【コラム】
槿と桜(58)

あれっ、まるで日本語

延 恩株

 初めて外国語を学ぶとき、最初に教えられるのは発音です。そして母国語にない発音には戸惑い、繰り返し発音練習をしてもうまく身につかず、自信をなくしてしまうといった経験は誰でもがしていると思います。
 おそらくこうした苦い経験をしている人が多いからなのでしょう、日本で日本語を学び始めた頃、〝空耳英語〟ということを教えてくれた人がいました。 実際にはない音、あるいは聞こえていないのに、その音や声が聞こえたように感じる〝空耳〟という言葉の意味さえまだ知らない頃のことでした。

 たとえば、日本語で「おしまいか」と言うと、それが英語の「Wash my car.」、つまり「自分の車を洗う」に聞こえて、英語を話す人には通じるという説明を聞いた覚えがあります。ほかにも「アルバイト」が「I'll buy it.」(それを買う)という英語に聞こえると教えられたときは、日本でアルバイトをしなければならなかった私でしたから、実に深く印象に残っています。

 でもその頃は基礎的な日本語の発音や意味を学ばなければいけなかった時期で、とても〝空耳英語〟のような〝遊び〟にまで学習程度が届いていませんでしたから、いつの間にか遠い記憶となってしまっていました。ところがある時期になって、ふっと記憶の箱が開き、これは韓国語と日本語の間でも起きていると思い始めました。つまり〝空耳韓国語〟(このような言い方は日本語として定着してないと思いますが)というわけです。
 私の「ある時期」とは、日本語での会話がかなり自由にできるようになってからでした。韓国語と日本語を発音を含めて広角的に比較できるようになってからと言い換えてもいいかもしれません。
 そこで、今回は少し遊び心で韓国語を見てみようと思います。

 ただ韓国語には〝空耳英語〟とは違って空耳ではなく、ほとんど同じ発音で、しかも意味も同じという言葉も多くあります。私が韓国語に初めて触れる人たちに、外国語という抵抗感を薄め、近づきやすい言語だと説明するときに持ち出す言葉です。いくつ挙げてみましょう。

「三角」→「삼각(サㇺカㇰ)」。発音する音に強弱があるだけです。
「無料」→「무료(ムリョ)」。「りょう」が「りょ」になるだけです。
「簡単」→「간단(カンタン)」。まったく同じです。
「家族」→「가족(カジョㇰ)」。「ぞく」が「じょく」になるだけです。
「関係」→「관계(グァンゲ)」。ちょっとなまった日本語という感じでしょうか。
「約束」→「약속(ヤㇰソㇰ)」。同じと言っていいでしょう。
「詐欺」→「사기(サギ)」。これはまったく同じです。
「微妙」→「미묘(ミミョ)」。「び」が「み」に変わるだけです。

 これらの例は、英語とは異なる韓国語と日本語の近似性があるからですが、以下はまさに〝空耳韓国語〟です。もちろん意味も違います。日本の方になじみやすい発音からと考え、地名に聞こえるものから例を挙げてみましょう。

○「오지마」→「オジマ」→大島
 意味は「来るな」です。
○「도토리」→「トトリ」→鳥取
 意味は「どんぐり」です。
○「곳 탄다」→「ゴッタンダ」→五反田
 意味は「まもなく乗る」です。
○「간다」→「カンダ」→神田
 意味は「行く」です。
○「나라」→「ナラ」→奈良
 意味は「国」です。
○「인도」→「インド」→インド
 意味は「歩道」です。ただしインドという国も「인도」です。
○「빨리」→「パㇽリ」→パリ
 意味は「早く」です。

 以上が「空耳韓国語」の入門編といったところでしょうか。それでは本格的(?)な〝空耳〟を紹介しましょう。

○「싫어요」→「シロヨ」
 日本語に聞こえるとしたら、「白よ」あるいは「城よ」に聞こえるかもしれません。
 韓国語の意味は「嫌です」になります。
○「또 만나요」→「トマンナヨ」
 日本語でしたら「止まんなよ」「泊まんなよ」という漢字を思い浮かべるかもしれません。
 韓国語の意味は「また会いましょう」です。
○「우리」→「ウリ」
 日本語として聞いたら「売り」か、植物の「瓜」と理解するかもしれません。
 韓国語の意味は「私たち」です。

○「아싸」→「アッサ」
 これには日本語で促音と呼ばれるつまる音が間に入りますから「朝」や「麻」を思い浮かべることなく、〝空耳〟にならない人もいるかもしれません。
 韓国語では「やったー」という喜びや驚きを表現するときに使います。
○「내꺼」→「ネッコ」
 これにも促音が入りますが、「アッサ」より空耳として「猫」と聞こえる人は多いかもしれません。
 韓国語では「私のもの」という意味になります。ちなみに韓国語で猫は「고 양이 コヤンイ」といいますが、日本語で幼児言葉として猫を「にゃんにゃん」と言うように、韓国語でも猫に「야옹이 ヤオンイ」(「ネコちゃん」)と呼びかけることがあります。
○「또 이래」→「トイレ」
 日本語として耳にしたら「えっ、トイレ」と思うかもしれません。韓国語として発音するときには最初の音は少し強くし、次の音との間に微妙な空きがあります。
 韓国語の意味は「また、こうなの?」です。ちなみに韓国語で「トイレ」は「화장실 ファジャンシㇽ」で、敢えて漢字で表記すれば「化粧室」です。

○「알았어」→「アラッソ」
 日本語として「あら、そう」に聞こえませんか。
 韓国語では「わかった」の意味で、会話の中では日常的によく使われる言葉です。
○「배달」→「ペダㇽ」
 日本語として耳にしたら自転車の「ペダル」を思い浮かべるのではないでしょうか。韓国語ではもちろん意味が違っていて「配達」になるのですが、韓国語で自転車の「ペダル」は「페달」とハングルでは表記される発音になります。韓国語に触れたことのない方にはこの2つのハングル表記の違いがわかりづらいかもしれません。強いて日本語として文字で区別するなら、「配達」は「ペダㇽ」、自転車の「ペダㇽ」は「ペドㇽ」となるでしょうか。
 〝空耳〟としては韓国語の「配達」を意味する方が日本語としては自転車の「ペダル」に聞こえてしまうというのも、確かに「空耳」だということがよくわかります。
○それでは最後に、
 「마지막으로」→「マジマグロ」
 〝空耳〟として「まじ、まぐろ」(本当にまぐろ)と聞こえませんか。
 韓国語では「最後に」という意味です。

 今回は言葉遊びの気分で、このような日本語に聞こえてしまう韓国語を取り上げましたが、〝空耳英語〟よりずっと無理なく〝空耳〟に聞こえる発音が多いと言えるでしょう。これには漢字、漢語を同じ祖先として持ち、一時期(それは不幸な時期だったと言えるのですが)、強制的に日本によって言語の同一化が行われたことが要因として考えられますし、文化的にも歴史的に共通するものが多いということにも関わっていると思います。
 でも確実に言えることは、韓国語は外国語ですが、日本の方にはやはり親和性のある言語だということでしょう。

 (大妻女子大学准教授)

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