■【北から南から】
英国・コッツウオルズ 

『英国の子育て・教育』(6) 「真の学力とは」(その1) 小野 まり──────────────────────────────────

 今回は、少人数教育や、本当の意味でのゆとりある教育など、一見恵まれてい
る環境でも、世界基準でみると、なぜか好成績を収められない英国児童の学力に
ついての考察です。

 英国では毎年5月から6月末にかけての今の時期が、各学年の年度末試験シー
ズンにあたります。特に義務教育の総仕上げであるGCSE( General
Certificate of Secondary Education / 中等教育修了証)試験は、その結果が
後々の履歴書にもついてまわるため、学校のみならず、親子ともども英国とは思
えないほどの真剣勝負のシーズンになります。

 これまでと重複するかもしれませんが、ここでもう一度おさらいすると、日本
と英国ではその教育システムが大きく違います。まず義務教育は5歳から始まり
ます。また同じ英国でも、私立校と公立校では、日本で俗に言う6・3・3制の
区分けが異なるのですが、ここでは英国の児童のおよそ95%が通う公立校につ
いて解説します。

 5歳の入学時は「レセプション」と呼ばれる慣らし保育のような準備期間にあ
たります。そして6歳からは学年ごとにイヤー1、イヤー2と呼ばれ、イヤー6
までが、いわゆる小学校にあたる「プライマリー・スクール」です。そしてイヤ
ー7にあたる11歳から12歳にかけての子ども達は、「セカンダリー・スクー
ル」と呼ばれる中学へ進学します。

 中等教育はイヤー7からイヤー11までの5年間です。この最終学年の5、6
月にGCSEの試験が行われます。日本ではちょうど高校1年生にあがったばか
りの学齢です。そしてこの試験の終わりが、イコール義務教育終了にあたります。

 試験終了後は日本であれば、さぞ感慨深い卒業式が営まれるところですが、当
地では学校以外の派手なパーティー会場を借り切ってのディスコ大会。しかも親
抜きで夜の7時頃から深夜の12時半頃まで続きます。もちろん、音頭とりは学
校ですが、主催責任者は委託されたパーティー専門会社に委ねられますので、先
生も生徒と一緒にお気軽に大騒ぎです。

 卒業証書も、小学校同様ありません。彼らが後生大切にしなければいけないの
は、卒業証書ではなく卒業後の8月下旬に結果が出るGCSEの成績証明書です。

 話がかなりそれましたが、この約12年間の義務教育の間に4つのキーステー
ジが設けられ、日本で言う「全国学力・学習状況調査(全国学力テスト)」が行
われます。

 正式名称はSATS ( Standard Assessment Tests の略で「サッツ」や「ナ
ショナル・カリキュラム・アスセメント」と称されることが多い)、試験を受け
る時期はイヤー2(7歳)、イヤー6(11歳)、イヤー9(14歳)の3ステ
ージで、これにGCSEが加わって4つのキーステージ毎に学力調査が行われま
す。最初の3ステージにあたるSATSの結果は、個々の生徒にはあまり影響し
ません。日本と同じく、学校全体の学力・学習状況を測るのが主な目的です。
 
 この全国学力テストが導入されたのは、1991年。まず7歳児のため、そし
て1995年に11歳児のために導入されました。14歳児のための試験は19
98年に導入されたのですが、学習進度の早い学校などでは既にGCSEの為の
対策学習が始まっている時期ということもあり、教師、生徒ともに負担が大きす
ぎるという声を受け、2009年に廃止されました。

 学力テストの科目は国語(英語)・算数・理科の3科目です。そして、SAT
S導入の理由のひとつは、導入前の児童の基礎学力の低下を改善することでした。
「読み・書き・計算」があまりに低いということで、まず最初に国語と算数が導
入され、その後、理科が加わりました。
 
 しかしながら、教育現場に目を向けると、日本のようなクラスの児童全員が一
律に黒板に向かって授業を受けるのではなく、導入前も現在も、児童各自の進捗
状況に合わせた、個人もしくはグループによる学習指導です。

 英国はもともと個人主義のはっきりとしたお国柄。30名の児童全員が同じ習
熟度であるはずはなく、児童ひとりひとりに即した教育指導を行うべきだと、教
育現場のみならず、保護者の大多数は考えています。さらに、個性を尊重します
ので、多少国語や算数が劣っていても、音楽や美術などの科目に優れた才能があ
れば、いわゆるお勉強が出来る児童同様、褒められ、周りからも尊敬を受けます。

 従って、当然ながら同じクラスでありながらも習熟度の格差は大きく、主要科
目のみの学力テストの全国平均を、教育指導の異なる他国と比べること自体が、
いわば英国にとってはナンセンスなのです。

 世界基準では、基礎学力が劣っていると評価される英国。しかし、基礎学力が
高い日本よりも、遥かに多くのノーベル賞受賞者を輩出し、大学の国別ランキン
グでも米国に次ぐ上位を占めているのはなぜでしょうか? 一体どこで、この逆
転劇が生まれるのか、次回はこの逆転劇が生まれる現場からお伝えします。
(NPO法人ザ・ナショナル・トラストサポートセンター代表・英国事務局長)

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