【北から南から】中国・深セン便り

『香港的北海道旅遊団(前編)』

                     佐藤 美和子

 来月から実施される日本の増税は、中国にある日系企業にも影響を与えています。年末年始に続いて年度末、さらに今年は4月からの増税をも目前に控え、恐らく今年の春節休暇は返上になってしまうという相方に合わせ、春節よりだいぶ早めに代休を取って、北海道へ旅行に行ってきました。

 最初は個人旅行か、もしくは成田に到着後、成田か羽田発の北海道行きツアーに入ろうと考えていました。ところが国内ツアーも国内線も希望の温泉旅館も、どれも軒並み満員御礼状態なのです。仕方なく香港の旅行社に問い合わせてみると、香港空港発の北海道ツアーに空席があったので、今回はそれを利用することにしました。

¶ 中華圏の人々にとっての日本旅行

 今年2014年の春節(旧正月)は、1月31日でした。春節を過ごさない日本では一見、何の関係もなさそうですが、今では日本でも、春節シーズンはホテル代などがどこもオンシーズン価格、びっくりするほど値上がりしているのをご存知でしょうか。それほどに、そのシーズンに日本を訪れる中華圏からの旅行客が増加しているのです。

 香港ではクリスマスホリデーがあるので年末年始、そして中国・台湾や華僑の多い国からは春節長期休暇の過ごし方として、日本旅行を選ぶ人が増えました。特にこの数年は、北海道が爆発的な人気です。第85号(2011.1.20) 『訪日中国人向けアテンド 〜観光編〜』でもちらっと紹介しましたが、2008年の公開後、中華圏で大ヒットした中国ラブコメディー映画『誠実なお付き合いができる方のみ(原題:非誠勿擾)』の舞台が、北海道なのです。この映画の中で、今の中国ではめったに拝めない抜けるような青空、よく整備された美しい田園風景、しっとりした日本情緒漂わせる温泉宿が舞台になってから、これまで日本旅行といえば東京や大阪で買い物と美食三昧がメインだった中国人の旅行スタイルや意識が、大きく変わり始めました。

 例えば高温多湿の中国南方に暮らす人々は、何もかもを真っ白に覆い尽くす雪景色に憧れを持っています。わが広東省には、本物の雪を見たことがない人は大勢いますからね。中国北方では雪は降るものの、整備の行き届いたスキー場は多くなく、ウィンタースポーツを体験するために北海道行きを希望する若者が増えています。

 女性なら、和服に限らず、民族衣装を着て写真を撮りたいという人も多いです。しかし2009年春、桜がたくさん植樹されていることで有名な湖北省・武漢大学構内にて、浴衣姿の中国人女性が記念写真を撮っていたところ、大勢の学生らに囲まれ罵詈雑言を浴びせられ、羽織っていた浴衣を脱いで逃げ出す羽目になったという事件がありました。このごろの中国では、たとえ中国人であろうと、うっかり人前で着物を着ることも出来ないのです(アニメやゲーム関係のイベントでは和服コスプレイヤーが多数出現するものの、こちらのケースはスルーされるようです)。けれど日本で旅館に泊まれば、宿泊客用に用意された浴衣を着たり、浴衣姿で散歩にでかけてみたり、誰に非難されることなく安全に外国的雰囲気が味わえるのです。

 そういった日本のさまざまな楽しみ方に気づいた中国人旅行者が、都市部だけでなく日本の隅々まで訪れるようになった今、中華圏の大型連休までもがオンシーズン価格が設定されるようになってしまいました。特にいま中華圏の人々に大人気の北海道は、中華圏の大型連休シーズン中は、日本人でも旅行がしにくくなっています。

¶ 中国人&日本人、香港人のツアーに参加する

 そんなわけで今回は、香港の日本行きツアー参加という、ちょっと珍しい体験をしてきました。香港人向けツアーに、中国人の相方と日本人の私が闖入した形です(笑)。

 香港のツアーに入るのは初めてだったのですが、ツアー申し込みの段階から、日本や中国とは相違点がいっぱいでした。例えばツアーに申し込んだ後、日本や中国なら、詳細な日程や行き先説明を記した資料がもらえますよね。宿泊ホテル名や住所はもちろん、中国のツアーなら、ホテルの立地詳細や近辺施設の案内もあるのが最近の傾向なのだとか。夜にホテル周辺を散策したり、コンビニなどでの買い物を楽しみたいという要望がよほど多いのでしょう。

 ところが香港の旅行社からは、詳細が待てど暮らせど送られてこず、痺れを切らして問い合わせたところ……なんと出発日のわずか3日前に茶話会なるものが開催されるので出席するように、と言うのですよ! その茶話会で、日程表以外にもツアーバッジやツアー名入りエコバッグが配られ、また同行予定のガイドさんや他のツアー参加客と顔合わせもするし、ツアーに関する質問もその場で受け付けるという……簡単便利に旅行がしたいからツアーに申し込んだのに、なんという面倒くさいシステム!

 香港人向けのツアーなので、当然、使用言語は広東語です。しかし我が家の場合、相方共々、広東語はわかりません。ツアーガイドさんは日本語・北京語もOKだとの触れ込みだったので、現地では次の目的地や集合時間などだけ、日本語か北京語で簡単に教えて貰うことになっていました。でも茶話会では広東語オンリーでしょうから、我々が参加しても一言も聞き取れず、無駄。ということで、旅行会社に頼んで日程表はメールで送ってもらい、我が家だけは当日香港空港にて他のみなさんと初顔合わせ、ということにしてもらいました。

¶ ツアーの中で気づいた、日中香の相違点

 私たちが選んだツアーは、旭川、網走、知床、屈斜路湖、小樽、札幌をまわるものでした。その中に、斜里町市街地にあるキリスト兄弟団斜里教会という、非常に小さな教会の見学も含まれていました。見学と言っても中に入るわけでもなく、ただバスを降りて、外観の写真を撮るだけです。先にご紹介した映画のなかに、主人公がこの教会に立ち寄って懺悔するというシーンがあるのですよ。そのシーンがとてもユーモラスで印象的なため、この教会を自分の目で見てみたい!という人が多く、本当に小さくて何でもないような教会なのですが、多くの中華圏からのツアーがわざわざ立ち寄るのだそうです。

 香港のツアーは日本のものとずいぶん違うなと驚いたのは、ガイドさんの裁量に任されている部分が大きい、という点です。今日はスムーズに行程が進んで時間に余裕があるからと、別の日に行く予定だったところを先に行ってしまったことがありました。またそうやって捻出した時間を利用して、予定にはなかったデパートやアウトレットモールへ寄ったりすることも。私はせっかくなら観光を増やしてくれたほうが良かったのですが、ショッピング大好きな香港人にはそのほうが受けたようです。日本のツアーでは、予定にない行動では責任問題が発生するからか、少し寄り道するくらいはあっても、大きく旅程を変えてしまうような自由さは無いような気がします。

 このツアー、私たちはいつも私の帰国便チケットを頼んでいるところで申し込んだのですが、他のツアー仲間と話していて、どうやらツアー形態が日本とは違うらしいことに気づきました。というのも、それぞれがツアーの申し込みをした旅行会社が別々で、それに伴ってツアー価格もばらばらだったのです。参加しているのは、同じツアーなんですけどね……。
 日本の場合、ホールセラーという旅行業の卸問屋のような存在の会社がパッケージツアーを組み、一つの旅行代理店に販売します。我々が一般的にツアーを申し込むのは、この旅行代理店です。
 しかし香港の場合、ホールセラーは作ったツアーをあちこちの旅行代理店に卸すのです。ホールセラー設定の希望小売価格さえ下回らなければ、各旅行代理店の采配でツアー価格を設定していいのだそうです。私たちのツアーでは、田舎の代理店で申し込んだ人が一番高い値段を払っており、最安値の人とは一人当たり1000香港ドル以上(約13000円)もの差が開いていました。けっこう大きな価格差ですよねー?

¶ ツアーの食事とオプションメニュー

 このツアーは全行程食事つきだったのですが、基本の食事内容では見劣りすることが半分ほどありました。実は、日程表と一緒に送られてきた資料の中に、『オプション価格表』なるものがあったのです。神戸牛ステーキA級200g8400円、AA級10500円、毛蟹10000円、タラバガニ13000円、というように、高級食材ばかりの価格一覧表になっていました。ざっと目は通しましたが、こちとら日本語がバッチリわかる日本人ですし(笑)、旅行会社に割増料金をたっぷり乗せられたものなど予約せずとも、現地にて現物をちゃんと見てから自分で注文すればいいと思っていたのです。ところが敵(旅行社)もさるもの、札幌などの都市部ではなく、周囲に他の店がないような郊外のレストランでの食事に、それらオプションメニューの品が用意されていました。しかも鍋ものや鉄板焼きといったメニューの時ばかりで、カニだのお肉だのが注文した人のテーブルだけにすっかり用意されており、後からその場で注文できるようにはなっていませんでした。香港の旅行社も、なかなかうまいもんです。

 それらオプション食材は、割高ではあっても予想していたほどひどい食材がでてくることはなかったようですが、ある日の鍋料理のサイドにお刺身を注文していた人が、中トロを鍋でしゃぶしゃぶしだしてビックリしました。そのお刺身、某航空会社系ホテル内のレストランだというのに、凍ったままの状態で出されていたのですよ……。さすがに凍ったままでは、トロの甘みもあったもんじゃありませんよね。彼はお刺身全てを鍋に投入して食べていました。スタンダードでは残念な食事内容でも、オプションは止めておいて正解だったかも知れません。

 そしてこれは逆に良かったことなのですが、ガイドさんの許可を取って、何度かツアーを抜けて自分で食事に行くことが出来ました。中国のツアーでは、海外ではツアーを抜けさせて貰うことは出来ません。もしその人がツアーに戻ってこずに不法滞在となった場合、中国側と日本側、両方の旅行会社にそれぞれペナルティーが与えられるからです。受けたペナルティーが決められた点数に達すると、中国ツアー客の受け入れ(あるいは送り出し)権利剥奪、というルールがあるのです。

 私たちの場合、それが香港のツアーだったからか、それとも日本人の私が日本で脱走する気遣いはないと判断されたからか(笑)、構いませんよ〜とアッサリ抜けさせて貰えました。お陰で、カニ料理専門店でガッツリとカニ三昧してくることができて、幸せでした〜。

 そういえばこのカニ料理店で、畳敷きの大部屋に通されたのですが、ふと気づくと回りの9割が中国語か広東語を話していてビックリしました。残りの一組は韓国語で、曲がりなりにも日本語を話しているのはウチだけ、欧米アフリカ系は一人もいません。外国人客を一所に集め、外国語OKな店員さんをそのお座敷専属につかせているのか?と思って店員さんを観察していたのですが、それにしてはポツポツと英単語程度しか話せていないようなのです。

 比較的高価格帯のカニ料理を食べに来るのは、景気の良い中国人客である割合が増えた、というのも理由の一つだろうと思います。有名な大阪道頓堀のカニ道楽でも、やはり中国人客が日本人客数を上回っていると聞いています。しかし中国人の食事マナーは正直ひどいものなので、海外のホテルの朝食会場で中国人ツアー客とその他の国の宿泊客を分けているというニュースがありましたが、もしかしたらそこのお店もそうしているのかも知れません。たとえそうだとしても、食べ散らかしや咀嚼音だけでなく、中国人は地声の大きい人が多いので、他のお客さんから苦情を寄せられない措置だとすると、まぁ仕方がないですね……。でもお陰で、ツアーの中では広東語が飛び交い、あちこちのホテルや観光地ですれ違うのも中国人台湾人香港人ばかり、さらに食事に行ってもまた中国人に囲まれるという状況で、最初から最後まで、ちっとも日本にいるような気がしませんでした(笑)。 (来月に続きます)。

 (筆者は中国・深セン在住・日本語教師)


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