【北から南から】■深センから 

『香港人と中国人』     佐藤美和子

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 ワタクシ、中国に住んでおきながら、なんと中国滞在ビザを取得しておりません。
こういうとビックリされるのですが、ここ香港に程近い華南地方では、実は可能な
んです。日本人は、15日間以内の中国ノービザ滞在が認められています。つまり、
15日ごとに中国から一旦出国しちゃえばいいわけです。半月に一度のペースで日本
に帰国するのはさすがに費用面や時間的にも現実的ではありませんが、華南地方在
住であれば、近くの香港へ行ってくるっとUターンしてくれば、またその日から15
日間、ビザなしで中国滞在ができてしまう、というカラクリなのです。もちろん、
中国長期滞在ビザを取りたければ、香港の旅行会社に行けばたった半日でいとも簡
単に取得できます。それでも私はそのビザ代を払うより、半月に一度香港でちょっ
とした買い物やランチ代に使うほうが楽しいかも・・・・・としみったれたことを
考え(恥)、故意にビザを取っていない状態なのです。実際、華南地方にはこうい
うスタイルをとっている日本人、かなりいるようです。

 それで香港へしょっちゅう出入りしている訳ですが、実は私は英語が不自由なた
めに(西村徹教授、ゴメンナサイ!白状すると私、学生時代は先生の英語関係のゼ
ミ生だったりします・・・)、香港で人に道を尋ねたり店員さんと会話する時でも、
もっぱら中国語(北京語)を使用しています。中国返還前はほとんど通じなかった
北京語も、いまでは通じないことのほうが少なくなりました。北京語で話しかけて
みると、うーん、私、北京語は苦手なのよね・・・・・と言いつつ、ホントに広東
語訛りのきつい発音で外国人の私よりヘタクソな人が多いのですが(笑)、こちら
の言うことは大体通じています。ただ、聞き取れても自分がしゃべるのはまた別問
題らしく、結局は自分より北京語が上手なほかの人を探してバトンタッチ、となる
んですけどね。

 今までは私、北京語を話すために香港人には中国人だと勘違いされることが多く、
しょっちゅうひどく無愛想な対応をされていました。有名ブランドショップで別サ
イズやカラーの在庫を尋ねても、あからさまに「中国人に買える品物じゃないのに」
という態度が見え見えで、真剣に在庫を探そうとしない店員もいました。ところが
チラッと日本語を話した途端、警戒するような目つきが一転百八十度ニコヤカに!
なーんだ日本人だったの、だったら早く言ってよ、みたいなことを言う人もいまし
たね。こんな時、その後どんなに素晴らしいサービスをされても、イヤ~な気分は
ぬぐえないものです。

 またある時、たまたま国慶節(中国の建国記念日)と中秋節(お月見)が重なっ
た年があったのですが、当日宿泊していたホテルのスタッフに
「今日は国慶節だけど、なにか特別なイベント、どこかでやってませんか?」
と尋ねたところ、
「今日は“中・秋・節”なので、夕方から花火が打ち上げられます」
と、さっきまでとは打って変わって硬い表情で、やたらと“中秋節なので”を強調
して言われたのにはビックリしました。たぶん彼女にとって国慶節は中国の建国記
念日だから、我々香港には関係ない!という事だったのでしょう。だけど、そんな
ことタダの外国人である私にぶつけられてもねぇ・・・・・。試しに香港人に「あ
なたたち中国人は・・・・・」と話しかけると、予想通り、「違う!我々は中国人
ではない、香港人だ!」と怒り出す人もいました。香港に愛着があるからというよ
り、中国とは一緒にしないでくれ、というニュアンスが感じられます。

 いちど香港の公立病院にかかった事があるのですが、具合の悪い私に替わって中
国人である相方が診察申し込みに行ったところ、
「香港住民でない人は、初診の場合一律580HK$かかるのよ、あなた払えるの?」
とそのものズバリな質問を係員がしてきて、ウチの相方を激怒させていました。あ
はは、治療代踏み倒しそうにでも見えたのかしら?

 なぜそんなに中国人を嫌うのかと香港人に尋ねると、中国人は道端で痰を吐いた
り横入りしたりととにかくマナーが悪い、買い物するにもぶしつけな態度で異常な
ほど値切ってきたり、あまりに厚かましいサービスを平気で要求してくるからキラ
イだ、と言うのです。うーん、そういえば、いつぞや化粧品店で「ねぇ、この商品、
◎×店(その店にとっては商売敵)にもあったけど、あっちはいくらで売ってる?
もしあっちの方が安いならここでは買いたくないし、おたくとどっちが安いの?」
と質問をしている中国人客と、そのなんともストレートな質問にあっけにとられて
ポカンとしている店員を見かけて苦笑したことがあったっけ・・・・・。

 その昔、中国人は香港を中継地としてほかの国へ出国する人しか、つまり単なる
観光目的では香港へは行けませんでした。
 今、中国人が香港へ観光目的の個人旅行に行くためには、通行証という準パスポ
ートのようなものに香港ビザを取得しなければなりません。しかも全ての中国人が
取得できるわけではなく、当初は北京・上海など一部の都市戸籍の人のみに許可さ
れ、その後徐々にその他の都市や広東省全域の戸籍の人もOKというふうに、解禁
都市が増えてきました。今では28都市の戸籍者に拡大され、その28都市に当ては
まらない農村戸籍の人でも、自由行動ナシの団体旅行でなら香港旅行ができるよう
になっています。1997年に香港が中国へ返還されて同じ国になったというのに、中
国人はそうやって出身戸籍地によって差別されるばかりか、一回の香港入境につき
たった7日間の滞在しか認められません。それなのに、外国人である日本人は一回
90日の滞在が許可されるとは、不思議な話ですよね。

 それでも解禁都市が一気に増えたここ数年、中国では香港観光ツアーが大人気!
旧正月やゴールデンウィークの旅行先人気ナンバーワン、平日でもものすごい数の
中国人団体ツアー客が香港へ押し寄せています。我が家の近くの税関も、毎日次か
ら次へと中国人団体ツアーの観光バスが到着し、常にごった返しています。

 そんな今では香港で貴金属店をのぞくと、買い物客はみごとに中国人だらけ!で
す。どの店でも、店員が忙しそうにお客の間を飛び回り、流暢な北京語でしっかり
対応しています。というのも中国人にとって貴金属といえば24金が一番人気なので
すが(彼ら、日本の18金は子供のオモチャだと言います)、やはり中国よりも香港
の方が品質もデザインもよくて安心して買えるのだそうで、ここぞとばかりに大金
をつぎ込んで、大量に買い上げていくのです。
 私の知人などは、香港で50万円のローレックスの腕時計、一人で3つも!買って
帰りました。中国では高級デパートでもニセモノをつかまされるのが心配で買えな
かったが、香港の正規店は鑑定書も付いているから安心なのだそうです。

 先月号に書きましたように、人民元と香港ドルの価値が入れ替わっています。今
や香港ドルよりも人民元のほうが強いのです。テレビの香港系チャンネルでも、両
通貨の下克上が流通や貿易関係、または市民生活にどう影響するか、といった番組
を毎日のように放送しています。そして、長期休暇のたびに、香港を訪れた中国人
観光客の人数、彼らが平均して何万香港ドル、何十万香港ドルと買い物していくこ
となども。いま香港を訪れる中国人は、バブルの頃の日本人OLよりずっと大金を
落としていってくれるのです。

 最近そんな番組を見ていて、ふと気づきました。私が香港で中国語を話した時の
香港人の態度、明らかに以前とは違っています。よくよく思い返してみると、少な
くともここ半年ほどは、中国人だからと失礼な態度をとられて嫌な思いをすること
がなくなっています。中国語で商品についてあれこれ質問しても丁寧に答えてくれ
るし、頼んでもいないほかの商品も持ってきて並べて見せてくれたり、こっちのほ
うが実はお徳よ~♪とこっそり耳打ちしてくれたり、レシートがあれば1週間以内
は返品OKですよ、なんて以前は絶対教えてくれなかったようなことも、きちんと
説明してくれます。

もしかしたら、単に香港のサービスが全体的に向上しただけのことなのかも知れ
ません。でも、私にはどうもその変化が、人民元と香港ドルの通貨価値の差がほと
んどなくなって来た頃とリンクしているような気がするんです。もっと以前から、
中国人はとにかく大量に買い物をしていたので香港人にとっては上客だったはずな
のに、今まで慇懃無礼とも見える態度で接していました。ということは、態度の変
化は大量にお金を落としていってくれるから、というわけではなさそうです。

 日本人は海外慣れしていなかった昔、みな一様に首からカメラをぶら下げて、ぞ
ろぞろ連なって歩いているとか、金にモノを言わせてブランドを買い漁ってばかり
いるなど、影ではずいぶん叩かれていたと聞いています。でも今は、ずいぶんそう
いう陰口は減っていますよね。日本人自身のマナー向上もあったでしょうが、やは
りいくらかは、国の経済事情が影響していたのではないでしょうか?だとすると、
いま私は中国人が海外へ出られるようになって、ちょうど面白い変遷期を目の当た
りにしているのかも!今後もしっかり、観察を続けたいと思います。
                 (筆者は中国・深セン在住・日本語教師)
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