【オルタ叢書『海峡の両側から靖国を考える』の発刊にあたって】 

 
 書名『海峡の両側から靖国を考える――非戦・鎮魂・アジア』
      河上民雄、朴菖煕、西村徹、蝋山道雄、岡田一郎著
      
     発行:オルタ出版室、発売:新時代社/定価1800円
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    1)刊行案内
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 さる10月14日、メールマガジン≪オルタ≫を発行主体にした書籍『海峡の両
側から靖国を考える』が刊行されました。編集は「オルタ編集部」、発行は「オル
タ出版室」です。できればこれからも電子メディアである当マガジンと連動させ
て、紙メディアの刊行物をシリーズとして発行していきたいとの願いを込め、「オ
ルタ叢書」(不定期刊行)の第一冊として出版しました。
 本書は、論者による座談会から、原稿の執筆、資料の収録、さらに編集作業ま
で、直接の制作・印刷プロセスを除くほとんど全てを、お金のかからない手作り
の仕事で行ない、発行されたものです。座談会への参加と原稿の執筆をされた方々
をはじめ、関係された全ての皆様に心からお礼を申し上げます。

●日韓知識人による“靖国対話"の試み
 本書は、この夏の小泉首相(当時)の靖国参拝をピークとして、内外に大きな
反響を巻き起こした「靖国問題」を主題として扱っています。しかし私たちがこ
の問題をとり上げたのは、この直近の政治的な動きに対する「際物」的な関心か
らではありません。むしろ、そのような政治的な動きが果てしもなく繰り返され
る戦後の≪靖国神社・靖国参拝≫というものを、日本とアジアの近現代史の歴史
的な文脈の中に位置づけ、それをまず日本と韓国にまたがる共通の場所において、
多面的・多角的に捉えなおしてみようということが出版の意図でした。
 
 本書の刊行目的と具体的な内容については、以下に掲載する「発刊にあたって」
と「目次」をごらんいただきたいと思いますが、そのまえにタイトルについて一
言述べますと、「海峡の両側」とは言うまでもなく、対馬海峡に面した「朝鮮半島」
と「日本列島」のことです。この狭い海峡を挟んで、私たち二つの民族の者たち
は歴史時代以前から切っても切れない関係にあり、しかもその近現代史は、日本
の韓国・朝鮮への侵略と植民地支配という拭い難い罪ある行為によって色どられ、
戦後60年を経てもなおその負の歴史は根本的に解決されずに今日に至っていま
す。
 そうした中で私たちは、「靖国問題」をめぐって繰り返される国内外の厳しい対
立を乗り越え、東アジアに生きる人たちの固い信頼関係を築いていくために、ま
ず日韓両国の市民によるささやかな“対話”から相互理解の一歩を始めようと、
上記のタイトルでの「日韓知識人による座談会」を柱とした出版計画を立てまし
た。座談会には、わざわざ韓国から元韓国外大教授で歴史研究者の朴菖煕氏にご
来訪をいただき、日本側の発言者としては、それぞれ異なる立場から「靖国問題」
に深い関心と関わりを持ってこられた河上民雄(元衆議院議員・東海大学名誉教
授)、西村徹(大阪女子大学名誉教授)の両氏に出席してもらいました。

 さらにこの座談会の補論として、この夏の「靖国問題」をめぐる最新の情勢を
も踏まえた論文を、河上、西村両氏のほか、国際政治学・安全保障論の専門家で
ある蝋山道雄氏(上智大学名誉教授)と、若い政治学研究者の岡田一郎氏(日本
大学等の非常勤講師)に、それぞれ執筆していただきました。河上、西村、岡田
の各氏は≪オルタ≫の常連執筆者として既にお馴染みであり、蝋山氏にもこの本
の企画を一つの契機としてメールマガジンに参加していただいています。また、
朴菖煕氏が日本語に訳された『許浚(ほじゅん)』については、≪オルタ21号≫
で書評させていただくなど、本書への参加者はいずれもこのメールマガジンと関
わりのある方ばかりです。

●韓国での翻訳出版の申込みも
 本書の性格に関連してもう一つ述べておきたいのは、本年5月25日に東京地
裁が原告側全面敗訴の判決を下した「在韓軍人軍属裁判」(GUNGUN裁判)の
第一次訴状と、同地裁判決要旨を「資料」として収録させていただいたことです。
法律文書なので記述は少し硬いですが、訴状の内容は日本の朝鮮半島支配の現実
とその帰結を鋭くとらえて「靖国合祀」の本質に迫るものであり、まさに「海峡
の両側」という視点から靖国問題を考えるうえで貴重な参考になるものと考えて
います。
 なおこの裁判は、先年「日韓共同ドキュメンタリー」として市民団体の手で制
作され、釜山国際映画祭ドキュメンタリー部門最優秀賞、ソウル独立映画祭最高
栄誉賞を受賞した記録映画『あんにょん・サヨナラ』(キム・テイル監督・加藤久
美子共同監督)の中心的な主題としてとり上げられ、同映画は日本国内でも上映
委員会の手により全国各地で注目のうちに上映会が行なわれました。本書に収録
した資料(訴状・判決文)は、この「在韓軍人軍属裁判」を支援する会の活動家
であり、また同映画の日本側の主要な登場人物の一人でもある古川雅基氏のご好
意により、「支援する会」のホームページからの収録を許可していただいたもので
す。古川氏はそのうえ、東京地裁判決に対する批判のコメントまで本書のために
寄せてくださいました。
 
 現在、本書がどのくらい読者の手に届いているか把握することはできませんが、
目下、≪オルタ≫の執筆者や読者の皆様の手で、紹介宣伝と厚意ある手作りの“販
売促進”を行なっていただいています。また、やはりオルタの執筆者、読者のつ
ながりから、日中関係・華僑華人の最新情報を発信する専門ブログ「段躍中日報」
で取り上げられたり、独立の出版プロダクションの方からオルタ編集部まで別の
出版企画が持ち込まれたりといった、反響もあります。その中でも特に嬉しい知
らせは、韓国のある大学の日本研究所の方から、韓国語での翻訳出版の問い合わ
せが寄せられていることです。実現すれば「海峡の両側から」というタイトルに
ぴったりの話です。

●ぜひ本書のご購読と紹介宣伝を
 このご案内のはじめにも記しましたように、本書は基本的にオルタ関係者のヴ
ォランタリーな参加によって作られたものですが、それでも直接経費が100万円
以上かかっており、さしあたりこれを借入金の形で賄っています。編集部では早
くコストを回収し、『オルタ叢書』第二冊の発行につなげて、“持続する出版シリ
ーズ"にしていきたいという希望を持っています。本書は書店で買えますが発行
部数が少ないため店頭ではなかなか目にすることができません。インターネット
上の検索ソフト(Google、Yahooなど)で書名を入力すれば、ネット上の書店を
検索して購入することができますのでご利用ください。
 
 なお、「メールマガジンオルタ」あての電話(03-5384-1925)やFAX
(03-6231-9716)メール(alter@alter-magazine.jp)による直接ご注文には、オ
ルタ読者優待価格「定価1800円×.0.8=1440円」(送料不要)でお届けします。
本書をお読みになって納得していただけたら、ぜひお知り合いの方々に紹介・宣
伝してください。
    06.11.16  メールマガジン≪オルタ≫編集部(工藤記)
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    2)叢書の趣旨【本書より転載】
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 私たちの共通の友人であった編集者・久保田忠夫氏が、今から三年前の20
03年5月、みずから発行責任者となって創刊した同人誌『余白』創刊号の刷了
を待ちながら急逝された。メールマガジン≪オルタ≫はそのあとをうけ、同創刊
号の特集であった「戦争・国家・人間」の精神をも引き継ぐ形で、イラク開戦か
らちょうど一年目の2004年3月20日、同じ志の仲間なら誰でも参加できる
自由な市民メディアとしてスタートした。タイトルの≪オルタ≫は、「もう一つ
の選択、もう一つの道」という意味をもつ語“オルターナティヴ”からとられた
ものである。
 
 ≪オルタ≫はその後、発足以来の仲間の変わらぬ協力と、新たに参加された
皆様の積極的な支持を受け、2006年8月で第32号まで刊行することができ
た。この間、国際的には2001年の「9・11」事件のあとを受けた米国ブッ
シュ政権による「帝国」支配、国内的にはそれに同調・追従する小泉自公政権の破
壊的な政治のもとで、私たちの国の迷走と衰退、社会的な解体と退廃は、ますま
す明らかになってきている。なかでも小泉純一郎首相自身による自閉症的な好戦
的外交と、執拗な「理なき靖国参拝」の繰り返しは、平和を掲げる≪非戦の国≫
という、世界への私たちの大いなる遺産を台無しにし、とりわけアジアの人々か
らの厳しい孤立をもたらしている。
 
 そのような状況の中で2006年9月の退任を控えた小泉首相は、この8月
15日、内外の大きな反対と非難の声を‘ものともせず’、内閣総理大臣として
の靖国神社参拝を傲然と行なった。小泉首相の退場は本書が読者の方々の目にふ
れる頃には、おそらく実現しているであろうが、すでに確定的なものとして報道
されている次期首相のもとでも、いまや破綻が明らかとなった「小泉的なるもの」
はますます狭隘・矮小になりながら、しばらく続いていくに違いない。
 
 このような中でメールマガジン≪オルタ≫は、これまで折りあるごとに日韓、
日中をはじめとする「アジアの中の日本」の問題と、アジア・太平洋戦争の時代
の歴史的経験に関わる問題を主要な論点の一つとして取り上げ、その一環として
「靖国問題」についての発言も掲載してきた。そうした経緯を踏まえ、今日ますま
す焦眉となってきたこの問題への理解を私たち市民の立場から一段と深めてい
きたいと考え、新たな角度から論点のさらなる展開を図ることにした。
 
 その際、メールマガジン≪オルタ≫は限られた読者を対象とするデジタルメ
ディアであるところから、より広い読者の人たちに私たちの意見を伝え、図書館
などでの長期の保存にも資するべく、今回、紙メディアによる記録として小出版
シリーズ≪オルタ叢書≫を不定期刊行することとし、その第一冊として、本書を
編集・上梓することになったものである。
 
 この主題を取り上げるにあたり、私たちは「靖国」を単なる“国内問題”、―
―ましてや政治家たちの“心の問題”としてでなく、共通の近現代史の中であら
ゆる関連において分かちがたく結びついてきた私たちアジアの者たちが、日本の
大陸侵略という否定しがたい過去の歴史の体験を踏まえながら、何よりも事実に
もとづいて、お互いに胸襟を開いて意見を交わすところから解決を図るべき “共
通の問題”であると考え、その第一歩として、≪海峡の両側から靖国を考える≫
というタイトルのもとに、日韓三名の知識人の方々に自由な討論を行なっていた
だいた。
 
 この座談会には、私たちが尊敬する著名な消費者運動家・野村かつ子氏(海
外市民情報センター主宰、 “2005ノーベル平和賞に1000人の女性を”
運動にノミネート)のご紹介でソウルからわざわざ東京までお出でいただいた朴
菖煕氏(元韓国外語大教授、大阪経済法科大学アジア研究所客員研究員、翻訳家)
を囲む形で、日本社会党時代に「靖国神社国家護持法案」への対策事務局長を務
められた河上民雄氏(東海大学名誉教授、聖学院大学大学院客員教授)と、ご自
身の戦争体験を踏まえて靖国問題に対する独自の考究を続けておられる西村徹
氏(大阪女子大学名誉教授)にご参加いただき、 (1)靖国神社の本質、(2)靖
国参拝の政治的側面、(3)アジアの中の靖国問題の三点を中心に、多角的な視点
から発言をしてもらった。またそれと併せて、国際政治学者の蝋山道雄氏(上智
大学名誉教授)と若い政治学研究者の岡田一郎氏(日本大学等非常勤講師)のお
二人にそれぞれの立場から論考を寄せていただいた。
 
 この討論と考究の中から私たちが引き出した共通の“言葉”は、本書の副題
ともした≪非戦・鎮魂・アジア≫である。「靖国問題」は、過ぎ去った時代の問
題、あるいは過去の記憶に関わる問題であるのではなく、今日なお生きて、ます
ます作動している≪現実≫である。この現実への誤りなき判断と、誤れる時流へ
の抵抗は、今の時代に生きる私たち一人一人にとっても回避できない「自身の問
題」であると思われる。
 先行き不透明な中にあって、私たちはこれからも微力を尽くして現代の多様
なテーマを取り上げ、小出版シリーズ≪オルタ叢書≫を刊行できればと考えてい
る。私たちのめざす≪叢書≫とは、今の時代に対する私たち市民の「草むらの中
からの発言」の意味である。多くの皆様のご支援を心からお願いする次第である。
           2006年9月 メールマガジン≪オルタ≫編集部
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    3)目次 【本書より転載】
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『オルタ叢書』第一冊の発刊にあたって

【第一部「靖国」を話し合う】
(1)私は「靖国」をこう考える
 1.「靖国問題」への三つの視点――河上民雄
  「靖国神社国家護持法案」に反対して/「近隣諸国の批判をものともせず
…」/戦死者を選別する靖国神社/東京大空襲で変わった「戦死者」の概念/
問われている日本人のアジア観

 2.共に平和を願う生者として――朴菖煕
 遊就館的基準の独善/松代大本営地下壕の韓国人死者たち/平和憲法は新し
いアジアの原理/死者の二つの祀り方

 3.「殺した側」と位置づけられて――西村徹
見ていて恥ずかしかった遊就館/「靖国」を書くきっかけ――「三人称から一人称へ
」/アング
ロサクソンの高所からの批判/「靖国粉砕」のゼッケンに違和感

(2)それぞれの発言をめぐって
 1.「靖国神社の本質」とは
戦争の受け止め方の違い/石橋湛山が惧れた「怨念の象徴」化/鎮魂の社に還すとい
うこと/戦
没者祭祀の普遍性/靖国神社での祀り方/厚生省の名簿による合祀/「臣民タルノ義
務」と「信
教ノ自由」/他民族の合祀と「日本の神」の押し付け

 2.靖国参拝の政治的利用について
政治家はなぜ靖国参拝をするのか

 3.アジアの中の靖国
A級戦犯の合祀と参拝/軍刀を持った「平和の女神」/「戦争指導者と国民」という
区別/東京
裁判と「無責任の体系」

 4.将来への展望を開くために
遊就館は「漫画館」に/日韓の人々の交流で「新しい変化」を/政治家がまずイニシ
アチブを/
アジアの戦争被害に目を向ける/「無宗教の国立施設」のその先へ

【第二部「靖国問題」の今日】
(1)座談会の後で――河上民雄 
(2)初めての靖国神社と富田メモ――西村徹
 1.靖国神社、遊就館とA級戦犯合祀
靖国神社を初めて見た/問題は遊就館/A級功成り万骨枯る/自己告発なき自己主張
は茶番/
太刀を持つ「平和の女神」/分祀の動き

 2.富田メモに触れて
相異なる三人の反応/不忠は忠義――天皇におもねるなかれ/鶏鳴は黎明の原因にあ
らず/「戦
なき世を歩みきて思ひ出づ…」

(3)靖国問題によせて――蝋山道雄
  ――首相の靖国参拝と戦争責任の問題を中心に――
 1.私にとっての靖国問題とその新段階/2.靖国問題を「歴史解釈」の観点
から考える/3.富田メモと昭和天皇/4.天皇の戦争責任をどう考えるか/
5.結論

(4)アジアの視点からの靖国訴訟――岡田一郎
靖国神社をめぐる問題/旧植民地出身者と靖国神社/GUNGUN裁判/小泉首相靖
国参拝違
憲訴訟/小泉首相靖国参拝違憲訴訟の二次訴訟(台湾関係訴訟)/アジア近隣諸国と
靖国訴訟の
行方

■資料 在韓軍人軍属裁判の訴状と判決
(1)在韓軍人軍属裁判一次提訴の訴状
【訴状(請求の趣旨、請求の原因)】

 I 緒論
第1.当事者/第2.事案の概要、および本件訴訟の趣意

 II 総論(植民地支配と戦争への動員)
第1.韓国併合と植民地支配/第2.戦争への動員

 III 各論(本件不法行為等)
第1.本件不法行為等の事実/第2.靖国合祀の不法行為/第3.徴兵・徴用等の不
法行為責任
/第4.遺骨返還の契約責任等/第5.謝罪文の広告請求/謝罪文

(2)東京地裁判決
【判決(要旨)】

■「在韓軍人軍属裁判を支援する会」からのコメント
<映画『あんにょん・さよなら』について>
この本に参加した人たち/編集を終わって
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