【書評】

『健太さんはなぜ死んだか ~警官たちの「正義」と障害者の命~』

  齋藤 貴男/著  山吹書店/刊  1,500円+税

北村 小夜
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 この本は、『機会不平等(岩波現代文庫)』、『非国民のススメ(ちくま文庫)』など、貧乏と弱者を固定化する新階級社会を告発する問題作を発表してきた斎藤貴男さんの最新の著書です。
 「安永健太さん事件」の裁判はサブタイトルのように警官たちの「正義」と障害者の命の争いでしたが、すでに刑事では2012・9・18、民事では2016・7・1に最高裁で遺族側の上告棄却、すなわち警官たちの正義の勝利に終わっています。しかしそれは遺族にとっても共に生きることを目指す私たちにとっても受け入れられないと同時に、さらなる壁を意識させるものです。

 斎藤さんはそれに応えるかのように現地に赴き可能な限り関係者に会い資料を読み、事件の全容と課題を
  第1章 事件の発生とその後の経過
  第2章 健太さんってどんな人?
  第3章 刑事と民事、二つの裁判のゆくえ
  第4章 跋扈する優生思想に克つ
と言う形で要領よく丁寧に述べています。

 事件は2007・7・9、佐賀市で、知的障害のある安永健太さんが通所施設から自転車で帰宅途中、不審者と間違えられて警官に取り押さえられ路上で死亡したもので、発端は健太さんの蛇行運転を薬物かアルコールによると間違えた警官がパトカーで追跡したからです。
 健太さんは前籠の荷の重さでふらついていました。彼はいつも大量の拘りの品を持ち歩いていました。その日も前籠に、小学校から高校までの教科書やノート、野球のグラブやボール、スペッシャルオリンピックで貰った銀メダル、赤ちゃんの頃からの写真、消防車のミニカー、絵本などなどで10キロほどの鞄を入れていました。

 その様子から障害を持つ人であることは容易にわかるのですが、警官は不審者と疑い追尾を続けます。健太さんはこぎ続けていましたが、追い越して急に止まった原付オートバイに追突し投げ出され、警官に暴力的に取り押さえられ、路上で死亡しました。衝突からわずか10分ほどのことです。遺体は、骨折や臓器の破損はありませんが体全体に打撲・擦過傷があり、遺族側弁護団が出した民事訴訟上告理由書には「顔面を含む体中に傷を負い拷問にかけられたような状況で死亡した」と記されていたほどでしたが、翌日行われた解剖の結果、「本屍の死因は心臓性突然死と判断される」と鑑定されました。

 遺族は納得できません。2008年1月、警察数名の「特別公務員暴行陵虐致死容疑」告訴は不起訴になったものの全国からの支援によって付審判請求を認めさせた刑事裁判でも、「地域の安全を守る警察官は障害者への接し方を知っていなければならず、知っていれば事件に至らなかったのではないか」が争われた民事裁判でも、遺族側の意見は悉く退けられて警察官の正義の勝利に終わりました。

 ちなみに2014・2・28佐賀地裁判決では「警職法3条1項に基づく保護に着手するためには、現に、異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して『精神錯乱のため、自己または他人の生命、身体又は財産に危害を及ぶすおそれのあるもの』が存在し、その者について『応急の救護を要すると信ずるに足りる相当の理由』が存在すれば足りるのであって、その者が知的障害者であるか否かによって保護に着手するか否かが左右されるものではない」と警察に落ち度はないとするものでした。

 本の巻末にある年表を辿ってみると、健太さんは1981年国際障害者年に生まれて2007年9月28日、日本が障害者権利条約を批准する3日前の25日に亡くなっています。健太さんが生きた時代は障害者支援の形が整っていく時代でした。広報活動も盛んでしたが、国民を守るべき警察行政や司法には届くことはなかったようです。

 著者は「この状況が放置され、差別がまかり通る時代がさらなる悪循環に陥ることのないようこの本を書いた」といっています。そして最終章で、相模原障害者施設殺傷事件と重ねて、やまゆり園の事件と、健太さんの事件における顛末と共通する優生思想の跋扈を憂い、克つために、障害者権利条約の遵守を求めるF氏の言葉で結んでいます。特に第8章第1項は逆風の中で「完全参加と平等」を求め続ける強い意志を感じる、と。共学共生を目指す者の必読の書です。

 (障害児を普通学校へ・全国連絡会世話人)

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