■ 海外論潮短評(19)              初岡 昌一郎

◇ アメリカの強み ― ネットワーク化世紀のパワー

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アメリカの国際問題専門誌『フォーリン・アフェアーズ』(隔月刊)2009年1/2
月号に、「アメリカの強み」という、興味深い論文が載っている。今世紀の社会
はネットワーク化が進むが、この点でアメリカは他の国よりも大きな利点を持っ
ており、世界をこれまでとは異なる形でリードするという。

筆者は、プリンストン大学政治国際問題教授アン=マリー・スローター女史であ
る。以下は同論文の要旨。


◆◇アメリカの強み ― ネットワーク化世紀のパワー


われわれはネットワーク化された社会に暮らしている。戦争もネットワーク化さ
れている。テロリストや軍隊のパワーは、情報、コミュニケーション、支援のネ
ットワークで相互に結ばれている、少数の活動的な戦士に依存している。

外交もネットワーク化されている。SARSから気候変動にいたる危機管理は、公共
と民間の両部門のアクターによる国際的ネットワークの動員を必要としている。
ビジネスやメディアもネットワーク化されている。宗教でさえもネットワーク化
されている。

20世紀は地政学的にみると、自己完結型国家が相互に衝突したビリヤード(玉突
き)型世界であった。これらの衝突の行方は軍事力と経済力によって決定された
。この世界は今日でも依然として存在している。

しかしながら、新たに出現しつつある世界におけるパワーの尺度は連携力である
。21世紀に登場しているネットワーク化社会は、国家の上、国家の下および国家
を通じて存在している。この世界では、コネクションを最もよく持つ国家が中心
的プレイヤーとなり、グローバルな課題に率先して取り組み、革新と持続的な成
長を可能にする。この点で、アメリカは明確に持続的な強みを持っている。


◇希望の地平


アメリカの強みは、人口構成、地理、および文化に根ざしている。アメリカの人
口は比較的に小さく、中国やインドの僅か20-30%に過ぎない。人口が少ないこ
とは、新省エネルギー技術を開発し、それを生かすのが容易である。同時に、ア
メリカの人口構成の異質性がグローバルな接触を拡大するのを可能にする。アメ
リカはそのために移民たちが出身地と持つ有意義なつながりを理解し、人、もの
、およびアイデアの双方向の流れを奨励すべきだ。

新大統領バラク・オバマが、ネットワーク化された世界でアメリカの道義的な権
威を回復してゆくだろう。ネットワーク化世界が新しい希望の地平を提供してい
る。この世界では、正しい政策が採られさえすれば、移民が新しい母国を古い母
国と結びつけることができる。

アメリカのビジネスは、このことを通じ生産者と供給者のグローバル・ネットワ
ークを結集できる。消費者は、再生した地方農業と注文生産の中小ビジネス経済
からの国内製品を買うことができるし、同時に、オンラインで広告される他国の
産品をグローバルに買うこともできる。アメリカは世界中で最も革新的でダイナ
ミックな社会となる潜在的可能性を持っている。


◇ネットワーク化された世界における様式


今日の革新的企業は、垂直的なヒエラルヒー[タテ型権威構造]を持つ事業体で
はなく、フレキシブルなネットワーク型になっている。初期には、グローバル
なネットワークは次世代の外注生産様式と見られていた。外注は集権的な司令
塔から生産品の企画と数量が具体的に管理されるものであり、決定が複数国に
おける生産者に伝達された。

対照的な同列的生産様式では、サプライ・チエンが"ヴァリュ-・ウェッブ"(価
値判断の拠点)で、サプライヤーは製品を供給するだけではなく、パートナーと
して実際の設計にも参加する。ボーイング社はその顕著な例で、単なる航空機製
造業者から、同時的に協力するパートナーの水平的ネットワークの"システム・
インテグレター"になっている。それらの企業は高次の製品を目指すうえでリス
クと知識を共有している。それは単なる生産様式のチェンジではなく、文化のチ
ェンジである。

NGOも連掲のパワーを認識している。初期の実例の一つは、北米と欧州のNG
O6団体の共闘として1991年に始まった、地雷禁止国際運動であった。それは約
60ヶ国の1,100以上のNGOを包含するまでに成長し、この広がりによって影響
力を発揮した。この運動は1997年にノーベル平和賞を受賞した後、地雷禁止国際
条約を推進するのに成功を収めた(しかし、中国、ロシア、アメリカなどが同条
約への調印を拒否している)。

他の目的を追求するNGOもこれに続いた。1995年、いくつかの人権団体のグル
ープが戦争犯罪を裁く国際刑事裁判所の創設を呼びかけた。そして、各国政府を
説得し、1998年に常設裁判所を設置するのに成功した。今日、「国際刑事法廷の
ための連合」は世界各大陸からの2,000団体以上を結集しており、この法廷の権
限拡大を目指している。最近では、NGOのグローバルな連合が、ダルフールで
続いている暴力を阻止するための行動を推進するのに尽力している。これらの事
例では、NGOが躊躇する各国政府を動かす力を発揮した。これらの民間団体は
国境を越えたネットワークを組織し、そのメッセージが国際機関を動かした。

政府は21世紀の挑戦を理解し、それに応じた改革を進めることに立ち遅れていた
が、次第にネットワーク化に向けて動き始めた。国際情勢を理解するカギは、各
国間の力のバランスの変化という観点ではなく、ネットワーキングを推進するイ
ニシアティブとその調整力という視点である。この意味から21世紀はアメリカの
世紀の終わりではなく、また単にアメリカという国家のものではない、米州大
陸人の新しい世紀となるであろう。


◇人多ければ、問題多し


西欧の相対的な衰退の主要因として人口構成がよく挙げられる。中国とインドが
世界人口の三分の一以上を占めているのに、ヨーロッパと日本は実際に人口減と
なりつつあり、アメリカは3億人という相対的に小さい人口の国である。

ほとんどの歴史観では、領土と人口が軍事力と経済力の源泉である。軍事力は、
国家が戦場に動員できる兵士の数と、敵が征服するのに横断すべき国土の広さに
左右される。人口規模が経済力にとって問題とされたのは、貿易を抜きにして、
製造業と商業が繁栄するのに十分な国内市場を国家が必要としたからだ。19世紀
には、欧州諸国が植民地化を通じてこの利点を獲得した。

アメリカとソ連という二大勢力が20世紀後半を支配したものの、最も豊かになっ
たのは小国が多かった。2007年に一人当たりGDPが最も高かった10カ国のうち、
アメリカを除く全ての国は、ニューヨーク市よりも人口の少ない国であった。

国内企業が国際競争に立ち向かう足場を築くためには、十分な国内市場が必要と
されてきた。自由化と市場開放が進めば、市場は自由貿易地域と経済同盟を通じ
て生まれる。このミニマムを超えた場合、貿易障壁が低く、輸送と通信のコスト
が安ければ、規模は利益よりも負担になる。市場と生産がグローバルになれば、
あらゆる社会の生産的構成員は複数の社会から国境を越えて所得を獲得する。企
業経営者は、グローバルに広がった研究者、デザイナー、製造業者、流通業者の
ネットワークを指揮することから価値を創造する。しかし、高齢者、年少者、身
障者、失業者など生産力の小さい人々を引き受ける責任は国民国家にある。

人口減少は革新の促進作用を果たしうる。中国では、多くの問題への解答法はさ
らに人を投入する事だ。人間が最も利用しやすい商品である反面、中国政府はで
きるだけ多くの仕事を提供する必要がある。人口の減少する日本では、新工場が
ほぼ完全に自動化されており、少数の高度熟練者だけがその運行に必要とされる
。経済成長から持続可能な成長に重点がシフトするにつれ、より高度の技術力を
持つ少数の人材がますます魅力的となる。

過去4世紀間、歴史の流れは民族自決の方向であった。帝国や多民族国家はより
小さな単位に分割され、民族や支配的民族集団の統治する国家が生まれた。その
傾向は今日も続いている。ロシアは、アブハジア、南オセチア、クリミア半島で
潜在的な紛争を抱えている。中国五千年の歴史は、分裂と統合を繰り返してきた
。中国政府はインド政府と同じように、局所的な不安定が多重的な分離運動に急
速に転化することを恐れている。

アメリカは基本的な統一にたいするこのような脅威に直面していない唯一の大国
である。結集力は統一と多様性という政治的文化的なイデオロギーによって生み
出される。このイデオロギーにたいする主たる選択肢は、EUとASEANによって用
いられている解決法である。個々の国家が大きな経済的単位のために集まり、次
第に准政治的単位になってゆく。最近の中国政治の最も有望な側面は、香港とマ
カオに関する解決法で、将来はこのモデルが台湾に応用されうる。

アメリカは人口が限られていることからだけではなく、その構成の多様性から利
点を有している。長い間にわたり、世界中から創意と企業力を持ち、意欲的な個
人を惹き付けて来た。諸文化の大規模な混合が実りある多産的な肥沃化と革新を
生み出した。例えば、サンフランシスコの電話案内は150ヶ国語以上で応答でき
る。多様性は随所に見られる。ハリウッド映画、アメリカ音楽、そしてアメリカ
の大学。わがプリンストン大学では、最優秀成績で昨秋表彰された6人の学生の
うち5人が外国人で、彼らは中国、ドイツ、モルドバ、スロヴェニア、トルコか
ら来ていた。

中国も華僑という貴重な財産を有している。何千万人の在外中国人が東南アジア
、オーストラリア、アメリカ、カナダに根を下ろしている。若い中国系アメリカ
人やインド系アメリカ人が機会と成功を求めて、既に続々と祖国に帰りつつある
。まもなく、アフリカ、アジア、ラテンアメリカ、中東からの移民の子孫が同じ
ようにその祖国に帰還する道を選ぶであろう。これが、アメリカにとっても貴重
なネットワーク資産となる。アメリカはこの現象を奨励し、それを生かすインセ
ンティブと条件を考案しなければならない。


◇創造の文化的条件


21世紀では企業、民間団体、政府機関が世界中から最も優れたアイデアを集めて
活動する。このために、アメリカは教育を向上させ、科学技術に対する政府投資
を増加させなければならない。これが、アメリカの持つ文化的な強みを生かす道
だ。

最大の競争相手である中国では政治的経済的システムの欠陥が、世界の工場から
世界の設計者に進むのを困難にしている。世界最大の工業研究団地が僅か5年間
で上海に建設された。巨大な大学キャンパス、20以上の中国と西欧の研究開発本
部、住宅の複合体だ。目的は、自然、科学、環境のバランスを通じて技術革新を
鼓舞するためだ。しかし、真珠の養殖で最高の真珠を生むのがそうであるように
、最も創造的な革新は、厳しく管理された環境からではなく、予想外の非正常な
刺激を通じて創造される。

カリフォルニア大学だけでも、2003年に中国やインドよりも多くの特許を取得し
た。同年、IBMは両国をあわせたよりも5倍も多くの特許をとっている。問題は
、中国人やインド人に創造性が欠けているのではない。シリコンバレーは両国人
企業家集団で溢れている。問題は取り巻く文化、いわゆる"革新的エコシステム"
にある。

最も重要なのは、あらゆる領域で権威に挑戦することを肯定する、建設的衝突の
文化だ。最良の実例はグーグルで、この会社には縦型の支配構造がほとんどない
。各人は自分の道を進み、独自のアイデアを出し、あらゆる観点から既成の正当
概念に挑戦することが奨励されている。しかし、創造的文化とは批判能力以上の
ものが必要とされる。ボスが聞きたいと思うことを述べるよりも、自分が考える
ことを直言する文化が必要だ。この点でアメリカは他の国よりも優れている。


◇ウィキペディアの世界


ウィキペディアに代表される世界では、アイデアが出され、それに挑戦がなされ
、編集され、そしてまた挑戦が繰り返される。その前提は、真理を追究するため
に多重的な意見の衝突が繰り返され、相互に訂正しあうことだ。まず一人の意見
表明者の作業が公開され、他の人の利用に供される。このプロセスの参加者は、
その公開性が利己的にのみ利用されるのではないとの信頼に立って、自分の発表
を付け加える。このような信頼と透明性はアメリカだけの特性ではないとしても
、アメリカ社会が世界で最もオープンな部類に入ることは疑いない。インターネ
ットの世界、ウィキペディアの世界、ネットワーク化世界は全てアメリカに始ま
り、外に向けて発信されてきた。

しかしながら、一般的な理解では、アメリカ人は恐るべきほど外国事情、外国語
、異文化に無知だとされている。多くのアメリカ人は、この指摘に依然として当
てはまる。しかし、他の多くのアメリカ人、特に移民とその子弟は、学校、職場
、街頭で日常的に文化的相違に対応している。最近移民してきたアフリカ人、ア
ラブ人、東アジア人、南アジア人、東南アジア人、ラテンアメリカ人が、既成の
白人と黒人のアメリカ人社会で肩を並べている。エリート・レベルでは、アメリ
カの最高学府は多文化的対応能力を持って同様な教育を行なっている。

オバマ大統領の登場はこのようなアメリカ社会の変化を如実に示した。このよう
な文化も比較的少数者だけが金銭的に繁栄するチャンスを持つ場合には、極度な
不平等を生み出す。経済的不平等は、文化ではなく、政治的選択の結果であった
。共和党政権は一般的に不平等を拡大するのを許した。他方、民主党政権はそう
ではなかった。 今日示された選択は、社会をより水平的なものにすることで民
主的かつ平等主義的なものとし、人種統合を進める路線である。

アメリカは、自分自身と世界の双方を異なる観点から見ることを学ばねばならな
い。パワーが連携能力から生まれるとするならば、リーダーシップの焦点は共有
する諸問題を解決するために連携することだ。このアプローチは近年のアメリカ
を支配してきた政治とは異なる指導スタイルであるだけでなく、指導力について
根本的に異なる考え方に基づくものである。


◇強みを磨く


これからのグローバルな状況は、広範なネットワークが人々を動かし、巨額な基
金を集めたオバマ選挙運動に似たものになってゆくだろう。海外の公的民間的ア
クターを迅速に連携させ、予防的ないし解決のための行動を組織するネットワー
クが世界を動かしてゆく。

ネットワーク化には否定的な側面もあるが、全体としてみればプラスの面がはる
かに大きい。例えば、アメリカ経済がグリーン技術とグリーンインフラで活性化
するならば、アフリカ、アジア、ヨーロッパ、ラテンアメリカ、中東からの移民
たちが新世代の成果とサービスを出身地に移転させることができる。アメリカの
大学は最も国際化した教授陣と学生を擁しているので、出張授業、インターネッ
ト、ビデオ会議を通じてグローバルに講義と知識を提供できる。

ネットワーク世界では、アメリカが最も連携型の国になる潜在的可能性を持って
いる。正しい政策を採るならば、再生のための能力と文化資産を生かし、統合さ
れた世界で中心的なプレイヤーとなりうる。21世紀のアメリカは覇権による支配
ではなく、その傑出した連携力によってパワーを回復し、グローバルな役割を再
建できる。


◇◆コメント◆◇ 


このところ話題となった『ニューズウィーク』編集者ザカリアの著書の中での主
張、すなわちポスト・アメリカ主義の世界が多勢力の調整型世界になるという、
広く支持されている見解にスローター女史は冒頭で言及している。一面ではそれ
にたいする批判として書かれたのがこの論文だ。彼女はポスト・アメリカ主義の
世界をリードするのは、やはりアメリカだという。そのアメリカは覇権主義では
なく、連携力によってグローバル・パワーを発揮する。この論文の示唆するとこ
ろは知的刺激に満ちている。

軍事力や経済力では他の有力国の新登場によってアメリカの国際的な地位が相対
的に低下して、アメリカは調整的指導力を追及すべきだというザカリアの主張に
は肯定的だが、ソフトパワーでのアメリカの優位は揺るがないどころか、連携型
世界ではその優位がますます際立ったものになるとスローター女史は言う。その
強みの源泉は異人種混合社会にある。従来は、これはアメリカ社会の弱点と捉え
られがちだった。オバマ大統領登場の背景を分析すれば、この逆転の発想がよく
理解できる。

数字で表現できる軍事力や経済力と違い、ソフトパワーの比較は数量的にできに
くい。彼女の構想する平和的な連携型世界は魅力的であり、アメリカの連携力の
優位性を文化とそれを生む人口構成にあるという。そのようなリーダーシップは
、国という単位よりも公民両部門の様々なアクターによって担われる。国力とい
うよりも、社会力とでも言うべきものだ。目的もナショナル・インタレストの追
求ではなく、ヒューマン・インタレストでなければならない。環境、貧困、人権
、平和、生活の質などが共通課題だ。

ソフトパワーの連携型社会は、タテ型の権威主義が横行する国では生まれにくい
。連携型社会には政治的民主主義だけではなく、社会的経済的民主主義の拡大が
不可欠だ。これまで、21世紀はアジアの世紀だとしてその経済的躍進がもてはや
されてきた。だが、スローター女史は米州の世紀だという。確かに、過去20年間
を振り返ると、民主主義と社会的公正の面から見ると、もっとも大きな前進が見
られたのはラテンアメリカであった。

2月にスイスのリゾート地で行なわれるダボス会議は経済人中心で、政治家もお
おく出席する。今年は麻生首相が出席したが、オバマを初め主要な政治指導者の
不在が目立った。批判の対象となっている銀行家はそろって欠席した。同じ時期
、対抗的にブラジルの港町、べレンで開催された世界社会フォーラムには、多数
のNGO指導者に混じってラテンアメリカから5人の大統領が参加している。

最後に触れておきたいが、本論文を日本の状況を頭において読むと、批判と示唆
に富むことに気づくだろう。日本における移民はプラスのファクターとして評価
されることがあまりにも少くなかった。異人種共同体を目指すアメリカ社会を日
本で直輸入的にコピーすることはできないし、またその必要もなかろう。むしろ
、国民的アイデンティティ意識の強さを国内的国際的により平等主義的な協調型
社会に向けて発展させるべきであろう。外からの刺激を敏感に吸収する日本人の
特性を生かすと同時に、東アジア社会に蓄積されてきた伝統的な知と価値観を現
代的に再評価することも大事だ。安東自由大学やソーシャルアジア研究会を通じ
て、東アジアにおけるソーシャル:コモン・スペースを創出するのに寄与しよう
とする、われわれのささやかな試みも連携型社会を目指すものである。
        (筆者はやソーシャルアジア研究会・安東自由大学代表)

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