアメリカ

 これまでアメリカは産業の変容を主導してきたが、例えばバイオ・医薬産業もクリーンエネルギーと同じように、新規事業は1980年代と90年代にブームと不況の投資サイクルを経験している。しかし今日、高水準の持続的な公的資金投入のおかげで、バイオ・メディカル産業のイノベーションに民間部門が大規模の投資を行うようになっている。クリーンエネルギー産業の利益が薄いのに比べ、バイオ・医薬産業は高利潤なので投資を誘因するという反論がある。だが、クリーンエネルギー産業が恒久的に低利益だと断定するのは誤りだ。それ以上に、クリーンエネルギーの社会環境的な重要性の大きさを理解しなければならない。

 地球環境の破滅を回避するために、炭素排出を今世紀半ばまでに80%削減する目標は、既存技術に依存するだけでは達成されない。経済性の高いクリーンエネルギー源が利用できて初めて、各国は大胆かつ現実的な炭素排出削減を断行できる。それにより、開発途上国もまた化石燃料削減とエネルギー貧窮のトレードオフから脱出できる。

◆ コメント ◆

 この論文に立ち入った技術論的評価を加えることは、門外漢の評者には困難であるが、重要と思われる以下の3点だけは指摘しておきたい。

1.環境・エネルギー専門家の間で、地球温暖化に対する危機感が高まっているのに、それが必ずしも、政治的経済的指導者の間で十分に共有されていないことである。危機が顕在化してからの後追い対策は、費用対効果性から見て極めて高くつくだけでなく、取り返せない手遅れを生む。現実がこの方向に進んでいることは、これまでにも再三警告されてきたが、人々は社会的政治的不感症に陥りつつあるようにみえる。クリーンエネルギーに前向きだったオバマ政権以後、アメリカで本論が提唱する政策が継承されるかどうかは疑問である。

2.市場本位の経済運営では、地球環境擁護やクリーンエネルギー利用は進まない。地球温暖化防止のカギとなるクリーンエネルギーの研究開発と試行、さらに普及は、市場に任せるだけでは不可能である。政府の政策支援と大規模な公的資金の投入が不可欠である。

3.不十分さが指摘されているアメリカと比較できないほど、日本政府のクリーンエネルギー研究開発に対する後ろ向き姿勢が際立っている。最近の政策は原子力利用に公然と再傾斜し、それがクリーンエネルギーの利用にブレーキをかけている。軍事的には対立関係にあるようにみえる米中がクリーンエネルギーと地球環境に関する幅広いパートナーシップを立ち上げているのに対し、日米パートナーシップは極度の軍事偏重である。ナショナリズムという井戸の底から狭く世界を見るのではなく、地球と人類の未来を見据えての環境グローバリズムという視点が必要だ。

 (姫路獨協大学名誉教授)


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