中国・深セン便り        『P一下!』

佐藤 美和子

 友人から聞いた話です。
 最近、友人の勤め先に、新入社員が入ってきました。

 「今年は社員を一人、増やすことにしたよ。次の週明けから来ることになっているから、新人教育よろしく。これ、その新人さんの履歴書ね」
 と、その前の週に老板(ラオバン、経営者のこと)から渡された履歴書に目を通してみると……。

 えー、老板ったら、今年の新卒を採用しちゃったの? タダでさえ忙しいのに、仕事片手に社会人経験ゼロの子をイチから育てるだなんて、ものすごく大変なのに〜。でもこの子、結構いい大学出ているみたいだし、あら、海外留学経験もアリなのね、そこそこ頭のいい子なのかしら。それにこの証明写真、色白でシュッとしてて、爽やか系のイケメン君じゃないの。ウチは女子社員が多いから、トラブル起こさずに上手く馴染めるといいのだけど。

 そんなことを考えていたそうです。

 そして週明け。
 友人が出勤すると、職場に見知らぬ顔の男性がいます。まだ始業前なのに、こんな早くからお客様?と不思議に思っていると、先に出社していた同僚から
 「あ、彼、今日からの新人さんだって。後はよろしくね」
 と紹介されて、ビックリ! しばらく声が出なかったそうです。

 というのも目の前の彼の顔、浅黒くてニキビ跡が残った荒れ肌にダンゴ鼻がでんと鎮座ましましており、いかにもたったいま畑で取れたてでござい!という風情だったのだそうです(人様の容貌を大変失礼なのですが、友人の表現をそのまま訳しましたゴメンナサイ)。

 新入社員が一人というのは勘違いで、二人同時採用だったの?と混乱していると、件のシュッとした写真の履歴書はこの彼のものだということが判明しました。

 履歴書とはあまりにかけ離れた容貌のことを、直接本人に尋ねるに忍びなかった友人が
 「ねぇ、自分の履歴書に他人の証明写真を貼り間違えるなんて、あるかしら」
 と疑問をこっそり他の社員にぶつけてみたところ、その社員さんはこう返事したそうです。

 「何言ってるんですか、そんなの証明写真を『P一下』したのに決まってるじゃないですか」

 友人は『P一下(ピー イーシャア。直訳すれば、ちょっとPするの意)』ってナニ?とそこから分からず、若い社員さんに解説して貰うと……写真の編集や加工をするための画像処理ソフトを使って、撮った写真にさまざまな手を加えることを指す、ということが分かりました。

 有名な画像処理ソフトの一つに、アドビ社の Photoshop というものがあります。そのソフト名の頭文字を取った言葉なのですね。例えば、微博(中国のミニブログサイト)や微信(英語名 WeChat という、無料の通話・チャットアプリ。日本の LINE に相当)などのソーシャルネットワークサービスにスナップ写真をたくさん掲載している人が多いのですが、その際、写真を見栄えよく加工してから載せるのです。女性の場合だと、肌の色をワントーン明るく・シミや黒子は消去・目と黒目をパッチリ大きくウルウルに・唇はふっくらさせて艶と色を少し乗せれば、えっ、この美人は誰?という写真が出来上がります。

 または個人や場所を特定されるのを防ぐためモザイクやぼかしをかけたり、文字や記号を書き込んだりするのにも使われます。中国の場合、パソコンではフォトショップを使い(正規品ソフトはとても高いので、中国ではコピー海賊版を使っている人が多いそうですが……)、スマートフォンでは『美図秀秀』という無料アプリを使って写真を加工するのが流行りです。

 画像処理ソフトを使い、写真を加工したり手を加えたりするという意味の「P一下」または「PS一下」、画像処理がされた写真のことは「PS過的」という表現はここ数年の流行語の一つで、若者言葉としてドラマの中で使われることも。流行語というわけではありませんが、日本ではこのソフトのことを「フォトショ」、加工することを「フォトショする」とやはり縮めて表現するので、いずこの国も発想は同じなのですね。

 そういう事情は友人も私も知っていましたが、まさか証明写真にまで手を加えるのが当たり前になって来ているとは、それはさすがに知りませんでした。履歴書にそんな別人レベルの写真を使うことは、例えばお店やスポーツジム等の会員カードに貼るのとは話が違います。書類審査は美しい写真で通ったとしても、面接を受けたり入社してくれば、すぐにばれてしまう嘘なのです。その嘘が却って相手に不信感を抱かせるかも、という風には最近の人は考えないのですね。

 友人の勤め先の若い社員たちによると、町の写真屋さんに証明写真を撮りに行くと、店員さんのほうから『P一下』することを熱心に勧めてくるので、だんだん皆それが普通になってきたのでは?とのことでした。

 そういえば、日本人の友人がこんなことを話していたのを思い出しました。近所の写真屋さんで証明写真を撮り、忙しかったので出来上がりをよく確かめずに受け取って帰宅したのだそうです。あとで写真を見てびっくり、彼女の顔には特徴的なほくろがあるのですが、そのほくろもシミも綺麗に消され、なんの断りもなく勝手に美肌にされていたとか(笑)。お店はサービスのつもりでしてくれたのかも知れないけれど、もしこれがパスポート写真だったらアウトよね〜。その時は重要じゃない証明写真だったからそのまま美白美人な写真を使っちゃったけど(笑)、中国で証明写真を撮るときは気をつけなきゃね〜と笑ったのでした。

 それが最近の中国若者事情なのかも知れませんが、うーん、私ならそこまであからさまに『P一下』した写真を堂々と履歴書に貼ってくる人は、採用したくないですねぇ。教育係を任ぜられたら、この人は仕事の上でもミスを誤魔化したり言い繕ったりするタイプの人かも?と、不信感を抱いてしまうと思います。もう少し正直に言えば、ご本尊が写真通りのシュッとしたイケメンじゃなくて、ガッカリするからというのも……ホンの少しはあるかも知れません(笑)。

 (筆者は中国・深セン在住・日本語教師)
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